第28話「大魔王陛下と大臣、謁見」
「な……。」
「「……な?」」
「何で、ユニフィン様がここにいらっしゃるんですの!?!?!?」
俺の顔を見て硬直していたテトラフィーア大臣は、今度は声を張り上げた。
その声はどう聞いても驚愕を含んだ金切り声であり、『ユニフィン様』という懐かしい感じのする呼び方から察するに、俺達はどうやら顔見知りらしい。
……どう考えても、修羅場な予感。
「わ、私、テトラフィーアですわ!!思い出して下さいまし、ユニフィン様!!」
「えっ、ちょっと待ってくれ」
「あぁ、その声、間違いありませんわ!ユニフィン様、会いたかったですわー!」
うわぁ、すげえ熱量だなこの人。
ピンク色の長い髪が、まるで燃え盛る炎のようだぜ!
……馬鹿な事を言っていないで、状況の打開に打って出ないとマズそうだ。
俺の肩を握りしめたテトラフィーア大臣の手を速攻で振り解いた大魔王さんが、間に割って入ってきている。
もう既に目がギラギラしているし、非常に危険な状態だ。
「テトラ。落ち着いて」
「リリンサ様?」
「ユニクは私の旦那様になる人。触ってはダメっっっ!!」
「なんですってっ!?」
そして再び放たれる、ランク9の魔法20万発分の爆弾発言。
その衝撃たるや、ゲロ鳥大臣を再び硬直させた。
「聞かなかった事にしようとしましたのに、もう一回言わないでくださいまし!」
「……。ユニクは私の!ユニクは私の!!ユニクは私の!!!……婚約者だから触っちゃダメ!!」
「どどど、どういう事ですの!?ユニフィン様がリリンサ様の婚約者!?」
「いくらユニクが優れた男性だからといって、後出しで奪おうとするのはダメっ!テトラでもダメっっ!!」
「後出し……。いえ、後出しなんかじゃありませんわ!私は、9歳の時からずっとユニフィン様をお慕いしておりますの!!」
はい、確定のお言葉を頂きましたー。
しかも、こんな時ばかり察しの良い大魔王ヤンデリリンさんも、テトラフィーア大臣が俺の過去に関わっていると気が付いたらしい。
俺を締め付ける手に力が入りまくっているんだが、このまま胴体が真っ二つになったら、争いは止むのだろうか。
「……9歳のいつから?」
「えっ。」
「9歳のいつにユニクに出会ったの?」
「9歳の……年の暮れ頃ですわ!」
「ふっ、私はその年の年始にユニクと出会っている。勝負にならない!」
自分の勝利を悟った大魔王さんが、平均的なドヤ顔で勝ち誇っている。
どうやら俺は、時系列的にはリリンが出会った後に、テトラフィーア大臣に出会っているらしい。
だとすると、あの子の為に世界を旅していた時って事か?
というか、リリン。
こんな時ばかり頭の回転が速くなるのな。
「と、という事は……、リリンサ様がずっと探していた想い人って……?」
「ユニクに決まっている。神様が決めた運命の人!」
「くぅ!そんなことって……。ユニフィン様っ、テトラフィーアですわ!貴方と将来を誓い合ったテトラですわ!!」
「何を言ってもダメ。私とユニクは、6歳の時に親公認で婚約を交わしている!!」
「なんですって!?!?」
俺の腹を締め付けている大魔王さんと、俺の肩に掴みかかっているゲロ鳥大臣が好き放題言っている。
く!この骨肉の争いも、俺が原因で起こったって言うのかッ!?
こうなったら、誠心誠意、誠実な想いを込めて、俺の今の気持ちを正直に言うしかないッ!!
