第51話「大魔王学院・歓喜に満ちたホームルーム」
「えー、みんな席に就いたでありますね?ではでは、ホームルームを始めるであります!」
その後、驚くほど静かに全員が着席し、ナインアリアさんは普通に教壇に立った。
どうやら本当に授業を教えているらしく、慣れた手つきで出席簿を開いている。
さて、学校の授業なんて村長が持ってた小説でしか知らない訳だが……。
どんなもんなのか、すごく楽しみだぜ!
「えーまず、担任のヴァーター先生でありますが、本日は学校に来られていないであります。なので、自分が副担任として出席を取るであります」
「ナインアリアさ……ナインアリア先生、ヴァーター先生は体調不良ですか?ちょっと心配です」
どうやら、本来の担任のヴァーター先生は不在であるらしい。
それに反応を示したのが、サーティーズさんだ。
さっきのやりとりで気が緩んでしまったのか、気さくにナインアリアさんと言い掛けるも、先生と言い直している。
「いやいや、元気っすよ?むしろ、いつもの落ち着いた雰囲気とか欠片も無かったであります」
「……はい?ヴァーター先生はどちらかというと寡黙な方だと思いますが……?」
「いやいや、「時が来たのだ!我らが偉大なるゲロ鳥、その目覚めの時がぁッ!!ブルファムめ、悠々と飛ぶゲロ鳥にひれ伏すが良いッ!!ふぅーはははぁー!!!」ってどっか行ったであります」
「なんですかそれ?」
……いつもは寡黙だという担任がぶっ壊れてるんだが?
どう考えても大魔王陛下の仕業で、戦争に関わる事なのは間違いないんだが……。
ゲロ鳥が空を飛んだからって、なんになるんだよ?
「自分も良く分からないでありますが、明日行われるセレモニーの準備なのは間違いないと思うであります」
「セレモニーですか?祝日でも無いですし……何の式典なんです?」
「それは……自分達のボス、終末の鈴の音の総指揮官殿がご帰還なされた式典であります!!」
「「「「「えぇっーーー!?!?」」」」」」
ナインアリアさんがとても嬉しそうに告げると、クラス中の生徒が叫び声を上げた。
それは、歓喜を宿した驚愕の声。
思いも寄らぬ吉報に、思わず声が出てしまったらしい。
「ナインアリアさん、それって本当ですっ!?」
「もっちろんでありますよ!総指揮官殿が王宮へ登城なされたと、朝の職員会議で陛下から発表があったでありますので!」
「わ、わわわ、すごいですね!総指揮官殿と言えばあの伝説の……。たったの7人で祖国を革命させた心無き魔人達の統括者のリーダー!」
「おっとぉ、サティちゃんは詳しそうでありますね?」
心無き魔人達の統括者は5人と1匹、そこにテトラフィーア大臣が加わって7人って事か。
フランべルジュ、ノウリ、ギョウフの三国共に滅ぼされ、レジェンダリアの傘下に入った訳だが、サーティーズさん的には『革命』した事になってるんだな。
昨日の夜、改めてリリンに話を聞いた時には、その革命は7人だけで起こしたのではないと言っていた。
あくまでも大魔王陛下が起こしたというだけで、実際には、ダオ大臣が率いるレジェンダリア軍が戦争に加担しているからだ。
だから、噂程の偉業ってわけではないんだが……。
うん、サーティーズさんの目がもの凄く輝いている。
ちょっと話を聞いてみよう。
「なぁ、サーティーズさんは総指揮官に会いたいのか?」
