第8話「英雄の試練」
「どうした?かかって来ないのかユニク?」
「いや、今日は雰囲気が随分と違うと思ってな。まるで別人みたいだぞ?」
「……。」
「ん?」
「……戦場じゃ、敵は待ってくれねぇぞ!!」
は?えっ、ちょぉぉぉぉ!?
親父の野郎、いつもとは違う雰囲気で剣を抜いたかと思ったら、速攻で斬りかかって来やがったッ!?
一応警戒していたのが幸いし、ギリギリの所で親父の神剣を回避。
ぱっと見た感じ覚醒はさせてないみたいだが……。
うん、親父の身体能力で振るった剣なら、どんなナマクラでも一刀両断されるだろッ!?
「あっぶねぇな!?いきなりどうし――」
「《瞬界加速》」
「はぁぁぁぁ!?!?《瞬界加速!》」
今度はバッファまで使いやがったッ!?
親父が使ったバッファは瞬界加速、ランク4のバッファだ。
そこらの魔導師でも覚えている奴がいるランクの低い魔法であり、その効果は瞬界加速だけではちょっと心細い。
リリンはそこに飛行脚を付け足すのがお気に入りだし、俺は更に、グラムの惑星重力制御で補助をしながら戦うのがベストな状態だ。
だが、親父が発動した瞬界加速は、俺が知っているものとはまるで違う性能をしていた。
バッファを纏った親父が腕を振るった瞬間、肩から先が消えたのだ。
「なんだとッ!?《覚醒せよ、神壊戦刃・グラム=神への反逆星命》」
「んだよ、初期覚醒じゃねぇか。真なる覚醒はどうした?」
こっちの方が発動までの時間が短いんだよ!
戦局に応じて使い分けろって言ったの親父だろうが!!
親父が振る腕のスピードは速く、グラムを覚醒させてない俺では知覚できない。
だが、これで目で追えるようになるはずだ。
そう思い、殺気を感じた方へ視線を向けた俺は……揺らいた空気の余韻の様なものを目で捉えた。
「見えないだとッ!?ちぃ!《重力星の死滅!》」
グラムを覚醒させてなお、親父の振るった腕を目で捉える事は出来なかった。
辛うじて、腕が振るわれた事による空気の揺らぎが見えただけだ。
ちっ!見えないなら、見なくて良い攻撃はどうだ!?
俺は自動で敵を追尾し衝突する『重力星の崩壊』を刀身から弾き飛ばした。
こんなもので親父にダメージを与えられるとは思えないが、時間稼ぎにはなるだろう。
その隙に真なる覚醒をさせて――。
放たれた重力星の死滅は、輝きを発しながら親父へと突き進む。
どんどんと距離を詰め、接触するその刹那。
全てが消えていた。
親父も、重力星の死滅も、そして、俺の視界でさえも。
「がッはッ!」
胸を一突き。
受けた感触から察するに、剣での刺突ではなく拳での殴打。
それでも第九守護天使は破壊され、圧迫された肋骨が肺を押し潰している。
強制的に吐かされた嗚咽は、まさに敗北者のそれだった。
「……弱いぞ、ユニク。この程度の力じゃ、弱者がさらに弱者を痛ぶる事にしかならねぇ。俺を、いや、超越者を倒すのなんて夢のまた夢だ」
「ったく、毎度の事ながら、超えるべき目標の高さを痛感させられるぜ」
いつまでも、這いつくばってなどいられない。
俺はリリンを守るために前衛特化になると決めた。
だから、前衛の俺が膝を折るなんて有ってはならないんだ。
俺は戦意を高め、立ちあがった。
身体から沸き立つエネルギーが、グラムを僅かに揺らしている。
「親父、戦場で敵は待ってくれないとか言っておきながら、随分と悠長だな」
「ん?何が言いたいんだ?」
「覚醒させる時間をくれて、ありがとうって話だよッ!!《覚醒せよ。神壊戦刃グラム=終焉にて語りし使命!》」
真なる覚醒をする為には、グラムへ循環させているエネルギーを一定以上に高めなければならない。
カツテナイ機神との戦いでは自然と条件を満たしていたが、それは長い間、戦闘をしていたからだ。
親父との訓練でそれを知った後、俺は安定してグラムを覚醒させるために時間を費やした。
その結果、覚醒させるために必要な時間は約1分。
今回みたいに強襲された場合は致命的な時間となるが、今回は親父がマヌケで助かったぜ!