「リリン、テトラフィーア大臣。聞いてくれ」
「ユニク?」
「ユニフィン様?」
「……すまん。……記憶にッッ!ございませぇええええええんッッッ!!!!」
**********
「女同士の争いを前にしてぇ、言う事がそれなのぉ?」
「うぐっ!」
「流石はぁ、この大陸を湧かせた全裸英雄の息子ぉ。噂にたがわぬプレイボーイねぇ」
「う、噂ってなんだよ……?」
「遊び過ぎて人間の女に飽きたからぁ、タヌキの尻を追いかけてるんでしょぉ?」
「そんな記憶だけは、絶対ねぇよッッ!!」
俺達は4人がけのテーブルに着き、円卓会議という名の尋問を受けている。
俺、右側にリリン。左側にテトラフィーア大臣。正面に大魔王陛下だ。
さらに、テトラフィーア大臣の横には、顔面蒼白でプルプル震えているツンだけメイドが立っている。
今、こうして3匹の大魔王に囲まれた今、ツンだけメイドが俺に絶対零度な態度を獲っていた理由も良く分かるってもんだぜ。
ツンだけメイドは言っていた。
『王宮に行けばすべて分かる。』と。
思えば、キングゲロ鳥を引き渡した時から様子がおかしかったし、その時には気が付いていたんだろう。
で、俺がいつ来るのかとモヤモヤしていたら、魔王様と怪人ゲロ鳥男が戦っている所に呼び出されたわけだ。
……暗殺を決意するには、十分すぎる理由だな。
「で、記憶にないってどういう事ですの?ユニフィン様」
「ユニクは昔の女の事はすべて忘れている。質問しても無意味!」
非常に鋭い氷の様な言葉を投げかけられたが、そこに大魔王さんが大規模殲滅魔法『昔の女なんか忘れましたー!』を放って相殺を仕掛けた。
うん、そのタイミングで言われると、確実に誤解されるな。
「私の事を忘れたと?ユニフィン様は、そんな誠実に欠けるお方じゃありませんわ」
「でも覚えていない。それに、テトラがユニクと一緒にいた証拠もない」
リリンは言葉こそキレがあるが、そこまで怒っている訳じゃ無さそうだ。
魔王の尻尾も出してないし。
恐らく、リリンとテトラフィーア大臣はもともと仲が良かったんだろう。
後は、俺がどうケジメを付けるかだが……。
「テトラフィーア大臣には悪いが、俺が覚えていないのは事実だぞ」
「そんな……。」
「というのも、俺は10歳以下の記憶をすべて失っているからな」
とりあえず、ありのまま事実を言ってみる。
相当に賢いって噂だし、これで納得してくれると助かるんだが……。
「……そんなベタな嘘を吐かれるくらいなら、正直に言っていただいた方が傷つかないですわ」
「記憶喪失は本当なんだよッ!!」
このやりとり、ミナチルさんの時にもやったんだが!?
ミナチルさんは俺の事なんてどうでも良さそうだったから問題にはならなかったが、今回は違う。
なにせ、『将来を誓い合った』とかいう、ヤバそうな言葉が出てきているしな。
此処は慎重に事を進めたい。
一手間違えれば、いくつもの国を堕としてきたゲロ鳥大臣が牙を剥く。
此処は一気に俺のペースに引き込むぜ!
……と思った矢策、大魔王陛下に先を越された。
「テトラぁ、ユニクルフィンが記憶喪失なのは本当よぉ」
「陛下?そうなんですの?」
「そうなのよぉ。私も聞いた時は虚偽を疑ったけどねぇ。カミナの嘘発見器を掻い潜れるとは思えないものぉ」
……いつの間に嘘発見器なんて仕掛けやがった。それも記憶にねぇぞ。
ちくしょう。記憶にないことばっかりだッ!!
「カミナ先生の……。じゃ、記憶喪失は本当ですわね。って、一大事ですわよ!?」
「何も問題ない。ユニクは私が養うから!」
リリン、その申し出は大変にありがたいけどな、俺の男としての矜持が悲しくなるから止めてくれ。
唐突に恋のライバルが出現し危機感を抱いたリリンは、俺の胴を紐でくくって反対側の持ち手を握りしめている。
「ユニクとは既に運命の赤い糸で結ばれている!」なんて可愛らしい事を言っていたが、残念なことに俺に腹にくくられてるのは赤い糸ではない。使いこまれた鞭だ。
つーかこんなもん、どこで仕入れやがった。
「なるほどですわ。記憶を無くしたユニフィン様は辺境の村で6年も過ごしていらしたと」
リリンとテトラフィーア大臣の二人が落ち着いてきたのを見計らい、俺は身の上話を始めた。
と言っても、ナユタ村のスローライフを適当に語っただけ。
特に盛り上がる山場とかないしな。
「そんな訳で、俺を探していたリリンと出会ったのが、だいたい半年前だ」
「……半年前ですの?では、キングフェニクスⅠ世を頂いた時に聞いた鳴き声はもしかして……」
「もちろんそう。ユニク、鳴いて」
「なんで!?」
実演しなくても良いと思うんだがッ!?
