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第4話「衝突する大魔王」

「……え、えっと、あの……。おねーちゃん……?」

「えっ。」



 この流れ、確実にニセタヌキが出てくるパターンだと思ったが……。

 電話に出てきたのは、まさかのセフィナだった。


 うん、カツテナイ害獣が出て来ても困るが、カツテナイ妹が出て来ても、それはそれで困る。

 ラルラーヴァーに騙されているとはいえ、セフィナは敵の陣営。

 もし、ワルトの携帯電魔が奪われているのなら、状況はかなり厳しいものになるしな。


 ともかく、ここは一旦リリンに任せてみよう。

 リリンは平均的な表情を崩す程に驚いていたが持ち直し、決意を秘めた目でゆっくりと口を開いた。



「セフィナなの?」

「あのね、私ね、えっとね、ずっとね……」


「落ち着いて、セフィナ」

「え、あ……」


「落ち着いてゆっくり話して。おねーちゃんは怒っていない」

「う、うん!」



 リリンは愛しむような声色で、セフィナを優しくいさめた。

 次第に落ち着きを取り戻したセフィナは、明らかに声色を変えてリリンに語りかける。



「私ね、ずっとずっと、おねーちゃんに会いたかった。会ってお話ししたかったの……」

「うん、私も」


「それで我慢できなくて、色々、ダメな事をしちゃったの。そのせいでおねーちゃんにも迷惑掛けて、……ごめんなさい」

「セフィナ、謝る必要なんてない。セフィナは何も悪くないし、私はセフィナにもう一度会えてとても嬉しい。迷惑なんてほんのちょっとも思っていない」


「そうなの?私の事、許してくれる?」

「許すも何も、私は始めから怒っていない」


「でも、凄いの出したよね?魔王様みたいなの」



 うん、やっぱりそこにはツッコミを入れるよな。

 特盛り魔王様を振りかざされちゃ無視はできない。人間だもの。



「……。あれは、その……照れ隠し。そう、アレは照れ隠しだった!」

「そうなの?」


「そうなの。セフィナに会えた事が嬉しくて、ついやってしまった。ごめん」

「私も悪かったからいいの。でもこれで、おあいこ様だよね。仲直りだよね!?」


「うん。仲直りしよう、セフィナ。大好きだよ」

「うん!私もおねーちゃんの事、だーい好き!」



 あぁ、良かった。リリン達は仲直り出来たようだ。

 後は、ラルラーヴァーと和解すれば万事解決だな。


 だけど、それが中々に難しい。

 ラルラーヴァーの思惑は未知数であり、『俺を手に入れたい』という事しか分かっていない。

 過去の俺とどういう関係だったのか、セフィナを育てて何がしたいのか。

 そのあたりの思惑が分かってくれば、和解の道もありそうな気がするんだが……。


 だけど、ワルトやメナファスを傷つける様な事をしていた場合、その道は閉ざされてしまう。

 ちっ、出来る事なら誰も傷つかないハッピーエンドが良いんだが、そこら辺はラルラーヴァー次第だな。

 今はリリンとセフィナが和解できただけで良しとし……って、お前ら何の話をしてんだよッ!?



「お団子なら、セカンダルフォートにある『花紋屋』の『極上炙りみたらし』が美味しい。絡み付くタレは同じ重さの黄金と交換してもいいと思う!」

「お、おいしそう!絶対買いに行く!お小遣い溜めて買う!!」


「後は……アルテロの街にあるケーキ屋さん『スウィートキャッスル』の『キャッスル・オブ・クランベリーケーキ』は至高の一品。アレを食べないのは人生を損しているレベル」

