第25話「大魔王でーと!④」
「スイレンとばっかり喋っててズルイ!凄く凄くズルイと思う!!」
あぁ、酒に酔った大魔王さんが怒り狂っている。
その激怒っぷりは半端じゃなく、人間には備わっていない尻尾がギュゥィイイイイン!!と唸っている程だ。
流石に放って置き過ぎたようだな。
レジェリクエ大魔王陛下の秘密を暴くのも大事だが、俺の命はもっと大事だ。
「すまんすまん、今日は色々あって疲れちまったからな。少し休憩してたんだ」
「むぅ。休憩ならスイレンとしてはダメ。私とすればいいと思う!」
「私と……って?」
「ここはホテル。男の子と女の子が休憩と称して、え……ぇっちな事をするって聞いた!」
「……誰に聞いたんだ?」
「レジェからこっそり聞いた!ワルトナには内緒!」
マジでロクな事を吹き込んでねぇな。大魔王陛下。
しかも、なんだかんだ貞操感がしっかりしてそうなワルトに見つからないようにしてたらしい。
用意周到すぎだろ。
「じゃあ、こっからはリリンも会話に参加しようぜ」
「分かった。尻尾もあるし万全だと思う!」
「会話に尻尾は使わないぞ。しまっとけ」
俺にやんわりと促されたリリンは魔王の脊椎尾を消滅させ、代わりに葡萄酒が入ったグラスを握りしめた。
どうやら葡萄酒を気に入ってしまったらしく、チビチビと舐めては艶やかな吐息を漏らしている。
……その酒はさぞかし美味いだろ?2000万エドロもするからな。
「そもそも、ユニクは自覚が足りてないと思う!私の彼氏としての!!」
「まぁ、正直に言って彼氏彼女の関係がどういうものなのか分かってないからな。そこんとこどうなんですかね?睡蓮鏡さん」
「お手手でも繋いでおけばいいんじゃないぃ?」
なんだその投げやりな回答。
とても花魁とは思えない雑さだぞ。
睡蓮鏡さんは心此処にあらずといった様子で葡萄酒の入ったグラスを傾けている。
そんな大人の雰囲気は、腹ペコ魔王様には無い艶めかしさだ。
「手を繋ぐ……。ユニク、お手」
「なんか間違ってないか?それ」
「間違ってない。主従関係はしっかりさせるべき。お母さんとお父さんも良くしてた!!」
うん、ほろ酔い大魔王さんが俺にお手を要求してきたんだけど。
そんなんじゃ、いつまで経っても大人の雰囲気は無理だぞ。
つーか、リンサベル家の家庭内事情がキワモノすぎる。
英雄にお手をさせるのが日常って、ダウナフィアさんは何者なんだよって話だし。
知りたくもなかった情報に顔を強張らせつつ、俺は自分の手をリリンの手に乗せた。
急にぎゅ!ってされる可能性があるし、いつでも離脱できるように身構えておく。
……が、特にそういった事はなく、ふんわりとリリンに手を握られた。
「スイレン、これでユニクと恋人になれた?」
「まだねぇ。もっと強く、激しく、熱くぅ」
「バッファで強化して、ランク9の魔法を纏わせて、燃えるまで握ればいいの?」
「そう。それで完璧ぃ!」
「分かった。……ユニク、していい?」
「だめだぞ」
「むぅ……」
なんだその、ふくれっ面は。
バッファで強化した上にランク9の魔法を纏ってるとか、それはもう握手とは呼ばない。
悪手、いや、魔王の一手だ。
「ユニクは贅沢だと思う。あれもダメこれもダメと、私はただ恋人になりたいだけなのに……」
「まぁまぁ、そう膨れないでリリンちゃん。おかわりもいっぱいあるからねぇ」
そう言いながら、リリンが握り絞めているグラスに酒を注ごうとする睡蓮鏡さん。
これで通算4杯目……って、させるか!!
「ちょ、だからリリンに飲ますなって言ってるだろ!」
「えー。いいじゃないぃ。一緒に飲んだ方がおいしいしぃ」
「あーもー埒が明かん!リリン、グラスを寄越せ!」
「やだ。だって美味しいから」
それはもう聞いたぞ!
美味しいとか美味しくないとか関係なく、ダメなもんはダメなんだよ!!
