第10話「鬼ごっこ。」
「ユニク。スタート位置はここでいいの?」
「あぁ、むしろこんな近くて良いのか?手が届くぜ?」
俺達は広場の中心で対峙している。
さっきからズドムズドムと黒土竜が横を通りすぎているが、地翔脚を発動させている俺は難なく回避。
体がスイスイと動く。魔法ってすごい。
「それと、私もランク1の魔法しか使わない。どういうことを言いたいか分かる?」
「………同じ条件で戦いたいってことか?」
「違う。戦闘とは戦略が全てといっても良い。例えランク1の魔法でも使い方によっては、天と地程の差があると教えてあげるため。そして、」
リリンは俺でも直ぐに覚えられる魔法のみで戦うと言ってきた。
おそらく手本を見せて、魔法を使った戦いを経験させたいんだろう。
その配慮は、俺としてもすごくありがたい。
リリンは高位の魔導師で、ランク1の魔法なんて普段は使わないはずだ。
……で、久々に使う魔法で威力の計算違いなどを起こしてくれたら、俺が勝つチャンスが見えてくる。
ズルイと思われてしまうかもしれないが、これは訓練で、最初から最高位の防御魔法が掛かっている事が分かっているのだ。
ならばこそ、ランク1の魔法なんか防御しないで、真正面から受けてしまえばいい。
そして、冷静に隙を伺いながら無理矢理に魔法を突破すれば、一撃くらい当てられるはず。
くくく、お願いは叶えてもらうぜ!リリン!!
冷静に対処をすれば、勝機はある。
そう結論付けた俺は、不敵に笑いながらリリンの言葉に耳を傾けた。
「そして、ユニクは雑魚もいいとこで、本気を出すなんてお腹が減ってしまうだけ。ここは私の尊敬する偉大な英雄ホーライが得意とした戦術を見習おうと思う」
「…………。は?」
「簡単に言うと……舐めプだよ、ユニク。これは、開始の宣言変わりに貰っておいて。《ファイアボール》」
「えっ。ぐぁあ!!」
とても辛辣な煽りの言葉を貰い、一瞬で冷静さを奪われ、続けざまに放たれたファイアボールが俺の腹に直撃した。
さらにファイアボールの炸裂した音と光で黒土竜が驚き、進路方向が乱れたらしい。
何匹かの黒土竜が俺の目の前を横切ってゆく。
「な、ちょ……って、いねぇ!?」
そして、ようやく視界が開けた俺の目の前には、もう誰もいなかった。
ほんの一瞬の、一手だけの攻防。
その攻防の果て、鬼は獲物を見失ってしまったのだ。
……いや、どっちが鬼か分からんな。すっげぇエグイ。
「ちくしょうッ!やられたぁぁぁ!!」
なんつー酷い手を使ってきやがる!?
ただでさえリリンは強いのに、汚い手段まで使われたら勝てないだろッ!!
すっかり騙された俺は、乱舞する黒土竜達に目もくれずリリンを探す。
……探す。
…………探す。
………………あれ?
「何処にもいない……だと?」
瞳孔を広げて周囲を凝視しても、何処にもリリンの姿が見当たらない。
森の中に逃げられた?いや、そんなことはないハズだ。
これはあくまで俺の訓練。
最初っから広場を出るなんてルール違反を犯すはずがない。
で、それじゃあ何処に行ったんだ?
周囲を見渡してもリリンは見当たらず、黒土竜だけが騒がしく疾走していて非常に邪魔くさい。
ほら、また後ろから俺に向かって突進してきている。
ええい、邪魔だ!
俺はグラムで黒土竜をいなすために振り返り、そして、その視界が肌色一色に染まった。
柔らかそうな太ももが、目と鼻の先に迫ってきていて――。
「ふぐっ!」
メシャリという擬音が、俺の鼻先から聞こえた。
全然柔らかくないその感触は、確かな固さのある膝蹴りだ。
って、どっから出てきた!?
防御魔法のお陰で全く痛くはないが、それゆえに一撃を貰ったという事実だけが心に残る。
衝撃でリリンから視線を外してしまった俺は、急いで振り返るも……そこに居るのは黒土竜だけだった。
「どういうことだ?リリンは透明にでもなってるのか……?」
いや、そんな魔法があったとしても、ランク1ではないはず。
だけど、姿が見えない。
どうなっているんだ?
そして、再び黒土竜が近づいて来ていている。
おい、さっきから、マジで邪魔なんだけどッ!!