「ケーキのお城なの!?!?すごいすごい!!」



 ……コイツら、仲良くなり過ぎて食いもん談義に華を咲かせていらっしゃる。

 流石は脳味噌が胃袋(アホの子)姉妹。

 美味しい物を求めて、街を滅ぼしてても不思議じゃない。



「おねーちゃんは凄いのいっぱい知ってるね!やっぱり凄いおねーちゃんだね!!」

「ふふ、大船に乗ったつもりで私に任せておけばいい。この大陸のご飯はすべて私のもの!」



 おい、魔王化してんぞ。戻ってこーい。


 ちょっと放っておくと直ぐに暴走を始めるからな。

 二人の歓談も大切だと思うが……ちょっと誘導させて貰うとしよう。


 俺はセフィナに気づかれない様に静かに移動し、リリンに耳打ちをした。



「リリン、どうしてセフィナが電話に出たのか聞いてくれ」

「ん?分かった」



 セフィナが電話に出たという事は、誰かから携帯電魔を渡されたという事だ。

 で、それがラルラーヴァーなのかワルトなのかによってだいぶ意味合いが変わってくる。



「セフィナ、この電話はワルトナの。どうしてセフィナが出たの?」

「ワルトナさんが、おねーちゃんから電話が掛って来ると思うから出て良いよって。そしたらホントに電話が来てビックリなの!」



 ん?これはワルトの差し金か?

 なるほど、仲直りさせるために一芝居打ったって事だな?聖女らしいとこもあるじゃねぇか。


 だとすると、ワルトはセフィナが手紙を書いたのを知っていた、つまり、ある程度情報を集められる場所に居るってことだ。

 これはワザと捕まった説が濃厚だな。



「そう、ワルトナは無事?」

「無事ってなんのこと?」


「えっ?ワルトナはラルラーヴァーに捕まっているはず。違うの?」

「あ、う、うん。凄く捕まってるよ。今もゴモラが1万匹くらいで見張ってるよ!?」



 ……1万だとッ!?

 いくらなんでも増え過ぎだろッッ!!ニセタヌキィィィィッッ!!


 つーか、そんだけ居たら食費が持たんだろ。

 大丈夫なのか?ラルラーヴァー。

 勝手に自滅するんじゃねぇか?



「1万匹とか、部屋に入らないと思う」

「い、1万匹ってのは、そのくらい一杯って事で、本当にいる訳じゃないの!でも、ワルトナさんはゴモラに囲まれてるよ!絶対に逃げられないよ!!」



 うん、流石に1万匹は嘘だったか。

 だが囲まれてんのなら、状況は似たようなもんだな。


 ワルトは敵の懐に潜り込む為にあえて捕まり、そして、タヌキの懐で軟禁されていると。

 ……頑張れワルト、生きる希望を忘れるな!



「セフィナ、ワルトナと話したい。電話を変わって」

「えー。私はもっと、おねーちゃんとお話したいのに……」


「セフィナ、これは大事な事。お願い」

「むぅ。またユニクルフィンさんの指示なの?」



 へぇー。セフィナは感が鋭いな。

 タヌキ少女の感って奴か?


 俺の手元にあるメモ帳には、『ワルトと電話を変わる様にセフィナを誘導してくれ』と書いてある。

 それを見たリリンはコクリと頷いて話を切りだした訳だが……まさか見破られるとはな。



「おねーちゃん、あのね!ユニクルフィンさんは悪い人とお友達なの!!だからダメなの!!」

「ふむ、ユニクが誰とお友達だというの?悪い人って誰?」



 あ、リリンが平均的な魔王顔になっていらっしゃる。

 どうやら、自分が心無き魔人達の統括者だという事がバレていないのを良い事に情報収集をしたいらしい。


 ……って、待て待て!それは危険だッ!!

 具体的に言うなら、後で八つ当たりされる俺の命が危険だッッッ!!



「待、リリ――!」

「《消音結界シールメロディア》」



 なんだこれ!?声が出ないんだけどッ!!

 大魔王様が妙な小技を覚えてきやがったッ!!


 静止の声を掛けようとしても声が出ず、俺は口をパクパクさせるばかりだ。

 くぅ!これじゃリリンを止められねぇ!!



「ユニクルフィンさんはね、心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)っていう、すっごい悪い人とお友達なんだって!!」

「その心無き魔人達の統括者とやらの噂は知らない。教えてセフィナ」


「心無き魔人達の統括者はすっごいすっごい悪い人でね、困っている人からお金を巻き上げる女王様とか、嫌がる人を押さえつけて注射するお医者さんとか、お友達をネタにして笑う狙撃手とか、すっごい酷い人たちなの!」



 なんだその小悪党ッ!?

