第13話「関所の中へ」
「う”ぎるあ~~!もうすぐ順番が来るし!」
リリンに手を引かれて向かった先は、天使の彫像が彫られた巨大な門。
その脇には地味めな扉が取り付けられおり、その前にアルカディアさんが立っていた。
どうやら最前列のようだし、本当にすぐ中に入れそうだ。
「で、リリン。こっちの関所は国民専用なんだよな?俺とアルカディアさんは国民じゃないけど通れるのか?」
「通れない」
「だよな。通れな……。え!?通れない!?」
「レジェンダリア国民じゃないなら通れない。この関所は国民専用だから」
「……何か策があるんだよな?」
「もちろんある。それは……」
「……それは?」
「ユニクとアルカディアもレジェンダリア国民になればいい!」
……何だってッ!?!?
確かにリリンが言う通り、国民になれば通れるようになるんだろう。
だけどさ、それってレジェリクエ大魔王陛下の所有物になるって事だよな?
うん、すっげぇ嫌なんだけど!!
どう考えても人生を使い潰されるからなッ!!
「ちょっと待ってくれ、リリン。俺は国民になる気はないんだが……」
「ん、そうなの?どうして?」
「……ぶっちゃけて言うが、レジェリクエ女王陛下の所有物になるのに抵抗がある。なんかこう……とんでもない事になる気がするんだ」
「それなら心配ない。ユニクの等級は私と同じ『特級奴隷』。奴隷と名が付いているものの、その実態はレジェと同格扱いで、一方的な命令権など存在しない」
「そうなのか……?じゃあ俺はいいとしてアルカディアさんは?」
「アルカディアはペット枠。なので、ホロビノと同じ一等級奴隷!」
一言の中に問題が山積みだったんだが!?
とりあえず、アルカディアさんがペット枠なのは良い。もう慣れたし。
問題は、『ペット枠なので、ホロビノと同じ一等級奴隷』という所にある。
なぁ、ホロビノ。
お前は心無き魔人達の統括者のメンバーなのに、階級がひとつ下なんだな。
そんでもって、ペット枠なのに一等級奴隷、つまり、大臣と同じなんだな?
と言う事は、『きんぐー!』っと高らかに鳴いたアイツも一等級だよな?
そして、アルカディアさんもその枠組みに入る事になる。
うーん、凄く絶妙。
大臣と同じ階級と言われれば凄いと思うが、駄犬やゲロ鳥と一緒だと思うと悲しくなる。
……非常に悩む所だし、本人に決めて貰うか。
「アルカディアさん、ここの国民になるか?一応、階級は高いものになるらしいんだけど」
「う”ぎるあ?何か良い事ある?」
「当然ある。一等級奴隷ともなれば、超おいしい御馳走が食べ放題!きっと気に入るはず!!」
「……だそうだが?」
「絶対なるし!」
……だよな。そう言うと思ったぜ。
食い物が絡んでいる以上、俺の期待を絶対に裏切らない。
「次の方ー。どうぞお入りくださーい」
御馳走食べ放題と聞いたアルカディアさんが歓喜の雄叫びをあげていると、丁度いいタイミングで関所の中から声が掛った。
そのままリリンの後を追うようにドアを潜って室内へ入ってみると、真っ直ぐな廊下に沿うように窓口が並んでいる。
どうやら不安定機構の受付の様になっているらしく、ガラス越しに受付員さんが座っていた。
それにしても、俺も大魔王国民になるのか。
リリンが言うにはメリットばかりだと言うし、それをしないと、この国に来るたびに亡者の行列に並ぶの事になるらしい。
実は、それも二匹の大魔王が考えた陰謀なんだとか?
何度もこの国に訪れたいと思う人は、それだけの金銭と力を持っている。
そして、快適に国に入る為にはこっちの関所を通るしか無く、当然、通る為には国民の証明たる隷属手帳が必要になる。
そんな訳で、自ら奴隷へと志願する有力者が後を絶たないらしい。
他国の有力者に金を払わせたあげく強引に取り込むとか、ホント良く考えられてんなぁ。大魔王国。
「こんにちは。本日はご帰国でしょうか?」
「私はそう。こっちの二人は国民登録を行い、隷属手帳を発行して欲しい」
「亡命希望ですね。書類を準備いたしますので少々お待ち下さい」
受付の前に立ったリリンを見て優しく笑った受付のお姉さんは、取り出した書類に日付などを記入してゆく。
うん、非常に好感の持てる受け付け対応だな。とても魔王の国の入口とは思えない。
で、一つだけ気になる事があるんだけど。
このお姉さん、『亡命』って言ったな。
「リリン、亡命希望ってなんだ?凄くエライ事になってないか?」
「問題ない。亡命と表現しているのは言葉上の意味であり、本当に命を取られる訳ではないし」
まあ、亡命の意味くらいは知ってるが…だって、『亡命』だぞ?
