第46話「大魔王学院・朝のぐるげー乱舞」
「ユニク、鳴いて。そうすれば全て解決すると思う!」
平均的な期待に満ちた表情の大魔王さんが、俺に熱い視線を送ってきている。
うん、そんな顔で見つめられると、逆に鳴きづらいんだが?
ここに来る途中で鳴きまくっていた俺が言うのもなんだけど……、何が悲しくて、人生初の学校の校門でぐるぐるげっげー!って鳴かなくちゃならねぇんだよッ!?
全て解決って、鳴くと同時に色んなモノが終わっちゃう気がするぞ!?
「いや待て、リリン。流石に人前ではちょっと……」
「ん。既に、この国で最も偉いレジェやテトラの前で鳴いている。気にしなくていいと思う!」
すげぇドストレートな正論が来たなッ!?
確かに、大魔王陛下に披露する以上に躊躇う事は無い気がする!!
って、騙されねぇぞ!!
さっきから、その大魔王顔で何を企んでやがるッ!?
「リリン、率直に聞くぞ。何を企んでるんだ?」
「……。ユニクの偉大さを見せつけて、色んな人をひれ伏せさせたい!」
ひれ伏すのはゲロ鳥であって、人間はひれ伏さねぇだろ!?
そっと距離を取られるだけだッ!!
「ユニク、恥ずかしがる事は無い。テトラも絶賛していた!!」
絶賛していただと……!?
絶句だっただろうがッ!!
ゲロ鳥大臣は俺の鳴き声を聞いて絶句し、「確実に全ゲロ鳥がひれ伏しますわ」とのコメントを残している。
後でリリンに聞いた話だが、ゲロ鳥大臣の耳は凄まじく良く、初めて会った人と話をするだけで相手の感情を聞き分けてしまう程なんだそうだ。
で、そんな人が俺の鳴き声を聞いて絶句したと。
うん、ここで鳴くのは無いな。
楽しみな学園生活が、ぐるぐるげっげーしてしまう。
「……ふっ。そろそろ職員室に行こうぜ、リリン!」
「むぅ、鳴かないの?サーティーズも聞きたがっている!」
「えっ、私に振るんですか!?」
このままでは分が悪いと踏んだ大魔王さんは、あろう事がサーティーズさんに助けを求めやがった。
どう考えても、初対面の人に振る内容じゃない。
「えっとそうですね……。テトラフィーア様が絶賛したというのなら、是非……?」
肯定されちゃっただとッッ!?!?
あぁちくしょう、これ、逃げられねぇ奴だッ!!
どうにか頑張って回避しようと思ったが、どうやっても、ぐるぐるげっげールートから抜け出せそうにない。
うーん、ここで鳴くのはすごく嫌な予感がするんだが……。
えぇい、さっさと鳴いて忘れてしまおう!!
「一回だけだからな!?」
「ん、それで十分。あ、せっかくだしキングの方で」
「格上げされた!?」
「そっちの方が、よりひれ伏せさせられると思う!」
「あぁ、ちくしょうめ!!……いくぞ!!ぐるっぐるっ、きんぐぅぅぅぅぅーーーー!!」
腹ペコ大魔王さんと生徒会長さんの前で、俺は声高らかに鳴いた。
俺の複雑な気持ちを纏わせた渾身のぐるぐるきんぐぅー!!が、朝露が光るさわやかな空気へ溶け込んでゆく。
……あ。謎のゲロ鳥帽子軍団が一斉にこっちを見た。
それぞれ「おい聞いたか?今の鳴き声」「あぁ、ゲロ鳥の変異種がいるのかもしれない」「探せ!」と大変に興奮していらっしゃる。
「な、何ですか今の?背筋がびくってなりましたよ」
「ん、成功」
「……成功?」
「ユニクの鳴き声を聞いて、隠れていたゲロ鳥の大群が反応したっぽい。あっちからいっぱい来る」
「……え?」
しれっと魔法で索敵を終えたリリンが茂みを指差すと同時に、激しい地響きがし始めた。
それは、唸るような重低音な鳴き声。
地獄の二日酔いにあえぐ亡者のごとき、聞くに堪えない狂騒曲だ。
「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」「ぐるぐるげっげー!」
「きゃああああああ!?!?なにこれぇええええ!?!?!?」
俺の王たる鳴き声に反応したゲロ鳥、ざっと30匹。
そんな大群が俺達を囲んで狂気乱舞し、激しく羽をバタつかせながら爆走している。
おう、こんなにも何処に隠れていやがった!?
