第10話「英雄からの旅立ち」
「ははは、アルカディアさんらしいな!」
「おう、あれで行儀良くしているつもりなんだろうが、俺に対しては遠慮が微塵もねぇ。完全に英雄を飯係だと思ってやがる」
「やっぱりそんな感じだよな。俺ん所でもリリンに餌付けされてるし!」
「まったく、食い意地が張り過ぎてるのも困りもんだな!」
当たり障りの無い会話をしているが、全然、当たり障りの無い状況じゃない。
俺の目の前で笑ってやがるこの親父は、まさかの本物。
人類最強の冒険者たる、英雄全裸ユルユルおパンツおじさまだッッ!!
……で、悪びれもなく出てくるとはいい度胸してるじゃねぇか。
よくもまぁ、恥ずかしげもなく俺の前に顔を出せたもんだぜ。色んなもんがユルいくせに。
沸々とした怒りと殺意が湧きあがり、身体中を駆け廻っている。
ドクドクと脈打つ心臓は、血の代わりにドス黒い感情を送りしているんじゃないかと思う程に熱い。
だが、そんなものを僅かにでも漏らせば、親父の敏感な感覚に察知されてしまうだろう。
俺は噴き出す感情を全て覚醒グラムに注ぎながら、静かに平静を装った。
「つーか、カレーってなんだよ?親父が作ったのか?」
「そうに決まってるだろ。すげぇ良い肉を使った、こだわりの英雄カレーだぜ!」
そんな所で英雄の肩書きを使うんじゃねぇ。
どんだけ良い肉を使ってんだよ!?
……とツッコミをしている場合ではない。
相手は全裸ユルユルおパンツおじ様であろうとも、辛うじてギリギリほんのり英雄風味。
信じられない事に人類を何度も救っているという、度し難い変態だ。
だからこそ、その実力は計り知れない。
仕留めるつもりでやらなきゃ、逃げられる。
「そういや親父、アルカディアさん以外にも弟子っているのか?」
「弟子って程に鍛えてる奴はいねぇよ。ただ、たまに訓練を付けてやる時はあるな。それがどうした?」
「前に英雄・ローレライさんって人に会ったんだが、親父の事を知ってたみたいだったからさ」
「あぁ、れ……ローレライちゃんな。あの子は俺の弟子じゃねぇぞ。じじぃの弟子だ」
これこそ、ザ・当たり障りのない会話。
相手が喋り易い話題に誘導しつつ、意識を会話に向けさせるという心無き魔人達の統括者の標準スキルだ。
そして、俺が狙っているのは一撃必殺。
余裕ぶっていられるのも今のうちだぜ。
「あぁ、そうだ。ローレライさんに貰ったアクセサリーがあるんだが……これが何なのか知ってるか?」
「ローレライちゃんが?見せてみろ」
よし、完全に食い付いたな。
そのまま興味を向けててくれ、そうすれば直ぐに楽にしてやる。
親父の興味を引くために持ち出した話のネタは、俺がいつも首にかけているネックレス型のペンダントだ。
このペンダントは、ローレライさんが『運命に負けない為のお守り』だと言って俺にくれたもの。
神秘的な雰囲気で虹色に輝く石板が2枚も付いたものであり、不思議な魅力がある。
実は、このペンダントの正体についても、ちょっとだけ気になっている。
なにせ、カミナさんですら先端に付いている虹色の石板は初めて見るもので、なんという鉱石なのか見当もつかないらしい。
英雄繋がりがある親父なら何か知っているかもしれないし、良い機会だから情報収集もしておこう。
俺は二重の思惑を達成する為に、ペンダントを外して親父に見せた。
「お、これは……未使用の原石か?凄いもんを貰ったな、ユニク」
「原石?なんのだ?」
「この虹色の石は神の情報端末と呼ばれている神の力の結晶だ。この世界に存在する宝石で最も価値があるもんだぞ。なにせ、その石を使えば大抵の願いを叶える事が出来るんだからな」
「……はい?」
待て待て。このペンダントはタダで貰ったもんだぞ?
