表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
488/1329

第6話「ソドムと黄金」

「久しぶりに来たが……。まさかこんなにもあるとは嬉しい誤算だぜ!」



 天を突く程の崖の上、カツテナイ害獣ソドムが歓喜を口にした。

 眼前に広がっている大地は黄金一色。

 現在活動している場所から遥か彼方にある別大陸へ出てきたかいがあったと、ソドムはこの光景を満足げに見ているのだ。



「こんなにもあるんじゃ、俺も本気を出さないとな……。《極限なる覚醒者サウザンド・ハンドレッド!》」



 ソドムはまるで当たり前だとでも言うように、超越者のみが使用できるバッファを使った。

 その目に映っている物を効率よく採取する為に、肉体性能を限界以上に引き上げたのだ。


 ――そして。

 ふっ。っと音もなく、ソドムは駆け出した。

 目の前に道など無い。

 世界の覇者たるソドムが通った軌跡こそ、後のタヌキが通る繁栄の道。

 下位者へ新たな道を示すからこそ、ソドムはタヌキ帝王たりえるのだ。


 もっとも、現在ソドムが走っている場所は本当の意味で道が無い。

 崖から勢いよく飛び出したソドムは、声高らかに黄金の海へダイビング。

 華麗に空中で三回転し、見事に大地へ着地した。



「あぁ、素晴らしい光景だ。見渡す限りの鮮黄色が俺を包んでいる。ここは天国か?おう、天国だな!」



 ソドムは求めていたものが無数にある光景を前に、感嘆の息を漏らした。

 右を見ても黄色。

 左を見ても黄色。

 前を見ても後ろを見ても、やっぱり黄色。


 どこから手を付けて良いのかと悩む程の大豊作に、流石のソドムもじっくりと思考を練り始める。

 やがて、「えぇい!片っ端から頂くぜ!」っと雑な計画を立て――。


 ――見渡す限りに輝く、黄金色のバナナへ突撃を繰り出した。



「美味ぇ!これはフレッシュマンゴーバナナだな?ねっとりとした甘さが癖になる逸品だぜ!」



 ソドムの目の前にあるもの、それはバナナだ。


 エゼキエルオーヴァー=ソドムを大破させ、ムーに一週間のお説教を貰ったソドム。

 数多のご機嫌伺いの末に「直して欲しければ材料取って来い。こんの馬鹿タヌキ!」言われて颯爽と走り出したソドムは、意気揚々と遠距離転移陣を発動した。

 そうして、ソドムは懐かしき祖国、『魔導枢機霊王国ソドムゴモラ』へと帰還したのだ。


 この国はホロボサターリャに託されたものであり、その名の通りソドムは国王の地位に付いている。

 もっとも、ソドムは政治にまったく興味が無く、国に帰る事すら珍しい。

 歴史を遡れば数十年も帰っていない期間すらあり、実質的な国営は人間の大臣の手によって行われているのだ。


 そんなソドムが国に帰って来た理由、それは神製金属の練成に必要な鉱石の一つ『アダマスタイト』の鉱床が近くにあるからだった。

 アダマスタイトは、この世界に存在する鉱物で最も魔法伝導率が高い。

 0.01秒の遅延が生死を分ける戦場に於いてアダマスタイトより優れたものはなく、素材としては超位級品。

 一部の神殺しにも使用されているという、帝王機制作に欠かせない鉱物なのだ。



「ふぉぉぉ!バナナ!バナナ!!」



 だが、当初の目的をすっかり忘れたソドムは、バナナが生い茂る森林で狂喜乱舞している。

 懐かしき思い出の森が近くにあると思いだし、意気揚々と見に来てしまったが故の失態だ。


 そして、ソドムは豊富に実るバナナを千切っては食べ、千切っては食べ……。

 口が塞がっている場合は悪喰=イーターへ収納しつつ、森に生い茂っていたバナナの半分程を収穫し終えた。



「バナナバナナバナナ~~バナナを食べ~ると~~……ん?」



 完熟バナナからまだ青いバナナまで、様々なバナナに舌包みを打って堪能したソドムは、当初の目的たる鉱石探しを始めた。

 その意識は鉱石に20%、バナナに80%という具合に分けられており、それ以外の事はあまり目に入っていない。

 だからこそ、いつの間にか足元にあった物体を踏みそうになったのは、仕方が無い事だった。



「……。」

「……幼女だな。おい!」


「……うぅ……。」

「お、生きてるな?助けてやるか」



 ソドムが踏みそうになった物体、それは褐色肌の幼い少女だった。

 体全体が土で汚れ、来ている服も穴だらけ。

 顔だって当たり前に泥だらけだが、整った顔立ちのおかげか不潔感は感じさせない。


 そんな少女がバナナの木の間で倒れていた。

 風で飛ばされてしまった洗濯物の様にぐったりしている姿から察するに、少女の意図的な行動ではないだろう。


 それを見たソドムが起こした行動は、ただの気まぐれだ。