一般人が見たら確実にトラウマになるぞッ!?このゲロ鳥フィーバー!!
「なんですか!?これ、なんですか!?」
「ん、これがユニクの実力!鳶色鳥をコントロールできる!!」
「これでコントロールしてるんですか!?暴れ回ってま……きゃあああ、私のカバンをつつかないで!!」
「あっ!《失楽園を覆う!!》」
俺に乱舞を見せたゲロ鳥達が向かったのは、生徒会の人が荷物を置いてある場所だった。
恐らく、かばんに入っている食べ物を狙ったんだろう。
サーティーズさんのバックをつつきまくったゲロ鳥は、上についているファスナーを器用に咥え――リリンの失楽園を覆うで一網打尽に捕獲された。
「はぁ、はぁ、危ない所でした……」
「えっと……ごめん」
「い、いえ、迂闊な事を言った私も悪かったですし……」
声高らかに鳴いたら、ゲロ鳥の群れに襲撃されたんだが?
うん、刺激的で良い思い出になる……訳ねぇだろッ!!
これは明らかに大失敗で、どう考えても弁償をする流れだ。
というか、俺達に対して謙遜しているサーティーズさんが既に涙目。
悲しそうな目で、ズタボロにされたバックを眺めている。
「いや、ホントにすまん。そのバックは弁償するぞ」
「うん、私も調子に乗ってごめん。この埋め合わせは必ずする」
「……はい、そうしてくださいね……」
なんかもう、本当に居たたまれない。
リリンはサーティーズさんに対して何かを企んでいたようだが、すっかりその気も失せたっぽい。
今は素直に申し訳なさそうにして、自分の隷属手帳を取り出している。
……って、何をしでかす気だよ!?
「ちょっと待てリリン!!何をするつもりだッ!!」
「え?なにって、弁償。私が悪ノリしたせいだし、使える権限をフルに使って新しいバックを用意しようかと」
「そこは普通に用意しような!?使える権限って、何を使うつもりだよ!?」
「レジェを呼ぶ」
「今は大事な侵略会議中だろッ!流石に怒られるぞ!!」
俺が鳴いたせいで侵略会議が中断するとか、流石に笑えない。
というか、そのまま幽閉されて、ぐるぐるげっげーの刑に処されても文句が言えないと思う。
あぁ、ホントロクでもない事になったな。
しかも、あまりの光景に硬直していたゲロ鳥帽子軍団が、こっちに向かって来ている。
まだ混沌が続くらしい。
「キミ達っ!怪我は無いか!?」
「サーティーズのバックがボロボロになった。すまないと思っている」
「バック?あぁ、確かに酷い事になっているが……正直な話、幸運だったと言わざるを得ないな」
走り寄って来た集団の先頭に居るのは、伸長が2m近い屈強な男。
簡素な軍服を着こなしている姿は、歴戦の軍人にも見える。
そんな男はボロボロのバックを抱いているサーティーズさんをしっかりと眺め、「怪我がなくて本当に良かった」と呟いた。
誠実そうで良い人っぽい雰囲気を出しているが……何をそんなに慌ててるんだ?
「バルバロアさん……。これのどこが幸運なんですか……」
「あ、いや、すまんサティ。だが、キミに怪我がなくて良かったというのは事実だ。このゲロ鳥たちは、品種改良された戦闘種だからな」
「品種改良された戦闘種?それって、この前に言っていた『戦乱絶叫種』ですか?」
「いかにも。今朝、檻を破壊されて逃げられたんだそうだ」
……なんか、凄くヤバそうな名前のゲロ鳥なんだが?
タヌキ将軍に匹敵する絶望感だぞ?
