第41話「本気出す大魔王陛下・捕捉するブローチ」
「そのブローチ、余にちょうだぁい」
「……え。やだ……。」
ものすっごい満面の頬笑みな大魔王陛下が手を差し出すと、ものすっごい渋い顔なリリンがブローチを引っ込めた。
いつもの平均的で分かりにくい表情など何処えやら。
まるで渋柿を齧った……いや、リリンなら渋柿程度なら美味しく食べそうだし、えーと、狙っていた食事が目の前で売り切れた時の様な壮絶な顔をしている。
これも間違いなく修羅場になる奴だが……。
うん、だんだん慣れてきたな。
「お願いよぉ、リリン。余は、そのブローチがどうしても欲しいのぉ」
「無理。だってこれはユニクから2番目に貰ったもので、初めて自主的にプレゼントしてくれたもの。あげられるはずがない」
「そこを何とかぁ。いくらでも払うわよぉ。そうねぇ……100億エドロの即金でどうかしらぁ?」
……ひゃ、100億エドロだとぉォォォォォォォォォッッ!?!?
ちょっと待てッッ!?
それ、14万エドロで買ったんだがッッッ!?!?
「ふ、その程度のお金で譲る訳がない。馬鹿にしてるの?」
ええええええええええええええええええええええええッッ!?!?
リリンもちょっと待ってくれッ!!
100億エドロなら売っちゃってもいいと思うんだがッッ!?!?
「はぁ、陛下。さすがに100億エドロは安すぎますわよ。私でも絶対に譲りませんわ」
ゲロ鳥大臣まで、そっち側かよぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?
お前ら大魔王の金銭感覚はどうなってやがるッッ!?
100億だぞ!?100億ッッ!!
10ぐるぐるきんぐぅー!!だぞッ!?!?
「そうねぇ、流石に舐めすぎたわねぇ。じゃあ1000億エドロはどぉ?」
「だめ」
「せっっ!?ちょっと待てお前ら、たった一つのブローチに金を出し過ぎだ!!」
大魔王陛下は「100億は安すぎ?なら、さらに10倍よぉ!」と言わんばかりに値段を上乗せしてきやがった。
なるほど、これがクノイチ幼女が闘技場に潜り込む為に使った技の上位互換『札束でブチ転がす』か。
……エゲツナイ威力だぜ!
確かに、大魔王陛下の目線で言えば、このブローチはローレライさんと再会する為の重要な手掛かりだ。
さっきの思い出話を聞く限り、ローレライさんが旅立ってからは一度も再会していないらしい。
リリン達と出会ったのも、寂しくなった大魔王陛下が『ロゥ姉様を探す旅』に出たからで、結局、見つけられなかった訳だ。
だけど、流石に1000億エドロは出し過ぎだろ。
何処の国家予算だよ。確実に公私混同してるじゃねぇか。
なお、仕入れ値が14万エドロな以上、純利益が999億9986万エドロも出ている。
100ぐるぐるきんぐー!とか、俺の手に負えない感が半端じゃない。
「ねぇ、だめかしらぁ?まだ足りなぃ?」
「出し過ぎだって言ってんだよ!100億エドロで驚きなのに1000億に盛るんじゃねぇ!!」
「えー。ほんと馬鹿ねぇ、ユニクぅは。おねーちゃん悲しいわぁ」
「おねっっ……背筋がッ!!ゾクッとした!!」
「あら?風邪を引いたのぉ?おねーちゃんが温めてあげようかぁ?」
ひぃぃぃ!!色んな意味で止めてくれッ!!
背筋はゾクゾクするし、脇腹からは鈍痛がする!!
リリンのボディーブローは防御魔法を貫通するようになったから、すげぇ痛いんだぞッ!?
「ユニフィン様も冗談がお好きですわね。このブローチには1000億でも足りない価値がありますわよ」
「……は?冗談だろ?」
「もしやお忘れですの?このブローチはブルファム王国の紋章冠であるということを」
……あ。
「いやいや、忘れてなんかいないぞ。ちょっと14万エドロで買ったっていう先入観が強いだけだ」
「……14万エドロでしたのね。ブルファム王国」
「しかも交渉して、15%OFFに値切ってやったぜ!!」
「……この大陸の覇国を値切るとか。流石は英雄、私の様な凡人とはやる事が違いますわー」
なんか呆れられたんだけど。
確かに14万エドロも酷いが、1000億も大概だと思うぞ?
