第49話「大魔王学院・上級クラス」
「そんな理由から、この学校は普通の学校と同じく、あなた達と同じ年頃の子が多くなっています」
ロイの正体を知った後、俺達はテロルさんと雑談に興じていた。
この学校の設立者は大魔王陛下とテトラフィーア大臣だが、実はテロルさんが発案者だということ。
また、入国時の審査や隷属手帳の履歴などから、高い素質を見い出された者を集めている事なども教えて貰った。
そして、この学校に在籍しているのは12歳~20歳が殆どであり、意図的にその年齢層にしているそうだ。
これは、『大人が現在を豊かにするべく働き、子供は未来を豊かにするべく学ぶ』という理念のもとに住み分けた結果であり、勉強をしたい大人は城下町にある修道院に通う事になっているらしい。
「さて、そろそろ教室に向かった方がいいですね。あぁ、特に準備の必要はありません。教室に行けばナインアリアがフォローしてくれます」
「俺達が体験入学するのは上級クラスだったよな?で、そこにサーティーズさんやバルバロアがいると」
「あ、そうだった。替えのバックを用意しないといけない。テロル、何処で買えるの?」
「購買に行けば購入できますが……今から向かうとホームルームに間に合いませんので、そちらは私が手配をしておきましょう」
ぐるぐるげっげー!の補填のバックはテロルさんが用意してくれるらしい。
その笑顔から妙な腹黒さを感じる気もするが……、ここは素直に甘えておく。
「陛下から窺っているかと思いますが、お二方の正体を知っているのは私とナインアリアだけです。くれぐれも暴露しないようにお願いします」
「ん、了解した。バレ無い様にブチ転がす!」
「はい、よろしくお願いします。サーティーズとバルバロアに現実を教えてあげて下さい」
テロルさんもどうやら一枚噛んでいるらしく、増長した生徒を転がしたいらしい。
というか、テロルさんの報告が大魔王陛下の所に行ってこうなった可能性が高い気がするな。
なにせ、姫なのにさっさと亡命し、祖国を滅ぼそうとしているくらいだ。
調子に乗った生徒を転がす事に忌避感を抱くはずがない。
「じゃ、早速行こう、ユニク」
「おう、そうするか」
「せっかくなので楽しんで来て下さいね」
テロルさんに上級クラスの場所を聞いて、俺達は校長室から退出した。
それにしても、校長室ってなんとなく重苦しい雰囲気で肩がこるな。
まだできて数年だというし、たぶんワザと重苦しい雰囲気にして威厳を出そうとしているんだろう。
……だがな。
いくら歴代の校長がいないからって、レジィの顔写真の横にゲロ鳥の写真を並べるのはどうかと思うぞ。
**********
「やっと着いたな」
「ここが上級クラスのあるフロアだね。ちょっと楽しみになってきた」
職員室を出てすぐ左側にあった階段をひたすら登ること10階層。
このフロアに上級クラスが使う教室が纏まっているらしい。
ここには通常の教室が2つある他に、情報処理室、音楽室、化学実験室がある。
他にはトイレや給食室、ボイラー室などの事務系の部屋もいくつかあるみたいだな。
階段に張ってあった地図を見てそれ確認したリリンは、一直線に歩き出した。
そして、迷うことなく扉に手を掛ける。
うん、その扉の中に教室は無いぞ、リリン。
そこは給食室だからな。
「……流石に給食はまだ作ってないと思うぞ?」
「今日のメニューを確認しておこうと思って。給食は凄く重要!」
「たぶんだが、そういうのは教室に行けば分かると思うぜ」
「なるほど、確かにそう。壁には献立が張ってあるはずだし、人気のメニューには花マルが書いてある!」
へぇー、人気のメニューには花マルを書くもんなのか。
……腹ペコ姉妹が転校してきたら、毎日花マルが付くだろう。
「リリン、一応聞いておくが、今日の目的はなんだ?」
「セフィナと美味しい給食を食べるための下見!」
「おい」
「……というのもあるけど、ナインアリアの為に偉そうな人を転がす!」
なんかイマイチ不安だが……まぁ、なんとかなるだろ。
今度は反対方向に歩き出し、ざわざわと賑わっている教室に到着。
どうやらまだホームルームは始まっていないらしく、生徒は自由時間を満喫しているようだ。
「へぇ、結構いるな。15人くらいか?」
「ぱっと見た感じ派閥があるっぽい。聞いていた通りだね」
開けっ放しになっているドアから教室を覗くと、大きく分けて3グループに分かれていた。
制服をきちっと着こなし、ついでに背筋をピンと伸ばして語り合う美男美女軍団。
このグループは貴族だな。
一方、机や椅子に腰掛けてラフな態度で談笑しているグループもいる。
こっちは平民グループだろう。
で、もう一つのグループはというと……。
険呑な雰囲気で言い争いをしている二人の男とその取り巻き一名。
サーティーズさんとバルバロア、それに言い争いの相手の黒髪で根暗っぽい男がイースクリムか?