俺が恐れ戦いていると、黙って話を聞いていたリリンが口を開いた。
その表情は、平均的に興味津々な顔だ。
「そこの人、そのバーサークゲルゲーって何?」
「女王陛下の勅命によって品種改良されたゲロ鳥の事だ。来るべき時、フィートフィルシアを陥落させる為の秘密兵器として研究されている」
思ってたよりも、数段とんでもねぇゲロ鳥だったんだけど。
つーか、マジでゲロ鳥を戦争に参加させるつもりなのか、あの大魔王。
キングゲロ鳥を侵略大臣にしたのって、冗談じゃないのかよ。
「なるほど。だから普通のよりも凶暴だと。レベルも1万を超えてるし」
「気性が荒い個体同士の掛け合わせだからな。そのせいで手がつけられなくなって、餌やりに行った同級生が何十人と戻って来なかった」
「えっ。死んじゃったの?」
「いや、トラウマを発症して領地に帰っただけだ。……何人かは本当に重傷を負ったが」
「そうなんだ。死んでなくて良かったと思う!」
……死んでないにせよ、重傷を負ったら良くはねぇだろ。
なんとなく見え隠れしている背景から察するに、レジェンダリア以外の国の貴族が被害に遭っているらしい。
そしておそらく、ゲロ鳥学科なんぞに在籍しているのは、大魔王陛下への忖度のはずだ。
『我が息子を陛下にお預けします。だから、侵略しないでください』
多分こんな感じのやりとりの果てにゲロ鳥学科に入学し、その結果、大魔王陛下謹製のゲロ鳥に襲われたと。
そりゃ、トラウマにもなるよな。
「それにしても、あの凶暴なゲロ鳥を引きつけて捕らえてしまうとは……キミ達は何者だ?」
「私達はレジェの勧めにより体験入学しに来た。今日1日軍学校の上級クラスで授業を受ける」
「ほう、そうなのか。では私とも一緒だな」
「ん?高等ゲロ鳥学科じゃないの?」
「いや、凶暴過ぎて手がつけられないから助けてくれとお願いされただけで、私は軍学科だぞ」
「そうなんだ?じゃあ、よろしく」
「あぁ、よろしくっと言いたいが……」
この屈強なゲロ鳥男こと『バルバロア』さんは、リリンが差し出した手を握ろうかと迷い――結局、握手をしなかった。
その対応に、僅かにリリンの眉間に皺が寄る。
「すまないが、私とサティは軍のエリート部隊に配属されるのが決まっていてな。簡単には慣れ合いをしないんだ」
「……へぇ、どこの部隊?」
「体験入学をするなら名前くらいは聞いた事があるだろう。この国最強の部隊『終末の鈴の音』だよ」
「……ふーん、そうなんだ。よく覚えておく」
……。
…………。
………………終わったな、バルバロア。
終末の鈴の音の名前が出た瞬間、リリンは深い笑みを溢した。
いつもの平均的な奴じゃなく、大魔王風味のガチな笑みだ。
知らぬ事とはいえ、部隊の総隊長から握手を求められて『慣れ合わない』と言ってしまうとはな。
バルバロアのレベルはサーティーズさんと同じくらいの49000。
近いうちに、地面に転がる事になるだろう。
「まぁ、キミはレベルが高いし、頑張れば終末の鈴の音に入れるさ。そうすれば同僚だから気兼ねしなくても良くなる」
「……。それは無理だと思う。」
今のリリンのレベル表記は48471にしてある。
このレベルを見て舐めた態度を取った人をぶち転がすという、心無き魔人な奴だ。
「だが、そっちの彼は相当頑張らないと難しいだろうな。なにせレベルが低すぎて、今のままじゃ話にならない」
「よし、あなたを『転がしリスト』の一番上に乗せておく。」
……ここで失言か。コイツ、可哀そうなくらいに運がないな。
墓穴を掘ったどころか、タヌキ帝王の巣穴に落下したレベルの絶望感が漂っている。
近いうちとは言わず、この場で地面の染みにされるんじゃないか?
いやいや、流石に校門をくぐる前に退学になりたくはない。
俺は平均的な無表情で星丈―ルナを握りしめたリリンへ視線を向けた。
「ホントにそろそろ職員室に行こうぜ、リリン」
「ん、転がして身の程をわきまえさせるべき」
「それは後でな。……正体を隠すって約束、忘れたのか?」
俺はこっそりリリンに耳打ちし、無理やりこの場を納めた。
そして素早くクッキーを取り出し、大魔王様の口にも納める。
よし、後は立ち去るだけだぜ!!
「ということで、そのバックは後で弁償するよ、サーティーズさん」
「必ずですよ?結構お値段が高いですが、大丈夫ですか?」
「そうだな、1垓エドロまでなら出せるかな」
「……?まぁ、弁償していただけるなら、何でも大丈夫です」
バルバロアと違って、サーティーズさんには恨まれても仕方がない。
だが、彼女は良くできた人格者の様で、引きつった笑みを浮かべながらも文句を口にしなかった。
超高速でクッキーを貪っている大魔王さんも頷いているし、速やかに新しいバックを用意して謝罪し、好的な関係を築きたい。
「さて、気を取り直して職員室に行くか、リリン」
「もふふ!」
俺達は追加のクッキーを取り出しつつ、塔に向かって歩き出した。