『亡くなる命』って書くんだぞ?
本当に大丈夫なのか……?
「緊張しなくて大丈夫ですよー。最近では必要最低限しか行わない隷属契約も流行ってますから。ファッションですよ、ファッション」
「ファッション奴隷ってことか?すげぇな。一気に敷居が下がった気がするぜ!」
滅茶苦茶スムーズに会話に入ってきたな、受付のお姉さん。
まるで詐欺師のようだぜ。
「お待たせしました。それでは、亡命の手続きを行います」
「うん、お願い」
「では……まずは、推薦者である貴方の隷属階級を参照し、お二方の階級をお決めになって頂きます。それでは、隷属手帳のご提出をお願いします」
「はい、どうぞ」
リリンはこの流れが分かっていたようで、既に自分の隷属手帳を召喚している。
ここに来る途中でちらっと見せて貰った隷属手帳は二つ折りのカード状で、『氏名』『顔写真』『隷属階級』『資産価値』という4つの項目があるだけのシンプルなデザインだった。
その他には備考欄があり、リリンのカードには『心無き魔人達の統括者・無尽灰塵』だとか、『終末の鈴音・総指揮官』だとかいう物騒な文字が並んでいる。
うん、見る者すべてをひれ伏せさせる威厳がある……って、そんなものをここで見せたら不味くないかッ!?
「ちょっと待てリリン!」
「どうしたの?」
「いや、手帳を見せるのを止めようと思ったんだが……もう手遅れのようだな」
「ふぇぇぇぇぇ……。助けて、班長ーー!」
静止の声を賭けるも、あと一歩遅かった。
隷属手帳は既に受け付けのお姉さんの手に渡り、そして、物凄い形相で青くなった後、全速力で奥に引っ込んでしまった。
「はんちょ!はんちょぉ!」
「今度は何をやらかしたの?」
「まだ何もやってないです!でも、私の手には負えないので班長お願いします!!」
「はぁ。なに?大国の貴族でも亡命に来たの?」
「そんなショボくないですよ!い、い、一大事です!!えっと、えっと」
「埒が明かないわね。私が対応するから、お茶でも煎れてくれるかしら」
どうやら班長が出てくるらしい。
だが、班長で大丈夫なのか?こっちは大魔王なんだけど?
一抹の不安を抱いていると、さっきの受付のお姉さんよりもパリッっとした雰囲気の班長さんが出てきた。
お?この人は仕事ができそうだな。
「お待たせしてすみません。亡命希望という事ですので、隷属手帳を拝見させていただきますね?」
「どうぞ」
「……。ぐえ”。」
パリッとした仕事の出来る班長さんはリリンの手帳に視線を落とし、カエルを踏み潰した様な声を出した。
そして、速攻で窓口のカーテンを閉めて「少々お待ち下さいっ!」っと言い残してから奥へ消えてゆく。
どうやら、班長では大魔王に勝てないらしい。
「私じゃダメぇ!副長を呼んで!!副長ーー!」
「なんだよ。俺は体調が悪いんだが?」
「大変なんです!行方不明だった総指揮官殿が御帰還されましたっ!」
「なんだと?あの生きる決戦兵器という噂の総指揮官殿がか!?」
「間違いありません!」
「関所長が不在だってのに間が悪い……。っち、俺が出るしかないか」
カーテン越しに話を聞く限り、今度は副長が出てくるらしい。
副長と言うのは、おそらく、この関所の責任者の次に偉い人物だろう。
ならばきっと、大魔王にも臆せずに立ち向かってくれるはずだ。
というか、そろそろ話を進め欲しい。
飽きたアルカディアさんが何故かシャドウボクシングをしているし、このままだと扉を壊して不法入国しそうだ。
「いやー部下がスミマセンね。ついでに俺も無作法なんで、ご容赦いただけると助かります。へっへっへ」
ん?この声どこかで……?
