第31話「魔王裁判③・判決」
「それじゃあ、これが最後の質問になるわぁ。家族の許可とかも聞こうと思ったけどぉ、本人の気持ちが一番って事で却下よぉ」
いきなり俺の祖父とか出て来て困惑したが……まぁ、割とどうでもいい。
俺にとっての祖父は、ナユタ村の村長・ホウライのじじぃだ。
そろそろ俺も強くなって来たし、近いうちにお礼参りに行きたいと思っている。
「じゃあ行くわよぉ。最終質問ん。『ユニクルフィンにどれだけ愛されたかをアピールしてぇ』」
「あ、あ、あ、愛ですのっ!?」
「むぅ。失敗したって知ってるのに、そういう事を言うのはやめて欲しい……」
ホントだよ。俺が童貞だって知ってるだろうが。
リリンは平均的な顔でむぅむぅ唸っているし、テトラフィーア大臣は顔を赤らめて頬を抑えてしまった。
俺の名誉も棄損されたし、悪い事ずくめだぜ!
「あらあら、気に入らないようねぇ?」
「陛下、流石に男女の関係を直接的に聞くのは無しですわよ!?」
「そう。私達にはまだ早いと思う!!」
「あらぁ、ホントに二人はお子様ねぇ。余は『ユニクルフィンに愛された』経験を教えてって言ってるのぉ。そしてぇ、愛とは人それぞれ違うものぉ。自慢できる事が無いなんてぇ、愛されてるとはいえないわぁ」
「あら、そういう意味でしたのね」
「納得した。そして、それなら絶対に負けない!!」
よくもまぁ次から次に口が回るな、この大魔王陛下。
あえて誤解される様な事を言って、リリン達の反応を楽しんでるんだろうなぁ。
俺は達観しそうになりながらも、平静を装って大魔王さん達の出方を窺う。
リリンが何を言い出すのかはある程度予測できるが、テトラフィーア大臣は予測不能。
ぽっと出の情報が重要だという事もありえるし、聞き流さないように耳を澄ましておこう。
「へぇ、随分と自信がおありですのね、リリンサ様」
「あるに決まっている。私とユニクは一心同体!」
「一心同体ですの?童貞なのに?」
「それも確約済みだし」
俺を廻って、二匹の大魔王さんが目線で火花を散らしている。
お互いに一歩も引くつもりはないようで、今にも決戦の火蓋が切って落とされそうだ。
ところでさ、俺の童貞をネタにすんのはやめろ。
「なんと言おうと、私の勝利は揺るぎない。だから先手をテトラに譲ってあげる」
「へぇー?本当に余裕がおありですのね。じゃあ遠慮なく先手を貰うとしますわ」
どうやら、先手を取るのはテトラフィーア大臣の方らしく、リリンは平均的な余裕たっぷり顔でクッキーを貪っている。
それにしても、本当に余裕があるんだな?
正直、そんなにドヤれる程のエピソードはないと思う。
そう結論付けようとして、チラリと脳裏にファーストキスやら混浴温泉やらが浮かんだ。
いや、ファーストキスは魔法で防御されたし、混浴温泉なんか混沌温泉と化していたんだぞ?
そんな事を暴露しようものなら、確実に爆笑されるだろ。
「では行きますわ!三頭熊から助けられた私はユニフィン様に一目惚れし、人生で初めて、同年代の男性と寝食を共にする事になりましたわ!」
「なるほどぉ、初めて男性を殿方として意識したのねぇ」
「そうですわ。それは甘酸っぱい初恋。朝、一緒の時間に起きてあいさつを交わし、一緒に顔を洗い、一緒の朝ごはんを食べる。そんな当たり前の日常は姫として生きてきた私にとって、初めての経験でしたの!」
……さっき、盗賊と一緒に暮らしてたって言ってただろ。
姫として生きている人は、盗賊を召使いにしないと思うんだが?
「そして、ささやかな日常の中には、ユニフィン様の優しさや好意が存分に含まれていましたわ!」
「へぇ、どんなのぉー?」
「朝ごはんの魚で一番大きいのを譲ってくれるますわ!パンもふわふわな食パンですし、スープだって綺麗な器に入っていましたの。ユニフィン様は毎日率先して、私の食事を配膳してくれましたわ!」
「うんうん、その時の光景が目に浮かぶようねぇ」
なぁ、それって姫だから、滅茶苦茶気を使ってたって事なんじゃないのか?
今の俺だって、テトラフィーア大臣に魚を勧める場合は一番大きい奴を渡すぞ?
