第15話「滅ぼされた国、救われた国」
「いや、国を滅ぼされたって大概にヤバいだろ!何でそんなに朗らかな笑顔!?」
「それはそうでしょう。レジェンダリアとの戦争に負けていなければ、我が祖国は歴史と文化すら残せない程の壊滅的な被害を出していたでしょうから」
……なに?どういう事だ?
カンゼさんの言葉に嘘が無いなら、レジェンダリアとは関係ない所で国が滅びそうになっていて、それを知ったレジェリクエ魔王陛下が最低限の保障をする代わりに国を乗っ取ったって事か?
ん、待てよ……?
こんな感じの話をどこかで聞いたような?
「なぁ、カンゼさんの国って、もしかしてフランベルジュ国か?」
「正解です。やはりユニクルフィン様は聡明な方ですね」
よし!俺の洞察力も捨てたもんじゃないな!
……って、喜んでいいのか凄く微妙な所だ。
フランベルジュ国と言ったら、リリンが滅ぼしたと嬉々として語る国だ。
ちらちら聞いている話ですら、壮絶な暗躍と裏切りと策謀の入り混じった混沌無法地帯。
次代国王の席を争った二人の兄を出し抜いて、レジェンダリアと組んだテトラフィーア姫が勝ち、そして何故か魔王国の大臣になっている。
「まさかカンゼさんがフランベルジュ国の人だったとはな。せっかくだし、その時の話を聞かせて貰えないか?」
「良いですとも。ユニクルフィン様と姫の為ならば、いくらでもお話いたしますとも」
……俺と姫の為ならば?
ちょっと気になる言い方だな。
俺に話をする事が、テトラフィーア大臣の為になるって事か?
それに、カンゼさんはテトラフィーア大臣の事を『姫』と親しげに呼んだ。
それはつまり、この国に来る前にカンゼさんとテトラフィーア姫は近しい立場にあったという事。
どうやら、カンゼさんは結構な経歴をお持ちらしい。
レベルも……うん、レベルが6万を超えてるじゃねぇか。そりゃ盗賊をくん付けで呼ぶ訳だ。
「リリンサ様から多少は伺っているかと存じますが、戦争が起こる前の祖国の状態などは知りますまい。まずはそこからお話しいたしましょう」
「おう、そういう背景って重要だしな」
「我がフランベルジュ国は大国です。この大陸一番などと嘘吹く事は御座いませんが、それでも当時のレジェンダリア国よりも格上だったのは間違いないでしょう」
「えっ、そうなのか?」
「ただ、国力が高くとも、戦争状態にあった祖国は歪な経済状態でありました。それを憂いた国王様の国策は数百年に及ぶ戦争状態の和解。ですが、志半ばで病に伏し、それを逆手に取られてしまったのです」
「病気か。確か不治の病に罹ってしまって王位継承の必要性が出てしまったんだよな?」
「はい。ギョウフ国とノウリ国、それぞれの国に親善大使として赴いていた二人の王子が権利を所持していました。実は、お二方は大変に仲の良い兄弟で、それぞれの国で得た情報を交換し、3年の任期が過ぎた後は立場を入れ替えて別の国の親善大使を行う手筈となっておりました」
「なるほどな。一国に加担した王子同士が争うから戦争になるのであって、両方の国から受け入れられた王子ならば、どちらが国を継いでも問題ないって事か」
「ですから、王位継承は6年に渡る親善交流の後で行われるはずでしたが、王子たちが立場を交換される前に……。こればかりは天からの災い。仕方が無い事なのですが……」
王子同士を対立させた国策が悪いのかと思ったら、しっかりと考えられたシステムだった。
『王位継承争いとか、しょうも無いなー』と思っていた自分が恥ずかしい。
だが、そこまで考えられた国策だったのなら、病気という災いにも何らかの対応策が用意されていたはず。
そしてそれは正しい様で、カンゼさんは僅かに表情を曇らせながら口を開いた。
「王の状態を知った王子たちは、それぞれの国での融和を早めました。多少強引でもそれぞれの国との友好を結び、そして、フランベルジュ国が間に入る事で三国間の戦争を終結させようとしたのです」
「だが、失敗したんだな?」
「えぇ。三国の仲を取り持つはずだった王子たちの方がノウリ国とギョウフ国に取り込まれてしまったのです。その背景にあったのは経済戦争でした」
「経済戦争?普通の戦争とは違うのか?」
「麦、米、トウモロコシ、塩、香辛料。これらの価値が乱高下し、それらを為替代わりにしていた三国の経済が破綻。それが国王様が病に伏したと同時に起こったのです」
「どういうことだ?」
「実は、それらはフランベルジュ国、ノウリ国、ギョウフ国、それぞれの特産品。戦争状態にあろうとも交易が途絶えた事が無い程の経済の要なのです」
そんな一大産業が、フランベルジュ国王の病気に合わせるようにバランスを崩した?