「どうしてお前はいつもそうなんだ?イースクリム。何事にも無関心。そんなんで、小さなきっかけで命を落とす事がある軍に入隊できると思ってるのか!!」
「入隊するからナインアリアとチームを組んでるんだろ。俺はお前の方が心配だね。真っ先に敵の罠に掛って戦死しそうだ」
「罠になんか掛る訳ないだろう!馬鹿にしているのか!」
「馬よりはイノシシって感じだろ。猪突猛進って知ってるか?」
……うん、コイツら、仲悪そうだなぁ。
教室の中央に陣取り、激しい言葉で攻めているのがバルバロア。
冷静に野次を飛ばし返しているのがイースクリム。
そして、絶妙な距離を取って火の粉が降りかからないようにしているのがサーティーズだ。
見方によっては、このグループを避ける様に貴族と平民に分かれている……様に見えなくもない。
良くも悪くも、この三人が中心人物なのは間違いなさそうだ。
って、そういえば、ナインアリアさんの姿が見えないな?
「リリン、ナインアリアさん居ないな?」
「まだ来てないっぽい。代わりに、サーティーズとババロアとアイスクリームがいる。……どうする?」
……バルバロアとイースクリムな。
二人揃ってデザートにすると、相性が抜群に良さそうになるから不思議なもんだぜ。
「とりあえず声を掛けてみようぜ。ナインアリアさんが何処に居るかも知ってるだろうしな」
「分かった。……たのもー!」
……気に入ってるのか?道場破り。
リリンは平均的なドヤ顔で教室の扉を叩いて注目を集め、声高らかに宣言。
これからこの教室は絶望と恐怖で染まるだろう。
「おや?さっきの……リリンサさんとユニクルフィンさん。職員室には行けましたか?」
「ばっちり。教頭先生とも話をしてきた」
俺達に気が付いたサーティーズさんはすぐに近寄って来て、リリンに頬笑みを向けた。
生徒会長というだけはあり、体験入学をする俺達の事を気にかけていたようだ。
一方、バルバロアとイースクリムはまだ言い争いを続けている。
なお、なぜか連鎖猪を題材にしてあーでもないこーでもないと激論を交わしているが、どっちの言い分も間違っているな。
確かに連鎖猪は群れで行動するが、平気で裏切る貴族と違って連係プレーが得意だ。
それと、『イノシシ程度』なんて見縊っていると、速攻で轢き殺されるぞ。
男二人で宙を舞ったのは、良い思い出だよな。ロイ。
「サーティーズ、聞きたい事がある」
「はい、なんでしょう?」
俺がロイとの思い出を懐かしんでいると、リリンが口を開いた。
サーティーズさんにナインアリアさんはどこに居るのか聞くべく、期待に満ちた目を向け――。
「今日の給食は何が出る!?」
「給食ですか?今日はココア揚げパンの日です。それとワンタンスープにほうれん草のおひたし、コロッケとデザートに冷凍パインです」
「ん、それはかなり期待できると思う!」
「ですね。この学校の給食って、デザートまで付くから素敵です」
ナインアリアさんより給食を優先させやがっただとッ!?