「当たり前ですよ!!このクラスで総指揮官殿に憧れてない人なんて、一人もいないんですからね!?」
「むむぅ!?」
「え、そんなにか?」
「とーぜんです!総指揮官殿は若き天才魔導師であり御目麗しいお方だと!あぁー、一度でいいからお会いしてみたいですねー!」
「むむむぅ!?」
いるぞ、そこに。
平均的な嬉しそうな顔でクッキーを齧っていらっしゃる。
だが残念なことに、あまり御目麗しくは無いな。
どっちかというと、ハムスター的可愛さが溢れている。
「あぁー、いいなー。今日はやけに先生達が少ないと思ったら、みんな総指揮官殿にご挨拶に行ったんですねー」
「いやいや、挨拶は出来ないでありますね」
「はい?」
「あ、いや……総指揮官殿は久しぶりの帰還でありますし、どこかで視察でもしていらっしゃるでありますよ!?」
「ほう?挨拶よりも発展を遂げた領地の視察を優先したのか。素晴らしい」
あ。バルバロアがしゃべった。
さっきまで脱出を図ろうとし、もがき苦しんだ末に大人しくなったから心を閉ざしたのかと思ったぞ。
「流石は無尽灰塵様だな。何処にいらっしゃるのか存じないが、出来ればお目通りを願いたいものだ」
何処に居るって、ゲロ鳥学院で妙なオブジェを作ったぞ。
よかったじゃないか、バルバロア。
お前はお目通りどころか、滅茶苦茶、目を付けられてる。
「ナインアリアさん!ご帰還を祝う式典だという事ですが、それは私達も参加できるんでしょうか!?」
「出来るであります!……というか、自分とサーティーズ、バルバロア、イースクリムは強制参加でありますので!」
「……はい?」
「ビックニュースその2!!自分らの『終末の鈴の音』の入隊が明日に決まったであります!!総指揮官殿に同行して、明日から一緒に任務を行うでありますよ!!」
「ええええええええええっっ!?!?」
いやホント、えええええー!?だよ。
何を考えているんだ?大魔王陛下。
レベルが6万を超えているナインアリアさんを連れていくというのは、大いに理解できる。
だが、サーティーズさん達はレベル5万に満たず、ましてや戦闘の厳しさを知らない未熟な学生なんだろ?
なんか、ここにも陰謀がありそうだな。
「ナインアリアさん、本当にレジィがそう言ったのか?」
「言ったであります。彼ら、特にサーティーズとバルバロアには期待していると」
「それ、ほほほ、ほんとですか!?」
「ホントでありますよ。レジィ陛下は『良い切り札になる』からと、とても注目していると仰ったであります!」
……良い『切り札』だと?
ちょっと引っかかる言い回しだな?
そう思って考え込んでいると、俺の後ろに座っていたリリンが背中をつついてきた。
そしてこっそり俺の耳元に口を寄せ、大魔王陛下の考えを教えてくれる。
「ユニク、サーティーズは助けないといけない」
「どういう事だ?」
「レジェの言う切り札とは『使うと消費される札』、つまり捨て駒の事。主に敵の戦力を計る時などに使う」
「マジか」
「本当。ホロビノをそうやって煽てて、敵に突撃させてたし」
……話が繋がったぜ。
大魔王陛下は切り札を俺やリリンと接触させる事で、更に強力な駒へと育てたいんだな?
使い捨てること前提の運用をするとはいえ、生き残れば何回も使える。
なるほど、リサイクル精神たっぷりで、大変にエゴレジィって感じだぜ!