さっきは大魔王な眼差しに気圧されてしまったが、今度こそ本気でグラスの確保を狙う。
中サイズのコップと言えど4杯も飲んだら完全に理性を失うだろうし、このままじゃ、本能のままに俺を追い剥ぎする大魔王に進化する。
「いや、だめだ。そのグラスを俺に寄越せ。その代わりに水の入ったコップをやるから」
「お水は味がしない。こっちの方がいい」
なおのこと拒否を貫くリリン。
大魔王な不機嫌顔をするリリンから食い物・飲み物を取りあげるのは、一筋縄じゃいかないようだ。
ならいっそ、もっと飲ませて……それはダメだろ。倫理観的に。
あぁ、やけに思考がぐるぐるして纏まらない。
なんか身体も熱い気がするし……って、あれ?
「なんか変だな?もしかして俺まで酔ってる……のか?」
「あらら、顔が真っ赤よぉ。ユニクルフィンさぁん」
「なんだって?いや、俺は酔いにくいはずなんだが……?」
飲んだくれ村長にヘッドロックされ、悪酔いレラさんによって樽に沈められて以来、俺は酒にめっぽう強い。
といっても、直接的に飲んでいた訳ではなく、酒の濃い匂いが充満した部屋で筋トレが出来る程度に耐性が付いただけだ。
それでも、子供の時に比べれば凄く強化されている。
なのに、たった一口飲んだだけで酔わされたっていうのか?
「うふふ、完全に酔ってるねぇ。だってこのお酒、フォーティファイドワインですもん」
「フォーティファイドワイン?なんだそれ?」
「酒精強化ワインって事よぉ。しかもぉ、加えている酒精はかなり度数の高い奴でぇ長期間熟成させた年代ものぉ。普通の葡萄酒は長くて50年の熟成が限界だけどぉ、この『エルドラド』は100年も熟成させた最高級品種なんだってぇ」
「エルドラド……?どっかで聞いた様な?」
「うーん、花魁の私をここまで酔わせるとかぁ、このお酒ぇ、ちょーヤバいわぁ」
話を聞く限り、すげぇもんを飲まされてたらしい。
100年も前に造られたというこのエルドラドは、つい先日ここを訪れた葡萄好きの行商人が置いていった物で、この国にも数本しかない超貴重品なんだそうだ。
正直に言ってどのくらいの価値があるのかすら不明であり、2000万エドロもするというのも行商人が言っていた言葉をそのまま引用したらしい。
「私もぉ飲むタイミングを見計らっていたんだけど決心がつかなくてぇ、リリンちゃんに振る舞うという名目でやっと想い切れたのぉ。あーおいし!」
「そうなのか。うん、いい迷惑以外の何物でもないな!」
良い酒だからといって、一服盛って良いとはならないだろ!?
なんだその顔は?
あちゃー!って顔をしたって許されないぞ!!
「ユニク?このジュース凄い奴なの?ひっく」
「あぁ、そうらしいぞ。だからこっちの寄越せ」
頭がぐるぐるし始めて、だんだん説明が面倒になってきた。
さっさとグラスを回収しつつ、適当に話を切り上げて寝よう。
俺は雑に手をこまねいて、リリンにグラスを渡すように要求。
ちょっと威圧的な雰囲気を出しつつ、リリンの出方を窺った。
「むぅ、そんなに飲みたいの?じゃあ一口だけ分けてあげる」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「ぐびぐびぐび!」
「自分で飲むのかよッッ!?」
分けてくれるって言ったそばから、腰に手を当てて一気飲みするんじゃねぇ!!
いくらリリンの消化器系が強靭だと言えど、万が一という事がある。
俺はリリンから無理やりグラスを奪い取ろうと近づき――。
「リリン!そんな飲み方はダメ――むぐぅ!」
――高速で振り向いたリリンの顔と俺の顔が衝突した。
その一瞬前に見えたリリンの頬は、ハムスターの様に膨らんでいて。
ごっ、ごふ!
酒がッ!!口の中に流しこまれてくるッ!?!?
