第8章余談「たぬきにっき・アルカディアの理想郷⑩」
「全員、迎撃態勢を取れッ!!」
ゆっくりと確実に動き出した巨大すぎる蛇は、二種類の獲物のどちらかに狙いを定めた。
一匹が大きいが、数が少ない『人間』。
一匹が小さいが、数が多い『タヌキ』。
どちらを狙うかは好みでしかなく、思考に『敗北』などという文字は浮かんでいない。
「タイターどうするのだ?蛇は3匹。逃げる為の条件は整っているが?」
「難しい判断だ。あの一番小さいのな――」
「ヴィィギルロロォォーン!!」
卓越した知識を持つタイタンヘッドは瞬時に過去の事例を思考の中に巡らせ、最適解を探し始めている。
だが、その思考が答えを見つけるよりも速く動きだした者たちが居た。
その者達は『タヌキ代官・ドングリ』と『タヌキ奉行』。
総勢11匹の強き心を持つ者は、与えられた使命を全うする為、そして、ボスたるアルカディアから極上の恩賞を得るために走り出す。
彼らは一糸乱れぬ精錬された動きで湿地帯を駆け、ドングリを先頭とした三角錐のような陣形で蛇の前に飛び出した。
……そして、レベル88241な蛇の前で、颯爽とタヌキ踊りを披露する。
「ヴィッギロ~!」
「「「「「ギルア~~!!」」」」」」
「シャアッ!?」
「ヴィギルギロ~~!」
「「「「「ギルギルギィ~!」」」」」
「シャシャアッ!?」
日常的な捕食行為と超ド級の危険生物討伐。
二つの意思が重なり合う場所で、タヌキが尻尾を振り乱して踊っている。
それを見た者は茫然とし――、馬鹿にされていると気が付いた蛇は怒りの声をあげた。
「キィィシャアアアッ!」
「ヴィギロロ~~ン!」
ただの餌が、偉大な自分に尻を向けて馬鹿にしている。
ドングリがうっきうきで行っている『タヌキ挑発』は、価値観が違う蛇にもしっかりと意図が伝わり、その思惑どおりに事が進んでゆく。
怒り狂った蛇は、巨大な体に物を言わせてタヌキに飛びかかった。
だが、タヌキ集団は蛇が自分達に狙いを定めたと知るや否や、尻尾を巻いて速攻で逃げ出している。
その速さ、タヌキの癖に脱兎のごとし。
一目散に逃げる兎よりも遥かに速いスピードで森の中へ消えて行き、レベル88241の蛇もそれを追って森の中え消えてゆく。
「タイタン支部長、タヌキが大きい方の蛇を連れてってくれましたよ!これで俺達は簡単に逃げられますね!!」
「いや、逃げないぞ」
「ですよね!あんなバケモン、戦うなんて正気じゃ……。今なんて?」
「戦うって言ったんだ。サウザンド」
「おい、正気ですか?水辺に来たからって調子乗ってんじゃないぞ。タコ野郎」
「前々から思ってたがな、その二重人格は何なんだ?一度、病院で頭を見て貰えよ」
「病院?そんなもんいくらだって行ってやりますよ。生き残れたらな!!」
「そうか。じゃ、病院の看護婦さんにでも想いを馳せとけ。俺とビリオは手に入る名誉に想いを馳せるからよ。やるぞ!ビリオ!!」
タイタンヘッドがその目に捕らえているのは、目に収まりきらぬ化物では無い。
その手前、大きさ10m程しかないレベル71724の蛇だ。
そして、同じ目標を見据える者がもう一人。
目にも止まらぬ速さで斬り込んだ男こそ、タイタンヘッドの相棒ビリオンソードだ。