 バナナをタップリと食して機嫌が良かったソドムは、さくっとノリで創生魔法を使用。

 倒れていた少女を回復させた。



「……うぅ。……う?あれ?」

「気が付いたか?」


「あ、タヌキだ」

「おう、タヌキはタヌキでも、タダのタヌキじゃねぇぞ。俺はカツテナイ・タヌキだからな!」


「うわっ、喋るタヌキ初めて見た」

「喋るのが珍しいか?ここにはそれなりに居るだろ?」


「居るって聞くけど、ウチみたいなビンボー村の人には縁が無いよ」

「そんなもんか?」



 すっかり健康を取り戻した少女は、血色の良くなった顔でソドムに微笑みかけた。

 それは、この地に住まう者として当たり前の行動である。


『タヌキは神の御使いであり、何よりも尊重すべし』


 魔導枢機霊王国の国家理念であるそれは、そこに暮らす者の人権にも匹敵する。

 むしろ『人を殺せど、タヌキ殺さず』などと童話で語られている程に、タヌキに対しての擁護が厚い。

 実際、国を運営している者の中には、エルドラドが率いている人化したタヌキが混じっているのだから当たり前の事だ。


 だが、この少女が生まれた村は首都から離れた寒村であり、タヌキに対する扱いも伝統的な意味合いが強い。

 タヌキは崇拝の対象というよりも、生活に寄り添うパートナー的存在なのである。



「で、お前は何でこんなとこに居るんだ?ここはかなり人里から離れてるだろ?」

「ウチは……召し使いに選ばれたから」


「召し使い?なんだそれは?」

「召し使いって言うのは、この地に住み付いた『アンガタツェー様』の傍に仕える人の事だよ」


「誰だそれ?ここの支配者は『賢猿皇・ヴァーリン』だろ?」

「前のは蟲に刺されて死んじゃったんだって」


「……そうか、それは知らんかったな。で、召し使いって言うのは?」

「アンガタツェー様は身の回りの事をするのが嫌いで、攫ってきた人間にさせてるんだ。だけど……大抵の人は病気になって死んじゃうの。残ってるのも私だけだし」



 少女の話を聞いたソドムは、ヴァーリンに引き籠りの子供がいた事を思い出した。


 ソドムとヴァーリンは同盟関係にあり、この地の支配権を認める代わりに人間とタヌキには手を出さないという盟約を結んでいる。

 だがそれは数百年前に交わされた約束であり、魔導枢機霊王国でも実情を把握している者は少ない。

 約束を交わした者同士が自主的に守っているだけという、形骸化した同盟となっていたのだ。


 そして、ヴァーリン亡き今、その力を受け継いだアンガタツェーは同盟を守らなかった。

 積極的に人間を狩ろうとはしていないものの、最大限に利用するべく持ちうる力を振るっているのだ。



「ふーん。気にくわんな」

「でも従うしかないよ。アンガタツェー様は凄く強くて村の家とか殴って壊しちゃうんだ」


「はっ、それがどうした?俺の敵じゃねぇな」

「いや、タヌキじゃ無理でしょ……。伸長だって3mくらいあるんだよ?」


「ソイツはどこに居るんだ?教えろ」

「あの山だけど……」


「ほう、それは丁度いいぜ。今からあの山を叩きつぶす所だったからな!」



 何を言ってんだ?このタヌキ。

 勝気な者が多い村で育った少女は、本気でそう思っている。



「まぁ、見てろ」



 そう言って歩き出したソドムの背中を見て、少女は訳が分からないままに案内するしかできなかった。



 **********



「サラ。バナナはどうしたっき?」

「ない」


「……殴られてぇのかっき?」



 仕えている主が住まう洞窟に帰りついた少女は、薄金色の玉座に座る筋骨逞しい生物の前で膝を付いた。

 その生物の名は『アンガタツェー』。


 アンガタツェーの種族である『賢猿』は強靭な肉体を持ち、近接戦闘で三頭熊を軽々と凌駕する。

 さらに、ふさふさとした体毛は衝撃を受けると硬化する特性を持っており、それらが高い水準で絡み合っているという強力な種族だ。


 その中でも、皇種たるヴァーリンに育てられたアンガタツェーは独自の戦闘スタイルを確立している特殊個体。

 レベルは500年も前に99999に到達しており、その実力は未知数だ。



「お前はバナナを取ってくるだけの存在に過ぎないっき。それすらできないなら価値がないっき」

「……。」



 ズンズンと音を鳴らしてアンガタツェーは少女に歩み寄る。

 溢れた怒気を吸い上げて膨れ上がる筋肉は、少女へ向けるにしてはあまりにも規格外だ。


 人が羽虫を潰すように、アンガタツェーが拳を振るえば少女の命は簡単に潰える。

 あまりにもあっけない人生の幕引き。

 それを快く思わない少女は、一目散に逃げ出した。



「はぁ……!はぁ……!」

「どうしたっき?もう逃げないっき?」



 体力が万全の状態とはいえ、少女の体は小さく運動量も少ない。