 もっとヤバい事してるだろうがッ!!国盗りとかなッ!!



「へぇ、そうなんだ。でも、心無き魔人達の統括者のリーダー『無尽灰塵』は常識人だと聞く。案外、悪い人じゃないのかも?」



 おい、なんだその平均的なドヤ顔は!?

 無尽灰塵のどこに常識が備わっているんだよ!?

 ありとあらゆる非常識を振りかざし、常識的な冒険者を木端微塵に爆破してるだろッ!!



「違うよおねーちゃん。無尽灰塵がいっちばん悪い人なんだよ!!」

「えっっっ。そ、そうなの……?」


「無尽灰塵はね、みんなの分までご飯を食べちゃうんだよ!?もう、そんなの絶対だめだもん!最悪だもん!!」



 それはお前もだろ!?

 俺が出したクッキー缶を殆ど食ったの忘れて無いからなッ!?



「それにね、無尽灰塵は食べ過ぎで、すぅぅぅごいおデブさんなんだよ!?」

「でっ!?」


「それでね、一年で体重が20%も増えた事があるんだって!!信じられないよね!!」

「あうあうあう……」



 セフィナが放ったランク9の天然魔法が大魔王様に大ダメージを与えた。


 満身創痍となった大魔王様は真っ赤な顔で俯いて、自分の腹へ視線を落としている。

 あ、やばい、大魔王様が泣きそう。

 どうすんだよこれ。過去最大級のダメージなんだけど。


 真実を知ってる俺からすれば、体重が20%も増えたというのは成長期だったと知っている。

 だが、セフィナがイメージしているのは山の様な巨漢だろう。


 流石に放っておく訳にはいかないか。

 ……主に俺の為に。


 リリンが精神的に動揺したせいか、俺に掛っていた魔法が消えて喋れるようになっている。

 そして、硬直して動かなくなったリリンから携帯電魔を取り上げた俺は、なるべく刺激しない様にセフィナに話しかけた。



「よう、セフィナ。元気してるか?」

「むぅ!悪いユニクルフィンさんには教えないもん!」


「声を聞く限り元気そうだな。で、ちょっと間違った情報があったから訂正しておくぞ」

「間違ってないもん!」


「いいか、無尽灰塵は太って無い。どっちかっていうと痩せてる方だ」

「そうなの?……痩せてるのに食べすぎとか、もっとダメだもん!心がおデブさんだもん!!」



 あ、やべ!!その暴言はクリティカルだッ!!

 リリンは受けたダメージのあまり、気分を落ち着かせようと取り出していたクッキーを机に落してしまっている。


 そして、あうあうあうと声を漏らしながら、割れてしまったクッキーに手を伸ばした。

 って結局、食うのかよ!?

 そんなんだから食い意地が張ってるって言われるんだよ!!



