第17話「大魔王城下町②」
アルカディアさんが行方不明になっているが……まぁ、とりあえず放っておこう。
どうせ、そこら辺で買い食いでもしてるんだろ。たぶん。
「じゃ、私から隷属依頼を出すね」
「あ、はい、よろしくお願いします」
リリンとアンジェは、二人ともが自分の隷属手帳を取り出して向かい合っている。
どうやらこれから、大魔王システムを使った依頼契約を行うらしい。
さて、どんな感じなのか非常に気になる所だ。
レジェンダリアではこのシステムを使いながら生活するらしいし、やり方をしっかりと覚えておきたい。
「依頼内容は、『南側関所の周辺案内。時間は無制限』でいい?」
「大丈夫です。あ、一応確認しておきますが、私の資産価値は1200エドロです。構いませんか?」
「問題ない。それと、必要になった諸経費と食費は私もちにしておく」
リリンは自分の隷属手帳を開きつつ、契約内容をゆっくりと口にした。
それと同時に、アンジェもリリンの問いに答えながら契約内容を復唱する。
なるほど、隷属手帳を介して依頼をする場合、声による音声入力で内容を読み込ませるみたいだな。
リリンの手帳を覗くと、さっき言った『南側関所周辺の案内。時間無制限』『諸経費・食費、依頼者持ち』『報酬・1200エドロ/時』と三行に分けて書かれている。
これはシンプルで分かり易い。
「えっ、そんなの悪いですよ。食費は自分で出します」
「いい。こう見えて私はスタンプ持ち。それなりにお金は持ってるから、遠慮しなくて大丈夫」
……スタンプ持ち?
早速、知らない言葉が出てきたな。
どうやらスタンプ持ちというのはかなり重要な事らしく、アンジェは目を見開いて驚いている。
そして、ちょっと尊敬の眼差しでリリンを見つめた。
「凄い方だとは思いましたが、まさかスタンプ持ちだなんてビックリです」
「ちょっと聞いても良いか?スタンプ持ちってなんの事だ?」
話の途中で割り込む様で悪いが、話題が変わってしまう前に聞いておく。
ここは大魔王の国、ちょっとした事が致命傷になるからな。
俺の問いかけにアンジェは嫌な顔をせず、ちらりとリリンへ視線を飛ばした。
どうやら、さっきの受け答えでリリンの隷属階級が高いと理解したらしい。
そして、平均的なドヤ顔大魔王さんがコクリと頷いて許可を出すと、アンジェが説明をしてくれた。
「スタンプというのはですね、この国でとても偉い人が使う名前の代わりです」
「名前の代わり?」
「はい。隷属依頼を請け負いますと、依頼人の名前が私の手帳に表示される事になります。ですが、とても重要なお仕事をしている人は名前を出せない事が多々あるので、名前の代わりにスタンプを表示させるのです」
なるほど、確かにその方がいいだろう。
依頼が成立すると依頼主の名前が手帳に表示され、後から経歴を見返す事が出来るらしい。
だが、ここで大魔王の名前が出てくると、後々トラブルになる可能性がある。
例えば、俺達を狙っているラルラーヴァーがこの街に来たとして、偶然、同じようにアンジェが声を掛けたら?
もしかしたら手帳の履歴を見てしまい、要らぬ勘繰りをするかもしれない。
だが、スタンプならば直ぐにバレる事はないし、お互いに安全だ。
「アンジェ、隷属契約の申請をする。認証よろしく」
「了解です」
依頼内容を決めた後は、お互いの隷属手帳を接触させる事で内容を伝達する様だ。
リリンが閉じたままの隷属手帳にアンジェのに接触させると、パチ!っと一瞬だけ魔法陣が浮かんで消える。
へぇー、随分と簡単だな。これなら俺でも出来そうだ。
そして、送られてきた依頼内容を見たアンジェは、リリンのスタンプを見て頬を綻ばせた。
「あ、このスタンプ、全然見たこと無い奴です……凄い……」
「それはそう。私はこの国に1年以上来ていない。持っている人はとっても少ない激レアスタンプ」
「やった。友達に自慢できます!」
「存分にすると良い!」
どんなスタンプなのか気になったのでリリンに見せて貰ったら、そのスタンプは『ハンドベル』の形をしていた。
リリンは何かと鈴をイメージした肩書きを使うし、自分の軍の名前だって『終末の鈴の音』。
このデザインは納得だし、魔王っぽくないので大変によろしい。
「はい、依頼認証しました。恐らく半日ほどの案内となるかと思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「おう、俺もよろしくな」
「あの、ユニクルフィン様にお伺いしたいのですが……、もしかして貴方もスタンプ持ちだったりしますか?」
うーん?それはどうなんだろうな?