「バルバロアさん、私達が軍に昇格ですって!隷属階級も二階級特進ですよ!!」
「あぁ、私達は6等級奴隷だからな。軍に所属すれば4等級となる」
「そうです、資産価値も爆上げで、一時間働くと4000エドロ以上も稼げちゃうんですよ!?」
「軍属している時間は全て任務扱いで給金となる。これで身なりのいい服を買い、更に貴族として磨きをかけられるな」
……すぐに殉職しそうだな。二階級特進って。
そう言えば、そもそも4等級奴隷は1等級奴隷に捨て駒だって入国案内の紙にも書いてあった。
うん、これは本格的に鍛えないとマズそうだな。
バルバロアはともかく、サーティーズさんは良い人だし。
「そんな訳で、サティちゃんもバルバもイースも、今日は気合入れていくでありますよ!」
「はい!」
「任せておけ」
「……はい」
ナインアリアさんの隊に属するのは3人、サーティーズさん、バルバロア、そしてイースクリムだ。
そのイースクリムだが、かなり地味な雰囲気を纏う青年。
髪も黒く、隊服も着崩さず、何処にでもいるような普通の男感を出している。
正直、見た目だけで言えばかなり弱そう……なんだが、俺の眼は誤魔化せない。
イースクリムは近接戦闘の達人だ。
「明日行われる式典の詳細は自分にも伏せられてるでありますので、詳細は帰りのホームルームになるであります。それと、サティちゃん達は放課後、自分の所に来て欲しいであります」
「入隊する為の準備ですね!あ。もしかして、そこで総指揮官殿にご挨拶できたり……とか?」
「そーでありますねー?うん、出来ると思うであります!」
「やったっ!」
ナインアリアさんはチラリと俺の後ろに視線を飛ばし、総指揮官殿にお伺いを立てた。
そして総指揮官殿は「もふふ!」と親指を立てて、クッキーを齧っている。
……挨拶する時に威厳が無くなるから、そろそろクッキーを喰うのはやめた方が良いぞ。
「そんじゃ、次でありますね……、速攻でトラブってるから知ってると思うでありますが、今日は二名の体験入学者がいるであります。リリンサ殿、ユニクルフィン殿、前に来て欲しいであります」
この流れは予想通り。
だが、リリンは完全に油断していたようで、慌てて「もふふ!?」とクッキーをお茶で流し込んでいる。
今更だが、体験入学をしに来た奴がクッキーを喰ってるのはどうかと思うぞ。
バルバロアなんか、ものすっごい顔で睨んでるしな。
「二人とも、簡単で良いので挨拶して欲しいであります。あ、ホントに簡単で良いでありますよ?」
「おう、挨拶をするのは慣れているから大丈夫だ」
「私も。期待してて欲しい!」
いや、挨拶のどこら辺に期待しろと?
今の所は不安しか無い。
「俺の名前はユニクルフィン。年齢は16歳で、半年前に冒険者になったばかりだ。この学校に来た理由は入学するとレベルの高い魔法を覚えられると聞いて興味が湧いた。よろしく頼む」
俺がここに来た理由は当然、嘘だ。
これは昨日の夜にリリンと相談して決めていたもので、非常に当たり障りのない内容となっている。
まぁ、実際、魔法を覚えられるなら覚えたい。
ここ一ヶ月はグラムでの戦い方をひたすら訓練していて、バッファの魔法すらリリン任せになってしまっている。
グラムがあれば並大抵以上の事が出来るとはいえ、ちょっと寂しいのも事実なのだ。
「ほら、次はリリンの番だぞ。緊張して何を言うのか忘れちゃったのか?」
「大丈夫。ちゃんと覚えている」
リリンは俺の自己紹介が終わっても喋りださず、何かを考え込んでいた。
決めておいた設定を忘れたのか?と思ったが、どうやら覚えているらしい。
……じゃあ、その沈黙は何なんだよ?
すげぇ嫌な予感がするんだが。
「私の名前はリリンサ・リンサベル。16歳。冒険者をしている。そしてユニクの婚約者!!」
「……。えっ、であります!?!?」
「……。ええええ!?」
「……。平民風情が婚約だと?」
「……。マジかよ」
誰がそんな事を言えって言ったんだよッッッ!?
沈黙を保っていたイースクリムにすらツッコミを入れられたじゃねぇかッ!!