「ちなみにだが、その間違った話は誰に聞いたんだ?」

「間違ってないもん!ワルトナさんとメナファスさんが教えてくれたんだもん!!」

「むぅぅぅぅぅぅぅううううううう!!!!」



 セフィナの暴露を聞いたリリンは、机をバンバンと叩いて怒り狂っている。

 これはまさに、憤怒と暴食の魔王。

 こんな危険な魔王が誕生してしまった責任は、有名な聖女様に取って貰おう。


 無事に責任転嫁にも成功したし、後は電話にワルトを呼び出すだけだが……うん、無理だな。

 セフィナとそれなりの関係を築いている事を確認できただけで良しとしよう。



「あぁ、そうそう。セフィナはブルファム王国に居るんだったよな?もうちょっとしたら会いに行くぜ!」

「ユニクルフィンさんは来なくていいの!!負けちゃえばいいと思うな!」


「負けねぇよ。『俺が全部取り戻す』って、ラルラーヴァーに伝えておいてくれ」



 それだけ言い終えた俺は、静かに電話を切った。

 まぁ、まずまずの戦果だったな。

 ワルトも暗躍しているようだし、メナファスとセフィナの関係性も良好。

 後は……、この怒り狂ってる大魔王様をどうにかするだけだ。



「……なぁ、リリン」

「むぅ!?」


「ははは、これに懲りたら食い過ぎには注意だn―――ぐあぁあああああッ!!」

「むぅむぅむぅむぅむぅむぅううううううううッッ!!」



 その後、尻尾まで生やした凶暴極まりない魔王様を落ち着かせるのに2時間も掛った。

 俺の身体の至る所に、くっきりと歯型が付いている。



 **********



「おっ出掛け、おっ出掛け、楽しいな~~!」

「こらこら、あんまりはしゃぐんじゃないよ」


「でも、ゴモラの隠れ家ですよ!?楽しみです!」

「ま、僕もどんなもんか楽しみだけどね」



 煌びやかな装飾が施されたドアを勢いよく開け放ち、セフィナは楽しげに駆け出した。

 それに続くのは二人の人影、ワルトナとメナファスだ。



「なぁ、ちょっと気になってるんだけどよ。前回の会談のアレじゃあ、オレ達が心無き魔人達の統括者だってバレたんじゃねぇか?」

「くっくっく、少なくとも悪性にはバレたと思うよ」


「笑ってるって事は良いって事か?」

「バレたというか、暴露したが正しいからねぇ。これで悪性達は戦わざるを得なくなり、僕の悪辣計画に上がる事になる」


「おう、生き生きしてんな」

「この戦争はユニやリリンに経験を積ませるのに丁度いいんだ。その上でブルファム王国は手に入るし、悪性達の泣きべそも見られるんだから楽しくもなるさ」


「ほんとお前は良い性格してんなぁ。ま、嫌いじゃねぇけどよ!」



 ワルトナは指導聖母・悪性に正体を暴露する為に、メナファスを指導聖母に引っ張り上げた。


 もっとも、メナファス個人の願いである、『子供が健やかに成長できる未来』も蔑ろにしていない。

 これらの目標を実現する為の最善手が、メナファスが指導聖母になる事だったのだ。



「んでもって、今日はタヌキの本拠地に乗り込むってか。つくづく思いきった事を考えるもんだぜ」

「チャンスがあるなら利用するのは当然さ。……あんなにD・S・Dを気に入るとは、僕にとっても予想外だけどね」



 ワルトナ一行が向かっている先は、不安定機構・深部にある晩餐貴賓室バンケットホール

 大聖母ノウィンが個人的に会談を開くのに使用するスペシャルルームの内の一つだ。


 ワルトナが正式に大聖母の後継者となった事で、今までノウィンが伏せていた情報を知る事になった。

 向かっている部屋もその一つであり、ノウィンが始原の皇種・那由他と会談をする為に特別にあつらえた会談室だというのも、つい先日知った事だ。


 そういった情報を教えて貰える事を非常に嬉しく思うワルトナだが、その一方で圧し掛かる重圧に苦心している。

 それを少しでも軽減する為に、今日は頼るべき友人と癒されるアホの子を連れての出陣だ。



「こんにちわ!プアさんいますかー!?」

「いるじゃのー。もぐもぐ」



 元々、遠慮という物を知らないセフィナだが、今日はいつにも増してテンションが高い。

 大好きなおねーちゃんと和解し、やる気に満ち溢れているのだ。



「ほれ手土産だよ、悪喰。お前の部下のアヴァロンが考案した饅頭さ」

「うむ?アヴァロン饅頭とな?スイカ味とはアヴァロンらしいじゃの!」


「で、キミの本拠地……というか、帝王機の製造現場を見せてくれるってのは本当かい?」

「本当じゃの。興味があるじゃのう?」


「あるとも。あんなのマジでカツテナイからね。しかも、ちょっと気になる情報があってねぇ」

「気になる情報?なんじゃの?」


「魔王シリーズと呼ばれる強力な魔道具があるのは知ってるだろ?」

「もちろんじゃの。ソドムとムーの玩具じゃからの」


「それに準ずる何かをブルファム王国が隠し持ってるって噂があってねぇ。知っての通り、魔王シリーズっていうのは帝王機から派生した武器だし、調べとくに超した事はないと思ってね」