右手に片刃大剣を。
左手に漆星手甲を。
分け隔てられたグラムの力は精錬され、俺が望む破壊を実現させる。
「ほう?意外と良い覚醒体じゃねぇか。副武装まで付いてるとは思わなかったぜ」
「タヌキに対する怒りが凄くてな。ブン殴りたいって思ってたらガントレットが出てきた」
「……確かにタヌキはブン殴りたくなる。それには同意だが、借りにもそれは”神殺し”だからな?タヌキ殺しじゃねぇぞ」
「知ってるんだよ、そんな事は!!それよりも……!」
「お?結構、速いじゃねぇか」
「余裕をぶってて良いのか?親父ィッ!!」
俺が親父をブチ転がせない理由、それは単純にグラムを覚醒させられないからだった。
1分の時間さえあれば安定してグラムを覚醒させられるようになった後、親父との訓練は『どうやって1分の時間を作り、戦闘中にグラムを覚醒させるのか』になった。
それこそがグラム最大の弱点であり、そこをクリアしてしまえばグラムの力は圧倒的だったのだ。
昨日の訓練でグラムを覚醒させる事に成功した俺は、今まで余裕があった親父を追い詰めた。
ついに親父もグラムを抜き、激しい剣撃を繰り広げた。
最終的には朝日が昇り、様子を見に着たリリンとアプリコットさんに免じて引き分けという事にしたのだ。
だから……昨日の続きと行こうぜ、親父ィ!
「いくぞ!《惑星公転!》」
「惑星重力制御での戦闘管制か。まぁ、グラムの覚醒なら王道な能力だな」
俺の肩から先と一体化しているガントレットは、惑星重力制御の塊。
そして、今まで使用してきたその力を統合進化させ、いつくかの能力へとクラスアップさせている。
その一つが『惑星公転』。
複数あった身体能力向上や戦闘管制系の技を一つにまとめて作ったこの技は、、俺を含めた半径500mの空間をグラムの支配下に置く。
惑星が発している重力を俺の意のままに増減させ、バッファとアンチバッファを同時に行うのだ。
重力軽減を受けた俺は高速化し、逆に重力増大を受けた敵は沈黙するしかできない。
親父程の実力者ともなれば完全拘束とまではいかないが、それでも十分に動きを鈍らせる事が出来る。
「ブチ転がれ!親父!!」
「甘めぇんだよ、技の掛け方が」
抜き放ったグラムの刀身が親父へと迫った。
今更なにをしようとも、もう遅い。肌の上層を切り裂いた時点で刃を返し、高らかに勝利宣言をしてやるぜ!
「とった!」
「この程度で、俺をとれる訳がねえだろ《臨界星加速》」
……光。
そう、それは光だった。
輝く黄金の光を纏った親父が、グラムの前に神剣を滑り込ませた。
光速の太刀筋と言うべき、流麗な剣技。
俺が知覚した時には既に、グラムの刀身には数百回の衝撃が打ちつけられていた。
そして、それらの衝撃は時間差を伴って収束し、完全同一のタイミングで俺の身体へと流れ込む。
「がふッ!がはっ!!がはッ……。なんでだ?なんでグラムの影響下にあってそれだけ動ける?」
「単純な話だ。俺はグラムの影響を受けてない」
「なに?」
「臨界星加速。このバッファは、星が終わる時に光が重力の影響下から脱する現象をモチーフにして造られた魔法だ。つまり、このバッファは『神の定めし重力という理から脱却する』バッファ。グラムとはすこぶる相性がいい」
「そ、そんなんありかよ……」
「ありだ。ユニク、人を斬るという事は、その人物の全てを超える必要がある。知らない・分からないと狼狽していちゃ、あっと言う間もなく死ぬ。英雄になるには、何事にも動じない為の知識が必要だ」
地面に転がされた俺の胸に響く、親父の言葉。
昨日までの親父は俺を導こうとしてくれていた。
そこには手加減もあっただろうし、優しさもあったはずだ。
だが、この親父は違う。
この瞬間に俺が進化しなければ、容赦なく殺すだろう厳しさがある。
これが本来の親父。
人類を救い、世界を平和に導く英雄の姿か。
……ド鬼畜じゃねぇか。
「分からねぇようだから、ちっとヒントをやるか。良いかユニク、俺は光速だ。つまり目で視認した時には既に、目は剣で突き刺された事になる。その理屈は分かるか?」
「分かるが……。いや待て、その理屈はおかしい。いや、今までがおかしかった?」
「言ってみろ」
「リリンの使う雷光槍だよ。俺はそれを回避できる。雷、つまり光であるはずの雷光槍を目で見てから回避していた」
前言撤回。ヒントをくれたから『ただの鬼畜』に下方修正してやるぜ!
親父に言われて気が付いたが、それはおかしい事だった。
確かに、雷光槍は他の魔法に比べれば格段に速い。
だがそれでも、バッファの魔法を掛けていれば回避は可能な速さだ。
どうやらここに、俺の知らない何かがあるようだな?