国王がバランスを取っていたという事なのか、それとも……。
「麦、塩、トウモロコシの値段が暴落し、米と香辛料の値段が高騰しました。それに対処するべく準備をしている最中に、今度はそれらの価値が逆転してしまったのです。その経済打撃は計り知れないものであり、三国は自国だけでは成り立たない経済状況となりました」
「高くなってしまった米と香辛料を安く売りに出し、その金で安くなってしまった麦とかを高く買い占める。そうすれば需要と供給のバランスが整うもんな」
「はい、ですが……。王宮に備蓄していた米を売りに出した所、三国が蓄えていた以上の米が市場に溢れたのです。しかもそれの品質は低く、商人の話によると5年以上も保管されていた物が混じっていると」
「5年も……?それって食えるのか?」
「品質、味の劣化は免れませんね。ただ、食べられないかと言われれば否定はできません」
「そんな不味い米が高騰している物に混じっていた……か」
もし、俺がそんな状況で、腹をすかせた大魔王の為に米を買わなくちゃいけないとしたら。
品質をしっかり確認するし、もし怪しければ買わないだろう。
うちの大魔王はとにかく食うからな。
お米が無いならケーキを食べれば良いと思う!とか平気で言いそうだ。
たぶん、俺と同じ事を考えた奴がいっぱい居たんだろう。
唯でさえ割安で売り出した米が更に安くなって資金が集まらず、代わりの麦やトウモロコシが手に入らなかった。
王宮に蓄えられている備蓄の米や麦は、有事の際に国民に配られる命綱。
それを失い、経済戦争に振り回された国民は、飢饉にあえぐ事になったと。
「特に、ノウリ国、ギョウフ国の飢饉は酷いものでした。もともとその年は米も麦も不作だったのです。そんな所に経済戦争が起こり、王宮にはフランベルジュ国の親善大使が居た。心根が優しい王子たちは溢れ返る飢餓者の前に立ち尽くし、それぞれの国こそが最も貧困だと思ってしまわれたのです」
「飢餓者……か。人は飯を食わなきゃ3日で死ぬ。それこそ、ヘタな毒よりもよっぽど確実だ」
「それに、トウモロコシが主食の我が国では飢饉が起こっておらず他国の内情が分かりづらかった。交易をフランベルジュ国を通して行っていたノウリ国・ギョウフ国は、それぞれの国を滅ぼせば特産物を手に入れられると考えた様です」
「どれだけ王子が有能でも、多勢の意見には勝てないか。きっと毎日、少しずつ意識が変わる様な事を言われ続けたんだろうな」
「そして、数百年続いた戦争の歴史の中で最悪の争いとなりまさした。ノウリ国とギョウフ国をフランベルジュ国が諌め取り持っているという関係だったのですが、王は病に倒れ、後を継ぐ王子たちはそれぞれの国に異常に加担している。しだいにフランベルジュ国内でも派閥が割れ、収拾がつかなくなったのです」
その三つの国が何を考えたのかくらいは、俺にだって分かる。
それは自国の民を飢えさせないために行動を起こしたという事だ。
「ボロボロになっていく三国は後に引けない状況でした。一刻も早く相手の国を滅ぼし食料を手に入れなければ、自国が消滅する。いくら米が手に入ろうとも、それを噛む人間が残っていなければ意味が無い。そんな時でした……行方不明だった姫が帰還し、心無き魔人達の統括者と共にクーデターを起こしたのは」
「何してんだよ、お姫様!?」
「レジェリクエ女王陛下が従えていた、たった2万の兵。それらはバッファと魔道具で武装した戦闘集団でした。ランク5の魔法を弾き飛ばし、剣で斬りかかろうとも刃が通らず、殴りかかれば拳が折れた。恐るべきことに、その2万の兵たちはすべて第九守護天使を纏っていたのです」
「魔王の軍勢が強すぎる!」
「レジェンダリア軍は圧倒的でした。整然と整列しながらの行軍は何者にも止められず、触れた街にある金品と食料品を、欠片も残らず奪い尽くす様には茫然とするしかない」
「完全にトドメを差しに行ってるよな?それ」
「そして、民に必要な食料品を再分配したのです。レジェリクエ女王の傍らにいた戦略破綻様は、街から全ての食料品、通貨、金品を徴収し物流をリセット。荒れていた経済は戦略破綻様の管理下となりました」
「マジかよ。理屈は分かるが、何でそんな事が出来るんだ?食料品を配り直すにしたって飢餓状態なんてのは人それぞれ違う。求めている食糧だって違うはずだろ?」
「それは、再生輪廻様のお力あっての事。我らはその日、カミさまに出会ったのです」
……ついに魔王を超えて、神になりやがったか。
魔王様の成長が留まる所を知らない。
「再生輪廻様が処方された径口補給液なるもの、それを飲むと驚くほどに体調が回復したのです。カミさまの御威光に触れた安心感からか、口にして1時間もすれば眠りについてしまう程です」
「間違いなく盛られてるだろ。睡眠薬を」
「飢饉にあえぎながら戦争をして精神をすり減らしていた私達。ですが、目覚めればそこに食べ物がある。その当たり前の幸せを教えてくれたのは、無尽灰塵……リリンサ様でした」