俺が答えに辿り着く前に、目の前のカーテンが勢い良く開いた。
そして、そこに立っていたのは、みるからに盗賊だった。
「あ。」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!殺されるッ!!」
「むぅ。さっきから何なの?ちょっと不愉快」
「……。リリンがあんまりにも可愛いもんだから、ビックリしたんじゃないか?」
「か、可愛い!?むぅ、なら許してあげる!!」
うん、カーテン開けたら大魔王だもんな。そりゃ、ぎゃああああってなるわ。
しかも、リリンの正体を知ってるっぽいし、さぞ怖かっただろう。
体調不良を訴えてたのも、恐怖症候群によるものに違いない。
で、盗賊が副長をやってるっぽいんだけど大丈夫なのか?
「おい!副長が逃げたぞ!捕まえろッ!!罠を起動させろ!!」
「網と催涙ガスで取り抑えるんだ!」
逃亡対策バッチリじゃねぇかッ!?
まぁ、深く突っ込むとややこしくなるので放っておこう。
受付の中は騒然とし、俺達はしばらく放置された。
その結果、完全に飽きてしまったアルカディアさんは置いてあった椅子を手に取ると、器用に投げてジャグリングを始めている。
何故ジャグリングなのか謎だが、……その腕前はプロ級だぜ!
**********
「部下が失礼を重ねた事、誠に申し訳がありません、リリンサ様」
「いい。いつもの事だし」
「それは本当に申し訳ありません……」
しばらく待っていると、受付の横にあるドアからスーツを着こなした男が出てきた。
年齢は40代と言った所で、物腰が柔らかくて好印象。
明らかに盗賊よりも格上なその人物はリリンを見るなり一礼し、「関所長のカンゼでございます。こちらの別室でお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」と切り出した。
お菓子はある?というアルカディアさんの質問に「もちろんでございます」と関所長が答え、俺達はそこで話をする事になる。
「それで、本日はこのお二方の亡命との事ですが……」
「そう。速やかに二人の登録をして欲しい」
リリンの雰囲気を見る限り、どうやらカンゼさんとは顔見知りらしい。
カンゼさんも恐縮しているが取り乱したりしてないし、慣れた手つきで話を進めた。
「既に部下に手配をさせております。あぁ、隷属階級をお伺いしておりませんでしたね?どのようにいたしますか?」
「ユニク……、この人は私の旦那様になる人。だから当然、私と同じ階級になる!!」
「なんと。それはすごい。では、そちらのお嬢様は?」
「アルカディアはペット枠だから一等級!!」
「なるほど、新婚夫婦とペットですか。……幸せな家庭が築けそうですね」
この人、アルカディアさんがペット枠ってのを受け入れちゃったんだけどッ!?
ちょっと動じなさすぎだろ!?
だが、リリンは平均的な表情だし、アルカディアさんはお菓子に夢中。
カンゼさんは平然と書類を書いているし……うん、取り乱している俺が馬鹿みたいだな。
そろそろツッコミもやめて、堂々と振る舞おう。
俺は気持ちを改めて、カンゼさんに声を掛けた。
「急に俺達が来たせいで騒ぎになっちまったようだな。すまん」
「いえいえ、これくらいで取り乱すようでは関所官は務まりませんから。まぁ、ロンリゴンくんまで錯乱しているのは意外でしたがね」
「ロンリゴン?」
「盗賊みたいな顔の男が居たでしょう?」
「あれは……うん、すまん。ちなみにさ、元盗賊が関所に居て良いのか?やけに板についた仕事っぷりだったが」
「あぁ、ロンリゴンくんは亡命してますからね。亡命って知ってます?」
「言葉くらいはな。だけど、この国でそれがどんな意味なのかは分からない」
「なるほど。では、隷属階級のシステムも踏まえてご説明しましょう」
お、それは助かるな。
正直な所、リリンの話だけだと、真っ白い陰謀と女王な暗躍のせいで信憑性に欠けるし。
ここから先は、俺の未来に直結している大事な話だ。
お菓子を貪ってる大魔王共は当てにできないし、しっかり話を聞くぜ!