「それに、一緒に洗濯だってしましたわ!手入れが大変なユルドルード様の洗濯物は俺がやるとおっしゃったユニフィン様の下着は、私が洗濯しておりましたの!」
「あら、ユニクルフィンのパンツを洗ったのぉ?ちょっとそれは高得点ねぇ」
……いや、親父の何が付いてるか分からんゆるゆるパンツを、本物の姫様に洗わせる訳にはいかないだろ。
で、親父の洗濯物は返り血とかが酷そうだし、洗うのに時間が掛っていたようだな。
それでも、自分のパンツを姫様に洗わせるもどうかと思うぞ。過去の俺。
「それに、食事当番の時はユニフィン様の好物ばかり作っていましたわ」
「ちなみにメニューはぁ?」
「目玉焼きですわ!」
「他にはぁ?」
「卵焼きですわ!」
「……卵以外にはぁ?」
「インスタントラーメンとかも作りましたわ!!もちろん、卵入りですわよ!!」
……俺は別に、無類の卵好きじゃないんだが?
つーか、インスタントラーメンを料理にカウントしないでくれ。
お湯の中に袋ラーメンと生卵を落とすだけだろ。
なんとなく分かってしまった真相。
きっと、このゲロ鳥大臣は料理下手なんだろう。
だからこそ過去の俺は、多少焦げても食える卵焼きばかり作らせてたと。
「一緒に起きて、洗濯をして、好物を作って、こんな生活が一ヶ月ですわよ。これはもう新婚と言っても差し支えないと存じ上げますわ!」
「そうねぇ、メイとやってる事が大差ないからぁ、親密と言えば親密よねぇ」
「それに、一緒にお風呂も入っていましたわ!」
「おっと、そこくわしくぅ」
いくら当時7歳と言えど、姫との混浴はまずいだろッ!?
そんな事をしてるから、恋愛フラグ兼死亡フラグが立ちまくるんだぞ、過去の俺ぇええ!!
「旅の理由は覚えておりませんが、結構な頻度で野宿をしていましたの。当然、湯浴みの施設などは無い訳ですが……ユニフィン様は魔法を駆使し、毎日露天風呂を建設しておりましたわ!」
「まぁ!姫の裸を見るために頑張ったのねぇ!!」
「体の隅々まで観察され、時には背中の流しっこまでいたしましたわ」
「テトラぁ、前側はぁ?」
「ま、前側は……たまにですわ。ユニフィン様、姫との混浴はそう易々と行って良い事ではないですのよ?既成事実として充分ですわ!」
うぐっ!確かに背中ばかりか前まで洗ってたとなれば、責任の一つも取らざるを得ない。
それにしても、童貞見習いなくせに姫様の前側を洗うとか、過去の俺が英雄すぎる。
ということで、30分だけ無抵抗で立っているから、好きなだけブチ転がしてくれ。
「さぁさぁ!どう責任を取るおつもりですの!?」
「う、うーん、そのなんだ、好きなだけ殴ってくれて良いぞ?」
「それはつまり、身体の接触を許すと?」
「うん?」
「では今夜、お部屋にお伺いいたし――」
「テトラ。ちょっと待って」
何かとんでもない事になりかけた、その時。
クッキーを慌てて飲み込んだ大魔王さんが話に割って入ってきた。
鋭い眼光をゲロ鳥大臣に向け、冷静かつ絶対零度な視線で語り出す。
「なんですの?リリンサ様。もしや、勝てないと悟って妨害工作ですか?」
「そんな訳ない。ただ、事実とは異なる事があるから訂正したいだけ」
「事実とは異なる?何の事ですの?」
ん?本当に何を言ってるんだ、リリン?
俺の記憶には無いが、テトラフィーア大臣が覚えているのなら、それは過去にあった事だろ?
「テトラ、貴方が一緒に生活していたのはユニクではない。違う人」
「はい?そんな馬鹿な」
「でも本当。テトラが一緒に過ごしていたのは『あの子』であり、ユニクではない!!」
なるほど、確かにその可能性はあるな。
色々な人とあの子について考察した結果、『世界から抹消されたあの子が起こした事象は失われるか、別の誰かが起こした事として処理されている』という結論が出ている。
あの子と深く関わりがあった俺とリリンの記憶は喪失し、あまり関わりが無かったミナチルさんは俺一人が起こした事だと記憶違いを起こしていた。
アレも大概に酷い風評被害だったが、今度もそうだと良いな……と切実に思う。
そうじゃないと、姫の裸を見るために毎日露天風呂を作っていた事になってしまう。
……そんな事をする暇があったら、クソタヌキと戯れてろ。過去の俺。
テトラフィーア大臣にリリンが事情を説明し始め、それからしばらく話し合いが繰り広げられた。
大魔王陛下がちょっかいを出す度に軌道修正をしつつ、なんとか事態の収拾を図る。
「わ、私は、ユニフィン様と片時も離れず一緒に過ごしていたんですわ!」
「それは幻想。というか妄想」
「違いますわ!だって、ユニフィン様は私の嫌いなニンジンを食べてくれたのですわ!その代わり、私がナスを食べるという完璧なチームプレイだったんですのよ!?」
「ユニクはナス嫌いではない。漬物も美味しく食べる!」
そうだな。俺はどっちかと言えばナスは好きな方だ。
そういえば、最近焼きナスを食って無いなー。どっかで食べられる店とかないかなー?