どんだけ給食が楽しみなんだよ!?
というか、サーティーズさんも献立を見ずに答えやがった。
記憶力が良いだけなのか、それとも、献立を覚えちゃうくらいに給食を楽しみにしているってことか……?
「それと、バックは手配中だから待ってて欲しい」
「あー。そうですよね。このバック4万エドロもしますし、そんな大金を持ち合せて無いですもんね」
「……?いや、お金ならある。ただ、テロルが用意してくれるって言ったから好意に甘えているということ」
「4万エドロですよ?へ、へぇー、リリンサさんはお金持ちなんですね?」
いや、4万エドロはそこまで大金じゃないだろ。
普通のゲロ鳥の相場は20万エドロくらいだし、バック一つのお値段は、なんと驚異の0.2ぐるぐるげっげー。
俺が鳴いただけで30匹、600万エドロが集まった事を考えると、そう高い金額とは思えない。
「ん、4万エドロくらい誰だって持ってると思う」
「そんなことありません!4万エドロは大金ですから!!」
「……そう?」
「絶対にそうです。4万エドロも稼ぐのは、とても大変な事ですよ」
なんか、サーティーズさんから殺気の様なものを感じるんだが?
そこまで本気で語る程のもんか?4万エドロって。
腹ペコ魔王とそのペットと食事すると、4万エドロなんか軽々と超えるぞ。
「ん、それはそうと、私はナインアリアを探している。彼女はどこに居るの?」
「えぇ?ナインアリアさんとも顔見知りなんですか?」
「うん。友達」
「テトラフィーア様に続き、ナインアリアさんまで……。も、もしや、リリンサ様はフランベルジュの大貴族……とか?」
いや、違うぞ。
もっと格上の大魔王だッ!!
サーティーズさんはリリンに恐る恐るといった感じで、的外れな事を聞いている。
察するに、リリンの事を自分より格上の貴族だと勘違いしてしまったようだ。
これはちょっとまずい流れだな。このまま放っておくと、速攻で俺達の正体がバレる気がする。
俺も話に加わった方が良さそうだ。
「いやいや、リリンも俺も貴族じゃないぞ」
「え?貴族じゃない?テトラフィーア様やナインアリアさんと友達なのに?」
妙な設定を作るとボロが出やすいと思ってつい本当の事を言っちゃったが、……失敗したかもしれない。
サーティーズさんは疑うような目つきになり、『貴族じゃないんですか?ふぅん?それなのにお金持ちなんですね』っと怪しんでいる。
……確かに俺達は貴族じゃないぞ。特級奴隷で隷属手帳に1垓エドロ以上入ってるけどな。
「私は不安定機構に属する冒険者をしている。二人と友達なのも、ちょっとした任務中に出会って仲良くなったから」
「まぁ、そうなんですね」
この腹ペコ大魔王さん、サラっと嘘を吐きやがった。
ナインアリアさんと出会ったのはノリで参加した闘技場だし、任務じゃない。
テトラフィーア大臣に関して詳細は不明だが、すくなくとも侵略戦争は『ちょっとした任務』じゃねぇだろ。
まぁ、これで誤魔化せただろうし良しとしよう
「それで、ナインアリアさんはどこに――」
「貴族でも無い奴が、ナインアリアになんの用だ?」
あ、バルバロアがこっちに来た。
どうやらイースクリムに言い負かされてしまったようで、凄く苦々しい顔をしている。
「貴族だと思ったから声をかけてやったが、まさか平民の冒険者だったとはな」
「友達になるのに貴族とか関係ないと思うけど?」
「大ありだ。貴族と平民は住む世界が違うんだからな」
「……。まぁ、貴方と私とでは住んでる世界が違うのは確か」
ほんとコイツ、リリンの地雷を踏むの上手いなー。
リリンは今、平均的な嘲笑顔でハンカチを取り出し、微笑みながら杖を拭いている。
これはやばい。
地面に転がされるどころか、首と胴体が別々に転がっても不思議じゃない。
いざとなったら、俺が止めに入ろう。