「ユニク、金銭的価値などどうでもいい。絶対に売らないし」
あっ、しまった。
腹ペコ大魔王さんを放っておいたら機嫌を損ねてしまった!!
俺は速やかにお菓子缶を取り出し、リリンの口にクッキーを咥えさせた。
指を齧られないように細心の注意を払いつつ、どんどんと頬を膨らませてゆく。
「そんなわけでぇ、このブローチを手に入れることは実質的に大陸の覇者になるということなのぉ。お金で買えるなら安いものよぉ」
「う……確かに戦争になれば多くの犠牲者が出る。それは金に変えられないよな」
「そーゆーことぉ。という訳で、リリン?」
「……やだ!」
華麗に話を誘導した大魔王陛下は、勝ち誇った笑みを浮かべて手をこ招いている。
一方、窮地に立たされた腹ペコ大魔王さんはブローチをハンカチに包んでポケットに収納。
そして、平均的な威嚇顔で乱雑にクッキーと俺の指を齧った。
「どんなことを言われても無理!絶対にブローチは渡さない!」
「まぁまぁ、ちょっと聞いて、リリン」
「……なに?」
「そのブローチは、もともとロゥ姉様が私に渡すべく仕込んだものなのよぉ。実際、本命のプレゼントは別に用意されてたんでしょ?」
……いや、指輪の方がオマケなんだが?
秘められた魔法陣の効果がさっぱりわからんとか言ってた、粗悪品なんだが?
「ありえない。このブローチはユニクが私に似合うと選んでくれたもの」
「……ちょっとユニクぅに聞きたいのだけれど、どうしてブローチを買ったのぉ?リリンって貴金属アクセサリーは嫌いなのに」
「ん?ブローチなら付けるんだろ?そう聞いたんだが?」
「そんなこと無いわよぉ。リリンは宝石とかまったく興味ないし、むしろ邪魔だからいらないとか言っちゃうタイプだしぃ」
「え?そうなのか?」
「これはリリンが言った名言なんだけどぉ。『琥珀のペンダント?そんなもの要らない。みたらし団子の方が綺麗だし』っていうのが有ってねぇー」
琥珀って確か、薄オレンジ色の宝石だよな。
太古の樹液が固まって出来た宝石で、べっこう飴に似ている奴だ。
で、リリンは琥珀とみたらし団子を比較して、団子を選んだと。
……。
…………。
………………豚に真珠、ひぃぃぃ!隣から殺気がッッ!!
「むぅ、確かに私はブローチとか付けた事が無かった。でも、ユニクがくれたものは別ッ!!」
「ん?ブローチとか付けた事が無かった?いや、ファーベルさんはブローチを付けている所を見たって言ってたぞ?」
「なんの話?私はユニクに貰うまでアクセサリーを付けた事はない。身体の動きを邪魔する時があるから、意識してそうしている」
「あれ?なんか変だな?確かにファーベルさんは言ってたんだが?」
あの時は、人生で初めて女の子にプレゼントするとあって、しっかりと下調べをして選ぼうとした。
その為にウリカウ総合商館を訪れ、ファーベルさんに話を聞いたんだよな。
だが、リリンはアクセサリーが嫌いだと言う。
だとすると、ファーベルさんが嘘をついている事になる訳だが……一体なんのために?
「余と同じ、ホーライ伝説のファンなリリンなら分かるでしょぉ?このやり口」
「……むぅ、なるほど」
え?どういうこと?
俺が読んだホーライ伝説8巻までには、ライコウ古道具店が出て来ないから分からない。
ここは素直に質問した方が良さそうだ。
「リリンも思い当たる節があるのか?教えてくれ」
「ホーライは目星を付けた人物を弟子にする為に、ライコウ古道具店へ招く。その時、他人に化けて主人公を誘導する時がある」
「……なんだと?じゃあ、あのファーベルさんは偽物って事か?」
「たぶん。そして、化けていたのはローレライだったっぽい」
マジかよ。
確かに若々しい人妻にショボくれたじじぃが化けるのは無理があると思うが……。
リリンの推察に、大魔王陛下どころかゲロ鳥大臣までしっかり頷いている。
二人ともホーライ伝説の愛読者なようで、そのやり口に馴染みがあるようだ。
「まぁ、確かに俺が店を訪れた時にローレライさんは居なかったしな。なら、最初っから狙われていたって事か?」
「そうっぽいわよねぇ。ロゥ姉様ならそのくらい平気でやるし」
「英雄が人を騙し慣れてるとか、それでいいのか?」
「究極の合理主義者と言って欲しいわぁ」
それは、目的の為なら手段を選ばないって事だよな?
