第11話「勝つためには」
「《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》《サンダーボール》」
「う、うおおおおおおおおお!!」
両手両足、五体満足の全てが、真正面から放たれるリリンの魔法によって地面に縫い付けられている。
試験魔法と言えども連続で放たれ体を押さえられていては、文字どおり手も足も出ない。
だが、俺は今、頭の中にある一つの策を思い浮かべている。
打開策というほどのものでもないし、成功するかも分からない。
しかし、幸いにして俺の手のひらは地面に向いていて、条件だけは整っている。
出来るかどうか分からねぇけど、やってみるしかねぇんだろうな!
「《カチリカチリと山を焼け!》」
「《サンダー………ん!?」
「《ファイアボールッ!!》」
呪文の詠唱が終わって直ぐ、俺の手の中に魔方陣が出現する感覚が発生した。
辛うじて動かせる指を地面に突き差し、意識を集中させながらファイアボールを発動する。
そして、右手に確かな熱を感じた後、地面の爆発に身を任せた。
体を真横に吹き飛ばし、リリンのサンダーボール地獄から脱出に成功。
その代償として、口の中に砂ぼこりが一杯だけどな。ぺっぺ。
「……脱出された。ちょっと意外」
「あぁ、だろう?俺もできるかどうか半信半疑だったぜ」
「うん。思いの外、魂は大きいのかもしれない」
……タマの小さい男だと思われていた?
なんなら、今すぐにズボンを脱いで見せつけてやろうか?
……そんなことしょうものなら潰されてしまうな。うん。やめとこう。
というか、さっきから雑魚だの、タマの小さいだの言われ放題。ちょっとだけ男のプライドが傷ついている。
それに、仕掛けてくる策謀がもの凄く腹黒い。
一体、何が狙いなんだ?
「なぁ、さっきから雑魚だのタマが小さいだのと、どうしたんだ?」
「……戦いでは相手から冷静さを奪うのは、戦線掌握術においては定石ともいえる。私が考えたユニク攻略作戦の一つ」
戦闘に情けも容赦も無いってことか……。
まあ、確かに効果抜群な訳だが、こういうのは普通、弱い方が仕掛けるだろ。
ん?なら、やってみるか?
俺だって、不意を付いた一撃狙いというグレーゾーンな戦略な訳だし、ちょっとくらいやり返しても良いだろ。
「なるほど、冷静さを奪う、か……。そんなことしなくても、リリンは俺を圧倒できるだろ?もしかして、その胸と同じく慎ましい性格なのか?」
「……慎ましい?」
「あぁ、慎ましいだろ?正面から見たんじゃ全く起伏が分からないぞ?」
「…………。」
お!効果はありそうだな!
リリンは眉間に薄っすらとシワを寄せ、自分の胸を無言で見下ろしている。
確か、女性に対して身体的特徴をなじるのは禁句だってレラさんが言っていたし、あともう一押しで冷静さを奪えそうだ。
「だけどさ、さっき見上げた時に確認できたんだよ!ささやかながらも、ちゃんと膨らんでるんだなってな!」
「…………………………………………。」
自分で言うのもなんだが、ゲスだな。俺。
だが、リリンだって勝つためには手段を選ばなかった訳だし、これで冷静さを失ってくれれば――。
「…………《汝願うは、無限の勝利であろう。》」
「え?」
「《さりとて、その願いなど聞き届けられることは有りはしないのだ。我が終の魔陣にて》」
「ちょっ!ストップ!ストォォォプッッッ!」
「………なに?」
やっべぇ、やり過ぎたッ!!
平均的なジト目で、ウナギを爆裂させた魔法を唱えていらっしゃる!?
俺は、冷静さを奪うどころか、ルールを守ろうという倫理観まで奪ってしまったらしい。
さっきのは明らかに、雷人王の掌。
ランク9の魔法で、発動したら辺り一面、塵すら残るまい。
黒土竜達もホロビノに抱きついて怯えきっているし、ホロビノは空に逃げようとしている。
「まてまて!それはやりすぎだろ!明らかにルール違反だしな!」
「不用意に相手を罵るからこうなる。ユニクには、それはそれはきつい罰が必要だと判断した。《サモンウエポン=懺刀一閃・桜華》」
げ、その刀はホロビノですら嫌がっていた刀ッ!?