そんな重大な秘密が隠されてても困るんだが。
だが、親父はペンダントをじっくりと眺めると「間違いなく神の情報端末だな。しかも、結構なエネルギーを感じる」とか言い出しやがった。
どうやら、ローレライさんがくれたものは超ド級のお宝だったらしい。
「で、神の情報端末ってのは分かったが、どんな効果があるんだ?」
「ローレライちゃんの事だから、命の保険的な意味でくれたんだろ。絶体絶命のピンチを切り抜けるための起死回生の手札。そんな感じだ」
「どういうことだよ?そもそも、願いが叶うって言ったってどうやって使うんだ?」
「素肌に触れている状態で、神の情報端末を使おうと思いながら願いを口にすればいい。簡単だろ?」
確かに簡単な条件だな。
そんなお手軽な方法で危機を脱出できるというのなら、これは途方もない価値のある至宝。
ぶっちゃけ、ぼったくりホーライ店で売っていた商品よりも価値がある気がする。
「そんなに凄いもんなのか。これ」
「すげぇぞ。俺も使った事があるが、軽々と人の枠組みを超えたからな」
……おい、人の枠組みを超えたってなんだよ?
人間の常識を超えて覚醒し、英雄全裸になったって事か?
いや、流石にこれはローレライさんに失礼だな。
このペンダントは真っ当に、人類では不可能な願いを叶えられる凄いものだと認識しておこう。
「それにしても綺麗だな。男の俺が持つのがもったいないくらいだ」
「名を馳せた過去の英雄は大体が持ってたらしいぞ?身に付けとけ」
ペンダントの先端に付いている2枚の石板が重要だという話だし、叶えられる願いは2回か?
その後それとなく聞いてみたら正解だったようで、願いを叶えた結晶は消えて無くなるらしい。
親父の話じゃ、致命傷を負った場合の緊急救命手段として使用するのがセオリーなんだとか。
ふむ、一枚は俺達の保険の為に所持するとして、もう一枚は別の事に使えるな。
ラルラーヴァーの件が片付いたら、この結晶をカミナさんに加工して貰おう。
指輪が欲しいって言ってたし、何かと危険な事をするワルトに丁度いいだろ。
「へぇー。あとでローレライさんに礼を言っておかないとな!」
「言っとけ言っとけ。きっとビックリするぞ」
「……?ま、そん時は強くなった俺を見せて、逆にビックリさせてやるぜ!」
「ローレライちゃんを超えるって言いたいのか?たぶん無理だろ」
「無理かどうかはやってみなくちゃ分からんだろ。その為には……」
「その為には?」
「まずはお前からだッッ!英雄全裸ユルユルおパンツ本物親父ィィィィィッッ!!」
「なんだとッ!?!?」
高鳴る鼓動。
昂ぶる殺意。
唸りを上げる、絶対破壊。
静かに調和させていた俺の怒りと殺意の波動は覚醒し、明確な意思を以て刀身へと反映された。
虹色に輝く刃へ願ったのは、純粋な破壊の力だ。
クソタヌキを倒すべくニセ親父と開発した、俺の新たなる必殺……えぇいもういい!ブチ転がれッッ!!本物親父ィィィッッ!!
「くらえぇぇ!!《空圧爆砕刃ッッ!》」
「しっかり殺意が乗ってやがるッ!?!?」
俺の頭上一直線に振り上げられたグラムを、ただ真っ直ぐに振り下ろす。
狙うは親父の右肩。
くっくっく、負傷した腕じゃ対処ができねぇだろ!!
汚いなどという論理感は存在しない。
勝てば正義。
というか、そもそも全裸は犯罪だから、罰せられるべきだ。
「ブッ飛べぇぇ!!」
「ぐおおおおおおッッ!?」
当たり前だが、当然、本気で殺すつもりはない。
刀身に纏わせているのも良い感じに刺々しくさせている歪な波動で、こんな精錬されていない絶対破壊の力じゃ大した威力は出ないだろう。
だが、炸裂すると周囲の空気を巻き込んで、絶対破壊の力が乱回転。
致命傷にならない代わりに喰らうと非常に痛いという、グラム最強のブチ転がし技だ。
不意をつかれた親父だったが、身を捻りつつ剣を割りこませてグラムが肩に直撃するのを防いぎやがった。
あの体勢から防ぐとは、流石は英雄。しぶとい。
「ぐはっ、良いもん持ってるじゃねぇか。ユニク」
「まだまだこんなもんじゃねぇぞ、俺の怒りは。なぁ、本物親父」
「ばれてんのか。ちっ、どこで気が付きやがった?」
「ぶっちゃけ一目見た瞬間に、あれ?って思ったぞ」
「なんだと!?ギンとアプリが言った「完璧でありんすぅ」を信じた俺が馬鹿だったか……」
うん、それは本当に馬鹿だな。
たぶんその言葉は、「完璧に(バレる)でありんすぅ」って意味なんだろうし。
俺の怒りの一撃を受けた親父は満身創痍だ。
絶対破壊の波動が巻き起こした旋風によって、着ている服はボロボロ。
もう後ひと押しで、全裸英雄の本来の姿になるだろう。
「なあ、親父。聞きたい事が山ほどあるんだが?もちろん聞かせてくれるよな?」
「……内容によるな」
「全部、話せ」
「それは無理だってギンから説明があっただろ。あの子の存在に関わる話は無しだ」
「じゃ、関係ない話をしてやるよ。……何でアルカディアさんが親父の汚ねぇパンツを履いてやがる!?どういう関係だよッ!?!?」
「……。しいて言うなら……ペット枠だな」
「それはもうリリンが使ったネタなんだよッッ!!変態親父ィィィ!!」
この期に及んで、ボケ倒して逃げるつもりかッ!!