流石は大魔王陛下の育ての姉。
思考回路が、超魔王。
「そんな訳でぇ、そのブローチはロゥ姉様の仕込みによるものよぉ」
「むぅ。例えそうであったとしても、ユニクが買ってくれたことには変わりない。だから……」
「そのブローチを余にくれれば、セフィナを簡単に取り戻せるわよ」
「えっ。」
「セフィナはブルファム王国に居るんでしょぉ?なら、余がブルファム王国を統治しちゃえば話は早いわよねぇ」
「確かにそうだけど……。すぐにできるの?」
「できるわよ。極論、ブローチを胸に付けた状態でブルファム王宮に登城し王だと名乗れば、それが国民へ示す証明となる。しかも、余の陣営には『ブルファム王国大臣の孫』『ブルファム王国姫・テロル』『指導聖母・誠実』『聖なる天秤・聖女』『ノーブルホーク家の娘』と手札が豊富。負ける訳がないわぁ」
そう言えば、ロイの従姉のテロルさんはレジェンダリアに捕らえられているって話だったな。
ロイの叔母さんに当たる人はブルファム国王の側室として迎え入れられており、その娘、つまり姫がテロルさんだ。
こうやって考えると、ロイって王族の従弟って事になるのか。
タヌキに噛みつかれ、イノシシに突き飛ばされ、クマと死闘を繰り広げてたけど、それで良かったのか?ロイ。
「お願いよ、リリン。セフィナを無傷で助ける為にはブローチを使うのが一番確実で、最短最速なの」
「……むぅ。むぅ。」
「今日のディナーの時に、選りすぐりのパティシエを呼んであげるからぁ」
「……そこまで言うのなら仕方がない。ブローチを渡しても良い」
……おい。
それは、セフィナの身の安全が決め手になったんだよな?
タイミングが悪かっただけで、パティシエが決め手になった訳じゃないよな?
「ありがとぉ!大好きよぉ、リリン!!」
「でも、タダじゃない。しっかりと対価は貰う!」
「パティシエを何人呼べばいいのぉ?その他にも、ソムリエやシェフの軍勢も召喚するわぁ」
……シェフの軍勢って、何と戦うつもりだよ。
あぁ、腹ペコ大魔王か。
シェフの軍勢には、鋭い牙に気を付けろと注意喚起するべきだな。
油断すると、すぐに指に歯形が付く。
「シェフを呼ぶのはセフィナを取り返してから。それに、私が言っているのはブローチを交換しても良いということ」
「交換?いいわよぉ、何が欲しいのぉ?」
「じゃあ、その王冠となら交換してあげる」
「あらあら、きつい所を攻めてくるわねぇ」
リリンが平均的な小悪魔笑顔で、大魔王陛下の頭の上を指差した。
それは鮮赤色の宝石が煌めく、黒金色の王冠。
サイズ的にはあまり大きく無く、落ち着いた雰囲気ながらも所々が尖っており、並々ならぬ威圧感を感じるという不思議なアクセサリーだ。
確かに、惹きつけられるような魅力……というか、心が痙攣を起こしそうな圧力があるが……。
リリンはアクセサリーに興味がないって言ってただろ?
「リリンが納得するならそれでいいんだが……。あんな感じのヘアアクセサリーなら欲しいって事か?」
「ん、別にヘアアクセサリーが欲しいという訳ではない」
「じゃあ何でだ?」
「レジェが付けてるあの王冠の名は『魔王の首冠』という。5個目の魔王シリーズ!」
……。
…………。
………………これ以上にパワーアップするつもり……だと……?
というか、尻尾の次は角が生えるのか。
もう、魔導師の面影すらないな。