 逃げるスピードは遅く、到底、化物猿を振り切れるものではなかった。


 少女はやっとの思いで洞窟の入り口を潜り抜け、その顔を太陽光で照らす。

 そして、それを叩き潰す為にアンガタツェーは憮然と跳躍し、狙いを定めた。


 アンガタツェーが少女をすぐに殺さなかった理由。

 それは、自分の住処が汚れるのを嫌ったという些末なものだ。

 そして少女が洞窟の中に居ないのなら、もう躊躇う必要はない。

 音速を超えて迫る拳。

 気迫だけで人が殺せてしまうそれが少女の背中を捉えようとした瞬間、その先にもう一人、同じ顔の少女がいる事に気が付いた。



「っき!?」

「馬鹿な奴だ《来いッ!=俺の帝王機!》」


「なん――ガァっ!!」



 今まで逃げ惑っていた『少女に化けている何か』が、カツテナイ笑顔で振り返った。

 空中で拳を引き絞っていたアンガタツェーは眼を見開くも、召喚された帝王機エゼキエルの炎光の剣に貫かれ、あっけなく落ちてゆく。

 炎光の剣が隙だらけだった腹に直撃し、反対側からエネルギーが突き抜けたのだ。


 漏れ出た炎が洞窟内の壁を破壊し、オレンジ色の鉱石を巻き散らせた。




「どうだサラ?俺の帝王機、カッコイイだろ?」

「……。え。」



 目の前に出現したカツテナイ機神。

 村の伝承で言い伝えられている伝説の国王機の降臨を受け入れられず、少女サラは硬直してしまっている。




「……。え?え?」

「しばらくダメそうだな。しょうがねぇから、先にこっちを片付けるか」


「ぎぃぃ、痛ぇぇっきぃィィ!!」



 アンガタツェーを直撃したのは、エゼキエルの必殺技『天討つ硫黄の火(メギドフレイム)』。

 ソドムには、これを受けて生き残れる者など数えるほどしかないという自負がある程の技だ。


 だが、アンガタツェーは生き残った。

 それも、ほぼ無傷というあり得ない事態にソドムは小さく舌打ちをする。



「ちっ、やっぱりその皮は高位魔法防壁か」

「てめぇ、ヴァーリンが言ってた奴だなっき?」


「おい、面倒だから一回しか言わん、降伏しとけ。で、バナナを食ったことを詫びろ」

「かかっ!んな事する訳ねえだろっき!」


「そうか。じゃ、あの世のヴァーリンによろしく言っといてくれ。《全て来いッ!=俺の魔王兵装デモン・オール・サムエルッ!!》」



 世界に響く魔王召喚の声。

 それは、カツテナイ魔神の復活の儀式だ。


 祝福の機械神・魔導枢機エゼキエル。

 帝王機の前身であるこの機体と残り二体の機体は、隊長機かそうでないかという違いで分けられているのではなかった。


 残りの機体の正式な名称は『攻勢眷属・魔王枢機サムエル』『防勢眷属・魔天枢機エステル』。

 魔導枢機エゼキエルを補佐する為に建造された機体であり、だからこそ、神が定めた理に従い合体する事が出来るのだ。


 そして、数千年の時を経たサムエルとエステルの姿が変わろうとも、その役割は変わっていない。

 禍々しい武装を全身に装備したエゼキエルは吸気音を脈動させ、僅かに前傾姿勢を取った。



「3秒で終わらしてやるよ」

「何を言って――?」


「じゃーな。《タヌキ裂皇爪アルティメットタヌキスラッシュ!》」



 パウ。


 そんな可愛らしいとさえ思える炸裂音は、見渡す限りの世界を断裂した。

 振り下ろされたエゼキエルの右腕は、目の前に居るアンガタツェーを、背後の洞窟を、アダマスタイトが眠る山を、地平線の彼方すら――両断。

 断末魔すら上げることなく、アンガタツェーは二つに分かれて地面の染みとなったのだ。



「俺のバナナに手を出した罪は重い。死罪だ」



 ソドムは、激怒していた。

 アンガタツェーが食い荒していたバナナ農園は、ソドムがホロボサターリャと一緒に植林して作ったもの。

 それを盟約に基づき貸し出していたに過ぎず、盟約が守られていない以上、アンガタツェーはソドムのバナナを略奪しているという大罪を背負っている。

 そして、ホロボサターリャから託された国民を虐げた事は、何よりも許せることではない。


 思い出を踏みにじられたソドムの逆鱗は、たったの3秒で世界を割るのだ。



 **********



「……。」

「……。」


「ねぇ、カミナ。大地が割れたね」

「そうね。それに瞬殺された猿もヤバイわよ。メギドフレイムを喰らってもピンピンしてたもの。ちょっとあり得ないわね」


「……。鉱石が手に入らない以上、天使シリーズの製造は無理そうだね」

「無理ね。諦めた方がいいわよワルトナ」


「うん、だけどこれだけは言わせて……。鉱石を掘りに行ってバナナ食ってんじゃないよッッ!!クソタヌキィィィィィッッ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