「ちょちょちょ、リリンサ殿、マジでありますか!?前に会った時は言って無かったでありますよね!?」
「うん。闘技場の次の日に告白した。そしてOKを貰っている!!」
「うわっー、流石はそう……リリンサ殿でありますな。自分なんかより、一歩も二歩も先を進んであります」
いや、このクラスの大半の奴が俺達よりも100歩くらい先を進んでるぞ。大魔王陛下の手によって。
そう言いたくなったが、わざわざ童貞だとバラす必要はないな。
黙っておこう。
「あの、所でなんですが……」
「何でありますか?サティちゃん」
「リリンサさんの事、どうして敬称を付けて呼ぶんですか……?ナインアリア先生の方がレベルが高いですのに」
うん、ごもっともな質問だな。
ナインアリアさんのレベルは62156。
闘技場でも6万を超えている人は少数だったし、先生として敬われる立場なのも納得だ。
だが、実際の態度はまるっきり逆。
敬われるべきナインアリアさんの方が敬称を付け、リリンは呼び捨てだ。
これは、俺から説明した方が良さそうだな。
リリンに任せておくと、確実にボロが出る。
「ちょ、そ、それは、でありますね……」
「俺達がナインアリアさんが困っている所を助けたからだよ」
「えっ?」
「闘技場がある街にカツテナイ害獣が出てな。ナインアリアさんはその討伐メンバーの一人だったんだけど部隊から孤立しちゃったんだ。で、そこに別部隊の俺達が通り掛って助けた訳だ」
こんな感じでどうだろうか?
適当に考えた嘘とはいえ、ナインアリアさんが冒険者だったのは本当の事だ。
かなり信憑性があるはずだが……?
「そうなんでありますよ!迷子だった自分を導いてくれたであります!返し切れない恩があるでありますよ!!」
「へー、そうだったんですね。あ、だとすると陛下のキングフェニクス一世を捕獲したのって皆さんですか!?」
……なんでバレた?
つーか、何処からどうしてそうなった?
「キングフェニであります……?」
「あれ、違います?陛下は闘技場の近くの森で捕まえたと仰っていましたが」
「いや、それであってるぞ。ナインアリアさんは別の獲物を狙っていたようだが、俺達が探していたのはキングゲロ鳥だ。その絡みでメイさんやセブンジードさんと仲良くなってここを紹介された訳だな」
「なるほど。だからテトラフィーア様や陛下とお友達なんですね!」
すげぇ!?奇跡的に話が纏まったんだがッ!?
なんだこれ、ゲロ鳥が起こした奇跡かッ!?
「確かに、キングフェニクス一世の存在は最重要機密ですもんね。それはひみつ!にもなります」
「えっ?ゲロ鳥キングがか?」
「当たり前じゃないですか。だって陛下よりもレベルが高いんですよ?あのつぶらな瞳の奥に何が隠されているのか分かりません!」
そういえば、キングゲロ鳥のレベルって99999してたっけ。
冥王竜のすぐ後に出てきたからヤバい奴かと思って警戒したが、ほぼアホタヌキと同じ程度の戦闘力だった。
で、それが今じゃ大魔王クラスか。
うん、普通にバケモンだな。
「ちなみに、なんでサーティーズさんはキングゲロ鳥を知ってるんだ?機密事項なんだろ?」
「えっ!?だ、だって、陛下のお部屋にいました……し?い、一緒に……」
「……すまん、聞いた俺が悪かった」
再び顔が真っ赤に染まるサーティーズさん。
これは俺のデリカシーが無かった。本当にすまん。
だが、心の中で一言だけ言わせてくれ。
……ゲロ鳥と一緒になにをしやがったッッ!!
大魔王陛下ぁぁぁぁぁぁ!!
「おほん!ということで、今日は二人と一緒に勉強をするであります!みんな仲良くして欲しいであります!」
「そんな訳だ。俺からもよろしく頼む」
「うん、ビシビシ鍛えていくから、よろしくお願いしたい!」
そう言って頭を下げた俺達を出迎えてくれたのは、温かい拍手だった。
手も足も出ないオブジェを除き、全員が俺達を歓迎してくれている。
なんとか無事に体験入学が出来そうで、安心したぜ!