「えっ、じゃ、じゃあ、着替えを持って無かった私に下着を貸してくれたのは……?」
「それこそ、ユニクが女の子用のパンツとか持ってる訳ない。あの子のだと思う」
そうだな。俺が女性用下着なんか持ってる訳がない。
もし持っているのならば、俺の初恋がゆるゆるパンツに包まれる事はなかったはずだ。
「そ、それじゃあ……私が妹の様に愛でていたユ二フィン様は別人だと?」
「そうなる。というか、妹の様に愛でてたんならどう考えても違う。ユニクはカッコイイから!!」
そうだな。妹の様に……って、さっきから話を聞く限り、どう考えても別人じゃねぇか!!
俺がした事って、親父のパンツを洗濯してただけな気がするぞッ!?
そもそも、出会いのシーンから怪しい物がある。
目をつぶったテトラフィーア大臣が聞いた音は『バシュっ』。
熊の頭を斬り飛ばした音にしちゃ、ちょっと系統が違う気がするんだよなぁ。
例えばバシュっって言うと、リリンの雷光槍とかがそんな感じだ。
「そんな……。この恋心は人違いなんですの……?」
「うん。だからユニクは諦めて」
「な、納得できませんわ!」
「そう。なら、トドメを差してあげる」
明らかに意気消沈、というか混乱しているテトラフィーア大臣の息の根を、平均的な魔王さんが止めに行こうとしている。
このまま行けばリリンの勝利になるはずだが、キスとか混浴とか言い出されると話が混沌と化す。
出来れば当たり障りのない事を言って、決着を付けて欲しい。
というかそろそろ、この嫌な流れを終わらしてくれ。
ツッコミだって疲れるんだぞ。
「私はユニクから愛の形としてプレゼントを3つも貰っている!」
「3つもですの!?」
「そう!これは絶対的な優位性だと思う!!」
……2つだよな?俺があげたプレゼントって。
確かに俺は、ブローチと指輪をリリンに贈っている。
一応ホーライ所縁の品とはいえ、お値段驚異の14万5千エドロ。
大変に綺麗な品だが、魔道具としてどんな効果があるの良く分からないという、本末転倒な奴だ。
そういえば、最近、リリンはブローチを付けてないな?
暫くは……温泉郷に行く前までは毎日付けていたはずだが、もしかして自宅に置いてきたのか?
「ふふふ、ユニクからのプレゼントに驚くと良い!!」
「くっ!誤算ですわ!!」
「あらぁ、これはテトラじゃ勝てないわねぇ」
「いでよ!《サモンウエポン=ユニクのまな板!!》」
「……。くっっ、誤算ですわ!」
「……。あらぁ、良い勝負しそうだわぁ」
そ、それは俺が初めて作ったまな板!!
随分と懐かしい奴が出てきたな!?
リリンの前に召喚されたのは、旅立ったその日の内にリリンにお願いされて作ったまな板だ。
グラムで斬る練習がてら、十数枚の試行錯誤の末に完成した渾身の力作でもある。
「このまな板はユニクが自ら作ったもの!そしてまな板はご飯を作る道具!!新婚生活には欠かせない!!」
「確かにぃ、新婚生活にまな板は必須だけどぉ、自分で作る必要はないと思うわぁ」
「そんなこと無い。このまな板で料理をすると美味しくなるはず!」
「そもそも、リリンの料理は食えたもんじゃないわ」
大魔王陛下が標準語に戻るって、リリンの料理はどんだけ不味いんだよッッ!?
ゲロ鳥大臣は絶句してるし、メイさんに至っては目が死んでるぞッ!!
「もしそのレベルのプレゼントしかないのならぁ、余はテトラの勝ちだと判断するわぁ。だって、まな板じゃねぇ?」
「ふっ、そうはなら無いから安心して欲しい。次のプレゼントは絶対にビックリする!!」
確かブローチは、カミナさんの見立てだと十数億は下らない……んだったか?
でも14万5千エドロで買ったものだし、過度な期待はやめておこう。
ギリギリ勝利できるくらいの価値で良いぞ、ぼったくりホーライッ!!