「あ、良かった。正直、周りの奴が凄過ぎて、リリンの出番が無いかと思ったぞ」
「リリンサ様は、配給された食べ物を持って広場に集まるように言いました。始めは食事を奪われるのではないかと疑心暗鬼に捕らわれた私も、もしかしたら余分な配給があるのかもしれないと参加し……」
「どうなった?」
「リリンサ様は、とても楽しげにお食事をされました。その笑顔は、一生、忘れる事は無いでしょう」
「完璧な適材適所だな。隙がねぇ」
「民に配給されたものと同じものを美味しそうに食べ、時にはこうするともっと美味しくなる!っとリリンサ様は積極的に民に話しかけておりました。その優しさに、憤りを感じていた民たちの心は癒されたのです」
戦争で弱った国へ抗えぬ暴力で攻め入り、物資を巻き上げて絶望を与えつつ管理し、命を閉ざす事も許さず、美味そうな食事風景を見せつけたと。
……なるほど、大魔王たる心無き魔人達の統括者が、別の角度で見ると聖女の率いる『聖なる天秤』になるのはこんなカラクリがあったんだな。
やり方が真っ黒であれ、それが人を救っているのは事実だ。
ちゃんと聖女してたんだな。ワルト。
その教育のたまものか、リリンは食を最重要視する魔王様に育ったぞ。
今も隣の部屋で、飯に関する演説をしている。
「こうして、長きに渡る戦争は終わりました。三国ともがレジェンダリア国の管理下である隷属連邦となり、その中の『州』という立ち位置に収まる事で争いを封じたのです」
「聞いていた話とはだいぶイメージが違ったが……。これなら、心無き魔人達の統括者が敬われているのも納得だ」
「本当に凄い方達ですよ。今も、余った物資を上手く使い、周辺の小国を次々と支配下に納めているのですから」
「今も?その手は飢饉が無いと出来ないんじゃないか?」
「いえ、どうやら黒幕はブルファム王国のようでしてね。未だに局地的な飢饉が起こっているのですよ」
そうか、黒幕がいるって話だったもんな。
それを捕まえていないのなら、似たような事が起こっても不思議じゃない。
これは憶測になってしまうが、ブルファム王国は他国が力を持つ事を快く思っていなかった。
特に、フランベルジュ、ノウリ、ギョウフの三国が結束すれば、自らを脅かしかねないと判断したんだろう。
だからこそ水面下で経済を操り、数百年も戦争の火種を造っていた。
ブルファム王国はレジェンダリアに狙われた被害者かと思っていたが、狙われるには理由があったって事だな。
「この国に住む者は皆、レジェリクエ女王様と心無き魔人達の統括者様を愛敬しております。今まででは考えられない程に富んだ生活。自分の価値が目に見て上がってゆく喜び。ユニクルフィン様を含む心無き魔人達の統括者の皆様に、多大な感謝を」
カンゼさんはそう言って立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。
俺は慌てて、それを止めようと立ち上がる。
身に覚えのない感謝を向けられても困るしな!
「いやいや、それはリリン達に言ってくれ!俺は最近加入したばかりだぞ!!」
「いえいえ、良縁に恵まれたからこその繋がりであり、それはユニクルフィン様のお力あればこそ」
「俺の?何もしてないけど?」
「はて?それはどうでございましょうかな?」
なんだその意味深な笑みは。
この人すぐに黒くなるから怖いんだけど。
一応、騙されている訳ではない……はず。
だが、ちょっと情報を仕入れておこう。
「所でさ、カンゼさんはだいぶ内情に詳しいみたいだけど何者なんだ?」
「関所長ですね」
「いや、今じゃなくてさ。俺の言いたい事は分かってるだろ?」
「もちろんですとも。若くして執事長に取り立てられ鬼才とまで言われた身。人を見る目は長けていると自負しております」
さらっとテトラフィーア姫との関係性を暴露してきたな。
ニコニコと笑うカンゼさんを見る限り、その言葉に嘘は無さそう。
なら、この人はフランベルジュ国の王宮に仕えていた執事長ということだ。
たぶん、テトラフィーア姫にとっても重要な人であり、有能だからこそ、国の安全を守る関所を任されているんだろう。
リリンを無尽灰塵だと知っているのもこの人だけっぽいし、癒着や賄賂で不法侵入が出来ないようなシステムがあるのかもな。
「ユニクルフィン様、この国は良いですよ。是非お住みになられてはいかがでしょうか?」
「なんだ藪から棒に。正直な所、女王陛下の陰謀に巻き込まれそうで嫌なんだが?」
「良いじゃないですか。巻き込まれても」
「否定してくれよ!?言葉だけでもいいから、そんな事はないって言ってくれ!!」
「ユニクルフィン様は特級奴隷。この国で逆らえるものなどおりませんよ。望めば、御目麗しいテトラフィーア姫だって雌豚になります」
「えっっっ!?!?」
テトラフィーア姫が雌豚になるってどういう事だよ!?