 ワルトナが手に入れた情報とは、指導聖母・悪性が操っているブルファム王国には、人智を超えた伝説の武器があるという話だ。

 指導聖母として高い戦闘力を備えているはずと目算していたワルトナだが、それでも、伝説の害獣由来の超兵器を持ち込まれるのは非常に困る。


 なにせ、それはレジェンダリア側に立つリリンサが行う暴虐であり、同一の兵器を持ち出されれば一方的な蹂躙は望めず、無意味な死者が増大する。

 悪辣な手段が大好きなワルトナでも、死者が出る事を良しとしていない。

 レジェンダリアには戦意を喪失させるほどの圧倒的な勝利をして貰わなければならず、それが失敗する可能性を潰したいのだ。



「ふむ、魔天枢機エステルの事かの?」

「ちっ!さらっと名前が出てきやがったな。で、なんだいそれは?」


「D・S・Dと交換なら教えてらやらん事もな――」

「ほらよ!徳別サービスで10缶セットだ!!」


「うむ!ブルファム王国には魔天枢機エステルから創った魔導兵器あるじゃの。それが魔王シリーズと対をなす『天使エンゼルシリーズ』じゃの!」

「超重要な事を平然と言いやがって。いいぞ、もっとくれ!」


「ま、そういう話は儂より詳しいムーに教えて貰うと良いじゃの」



 実際は、ムーが持つ知識の全ては那由他の悪喰イーターの内部に保存されており、知識レベルに差はない。

 だが、ムーの方が身近に知識を有しており、説明するのが上手いのだ。


 なお、那由他はそういう感じで大抵の仕事を部下に投げている。



「ほれ、これがムーの研究室につながる門じゃの」

「……ホント、こんな立派なもんを一瞬で作るとは理不尽だねぇ、タヌキだねぇ」



 那由他が指をパチンと鳴らすと、ワルトナ達の目の前に全長3mはあろうかという巨大な門が出現。

 それを見たワルトナはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る門を見上げた。


「D・S・Dをくれた礼に、何でも一つ願いを叶えてやるじゃの!」


 ノウィンに散々絞られた後でそう言われ、思考停止していたワルトナは良く考えずに、「じゃ、帝王機を作ってる所を見せてよ。出来れば、カツテナイ戦艦も見たいね」と願った。

 それは、ワルトナが逆の立場であれば絶対に叶える事のない願い。

 ほぼ冗談として口にしたワルトナだったが、何故か難なく受け入れられ、ころころと調子よく話が進み今に至ってしまったのだ。


 さてと……鬼が出るか蛇が出るか。

 まぁ、どっちにしてもタヌキが出るのは間違いない。

 なら、ここから先は地獄だ。気を引き締めろ、僕!


 しっかりと気合を入れたワルトナは、静かに扉に手を掛けてゆっくりと押した。



「おっと、那由他様が言ってた御一行だね?歓迎するよ、僕がこのラボの責任者、タヌキ帝王・ムーだよ!」

「……。あぁ、どうもご丁寧に。よろしく頼むよ」



 開かれた扉の先に居たのは、艶やかな褐色肌を持つ少女、タヌキ帝王ムー。

 月夜の決闘の時に顔合わせは済んでいるはずのワルトナだが、「明るい電燈の下で見ると、こんなにもイメージが違うんだねぇ」と密かに溢す。


 そして、その目に映っているのは、カツテナイ基地。

 そこら辺に無造作に置いてある機械ですら、人類の知識を軽々と超えているこのラボは、ワルトナにとっても衝撃的すぎるものだった。


 なんだこれ。タヌキ帝国ってこんなに凄い技術力なの?

 ねぇ、勝つ手なくない?

 人類、勝つ手なくない?