道すがら発動したバッファの効果を十分に発揮しているビリオンソードは、蛇の動きを牽制するべく特攻を仕掛けた。
ふっ。っと息をひと吐き。
それに続いた剣閃は飛び突いて来た蛇の頭をぬらりと受け流し、ギャリギャリと金属と鱗が擦れる音を響かせた。
**********
「プラム、安全なとこから見てて」
「ヴィ……ヴィギプルル……」
「大丈夫。私はあんなのに負けない。安心して良いし!」
前座達が戦闘態勢に入り、この場で最高の実力を持つ者が残された。
真っ直ぐにティターンボアーを見つめるアルカディアと、やはり真っ直ぐにアルカディアを見つめるティターンボア。
両者は向かい合い、そして、戦闘開始の口火が切って落とされた。
「お前の相手は私だし!《意識を握る!》」
アルカディアが装備している千海山を握する業腕に秘められた機能の一つ、『因果律操作』。
その効果は正常に発揮し、ティターンボアーの意識はアルカディアに固定された。
それを本能で知覚したアルカディアは、大胆不敵に笑みを溢す。
「……ずっと前に見た超えられない壁が、もう一回でて来た。だったら今度は超えてみせるし!!」
**********
「ヴィギロア!ギルギル!!」
司令塔たるドングリが先行し、その背後で10匹のタヌキが乱舞している。
精錬され尽くしたこの動きこそ、タヌキ奉行が考えた必中の策。
その妙に苛立つ動きに、蛇は本来の性能を発揮できていない。
「キィィシャア!!」
怒りに任せ威嚇を放つも、タヌキの動きが乱れる事はない。
乱れる訳が無いのだ。
タヌキ奉行達は――もともと狙っていたレベル88241の蛇を葬る為に、万全の準備と練習をして来たのだから。
タヌキ達が披露しているのは、絡まり合う完璧緻密な疾駆『タヌキ幻影走』。
対蛇用にと考案されたこの陣形は、3匹でチームを組んだタヌキが三つ編みのように交互に先行・離脱を繰り返す。
蛇は視覚よりも、嗅覚で餌を判別する。
それを知っているタヌキ奉行達は策の要として、様々な果実や草を体に擦り付け、自身の匂いを上書き。
さらに、匂いの発生源が2つに増えたかと思えば、突然に消失したりもする。
タヌキ達は自生していた植物を走りながら霞め取り、美味しく召し上がって匂いを撒き散らしているのだ。
延々と続く嫌がらせじみた錯乱の疾駆。
それらを扇動しているドングリは不自然に草が刈られたゾーンに侵入し、後続のタヌキ達へ指示を出した。
「ヴィギロッ!ギルアー!!!」
三つ編みの様な疾駆が切り替わり、タヌキ達が一直線に加速した。
そのスピードは時速100kmを軽く凌駕し、僅かに残像すら見えている。
だが、それは蛇にとっても好ましいもの。
うざったい動きが単調化したのならば、あとは巨大な体躯に任せて突撃を繰り出せばいい。
「シャアァーッ!?」
だがそれは、タヌキによる『ウマミナキ・策謀』。
ドングリが決戦の地として選び準備したこの地へ、蛇はまんまと誘導されたのだ。
蛇が体をうねらせ跳躍した瞬間、ズボッ!!っと大地が滑落し一気に崩壊。
タヌキ謹製の巨大落とし穴にまんまと嵌った蛇は、森らしからぬ黒っぽい砂漠地帯へ叩き落とされた。
「ヴィギルギアッ!!」
「「「「「ヴィギィー!」」」」」
全員かかれッ!!
まかせろッ!!