あの人はキングゲロ鳥に10億出す鳥マニアだろッ!?
と、錯乱している風を装いつつも、言葉の意味はしっかり理解している。
この人は、俺がテトラフィーア大臣の身体を望めば好きにできると言っているのだ。
大魔王レジェリクエ女王陛下の忠臣たる姫を、リリンと俺が恋仲にあると知っていて進めてくるとか、マジで笑えない。
カンゼさんも顔こそ笑っているが、目の奥が笑ってないし。
そんなに牽制しなくとも、絶対に手を出したりしませんよー。
「大丈夫だぞ。俺はリリン一筋だ」
「おっと、メスタヌキの方が好みでしたかな?」
「そういう事じゃねぇんだよッ!!」
**********
「では、こちらがユニクルフィン様の隷属手帳。こちらがアルカディア様の隷属手帳となります。お確かめ下さい」
「これが俺の隷属手帳……」
「う”ぎるあ!これがあれば美味しいご飯が食べられるって聞いたし!」
あぁ、隷属手帳ができ上がってしまった。
大魔王様の配下に入ってしまったんだな。俺。
俺が複雑な心境でたたずんでいると、カンゼさんは手帳の使い方を簡単に説明してくれた。
それはとても簡単で、手帳同士を触れさせれば魔法陣が起動して依頼をする事が出来るらしい。
その時に依頼者の手帳に依頼請負人の資産価値が映し出される仕組みなのは、認識阻害の魔法対策だそうだ。
依頼中は手帳の備考欄に、金額がずっと映し出されたままになる。
確かに、自分の持っている手帳に細工するのは容易でも、相手の手帳にするのは難しいからな。
「リリンサ様、これからのご予定はいかがなされるのですか?すぐに王宮に向かわれるので?」
「違う。今からだと夕方になってしまう。だから城下町でゆっくりしてから行く」
「転送の魔法陣がありますが?それに乗れば時間など掛りませんよ」
「……むぅ。カンゼ、分かってて言ってるよね」
「はて?私はこの国の為に、一刻でも早く王宮に向かうべきだと思ったまでですよ。何も理由が無いのでしたら、すぐにメイを呼び付けますが」
「むぅぅ!私はユニクと、で……」
「で?」
「デートがしたい!!そして、圧倒的イチャラブを悪い幼虫に見せつけてやる!!」
「はっはっは、では、明日の朝に来るようにメイに伝えておきます。湯浴みが必要でしょうから、時間は10時くらいで良いでしょうか」
「それで良いと思う!」
……リリンは朝に風呂に入る趣味は無いし、それが必要になる予定も無いぞ。
このカンゼさん、実はかなりの好き物だった。
話が一段落した後は雑談をしていたんだが、リリンに聞かせられない話が出てくるわ出てくるわ。
その話は童貞の俺には凄過ぎるものだったので、記憶の奥に封印した。
ただ、一言だけ感想を言うのならば……。
メイドさんを酒の様に語るなよッ!?
そんな事をしてるから国が傾くんだろ!
「ユニク、アルカディア、行こう」
「おう」
「う”ぎるあ!ご飯楽しみだし!!」
リリンを先頭にして長い廊下を歩いてゆく。
その左右には入国者用の窓口が並び、そこから受付員さんが手を振っていた。
みんな本当にこの国が好きなようで、口々に「我が国をお楽しみください!」だとか、「お会いできて光栄でした!」とかの喝采が舞っている。
基本的に微笑ましくて良いんだが、筋肉モリモリの盗賊が窓から上半身を突き出し、深々と頭を下げている光景はどうかと思う。
どうみても、大魔王様を崇拝する妖怪だ。
そして、すべての窓に手を振り返したリリンは真正面のドアを開き――。
俺達はレジェンダリア国へと入国した。