そうはさせねぇぞ!!喰らえ!!
俺は再びグラムへ力を注ぐ。
今度はさっきよりも破壊の波動を研ぎ澄ませ、致命傷にならないギリギリを狙いに行くぜ。
だが、振り下ろしたグラムは、簡単に親父に受け止められた。
グラムを掴んでいるのは……潰れたはずの親父の右腕だ。
「その腕で止めただと!?変な方向に曲がってただろうが!?」
「確かに骨は折れてるがな、俺程の実力者になると骨より筋肉の方が堅くなる。気合を入れりゃ普通に使えるぞ」
「だとしても、何で覚醒グラムを素手で受け止められるんだよ?」
「俺が何年グラムを使い続け、体に絶対破壊の力を染み込ませたと思ってんだよ。まともに使い始めて一ヶ月のお前の攻撃なんぞ、タヌキに比べりゃショボすぎる」
なんでそこで比較対象がタヌキ!?!?
つーか、それってクソタヌキの事だよな!?
そう言えば、クソタヌキのエゼキエルをぶっ壊したのは親父だという話だったっけ。
くっ!今回は引き分けって事にしておいてやるぜ!!
「まぁ、まだ時間があるしな。ちっと訓練でもつけてやるよ」
「は?」
「もし、夜明けまでに俺に一撃を与えられたら褒美をやるぞ。ただし、失敗したらコレをプレゼントだ」
そう言いながら、親父は懐から白い封筒を取り出した。
表には何も書かれておらず、内容は分からない。
だが、それは意味を持つのは失敗した時の話だ。
余裕で一撃を入れてやるから関係ねぇ!!
「ふっ、調子に乗ってんのも今の内だ!英雄全裸ユルユルおパンツ親父ィィ!!」
「あぁ、一つ言い忘れてたがな」
「喰らえ!《空圧爆砕刃ッッ!》」
「さっきから、全裸だの変態だのと……。痛ぇ目に会わねぇと分からねぇようだな、このクソガキがッ!!《皇の紋章ッッ!》」
**********
「主さま……、サチナは寂しいのです。今度はいつ帰ってくるですか……?」
「私はやる事がいっぱいある。たぶん、すぐには帰って来られない」
「そうなのです……」
「でも、全て片付いたら一番初めにここに帰ってくると約束する。今度はセフィナも一緒にね」
「わかったです。サチナも頑張って温泉街を大きくするです!サチナの菜園も立派にするです!」
「楽しみにしているよ、サチナ」
「主さま……!」
「サチナ……!」
「主さまー!!」
「サチナー!!」
そうして、リリンとサチナは熱い抱擁を交わした。
大変に微笑ましい、荒んだ心が穏やかになる光景だ。
あれから親父をブチ転がそうと孤軍奮闘した結果、俺のポケットには白い封筒が納められている。
圧倒的戦闘力を見せつけてきやがった全裸なりかけ親父が去り際に、俺のポケットにねじ込んでいったのだ。
結局、溜めこんでいた文句の殆どが言えなかったし、ラルラーヴァーの情報も手に入らなかった。
何か知ってるような感じだったが……。
今度会った時が年貢の納め時だぞ、親父。覚悟しておけよ!!
