第44話「本気出す大魔王・侵略会議」
ちょいとキャラクタ―名の訂正があります!
× ダオ大臣
○ グオ大臣
頑張れ、愚王!!
「まったく、陛下も酷いですわっ!せっかくユニフィン様と再会できましたのに!!」
カツカツカツとハイヒールを鳴らしながら、ドレスを着た女性が廊下を歩いている。
彼女の名前は、テトラフィーア・Q・フランベルジュ。
レジェンダリアへと亡命し、心無き魔人達の統括者の力を借りて祖国にて革命を起こし、そして、フランベルジュ国の国力を7倍へと押し上げた賢姫だ。
その類稀なる知能は今、とある事案によって赤くなったり、ピンクになったり、真っ黒になったりと忙しい。
長年の想いを意中の男性へ伝えたのにもかかわらず見事にあしらわれ、『ゲロ鳥大臣』などという不名誉なあだ名で呼ばれた屈辱は、彼女を暗黒面へと落とすには充分なのだ。
そして、最後の望みを託し女王陛下へ懇願するも、名誉挽回のチャンスすら与えられなかった。
この憂さをどうしてくれよう、と滾る想いを沸騰させながら、テトラフィーアは侵略会議室へ辿りつく。
そして想いのままにドアを思いっきり蹴り開けた。
突然の打撃音に一同が静まり返るも、テトラフィーアの怒りは僅かにも衰えていない。
「会話を聞く限り、決定案はまだ出てない様ですわね。……いつまでうだうだやってるんですの!?貴方達が暇つぶしをしているから、私は、私は……!」
テトラフィーアが発した言葉は、普通ならば眉をひそめられることだ。
なぜなら、彼女はこの会議室のドアを蹴り破ったばかり。
まるで侵略会議をずっと聞いていたかのような物言いは、今までずっと会議を行ってきた人からすれば不愉快となる。
だが、糾弾の声が上がる事は無い。
この場に在籍している32名の上位高官、その全てが、テトラフィーア大臣が持つ神の因子の能力を理解しているからだ。
だからこそ代わりに上がるのは、怒り狂う大臣を見た事による困惑の声となる。
「お、おい、テトラフィーア様、めっちゃ荒れてるぞ……」
「やっべぇ、あれ、マジギレだ。国を滅ぼした時のやつだ……」
「それって、フランベルジュの時と同じ……?あぁ、今回の陛下は何をしたんだよ……?前回の時の比じゃねぇぞ……?」
「前の時は……テトラフィーア様へ送られてきたお見合い写真にイタズラだったか?」
「動物図鑑になったあれか……。婚約者の最有力候補、キングフェニクス1世になったんだよな……」
「そこ!!私語は慎みなさいっ!!」
この会議室にいる32名は、レジェンダリア国を運営している最上位の高官達。
その座席配置は二重の円卓になっており、内円に座る者が1等級奴隷、外円に座る者は2等級奴隷だ。
テトラフィーアはワザとらしくヒールを鳴らしながら、内円にある自分の席へと向かう。
その隣には恰幅のいい男が座っており、怒り狂う彼女に臆すること無く話しかけた。
「ほっほっほ、侵攻ルートの決定はまだですが、三系統の戦略を軸にし、あらゆる戦局を考察しておりますぞ」
「そんな事は分かっていますわ。すべて聞いていましたもの」
テトラフィーアが入室した時に状況を把握していた理由。
それは、彼女が持つ神の因子によって、あらかじめ情報を収得していたからだ。
『絶対音階』。
それがテトラフィーアが持つ神の因子の名であり、その効果は『人間ならざる聴力で周囲の音階を解析し、その中に含まれる情報を完全に習得する』というもの。
人が発した言葉の意味は勿論、その声に含まれる感情ですら、テトラフィーアは聞いただけで理解できるのだ。
そして、テトラフィーアは耳に付けていたイヤリングを通して、ずっと会議を聞いていた。
ユニクルフィンやリリンサと冗談を言い合っている最中も、会議室にて飛び交っている何十という声を聞き分けて状況を理解していたのだ。
「ふぅむ、流石はテトラフィーア大臣。良い耳をお持ちでいらっしゃる。どれだけ声を潜めようとも、解き明かされてしまうでしょうな」
「皮肉にしか聞こえませんわよ。グオ大臣」
「はて?」
「すこし、貴方に意地悪がしたくなりましたわ」
言うまでもない事だが、テトラフィーアは物凄く機嫌が悪い。
唐突な想い人との再会に始まり、数少ない友人が恋のライバルだった事、随分と先を越されてしまっているという事実。
さらに、信頼を寄せていた従者からは情報封鎖をされ、ちょくちょく腹の立つ女王は当然の様に全ての事態を知っていた。
