第7話「出発の準備」
「白銀比様、私達はレジェンダリアに行く事になった。だから、今日で訓練はお終いにしたい」
「ふむ?それは仕方が無いなんしが……サチナが寂しがるでありんすなぁ」
ワルトがラルラーヴァーに捕らえられた。
食い逃げしやがったニセタヌキが落していきやがった突然の知らせを見た俺達は随分と慌てたが……結局、緊急性はなさそうだ。
どうやらワルトは自主的に捕まったらしく、順調に暗躍を開始しているらしい。
つーか、セフィナが手紙を寄越したのすら、連絡代わりにワルトが仕向けた様な気がするんだが考えすぎか?
ともかく、俺達はレジェダリアに赴き、最後の心無き魔人達の統括者、運命掌握・レジェリクエと合流。
ワルトとセフィナ奪還の計画を立てる事になったのだ。
そうと決まれば、俺の温泉スローライフは今日で終了。
俺達は事情を話すべく、いつもよりも早い時間にギンの所にやってきた。
「ま、一期一会の別れも乙なものでありんしょう。今日はゆっくりしていくなんし」
「勿論そのつもり!パパともいっぱい話す!」
事情を聞いたギンは、早速、権能を発動させて俺達を中に入れてくれた。
まぁ、別れの挨拶って言ったって、今生の別れになる訳でもない。
できるだけゆる~く構えて行くぜ!
そんな風に気楽に構えた俺を出迎えたのは、高らかに響く親父達の馬鹿笑い。
おい、俺よりも緩み切ってるじゃねぇか!!親父ども!!
「ん、パパ、随分と楽しそう。どうしたの?」
「いやいや、ユルドが馬鹿な事を言うもんですから、ついね」
「馬鹿な事?」
「えぇ、ちょっとした昔話ですよ。タヌキに化かされまくっているっていうね」
最近出て来なくて平和だと思っていたら、まさか回想シーンで出てくるとは予想外すぎるんだけど。
そういえば、親父とクソタヌキは因縁があるって話だったっけな。
随分と楽しそうなアプリコットさんとは対照的に、親父は複雑な表情で頭を掻いている。
どうやら相当タヌキに化かされたらしい。
それにしても……。
一ヶ月以上も二人のやり取りを見てきたが、今日は随分と親しげな雰囲気だな。
「パパ、大事なお話がある」
「はいはい、なんでしょう?パパに話して御覧なさい!」
親父達の会話が途切れるのを待ってリリンが話を切り出した。
平均的な真面目な顔で、今朝の出来事を話し始める。
「この前に紹介したワルトナが変態の幼虫に捕獲されてしまった。直ぐに助けに行く為に、私達はレジェンダリアという国に行かなければならない!」
「なんと、ワルトナちゃんがですか!?それはいけません、すぐに助けに行かないと!」
何だかんだ多忙なワルトだが、つい先日ふらっと戻ってきた時に親父達と邂逅を果たしている。
ワルトはリリンの友達であるが、指導聖母でもある。
不安定機構の組織図的には英雄たる親父達は超格上に当たるので、随分と恐縮していたっけな。
そわそわして落ち着きが無いワルトという超レアなものを見る事ができたし、良い思い出だ。
……で、そんな可愛い所があるワルトが捕まった訳だが……。
今、さらっと変態の幼虫って言いやがったな。
なぁ、リリン。
唯でさえ薄い危機感が木端微塵になるから、ラルラーヴァーを幼虫って呼ぶのはやめてくれ。
「友を助けるために全力を尽くす。そんな勇気ある者の事を、世界は英雄と呼ぶのです!……さぁ、お行きなさいリリンサ!竹馬の友を助けるために!」
「分かった!ちくわ友達のワルトナを助け出す!」
うん、全然分かってないぞ、リリン。
『ちくわ』じゃなくて『竹馬』だろ。
幼い時にちくわに乗って遊んだ友達って、妙な儀式でもしてたのか?
「では、すぐに準備に取り掛からなければなりませんね。ハンカチ、ティッシュ、筆記用具、水筒も必要でしょう」
「パパ、おやつはいくらまで?」
「奮発して1000エドロまでですよ」
「むぅ、それなら駄菓子中心に攻めるしかない。きなこ棒とポテチップとペロペロキャンディーと……」
……おい。お前ら何をしに、何処へ行くつもりだ?
俺達は攫われた友人を助けるために、大魔王が住まう侵略国家に行くんだぞ?