それに気が付いた時、一段階進化して英雄に近づけるはずだ。
「いいぜ、親父。何度でも俺をブチ転がせよ」
「ほう?良い度胸だ。まさか、死なない様に手加減されるって腹積もりじゃねぇよな?」
「そんな訳ねぇだろ。全て防御して、そんで親父の秘密を暴くって言ってんだよ!!」
俺の声を聞いた親父は満足そうに笑い、姿を消した。
草を踏みしめる音が僅かに聞こえる。
高速で移動しているっていうのに足音まで静かとか、本当に器用だな。
俺はガントレットに意識を集中し、その能力を精密化させた。
それは、目に頼らない認知方法。
グラムの支配下にあるこの空間内は全て、コントロールされている重力で満たされている。
ならば、その中で動き回る物体を認知するのは容易なことだ。
最短距離で、正確に。
右斜め前に突き出したグラムは何かに衝突し、そこに神剣を突き出している親父が出現した。
「直感で受け止めたのか?ユニク」
「違うぞ。頭を使った結果だっつーの!」
光速への対処法。
それは、目で光を認識して視認するという神の理を、グラムの能力で代用する事だ。
神殺しを覚醒させると、体に妙な感覚が起こる事がある。
今まで知っていた事象を、別の角度から見たかのような違和感だ。
それが起こっていても問題なく身体を動かせるし、むしろ動きが機敏になるから理由を考えた事はなかったが……今、その原因をハッキリと理解した。
「グラム……いや、神殺しとは、その名の通り神を殺す為に造られた武器だ」
「そうだな。それで?」
「だが、世界は神が創ったものであり、俺達は神の理の支配下にある。そんな状態で神を害せるはずが無い」
「おう、そうだろうな」
「だからこそ、神殺しの真なる覚醒とは……使用者を神の理から脱却させる事。その身に受けていた『神の理』を全て神殺しの能力で代用することだ」
「分かってきたじゃねぇか、ユニク。そこに気が付けば、神の概念を超えられん奴など圧倒出来るぞ」
親父は、光と同一の速度を得ている。
それはつまり、神が定めし光の理をその身に宿しているという事だ。
そして、親父はこうも言っていた。
『このバッファは神の定めし重力という理から脱却する』
それはつまり、親父の纏っている光の理は重力の理よりも上位だということだ。
だとすると、神が定めし概念には強弱がある。
雷光槍は雷であり、光の理を持つ。
だが、目で物体を捉える理と比べると下位であり、人は雷光槍を目で捉えて回避する事が出来るのだ。
あらゆる現象は、神の定めし法則によって優劣が決められている。
そして、そんなものを無視して最上位に君臨するのが――神殺しだ。
「見えたぜ、親父」
新たな境地に辿り着いた俺に、明確な変化が訪れた。
光と同一化していた親父の姿を認識できるようになり、それに対応する為の力が身体に湧き起こる。
どういう理屈かしらねぇが、世界の頂きに立っているような奴はこれが標準みたいだな。
ははっ!どおりでクソタヌキに勝てねぇ訳だ!
今まで見ていた世界が、まるで違うものに見えるんだからな!!
「《物質圧壊刃》」
俺が振り抜いたグラムに纏わせているのは、物質を押し潰す破壊の概念。
物体の耐久値を無視し、俺が狙った物を粉々に砕く技だ。
「良い技だ、俺もちっと本気を出すか。《星界崩壊剣》」
そして、親父も技を繰り出した。
だが、どんな効果があるのかなんて問題では無い。
俺は絶対破壊の使徒。
神の因子を壊す者。たとえどんな相手だろうと、一方的に俺が勝つ。
「これは……!やるじゃねぇか!ユニク!!」
「じゃあ、そのままブチ転がってくれ!!」
吹きすさぶ衝撃は、俺と親父の技が拮抗した証だ。
だが、体に受けているダメージ量には途方もない差がある。
『物質圧壊刃』の真価は、相手から発せられているエネルギーも押し潰す対象としている事だ。
この技が発動している限り、俺は相手からの影響を一切受けない。
大気振動などの間接的な影響はあるが、そんなものは真なる覚醒をしているのなら問題にならないしな。
ダメージが入っていない事に気が付いた親父は、緩んでいた表情を引き締める。
そして、指をワザと滑らせて神剣を弾き飛ばして持ち替え――残った右腕を犠牲にして、後方へ逃げた。
「腕が持って行かれたか。褒めてやるぞ、ユニク」
「……いや、なんかその、すまん。腕がぶらぶらしてっけど大丈夫か?」
「この程度、唾と創生魔法を付けときゃ治るから心配すんな」
……たぶん、俺を和ませるためにそんな言い方をしたんだろうが、唾は必要ないだろ。それ。
どう見ても腕が再起不能な感じに潰れているが、親父はピンピンしている。
むしろ、傷を受けたのがちょっと嬉しそう。
なぁ、親父。
それは俺の成長を喜んでるんだよな?
何処かの英雄みたいに、ドMなんじゃないよな?
「これなら、ブルファム王国に行っても大丈夫そうだな」
「なに?どういうことだよ?」
「ブルファム王国と敵対するんだろ?あの国にはお前らと同じ英雄見習いがいるぞ」