「俺はそれどころじゃないんだよ、ちょっと退いていろッ!!」
グラムを振りかざし、エネルギーを刀身に貯める。
力の限りに叩きつけてやろうかとグラムを降り下ろした瞬間、黒土竜の影から精密な模様の杖が飛び出した。
「えっ!?!?」
「隙あり。《ファイアボール》」
意識の外から放たれたのはファイアボール。
的確にグラムに命中し、見事に押し返されてしまった。
訳も分からないままに体勢を崩した俺は、完全な無防備。
しまった!と思うも、もう遅い。
俺の脇の下を潜るようにして駆け抜けた黒土竜の上、そこにいたのは不適に微笑むリリン。
その確かな微笑みは、確かな恐怖を振り撒いていて。
やがて、地の魔法試験にて使用した魔法名が聞こえた。
「《クレイボール》」
「うぐぅ!」
ゼロ距離からの魔法攻撃は確かな衝撃を生み、俺を吹き飛ばした。
防御魔法のおかげで体にダメージはなく、今度はバランスを取る事に成功。
着地しながら振り返った。
くっ!
さっきの黒土竜はもう混ざっちゃって、どれだか分からない。逃がしたか……。
……って、そんなんありかよ!?
黒土竜に乗って襲いかかってくるとか、ルール違反だろ!?
だが、始める前に、「黒土竜を上手く処理するのが、勝利のコツ」とかリリンも言っていた……気がする。
ということは、最初っから黒土竜を隠れ蓑にして奇襲を仕掛けるつもりだったのか。
これまた、なんつぅ汚い手段を……と思うが、実に理にかなっている。
暴れ狂う黒土竜に乗って隠れることで高速移動と撹乱をしかけ、死角から不意をついて一撃。
リリン自身の体力も温存でき非常に効率が良い戦略だ。
しかも、俺から攻撃を仕掛けても、リリンが張り付いている黒土竜に当たるのは6分の1の確率。まず当たらないだろう。
これは……マジでリリンは勝ちに来てるな。
俺にやすやすとご褒美をあげるつもりはないって事か。
さて、俺から攻めても攻撃が当たらないのなら、リリンの方から来てもらえば良い。
待ち構えて、カウンターを狙いにいく。
俺はグラムを握り直し、タイミングを見計らった。
ーーだが。
ドドドッ。
俺を中心に別の方向から三回の爆発音が発生。
そして、その爆発から逃げるように黒土竜達が方向を変え、俺に向かって走り出した。
今度は4匹で同時攻撃だと!?
くっ!捌ききれるかっ!?
「《空盾!!》」
まずは一匹目ッ!
左手の空盾で黒土竜の頭をいなす。あっちいってろッ!
二匹目ッ!
グラムを盾がわりにして進路を妨害。こっちくんなッ!
三匹目ッ!
再び、空いている左手で黒土竜の頭を横凪ぎに強打。お帰りはあちらですッ!!
そして、四匹目ッ!!
俺は地を蹴って宙に体を放りだし、そのまま黒土竜を飛び越えながらリリンを探す。
三度の攻撃ではリリンは仕掛けてこなかった。
ならば四匹目の影に隠れているはず。
出てきた所を返り討ちだッ!!
しかし、その目論みは途中までしか成功しなかった。
「……居ないッ!?」
「ふふ、こっちだよ。ユニク」
俺が探していた少女は、俺の真正面に居た。
通りすぎていった黒土竜達のどれでもない位置から、凄まじいスピードで駆け寄って来ていて。
重力に従い落ちるしかない俺を出迎えてくれたのは、腹にめり込むリリンの蹴り。
「ほげぅ!」
何度も言うがダメージは無い。
無いんだけれど確かな衝撃によって、腹に詰まっていた空気が全て押し出された。
さらにその蹴りの勢いは衰えることはなく、そのまま俺を仰向けに押し倒す。
可愛らしい少女に踏みつけられるという、初めての経験。
そのまま見上げれば、短パンから伸びる綺麗な太ももと豪華な魔導服のささやかな膨らみ。
そして可愛い顔立ちの……暗黒微笑。
あっ。
「《サンダーボール》。《サンダーボール》。とっとと《サンダーボール》!!」
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!」
サンダーボール。光の試験魔法だ。
そして、視野を埋め尽くすほどに連続で打ち込まれ、俺の体は地面に縫いつけられた。
……この鬼、戦闘力が高すぎる。