 涙すら浮かべて打ちひしがれているワルトナは、未知との遭遇を存分に味わっている。



「さて、那由他様から聞いた話じゃ、僕の帝王機に興味があるって事で良いんだよね?」

「えっと、……そうだとも。まさかこんなに立派な基地に案内されるとは思っていなかっただけに、ちょっと面喰らってるけどね」


「ふふふ、そうでしょそうでしょ!ちょーっと人間の技術レベルの500年くらい先を行ってるからね!」

「……500年かぁ。もうね、なんというかね。これ、僕の友人にも見せてやりたかったなぁ……」



 ワルトナの視線の先にあるもの。

 それは、カツテナイ帝王機が格納された恐るべき未来基地。


 たった一機と戦うだけでも、自分を含めた超越者クラスが5名も必要になる。

 しかもその内2匹の獣は、正真正銘、世界の頂きに立つ者だというのだから頭を抱えたくなるのも当然なのだ。


 そして、明晰な頭脳の中に浮かび上がっているのは、ワルトナが知る限りでの人類最高の知識者たる友人。

 医療の道に進んでいるものの、その頭脳は未知への渇望で餓えているというその人物がこの意味不明な光景を見たら、さぞ喜ぶだろうと思ったのだ。


 そんな現実逃避をタップリとしたワルトナは、後方ではしゃぐアホの子の声で目が覚めた。

 しっかりしろ、僕ぅ!っと内心で活を入れ、責任者だというムーへ向き直る。



「すまないね、案内をよろしく頼むよ。あ、これ粗品ですが良かったらどうぞ」

「メロンパンとメロンソーダ!?へぇ、僕の好みを調べてくるとかやるね!じゃ、早速案内してあげるよ。っとその前に、キミらも人間の案内役がいた方が落ち着くでしょ?呼んであげる」


「……人間がいるんだねぇ。って、マジか」



 タヌキの群れの中で働くとか、どんな奇人だよ。

 人の世を捨ててるってレベルじゃないだろ。最早、半分妖怪だ。


 つーか、これってヤバくないか?

 ブルファム王国に天使シリーズとかいう超兵器があると判明した瞬間、謎の人物の登場だよ?

 もし仮に、ここで働いてる奴がブルファム王国に通じてて、持ちうる技術をフル活用して天使シリーズを量産してたら勝ち目が無いってもんじゃない。


 ちっ!僕らの正体を隠して仲良くなるのが最善だが、指導聖母・悪弾だと名乗ったメナファスがいるんじゃ不可能だ。

 あぁ、ちくしょうめ!なんて僕は不幸なんだ!!



 ワルトナの心の中の慟哭は、時間にして数秒の出来事だ。

 そんな僅かな時間の果て、何も知らないムーはニコリと笑って、この世界で最も信頼を置いている人間(・・)の名を呼んだ。



「カミナっちーー!大至急来てーー!!」

「……は?」


「あら、ちょうど良かったわ、ムー。エゼキエルの基礎設計で気になる事があって探してたのよ!」

「……はぁ?」



 ……そして。

 ムーとワルトナの前に神製金属製のワイヤーが垂れ下がり、三階からしゅるる。っと軽快な音を鳴らして謎人物が着地。


 三階の設計室から一階の工作フロアへと華麗に降り立った人物は、クルリと身を返して向き直り――硬直した。



「……。」

「……。」

「紹介するね。こちら、人類最高の知識を持つ才女のカミナ・ガンデ。最新機エゼキエルオーヴァー=ソドムの設計者の一人であり、僕の右腕だよ!」


「……。」

「……。」

「あれあれ?どうしたの二人とも?」


「「……ねぇ、何でこんな所に居るのかな?ねぇ、なんで??」」



 綺麗に重なった言葉は、それぞれの本心からの言葉だ。

 それぞれ二人ともが複雑な顔をしているが、それでも、ワルトナの方が混乱は大きい。


 だが、その心の中には一つの確信が灯っている。



 ……ブルファム王国との戦争、勝ったな。



 それは予定外の出来事。

 ワルトナがノウィンに毎日提出している日報には、色んな意味と皮肉を込めて『棚からボテたぬき』と綴られた。

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