リリンとアプリコットさんはノリノリで遠足の準備を始めた。
このまま突き進んでいくと、きなこ棒でロイをブチ転がす事になるだろう。
……うん、それはちょっと面白いな。放っておくか。
「おい、ユニク」
「なんだ親父?」
「お前はこっちで俺と模擬戦だ」
「んなこったろうと思ったよ。しばらくは戻って来れないだろうし、今日こそブチ転がしてやるぜ、親父!」
リリン達は和やかなムードなのに対し、俺と親父は殺ばt……、険呑な雰囲気だ。
別に仲が悪いという訳じゃないが、男二人で慣れ合いをするのも気色悪い。
というか俺は、もともと親父に対しての憧れなんかこれっぽっちも無いばかりか、変態性を垣間見てブン殴りたい衝動に駆られている訳で。
うん、なるほど、殺伐としてるじゃねぇか。
「今日こそブチ転がす……か。昨日までの俺に勝てねぇようじゃ、絶対無理だな」
「昨日は惜しい所まで行っただろ。今度こそ一撃入れて「参った!」って言わせてやるぜ!」
「はっ、残念だが……今日の俺は一味違うぞ」
一味違う……だと?
親父のイメージがあれなせいで、どうしても変態ちっくな言葉に聞こえるんだが?
リリンやアルカディアさん程の可愛さがあれば、また印象も違うんだろうが……。
一応、親父の言葉を素直に受け取り、昨日と違う点を探してみた。
と言っても、着ている服は同じだし、顔も……ってほんの少し顔に深みが増したか?
相変わらず精悍な顔つきだが、いつもより苦労が滲み出ている気がする。
それに、昨日とは明らかに違うものもあった。
親父が所持している剣が、グラムから見知らぬ大剣へと変わっている。
「親父、妙な剣を持ってるな?なんだそれ」
「これは『神愛聖剣・黒煌』っつー、神がこの世界を滅ぼす為に作った聖剣だ」
「へぇー、それが噂に聞いた『生命断絶の剣』か。確か、それで皇種を斬ると種族そのものが絶滅するんだろ?ちょっと貸してくれよ。タヌキを斬ってくるからさ」
「それは止めといた方がいいぞ。今のお前じゃ剣を奪われて返り討ちだ」
くっ!クソタヌキ相手だと、そうなりそうだから反論できん。
というか、カツテナイ機神をどうにかしなきゃ、そもそも剣が届かねぇ!
しっかし、今日の親父はいつにも増して言葉にキレがあるな。
いつもなら、訓練とは関係ない会話なんて振ってこない。
確かに今日の親父は一味違うようだ。
俺は親父の後ろを歩き、いつもの訓練場所へ着いた。
ここはリリンとアプリコットさんが訓練している場所の反対側で、奥まった深森だ。
これだけ離れていればお互いに干渉する事はないし、安心して全力が出せるぜ。
俺は毎日ここでグラムを覚醒させて、親父をブチ転がそうと努力している。
いつもなら、筋トレをしてから模擬戦を始めるわけだが……、今日はちょっと違うらしい。
「ユニク、レジェンダリアへ何をしに行くんだ?」
「言っただろ。攫われた友達を助けに行くって」
「攫った側、敵に会ったらどうするつもりだ?」
「どうって……できる事なら和解したいが、無理だったら戦う事になるだろ」
「そうか。グラムを人に向けるんだな?人を傷つける覚悟はあるのか?」
「あるに決まってんだろ。本当にどうしたんだよ?親父」
「そうか、あるのか。……人間同士で殺し合う覚悟が」
親父が言葉を溢した瞬間、俺の全身が警笛を鳴らした。
それは今まで感じた事もない――殺意。
ギンが戯れに発していたものよりも数段密度が濃い『死の恐怖』だ。
「ユニク、お前は人を殺した事があるか?」
「ない……と思うぜ。記憶にある限りではな」
「なら、人殺しに慣れるんじゃねぇぞ。戦争に参加するのもお前が選んだ人生だから文句を言わん。だが、平気で人を斬り殺せるような奴になるな」
そんな事、言われなくても当たり前だろ。
そう思って悪態を吐こうとして――、闘技場の予選で躊躇なく人を斬ったのを思い出した。
あそこでは命の保証がされていたし、お互いに納得した戦いだったから良かった。
だが、戦争はそうではない。
人を斬れば、人は死ぬのだ。
「まぁ、どんだけ崇高な志があろうとも、技能が共なわなければ意味がねぇんだがな」
「グラムを覚醒させられるようになった俺に言う事か?それ」
「そんなものスタートラインに立ったにすぎん。超越者の中ではお前は下から数えた方が早いだろうしな」
「ホント今日は煽りが酷いぞ?もしかして、俺に会えなくなるのが寂しいのか?うん?」
「はぁ、調子に乗ってるとはまさにこの事だな。そのプライドをへし折る必要がありそうだ」
そう言って親父は腰の剣に手を掛けた。
すらり。っとなめらかに鞘から剣を引き抜き、俺へ先端を向ける。
「ユニク、お前に本物の高みを見せてやる。本気でかかって来い」
親父が訓練で剣を抜いたのは、実は数えるほどしかない。
だが、今日は最初っから抜き身の神剣を俺に突きつけている。
なぁ、本当にどうしたんだよ?親父?
悪い物でも食ったのか?