「がぼぼ!!ごふっ!ごっごふ!!!」
「あらあらあらぁ、お熱いわねぇ。バカップルぶりを見せつけてぇ」
「ごふふ!ご、ご、ごっ……ごくん!」
「ぷはっ!これが私の一口分。どう、ユニク。美味しかった?」
鼻先3cmの所で頬を染めて笑うリリンと、唇に残っているなめらかな感触。
口の中には、濃厚な甘さの葡萄味が広がっている。
「どう?ユニク。感想はよ!」
「……あぁ、すげぇ甘かったぞ。リリン」
あぁ、本当に甘い。
何が甘いって、色々なもんが凄くあまい。
口の中に広がった葡萄の甘み、緩みきったリリンの表情の甘さ。
そして、俺の警戒も甘かった。
ふっ、完全にしてやられたぜ。
あんな一口があるとは思っていなかったしな。
まさにアレは、童貞見習いを即死させる一撃。
見方によっては大魔王の尻尾をしのぐ威力であり、新たな呼称を付けて管理するべきだろう。
俺の唇を強引に奪ったこのリリンの名は――『呑んで・リリン』だッ!!
「ふふ、唇は奪った。次は貞操を狙う!」
「おっと、そうはさせねぇぜ!俺の童貞は守り抜く!」
「抵抗しても無駄!ランク0の魔法で木端微塵にする!!」
「おぉっと、それもさせねぇぜ!なぜなら防御魔法を使うから。ふぉぉぉ《第九守護天使!》」
やべぇ。
飲まされた酒のせいで、頭ん中がぐるぐるげっげーして思考が纏まらない。
あぁ、なんかもう、色んな事が更にどうでも良くなってきた。
今はただ……高らかに鳴きたい。
「その程度のショボイ魔法じゃ防げない!《サモンウエポン=魔王の脊椎尾!》」
「ぐるぐるげっげー!」
「ふ!望む所!!決着をつけよう、ユニク!」
「ぐるぐるげっげぇー!《ぐるげ!=ぐるぐるぅげっげぇぇぇ!》」
ぐるぐるげっげー!
ぐるげ!ぐるぐるぅぅぅぅ、げっげーっっっ!!
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「……やべぇ。ヤッチマッタ……か?」
ズキズキと痛む頭を押さえつつ、俺はベッドから起き上がった。
見知らぬ部屋だが……室内の調度品を見る限り、どう考えても最高位室って感じだな。無駄に広いし。
「あーまだボーとする……。確か俺は、リリンに酒を飲まされて……」
あぁ、そうだ。
リリンに酒を口移しで飲まされ、意識が飛んだんだったっけ。
……。あんなシチュエーションじゃ無ければなぁ……。
本気でそう思うが、今は一旦置いておこう。
とりあえず、現状確認が大切だ。
「すぅ……、すぅ……」
俺がめくった布団の中で、丸くなって寝ているリリン。
これは毎日の事だが、いつもとは明確に違う点がある。
そう、このリリンはノーマルリリンであり、タヌキの格好をしていない。
むしろ、今まで見たどの寝巻よりも薄着であり、いよいよ、やっちまった感がヒシヒシと湧きあがる。
「まさか本当に……?こんな不甲斐ない形で、俺は約束を破っちまったのか?」
状況的には、まさに『朝チュン』って奴だろう。
見知らぬ部屋のベッド。一緒に寝ていた男女。
窓から差し込む朝日が妙に眩しく、窓を開ければ小鳥の鳴き声が『チュンチュン』と鳴き声を発し――
「ぐるぐるげっげー!」
……前言撤回。
これは朝チュンなどではない。
朝ぐるぐるげっげーだッ!!
気分と空気を入れ替える為に窓を開けたら、ベランダにゲロ鳥がいた。
普通そこはスズメか何かだと思うんだが、流石は魔王国と言った所だろう。
「……ぐるぐるげっげー?」
「ぐるぐるげっげー!」
とりあえず、目の前のゲロ鳥に挨拶をしてみる。
彼女との一夜を明かして目が覚め、窓を開けたら近所のおばさんに出くわした気まずさ感が半端じゃない。
どうやらゲロ鳥も空気を読んでくれたらしく、軽快な挨拶をしてそそくさと立ち去ってくれた。
よし、これで邪魔者はいなくなったし、落ち着いてリリンと話をするとしよう。
「起きろ、リ――」
「いえ、まだ起こさなくて結構です。始末を付けるのを邪魔されると困りますので」
振り返った俺の目の前に居たのは、抜き身の刀を構えている完全武装ツンだけメイドさんだ。
……。
ぐるぐるげっげー?