「帝主さまも元気で過ごすですよ」
「おう。ありがとな、サチナ」
「またのご来店をお待ちしているです!」
またのご来店をお待ちしているって、明らかに客として見られてるな。
うん、ワルトの教育が行き届いている様だ。
俺はサチナと同じ目線になる様に腰を落とし、そっと頭を撫でた。
無抵抗でくすぐったそうにしているサチナ。
あぁ……荒んだ心が癒されてゆく。
「行くのか?ユニクルフィン」
「おう、俺はお前ほど暇じゃないんでな、アヴァロン」
「此処の守りは任せとけ」
「それはギンが居れば大丈夫だから、お前はマスコットキャラを頑張れ」
顔も体もふてぶてしい茶色の獣が俺に語りかけてきた。
ここに居る見送りメンバーは、ギン、サチナ、そして……アヴァロンだ。
別に用事があって呼んだ訳じゃないが、アヴァロンはサチナの護衛役を買って出ているらしく一緒に付いてきた。
……なお、コイツ的には護衛だが、サチナ的にはペットで、ギン的には人質。
温泉郷的にはマスコットキャラという謎のキャラ立てをしまくったアヴァロンだが、なんだかんだ友好的に接している。
自分でも奇跡だと思うが、アヴァロンは友人……いや、友タヌキと言っていいかもしれない。
そのくらいアヴァロンは人畜無害なタヌキで、暇を持て余した時に格闘戦の相手をして貰っていた程だ。
性格も温和だしな。
なお、戦う時はド派手なラッシュを決めに来る。
そこん所は、しっかりタヌキ帝王だ。
「白銀比様、お世話になりました」
「よいでありんす。この因果もわっちが望んだものなんし、気にする事はござりんせん」
「それでもお礼を言いたい。ありがとうございました」
「いつでも帰ってくるなんし。アプリコットもそれを望んでいるでありんしょう」
「うん。分かった!」
サチナに別れを告げたリリンはギンに向き直り、深々と頭を下げて一礼した。
普段は荘厳不遜なリリンでも、大事な場面ではしっかりと礼節を重んじる。
最後がちょっとだけ子供っぽい口調だったが、それもまた良いものだ。
「ほれ、ユニクルフィン。こっちに来るなんし」
「おう。ギン、だいぶ世話になっ……わぷ!」
なんだこれは!?柔らかいッ!?
突然、柔らかな幸福が俺の視界を埋め尽くした。
くぅ!!七源の皇種に抱きしめられちゃ成す術がねぇ!!
この体勢まま、解放されるのを待つしかないッ!!
「……ユニク。あと3秒だけ猶予をあげる」
「……何の猶予だ?」
「・・・。《主雷撃》」
ぐああああ!
だが、今更ランク5の魔法とか喰らっても全然痛く、痛く……?
痛ぇええええッッ!?!?
ついさっきまで戦っていた俺は、当然ながら防御魔法を纏っている。
だから主雷撃なんぞを喰らっても痛くもかゆくもないはずだったんだが、うん、しっかり痛いな。
どうやらリリンも、アプリコットさんとの訓練により進化を遂げているらしい。
「じゃ、そろそろ行くか、リリン」
「そうだね。行こう、ユニク!!」
そして、別れを告げた俺達は温泉街の関所を潜り抜け、整備された歩道を歩き始めた。
来る時はホロビノに乗ってひとっ飛びだったが、今回は自分の足で歩いて帰るのだ。
この温泉郷では、本当に色々な思い出ができた。
それを語りながら散策するのは、きっと楽しいと思ったからだ。
「ユニク、街に着いたらご飯にしよう。それからレジェンダリアに向かう!」
「だな。ちなみに、これから行く街は何が名物なんだ?」
「新鮮な山菜の天麩羅と、お蕎麦。デザートにカレー!」
カレーはデザートじゃないぞ。主食だ。
「う”ぎるあ?カレーあるの?」
「うん、お蕎麦屋さんのカレーは美味しいと聞いた事がある。期待して良いと思う!」
「う”ぎるあ!!楽しみだし!!」
何を隠そう、アルカディアさんも一緒にレジェンダリアに行く。
リリンが連れて行きたいと言い出し、アルカディアさんも乗気だったので参加が決定した。
こうして、俺達3人はレジェンダリアへと向かう。
そこに君臨しているのは、最後の心無き魔人達の統括者。
侵略国家の女王であらせられる、運命掌握・レジェリクエ陛下だッ!