俺はリリンと同じ階級だしスタンプを持っていても不思議じゃないが、ついさっき登録したばっかりで、それっぽい絵も選んでない。
「どうなんだリリン?俺の名前もスタンプになるのか?」
「当然そう。私達ほどの階級ならば絶対にそうなる」
「だけど俺はスタンプ用の絵を提出してないけど?」
「スタンプの絵柄は隷属システムを管理している王宮が用意するもので、専用の絵師がデザインした物を使う。今回はレジェが用意してくれているはず。ユニク、依頼を持ちかけるから認証を押して欲しい」
どうやら俺にもスタンプはあるらしい。
それを証明するべく、リリンが簡単な依頼を俺に出してくれるようだ。
コレを認証すれば、俺のスタンプがリリンの手帳に押されることなる。
俺は自分の隷属手帳を取り出すと、リリンの手帳に接触させた。
すると、さっきと同じようにパチ!っと魔法陣が弾け、隷属手帳に光が灯る。
「どれどれ、どんなもんかな……?」
「ふふふ、それが私の依頼。認証はよ」
手帳に映しだされた依頼は『下町デート中、できる限りリリンサとイチャラブする!』『報酬・100万エドロ/時』だった。
……。
俺とイチャラブする為に100万エドロも出すとか、一体何をさせるつもりだよ。
大変に怖いので、平均的な大魔王笑顔なリリンに訂正を申し込む。
「リリン、金額を下げてくれ」
「えっ、どうして?」
「それはな……報酬が100万エドロとか出し過ぎだからだよ!!何をさせる気だッ!!」
「むぅ、相応の働きをして欲しいだけなのに……」
すまんな、リリン。
相応の働きとやらが怖いから変えてくれって言ってるんだ。
むぅ、と頬を膨らませたリリンとは裏腹に、アンジェは再び目を見開いて驚きを隠せないでいる。
その反応を見る限り、どう考えてもヤバい事になっているだろ。
「100万エドロですか……?」
「ちなみにだが、100万エドロ/時ってのは凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃないですよ。こんなの2等級以上じゃないとできません。さすがスタンプ持ちですね」
だとすると、2等級以上を雇うには、数百万エドロの金が必要になる訳か。
俺の知ってる2等級は、ツンだけメイドと魔弾のチャラ男、それとナインアリアだな。
出会った場所が闘技場なせいか、戦闘力が準魔王クラス。
なるほど、一人で街を滅ぼさせるんだとすれば、納得の料金設定だ。
「ユニク、依頼を送り直した。これでいいよね?報酬も相場のはず」
「どれどれ……。うん、まぁ、これならいいかな」
送り直されてきたリリンの依頼は『リリンサと下町デートをする!』『アンジェに案内されながら、買い食いしつつイチャラブしたい!』『報酬・5万エドロ/時』。
これなら何の問題も無い気がするが……、可愛らしい女の子と買い食いデートをして5万エドロの報酬を貰うとか、なにそれすごい。
というか、話が上手過ぎて美人局を疑うレベル。
裏路地に心無き魔人達の統括者が集結してたりしないよな?
俺は怪しい人物がいないか確認しつつ、手帳に浮かんだ認証ボタンを押した。
すると依頼が成立し、リリンの手帳に光が灯る。
「今更だが、隷属依頼は請け負う側からも申請できるんだな?」
「そう。亡命したての人はシステムに慣れていない。案内役の人が設定してあげる事でスムーズに契約が出来るし、詐欺対策にもなる」
「詐欺対策?」
「隷属依頼を出す時に『提示する側の資産価値以上の報酬を設定できない』という以外にルールはない。だから相手を疑った場合は、同じ内容で依頼し直す事が多い」
「つまり、さっきみたいに依頼内容が不服だった場合、似たような内容を俺がリリンに送り直す事が出来る訳だな?」
「そういうこと。それで納得できなければ依頼を受けなければいいし、資産価値が足りなくて同じ条件で依頼できない場合は、騙されるリスクを背負って請け負う」
今回はリリンが依頼を出し直してくれたが、本当ならば俺が出し直すのが通例らしい。
その時、俺の資産価値が100万エドロ/時に達していない場合は、報酬金額を100万エドロにする事は出来ない。
要するに、身の丈に合わない依頼を請け負うには、提示された依頼をそのまま請け負うというリスクが必要だという事だ。
なお、俺の手帳に書かれている資産価値は『10億エドロ/時』。
俺を働かせるためには、1時間で10億エドロを支払うのが相場らしい。
……国を滅ぼして来てぇっと戦場に放り込まれた揚句、報酬としてキングゲロ鳥が進呈されそうな気がする金額だな。
うん、これ以上は考えない様にしておこう。
「あ、ユニクのスタンプ可愛い」
「お?何の柄なんだ?」
「もちろんタヌキ!」
「そんな事だろうと思ってたぞッッッ!!」
流石は大魔王陛下、俺の予想を裏切らねぇッッ!!
正直、スタンプとか言いだした時点で絶対にタヌキ柄だと思っていた。
思っていたが……。実際に見せられるとすげぇ腹立つな。
しかも、ただのタヌキじゃ無いし。
純白の星マークが額に輝くその姿、あぁ、間違うこと無きクソタヌキッ!!