だが、期待に満ちた3人の目が俺を見つめている。
さらに、その後ろで、絶対零度な目が早くやれと睨んで来ている。
俺に逃げ場はない。
「……いくぞ!!ぐるぐるッ!きんぐぅー!!」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「ぐるぐるきんぐぅーーー!」
なんか言えよ、大魔王4人衆。
そして、お前は隣の部屋にいるのか。キングフェニクスⅠ世。
「なんか言ってくれ。つらい」
「あ、いえ、あまりの完成度に言葉を失いかけましたわ」
「そんなに完成度が高いのか?」
「飼育小屋の全ゲロ鳥がひれ伏しますわよ。確実に。それにしても……」
俺がひと声掛けると、全ゲロ鳥がひれ伏すのか。
そんな能力、マジでいらねぇ。
「これはどういう事ですの?メイ」
「は、はい……。」
「あの時の鳴き声はユニフィン様だった。という事は、貴方はユニフィン様と会っているはずですわ。違いまして?」
「あ、会って……おりました……」
「私、報告を受けておりませんわ」
「あ、あ、ぁの、それは……」
「少し、失望しましたわよ。メイ」
俺とリリンの実情を知ったテトラフィーア大臣は、ツンだけメイドを叱責している。
確かに、主人に情報を伝えなかったのは問題があるよな。
だが、たぶんそれは、テトラフィーア大臣の事を慮ってした行動のはず。
ちょっとくらいフォローしとかないと、申し訳ないか。
「あんまり怒らないでやってくれよ。たぶんだけどさ、メイさんはテトラフィーア大臣の事を思いやっての行動だと思うぞ」
「そんな事は分かってますわ。私とメイがどれだけ長い付き合いだと思っていますの?」
「え。」
「私の為に行ったと分かるからこそ、その判断は間違いだったと叱責しておりますの。ユニフィン様、私とあなたの関係を廻って、どれだけの血が流れたかご存じですの?」
……え。
なにこの嫌な流れ、藪をつついたら蛇……いや、幾億蛇峰・アマタノが出てきちゃった感じ?
「フランベルジュ国、ノウリ国、ギョウフ国。この三国戦争の事は記憶にありますの?」
「あぁ、それはここに来る途中に何回か聞いたからな」
「その戦争が激化した要因、いえ、終わらす為に必要だった切り札とは、私の婚姻だったのですわ」
「……マジか」
「外交のカードとして『姫の婚姻』は、とても強力な切り札ですのよ。一度しか使えないという意味でも切り札ですわね」
「……。」
「ですが、私はそれを断り続けましたの。ただ、ノウリ国、ギョウフ国、そのどちらの王子も素敵な殿方だと存じておりましたわ。事実、現在は両者ともに王位を継承し、前代の王よりも優れた施政をしておられます」
「……。」
「私が婚姻を断り続けた理由。それは、英雄見習いユニクルフィン様に熱い想いがあったからですわよっ!!」
「す、すみませんでしたぁああああああああああ!!」
俺が二股を掛けたせいで、戦争起こってた!!
大事な事だからもう一回言おう!!
俺の二股が原因で、三国の間で戦争が起こり、最終的に大魔王国に滅ぼされてたッッ!!
なんて事してくれちゃってんの!?昔の俺ぇえええええええええええ!?
「すまん、本当に、すまん……」
「まったくですわよ。責任を取っていただきたいですわね」
「責任……だと……。」
いくら鈍い俺だって、この場合の責任とは何なのかくらいは分かる。
だが、それはリリンに対しての裏切りだし、絶対にできない。
事の重大さが分かるからこそ、俺は何も言えなかった。
そして、今まで様子を窺っていたリリンが動き出す。
「確かに、テトラの言う事も一理ある。お互いに知らなかったんだから、本気になってもしょうがない」
「そうですわね。リリンサ様の言うとおりですわ」
「という事で、どっちがユニクに愛されてるかで勝負しよう!!」
なんか変なこと言いだしたぞ!?この腹ペコ大魔王ッ!?
「望む所ですわ。返り討ちにして差し上げます」
しかもゲロ鳥大臣が乗っかりやがったッ!!
「じゃあ、余が判定してあげるぅ。安心してぇ、女王の名の元に公平な審判を下すと誓うわぁ!」
大魔王陛下までノリノリじゃねぇかッ!!
というかこれって、どう転んでも糾弾される奴だよな!?
身に覚えのない罪を問われるって、魔女裁判か何かか!?
いや、実際には手を出している可能性もある訳で……。
どうしてッ!!こうなったッッ!?