そして続いた会談では、大臣としての国に忠義を尽くしてきたという自負にすら亀裂が走ったのだ。
テトラフィーアの横に座る男こそ、レジェンダリアの闇を一身に背負っていると噂される謎多き男、『グオ・シュガーレス』。
他国の高官が入り乱れているこの部屋の人員の中でも、テトラフィーアは古参だ。
だが、このグオはテトラフィーアが初めてこの国を訪れた時には既に、大臣の席に座っていた。
どれだけ調べようとも、一切の情報が出て来ない謎の男・グオ。
その正体を知ったからこそ、いや、その正体を今まで隠し通されていたからこそ、テトラフィーアは僅かな敗北感を感じているのだ。
そして、演技がかった子供っぽい口調で、テトラフィーアは声を荒げた。
「貴方達が先程まで考えていた侵略案、その全て、ぜぇえええええんぶ、却ッ下ッにしますわぁーー!」
テトラフィーアが唐突に声を上げたのを見て、この会議室に2種類のどよめきが走った。
二重円の外側、2等級奴隷を中心に上がったのは『非難の声』。
「理由も語らずに会議を中座したのに、何を言っているんだ!」と、当たり前の意見が飛び交う。
そして、二重円の内側に座る者達は、一様に沈黙した。
未熟な外側の者とは違い、一等級奴隷を名乗っている12名はテトラフィーアの真意に気が付いている。
それはつまり……今までの会議が無価値になる程の、重大な事案が発生したという事だ。
「いかにテトラフィーア大臣のご機嫌が優れなくとも、理由も無しにそのような事は言いますまい?まずは、お話を窺いましょうぞ」
「勿論ですわ。ですがその前に、しっかりと気合いを入れてくださいまし。ショックで気絶しない様に」
「……まさか、凶報という事ですかな?」
発せられた警告を聞き、グオは秘められた意味を考察して唾を飲んだ。
長い時間を掛けた会議が、根底から覆される事を悟ったのだ。
侵略会議が長引いている理由。それは、永らく行方不明だった総司令官が帰還するかもしれないという大事件が原因だ。
この場に在籍している32名の内、20名ほどは総司令官・無尽灰塵との既知がない。
それはリリンサが放浪していたせいもあるが、レジェリクエが意図的に情報封鎖を敷いていたからだ。
だからこそ、『無尽灰塵とは?』という議題から始まり、女王の差し金により重要参考人としてセブンジードが召喚された。
同様に秘匿されていた闘技場での映像を見ながらの尋問は苛烈を極め、会議が長期化する事になったのだ。
そして、グオはテトラフィーアが中座した理由は『リリンサが登城したから』だと気が付いている。
だからこそ、何らかの理由で『リリンサが戦闘不能』に陥っている可能性を考えたのだ。
「いえ、この国にとっては朗報ですわよ」
「朗報?ふむ、”この国にとっては”という所が気になりますな?」
「えぇ、国にとっては有益でも、貴方にとっては凶報かもしれませんわね。……ローレライ様からお導きがございましたわ」
心地よい声色で、テトラフィーアは言葉を発した。
その声はとても聞き取り易く、故に、会議室の隅々まで響き渡ってゆく。
そしてその刹那、グオ大臣は椅子から転げ落ち、ガタガタと巨体を揺らしながら這いつくばった。
「にゃ、にゃな、にゃなん、にゃなな……なんですとォ……」
「何で猫ですの?そこは国鳥的にぐるぐるげっげーが様式美だと思いますわよ」
良い歳した中年の鳴き声などにまったく興味がないテトラフィーアは、自らの耳に意識を集中させた。
そして、発せられた32名の呼気音を聞き分け、全ての人員の感情を把握する。
驚愕の声を漏らした方が5人ほど。なるほど、どの方も私がこの国在籍する前からいる重臣ですわ。
隷属階級がバラけているあたり、実に巧妙に隠れていたようですわね。
ローレライという言葉に反応を示した者の名前を素早く記憶しつつ、テトラフィーアは椅子から立ち上った。
主より命令された『先に会議室に戻って、場を納めておきなさい』という命令を実行に移すのだ。
「帰還された無尽灰塵様は、とある秘宝をお持ち帰りになられました。それは我々が長い時間を掛け準備してきた『遠回り』を一気に短縮させてしまう程の強大なものですの」
「そ、そんな物を、かのお方が……」
「えぇ、本当にビックリしましたわ。ねぇ、ぐおう大臣?」
テトラフィーアは、あえてゆっくりと『グオウ大臣』と発音し、その真意を伝えた。
それを察したグオは青ざめるも、すぐに立ち直り椅子に座り直す。
魂に刻まれた恐怖が、逃げる事を許さないのだ。