最近見かけないから平和だったのに、こういう形で出てきやがったかッ!!
「あ、タヌキ柄すごく可愛いです……。欲しい……」
「そうか?だってタヌキだぞ?」
「スタンプでも動物柄は特にレアなんです。私もゲロ鳥柄のしか持ってないですし」
「……ゲロ鳥柄?ちょっと見せてくれないか?」
アンジェはカツテナキタヌキスタンプに興味津々だが、それを俺にくれというのは抵抗があるらしい。
控え目に「欲しい」と呟いてしまったのも、つい口から出てしまっただけらしく、階級が上な俺に遠慮しているようだ。
だからこそ、俺はリリンに教わりながらアンジェに「ゲロ鳥スタンプを俺とリリンに見せて欲しい」という依頼を出した。
個人情報の塊である隷属手帳を見ず知らずの他人に見せる事は、本来ならば避けるべきだ。
だが、依頼という形ならばアンジェに選択権があるし、それなりの対価を支払う事も出来る。
使ってみて分かったが結構便利だな、このシステム。
「えっ、いいんですか!?」
「いいぞ。もちろん報酬も払う。5万エドロにしちゃったけどそれで良いか?」
「それじゃ私が得をし過ぎじゃないですか?タダで良いですよ!」
「だめ。それは推奨されない事だから、きちんと報酬を受け取るべき」
なおのこと遠慮するアンジェを、リリンがやんわりと否定した。
その顔は平均的な先生顔ともいうべき、年長者っぽい表情だ。
「何か理由があるのか?リリン」
「もちろんある。隷属手帳を人に見せるのは慎重にするべき事であり、きちんと相場というものがある」
「相場?そんなものがあるのか?」
「ある。依頼を出す時にここをこうすると……こういう風に、過去の事例から算出された報酬金額の相場が表示される」
へぇー、なるほど、これはすごく便利だ。
依頼を出すにしたって、個人同士が好き勝手に決めていたら収拾がつかなくなる。
あっちの人は1000エドロで請け負ってくれたのに、こっちの人には10万エドロも要求されたとなる訳だ。
この場合、適正価格がどっちなのかはその場合による。
どう考えても、危険生物討伐を1000エドロで請け負うのは間違っているしな。
そんな理由から、依頼を出す時に最も注意をしなければいけないのが金額だ。
だが、手帳を操作することで相場が表示されるならば、敷居はもっと低くなる。
「えっと、じゃあ、認証しちゃいますよ?後で返金できないですよ?」
「大丈夫だ。俺も財布具合にはそこそこ余裕があるからな!」
実際は、リリンの持ってる資産に比べたら全然大したこと無い。
だが、5万エドロという金額は、ここ最近の一回の食事に掛る金額と同じだし問題ない。
改めて思うが、大魔王とペット、食い過ぎだろ。
「1日でスタンプ二つ、今日はとっても運が良いです!みんな羨ましがるだろうなー。えへへ」
「それは良かった。それで、アンジェのコレクションを見せて欲しい」
「はい、実は私、結構な数のスタンプを持ってるんですよ!」
タヌキスタンプを嬉しそうに眺めたアンジェは隷属手帳を操作し、俺達に差し出してきた。
その備考欄には10個程のスタンプが並んでおり、とても綺麗だ。
さて、お目当てのゲロ鳥スタンプは……これか。
んん?このゲロ鳥、頭に王冠を乗っけてやがるな。
「なぁリリン、このスタンプもしかして……」
「うん、レジェのお忍び用の奴。間違いない」
公務とプライベートで使い分けているのか。
流石に女王として命令をする時に、ゲロ鳥スタンプじゃ格好がつかないもんな。
「アンジェ、このスタンプを押してくれた人とは仲がいいの?」
「レジィおねーちゃんは優しいから好きだよ。将来の夢とか相談した事もあるね」
「そう。ならその関係を続けるといい。きっと良い事があると思う」
バレバレな偽名を使っているが、一応、女王の身分を隠しているらしい。
まぁ、国を滅ぼされて仕方が無く亡命してみたら、堂々と街を歩いてた女王と遭遇したとか笑い話にもならない。
色んな事が起こった結果、言葉通りの亡命を遂げるだろう。
「さて、アンジェ。そろそろ案内を始めて欲しい!」
「分かったよ!今日はいっぱい御奉仕してサービスするね!」
「じゃ、最初は……銀行とお風呂屋から!」
「うん、こっちだよ!」
最初に行くのが銀行と風呂?
亡命するとお金が貰えるらしいから銀行は良いとして……何で風呂なんだ?
リリンに促されて颯爽と歩きだしたアンジェの足取りは軽く、とても楽しげだ。
どうやら本当にスタンプを貰ったのが嬉しいらしく、ゲロ鳥・讃美歌なるものを謳っている。