「じゃあ召喚する!《サモンウエポン= 絢爛詠歌の導き!!》」
「…………。」
「…………。」
「どう、とても綺麗で凄いと思う!!パパも凄いと言っていた!!!!!!」
「……はぁぁぁぁぁ?」
「……アホだアホだとは思っていたけどぉ、まさか、これ程までとは思わなかったわぁ」
リリンが召喚したブローチを見るなり大魔王さん達は一瞬だけ目を見開き、そして力なく頭を抱えた。
んん?なんか予想外の反応が来たな?
なんというか、驚いているというか、驚き過ぎて飽きれているというか……?
流石のリリンも予想外だったようで、平均的なテンションに戻って首をかしげている。
「えっと……、驚きすぎ?」
「えぇ、本当にもう、ね……。私の完敗ですわ」
「驚いたわよぉ。余の人生で一番ねぇ」
「ん、どういうこと?」
「はぁ、私が説明するには重すぎますわね。陛下、どうぞ」
「そうねぇ。端的に言うわぁ。……この瞬間、ブルファム王国との戦争が終結したわぁ。本当にありがとうございましたぁ」
そう言って、大魔王陛下達は肩をすくめて薄ら笑った。
長年の苦労が水泡に帰してしまったかのような、やるせない雰囲気すら纏っている。
……って、訳が分からないんだが?
「むぅ、分かるように説明して欲しい!!」
「あのね、リリン。このブローチはねぇー、とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても凄い物なのぉ」
「そう!とても綺麗でとても凄い!!なんと英雄ホーライの魔法が込められている!!」
「ルーツも知ってるのねぇ。それじゃぁ、これが『ブルファム国王の紋章冠であり、この絢爛詠歌の導きを所持している者こそ、真の国王』だという事は知ってるぅ?」
「……えっっ」
……えっっ。なにそれスゴイ。
14万5千エドロなのに、スゴイ。
って、驚いてる場合じゃねぇだろッッ!?!?
実家がブルファム王国にあるとか言ってたら、いつの間にか国王にされたんだがッッ!?!?
「ちょっと待ってくれ!?それって一大事だよな!?!?」
「そうねぇ、500年前に紛失して以来、初めて表舞台に出てきたのだから一大事ねぇ」
「500年だと!?」
「そうなのぉ。『ライセリア・ディアナ・ブルファム』。彼女こそ当時の『アニマ連合』を統一し、ブルファム王国として設立した初代国王。その人物が必ず身に着けていたという徽章こそ、この絢爛詠歌の導きなのぉ」
「また凄そうな人が出てきたな。というかその人、ホーライ伝説の3巻くらいで出てきたよな?」
「出てくるわねぇ。だってその人物はホーライの弟子であり『英雄・ライセディア』を名乗った英傑なのよぉ」
「……で、何でそんな人物のブローチがここにあるんだ?普通は国で保管してるだろ?」
「一説によると、ライセリアの死後、約束を違えた罰としてホーライ自らが回収に行ったとされてるのぉ。ただそれは、紛失した事実の為への理由付けだと思ってたわぁ」
「つまり、ホーライの店でこれを買っている以上、本物の可能性が非常に高い……と」
「って、うっそぉ!じゃあ、ライコウ古道具店に行ったって事なのぉ!?そんな大切なこと、どうして教えてくれなかったの、リリン!!」
そう言えば、大魔王陛下はホーライのファンだってリリンが言ってたっけな。
あ、ワルトに切れないナイフをあげちまったんだっけ……。
日頃からの感謝の気持ちとしてあげた訳だから後悔はないが、短慮だったとは思う。
あのナイフがあれば、この嫌な流れすら一刀両断してくれたかもしれない。
「ねぇねぇ、リリン。ライコウ古道具店はどうだったのぉ!?ホーライには会えたぁ!?」
「ううん、残念なことに、ホーライには会えなかった」
「そうなのぉ、ホントに残念ん。でもそれじゃ誰が店番をしてたのぉ?」
「ユニクはホーライらしい人物からこのブローチを買った。でも、私が行った時には、ホーライの弟子を名乗る人物が店番をしていた」
「えー誰ぇ?ユルドルードって事はないでしょお?」
全裸親父が店番なんてしてやがったら、目に付いた物を投げつけると思う。
国を滅ぼしたとされるボロイ提灯とかいいかもしれない。
「その人物の名前は、英雄・ローレライ!」
「……えっ。」
「英雄・ローレライは栗色の髪の若い女性。認識阻害の仮面を被っていたから素顔は分からないけど、ランク0の魔法を使っていた!!」
「……。そう、なのね……」
「ん!?どうしたのレジェ!!」
「そう、このブローチは……ロゥ姉様からの贈り物……」
それだけ言うと、レジェリクエ女王陛下は優しげな手つきでブローチを撫でた。
その目には、綺麗な雫が溜まっている。