「さて、場を整えるのはこのくらいで良いですわよね?陛下」
クルリと視線を翻し、テトラフィーアは入口のドアを見やった。
そのドアはまだ開かれていない。
だが、テトラフィーアの類稀なる聴覚は、そのドアの先に誰がいるのかを捕らえている。
そして、外に控えていた侍従がゆっくりとドアを開いた。
「ぐるぐるっっきんぐぅーーー!!」
ドアが開くと同時に響いたのは、高らかな王の声。
まるで、「女王陛下のご入場であるッ!控えいッ!!」とでも言うように、足元のキングフェニクス一世が怒声を発したのだ。
「長い間、会議ごくろうさまぁ。でもねぇ、その努力は全て水泡に帰してしまったわぁ」
「レジェリクエ陛下、お導きがあられたとは真でございますか?」
誰に向けたのでもないレジェリクエの言葉に絡まず、グオは声をあげた。
その顔は焦燥と恐怖に染まり、一切の余裕がない。
脳裏に浮かぶ『大粛清』。あの鮮血一色をグオは忘れていないのだ。
「肯定よぉ。皆も見なさぁい。この『絢爛謳歌の導き』をぉ」
レジェリクエ女王の胸に輝く、薄紅色の宝石が取り付けられたブローチ『絢爛謳歌の導き』
その価値と、それがここにあるという意味、その両方を理解できない者などこの場には居ない。
フィートフィルシア攻略が長期化しているのは、ブルファム国王にレジェリクエが即位する為に、このブローチが必要だったからである。
だが、いくら探しても絢爛謳歌の導きは見つからなかった。
ならばこそ、絡め手を以てブルファム国王位を簒奪する為に策謀を起こし、それが実現するまで、どうしても後3カ月の時間が必要だったのだ。
「このブローチは、余の大切な思い人から託されたのよ。リリンサを通じてね」
「リリンサ殿が、あのお方と繋がっていたと……?」
「リリン本人は知らなかったわ。だからこれはぁ、全てロゥ姉様の掌の上ぇ。ぞくぞくするでしょぉ?」
その声は明らかにグオに向けられたものだったが、返答は無かった。
グオは心の中から冷や汗をかき、ぶるぶると身体を揺らしている。
これは再起するまで時間が掛りそうねと判断を下したレジェリクエは、事情を知らぬ者へ向けて語りかけた。
「あえて言うけれどぉ。この絢爛謳歌の導きはブルファム王国の秘宝であり、それを余は手に入れた。ローレライお姉様の計らいによってねぇ」
「あの……ローレライ様というのはどちら様でしょうか?」
比較的若い高官が恐る恐る手を挙げ、レジェリクエ女王へ問いかけた。
彼はいわゆる『トカゲのしっぽ』。
女王陛下の機嫌を損ねそうな質問を周囲の高官に変わって問い掛けるという、人身御供だ。
「そうねぇ、誰ひとりとして知らないでしょうから教えてあげるぅ。ロゥ姉様とは、ユルドルードに次ぐ新たなる人類の救世主。英雄ローレライ様の事よぉ」
その言葉を聞いたグオは、自らの意識を手放しそうになった。
目の前が真っ白になったり真っ黒になったりを繰り返し、やがて一周回って健常に戻る。
動き出した脳をフル活用し、再び愚男になるのを防ぐべく視線を女王へと向けた。
「我らが真王は、英雄になっておられたと……」
「そうよぉ。そしてこれは、ロゥ姉様から与えられた試練。ブルファム王国を手中に収め、大陸を平定する事を余達は速やかに達成しなければならない。それは分かるわよねぇ?」
「もちろんですとも」
「だからぁ、この戦争、余はどんな手段を使っても勝ちに行く。今まで隠していた全ての手札を使用し、勝利を余に捧げなさぁい」
レジェンダリア国の高官は、決して一枚岩ではない。
それは、『他者と競い合う事で、意思と志向を高める』事を目的として、レジェリクエ女王が意図的にやっている事だ。
そして、レジェリクエの言葉を聞いた技術革新局長『サンドクリム』は冷や汗をかいた。
隠し事が多い彼は女王に言われたくない言葉を思い浮かべ、決して目立たぬように身を潜める。
だが、そんな願いはレジェリクエ女王には通じない。
「サンドクリムぅ、『天穹空母―GR・GR・GG―』を出すわぁ。準備なさぁい」
「へ、陛下、それは……!」
Gamut
Racial
Glance
Royalty
Glorious
Gerodori
『人類全領土を一瞥する女王の、栄光なるゲロ鳥』と名付けられ、略称で『ぐるぐるげっげー』と呼ばれているそれは、戦争という概念を根底からブチ壊す超兵器。
それらの建造を命じられていたサンドクリムは、あらゆる問題点を脳内に巡らせながら声を張り上げた。