確か、魔法をもろともしないホロビノの鱗を切り落とせるとかなんとか言っていた気がする。
明らかな危険物の登場に俺はたじろぎながら、恐る恐るグラムを構えた。
「ふふふ、ユニクは触れてはいけない禁断の扉に手を架けてしまった。大丈夫。安心して。刀は抜かないから。鞘でボッコボコに殴ってあげる」
「嫌すぎるなっと!」
瞬く間に距離を詰められ、リリンが目の前に迫っている。
細身の刀だけあって振るわれるスピードは異常に速く、まったく目が追い付けていない。
どうにか直感で応戦するも、全て受け流されてしまった。
そして、バランスを崩した俺の鼻先に刀の柄が迫る。
「まずは一撃」
「くっ、《空盾!》」
ガキィンと金属の弾ける音がして、迫ってきていた柄が鼻先ギリギリで止まっている。
って、今のは確実に命を取りに来てたただろ!?
「むぅ……。いつの間にか詠唱破棄や効果部位移動も出来るようになってる。なにげに成長が早くて驚く」
「何となく出来るような気がしてな。さぁて、反撃といくぜ!《強歩!》」
苦し紛れの良い訳をしながら、活魔法の一つ、強歩を唱える。
既に地翔脚は発動しているので意味はないかもしれないが、何となくそれが良いかなと思ってやった。
そして、この思い付きは正解だった。
重複効果ともいうべきか、ほんの僅かに体の動きが良くなったのだ。
「ん。結構……速い。これも意外」
「あぁなんでもやってみるに限るな!」
「そうだね。試行錯誤はとても大事。では私も同じ事をしてみよう《強歩》」
暫くの打ち合い。
だが、経験の差か、じりじりと追い詰められていく。
そして――。
「こうして打ち合えるのも予想外。ふふ、楽しいね。ユニク」
「あぁ、楽しいな!だけど俺はそろそろ体力の限界だ。勝負に打って出るぜ!」
剣閃が煌めく中の最後の攻防。
俺はグラムの先端に意識を集中させながらも、勝機を待つ。
まだだ。まだ、もう少し近くに来い、リリン。
グラムを剣で受けなければならない程、近くに!
激しい剣と刀のぶつかり合いは白熱し、お互いに熱中し始めた頃、リリンは体を前に押し出して距離を詰めてきた。
それは俺の望む一縷の勝機。
首筋ギリギリに刀をかわし、グラムをリリンに向かい振り抜く。
「ん!《空盾》!」
「鞘で受け止めたな、リリン!これが俺の勝機だッ!!《カチカチ!ファイアボール!》」
俺の狙う唯一の勝機。
グラムの側面からファイアボールを打ち出し剣の速度を引き上げ、強引に一撃を入れる。
どんな手段であれ、グラムがリリンに触れれば俺の勝ちだ。
さぁ、お願いは聞いてもらうぜ!リリン!
「ん!《ファイアボール!》」
だが、グラムでの力押しが肌に触れようとした瞬間、リリンは無理矢理にファイアボールを打ち出し、グラムを弾き飛ばした。
だが、その反動のせいでリリンは仰け反り、体勢を崩している。
武器はもうねぇけど、今ならまだ手が届くッッ!!
「うぉりゃゃゃゃ!!《空盾!》」
「っ!《アイスボール!》」
リリンの肩に狙いを定め、俺は拳に空盾を纏う。
これが届けば俺の勝ちだ。
だが、リリンも負けじと水の訓練魔法を打ち出した。
そして、その魔法は俺の足元に着弾し、勝敗は思わぬ形で決する事になった。
「うぉぉ!て、うぁぁぁぁ!!」
「あ、え、ユニ……」
どさり。
「………………。」
「………………。」
結果だけで言えば、俺が勝利した。
だが、この格好は勝者とは程遠い。
分かりやすく言えば、荷車に轢かれたカエルみたいな格好だ。
両手を頭の前に突き出し、うつ伏せに倒れている。
こんな格好でも拳、というか手はリリンに触れているのだから、勝利は勝利なのだ。
……しかし、だ。
ちょっとばかし、大変に深刻で重大な問題が発生している。
轢きガエル状態の俺とリリンの体勢についてだ。
端的に言えば、俺の下にはリリンがいる。
それも押し倒すような格好、だけれどリリンの魔法のせいで、狙いだった肩から下方向にずれてしまっていて。
右手の下と、同じく左手の下には、ささやかだが確かな弾力を持つ二つの膨らみ。
そして顔の下には、恐らくだがリリンのヘソが有るんじゃないだろうか。
じわりと嫌な汗が吹き出す。
「…………。ユニク。」
俺はここから、どうやって生き残れば良いのだろうか?