タヌキ代官ドングリの指示に背くタヌキ奉行は居ない。
なぜなら、ドングリが立てた策謀通りに事が進んでいるからだ。
この蛇は、戦闘時になると鱗を逆立たせて肥大化する。
当然、致命的な一撃を繰り出そうとしていた蛇は鱗を逆立せており、例えるならばハリネズミのような形態となっていた。
そして、そんな接地面積が減少した状態で顆粒体である砂地に落ちた。
それは、蛇に取って脱出不可能な牢獄となる。
鋭い剣先を彷彿とさせる鱗は、砂地を引っ掻くばかりで推進力を生み出せない。
ましてや、この砂漠は天然の砂では無く、罠に嵌める為に造られた『タヌキ・砂地』。
驚くほどにサラサラな砂は、ドングリがせっせと集めてきた鉱物を細かく砕いて造られたものなのだ。
蛇は、跳躍するにも、噛み付くにも、堅い大地を足場にする必要がある。
だが、自身の下にあるのは柔らかすぎる砂であり、力を込めれば体が沈んでゆくばかり。
そうして、汗をかかないはず蛇の肌に、冷たいものが流れた。
「ヴィギ!ロアー!!」
一方、タヌキ達は勝機を見い出し、完全勝利を目指して走り出す。
砂地に落ちた蛇を取り囲むように、ドングリを除く10匹のタヌキ達が再び乱舞。
それは、タヌキ達が群れを守るために決死の覚悟で挑む大技『文武駆茶釜』だった。
通常の文武駆茶釜は、30匹以上のタヌキで行う大規模殲滅タヌキ魔法だ。
しかしそれは、名もなきウマミタヌキが行う場合の話。
訓練されたタヌキ奉行達は少ない匹数で、異なる結果を生みだす事に成功している。
巻き上げられた砂が乱舞するタヌキに追従し、重量を持つ『砂嵐の牢獄』と変貌。
叩きつけられる砂により、蛇の視覚、聴覚、嗅覚、熱源感知が機能不全を起こした。
鋭い鱗の隙間には砂が入り閉じる事もままならず、蛇はただひたすら砂嵐が終わるのを待つしか出来ない。
……だが、砂嵐が終わるよりも先に、蛇の生命活動が終わるのだ。
巻き起こる砂嵐の中、一条の光が迸った。
「ヴィギロッ!」
それは、ドングリがせっせと集め、タヌキ代官達が文句を言いながらも砕いた『鉄鋼石』が引き起こした事象。
細かく砕かれた砂鉄の嵐は、擦れ合う度に微弱な静電気を発生させる。
それらが通電性の高い砂嵐に閉じ込められ、加速度的に収束し始めているのだ。
暗黒の茶釜の中で無数に蠢く、雷光。
自然現象の中でも圧倒的な破壊力を持つその現象は、滞留する空気に溶け込み最後の収束まで至っていない。
だがそれは、たった一つのきっかけを起点に劇的に変化する。
華麗なタヌキステップで暴風に飛び込んだドングリが、その体に雷光を宿したのだ。
タヌキのふわふわな毛は帯電しやすく、特にその性質が強いドングリは、静電気でブワッっと広がった毛並みを馬鹿にされるのが冬の風物詩。
これは、そんなドングリがアルカディアの隕石魔法に対抗するべく考えたウマミナキ必殺技。
「《タヌキ轟雷掌!》」
「シャィッッ!?」
文武駆茶釜によって発生した、数十万ボルトを優に超える雷光。
それを身に宿し終えたドングリは、身動きが取れずに硬直している蛇の顔に向かって力の限りに拳を振り下ろした。
蛇の体を構成する金網状の筋繊維へ、ドングリが集めた電気が流入。
通り道となった筋肉が焼き切れながら膨張し、鱗の先端から雷光が放出されてゆく。
しかし、その雷光は再び蛇の体内へと戻ることになる。
鋭く尖っている蛇の鱗は、言わばそれは天然の避雷針。
そんなもので身を包んでいる蛇の体内から抜けた電気は、当然、直ぐ近くの鱗へと流れ込み、再び体内を廻る事になる。
何度も何度も、繰り返して響く雷鳴。
その雷光の乱撃は、全ての鱗を絶縁破壊するまで終わる事はない。
「ヴィィィィ!ギギロギアァー!!」
やがて、暴風が過ぎ去った砂場に勝利の雄叫びが木霊した。
砂場に体の半分を埋めた蛇の上に立つ、タヌキ代官・ドングリ。
自分の体のざっと20倍はある蛇を踏みしめ、ドングリは満足感に酔いしている。
アルカディア、俺の番になってくれぇぇぇぇ!!
つい口走ってしまった雄叫びは、ここには居ない幼馴染へ向けた求愛。
それは届く事はなく、タヌキ奉行たちの喝采や野次と共に森の中へと溶け込んだ。