「恐れ多くも奏上いたします!!かの天穹空母は完成から日が近く、充分な試験運用が出来ておりません!いきなりの実践運用は――」
「一つだけ答えなさぁい。余が渡した設計図と寸分違わずに創った。そうでしょぉ?そうしなさいと命令したわよねぇ?」
「それはそうですが、あの設計図は未知の理論に基づいており、私の見立てでは100年先の未来技術なのではと疑う程の――」
「そうでしょうねぇ。だってロボとか空中要塞とかぁ意味不明だものぉ」
「……は?」
レジェリクエの独白の意味を知るのは、ユニクルフィンからカツテナイ機神の話を聞いたテトラフィーアしかいない。
いかに優れた頭脳を持っていようとも、タヌキが人類の500年先を行く超技術を持っているなどと考える訳がないのだ。
「ともかくぅ、その設計図通りに作ったのなら問題ないのぉ。だってそれは、心無き魔人達の統括者・再生輪廻が手ずから書いた設計図なのだからぁ」
「やはりそうでしたか……。あの様な空前絶後の思想をお持ちの方こそ、我が国を技術超大国へと進化させた再生輪廻様……はは、まるでカミさまじゃないか……」
そうして、辛うじて立っていた技術革新局長は膝から崩れ落ちた。
彼の持つ機械技術は、この大陸でも5本の指に入る程に優れている。
そんな彼がまったく理解できない超技術が記された設計図。
一か月前にレジェリクエが唐突に持って来て「コレを作りなさい。材料はこの大陸にある物で作れらしいわよぉ」と告げたそれは、技術者の中では『未知理論技術』と呼ばれ、恐れられている。
「時に、グオ。貴方の兵はどこに配置しているのぉ?」
言いたい事は良い終えたとサンドクリムから興味を手放し、レジェリクエはグオに向き直った。
そこに居たのは、覚悟を決めた決意の重臣。
まるで手負いの獣の様なギラギラとした風格を纏い、ゆっくりと口を開く。
「400名ほどはブルファム王国で働いておりますぞ。忠臣として」
「よろしぃ。期を見て150名を動員し、ブルファム王国で革命を起こしなさい。そして、残った250名で鎮圧するのよぉ」
「ふむ、その後、陛下の進軍に合わせ残った兵を一斉に蜂起させる。もちろん、最初の150名と共に。ですな?」
「正解ぃ。裏切りは得意でしょぉ?ねぇ、チュインガム元国王」
「可愛い妹君にお願いされては断れませんなぁ。……ストロジャムッ!ミルティーナッ!今こそ、我らが真王姉妹に忠誠を捧ぐ刻であるッ!!全身全霊を賭せぇいッ!!」
唐突に過去の名前で呼ばれた二名の高官は、すぐにその意味を理解し己が役目を果たすべく会議室から飛び出してゆく。
グオ同様、この二人も自らの過去を捨て、新たな名前の下に生きてきた者達。
だからこそ、真王陛下に忠誠を捧ぐというその意味を、身を以て体験している。
「バルワン、トウトデン、サンジェルマ。切り開かれた戦端をこじ開けるのはあなた達の役目ぇ。できるわねぇ?」
「我らは終末の鈴の音の三軍将、陛下のお導きのままに」
奮起するグオを放置し、レジェリクエは外周に座る軍団長へ語りかけた。
他の席よりもタップリと隙間を開けて座っているその三人こそ、終末の鈴の音を管理運用している実質的な指導者だ。
無尽灰塵・リリンサに絶対の忠誠を誓っているこの三人の実力は一等級奴隷となるのに申し分ない。
だが、自らの階級を上げる時は、総隊長によって上げて貰うべきだという矜持を持つが故に、2等級奴隷に甘んじているだけの事だ。
「ですがね陛下、一つ聞きたいんですが、俺たちゃ三人揃って次峰なんですかい?これでも腕にゃ自信があるんですがねぇ?」
「サンジェルマ、それはどういう意味かしらぁ?」
「いやね、リリンサ様の露払いをしたくてね。それはコイツらも同じでしょうがね」
「そうねぇ。却下でぇ」
「何か俺達に不備でも?」
「今回の戦いに負けられないのはリリンも同じだからよぉ。リリンはねぇ、すごく激怒しているのぉ」
「俺らの総隊長が、激怒だと……!?」
『比類なき破壊の権化』たる総隊長が激怒している。
その言葉は、三人の軍団長の意識を変えるのに十分すぎる破壊力を持っていた。
身体をブルリと震わせた三人は背筋をピシリと伸ばし、最敬礼。
自らの承認欲求を握り潰し、勝利の為の歯車としての役割を受け入れた。
「さてとぉ、それでは、侵略会議を始めましょぉ」
レジェリクエ女王の令に従い、30名の高官は自らの姿勢を戒める。
そうして、ブルファム王国侵略会議が始まったのだ。




