第8話「試験結果」
「まずは火の魔法適正からいくぜ!」
「うん。手順道理にやってみよう。ステップ1、静かな場所に移動しよう。ステップ2、心を落ち着けよう。……って、ここら辺は省略して。ぶっちゃけあまり意味がない」
それもそうだな。
実践では、静かな場所で心を落ち着けながら魔法の詠唱なんて出来ないだろうし。
そんな暢気なことをしていたら、タヌキに尻を噛みつかれる。
「それじゃ早速呪文を唱えてみるか。《カチリカチリと弾けるは、山々を焼く自然の薪木。田を抜き、野を駆け、黎明の先、人の世にて明かりを灯せ。ファイアボール》」
……。
…………。
………………。
「リリン?何も出ないんだけど?」
「……そっか。魔法の発動の仕組みから説明しないといけないよね」
……。
呪文を唱えるだけなんじゃないのかよッ!?
リリンの補足説明では、言う必要がないほどの当たり前の常識があったとの事。
つーか、かなり焦った。
誰でも使えるはずの魔法すら発動できないのかと思っちまったじゃないか。
そんなことになったら冒険者は無理だろうし、おとなしく村に帰ると思う。
そして、じじぃに馬鹿にされるのか。
……その未来だけは絶対に阻止してやるぜ!!
「ごめん。当たり前すぎて言うのを忘れていた」
「いや、大丈夫だ。ちょっと焦ったけどな。……んで、どうすりゃいいんだ?」
「呪文を正確に唱え終わると、体の何処か、大体は両手のどちらかに、引っ張られるような感覚が来る。その感覚に向かって意識を注ぐように集中すると魔方陣が感じられるから、それに触るように手を伸ばす。これが魔法発動の基本」
「その魔法陣は目で見えるのか?」
「目では見えない。なんというか、背後に誰かが立つと分かるように、そこに何かがあると直感で分かるはず」
「あーあれか。何となく気になって扉に目をやると少し遅れて誰かが入ってくるみたいな?」
それは何度も経験している。というか、日常的に分かる。
だが、例外が一つ。
村長だ。
村の村長の接近には、なぜか気がつかないことが多い。
一度喋り出せば存在感そのものみたいなくせに、黙っていると意識から外れてゆく。
なんとも不思議だ。
もしかしたら、棺桶に片足を突っ込んでいるのかもしれない。結構な歳のはずだしな。
「大切なのは、体の何処かに感じた魔方陣に触れること。慣れてくれば手以外にも好きなところに設置出来るし、触れる以外にも、指で弾いたり、摘まんだり、殴ったり、踏み付けたりと色々出来る。接触した後は自動で魔力を消費し魔法が発動するよ」
「なぁ、今更なんだけど、魔力ってなんだ?感覚的に使ってたけど良く知らないんだ」
「それは難しい質問。『魔力とは?』と聞かれたら、私は『よく分からないもの』と答える。それが適切だと思うし、たぶん、世界中のどこを探しても同じ答えだと思う」
「……?よく分からないものってどういうことだ?」
「魔力についてはいくつも諸説がある。しかも、それぞれが欠点を抱えた不完全なもので、結局は『よく分からないもの』という答えになっている。分かるのは体の中にあるエネルギーらしいという事。だけどそれを司る内臓が無いし、立証できない」
「ちなみに、体の中にあるエネルギーってことは当然、限度があるよな?無くなったらどうなるんだ?」
「それはもちろん……」
「もちろん……?」
リリンが一呼吸置いた。
つられて俺も緊張してくる。どんな事が起きるんだ?
魔法の使いすぎで死んでしまったりするのか……?
「使いすぎてしまったら……。お腹がすごく減る」
「……は?なんだって?腹が減る?もう一度詳しく言ってくれ」
「お腹がすごく減って、空腹状態になる。具体的には何かを食べたくなり、我慢ができなくなる」
再び現れた、衝撃の新事実!
リリンの食べキャラには理由があった!!
そう、リリンが並べられた品々を綺麗に平らげていくのには理由があったのだ。
それこそまさに眺めていたくなる程に良い食べっぷり。
しかし、決して汚くなく、洗練された動きで好き嫌いもない。
「いやー驚いたけどさ、魔法の代償が腹が減るだけって釣り合ってないよな?」
「表面上はそう見えるけれど、それは大きな間違い。直接的にも間接的にも、死に直結しているよユニク」
「……え?」
「これは私の仲間の『再生輪廻』のカミナから聞いた話。お腹が減るというのは体を動かすエネルギーが少なくなり、補給したいという仕組みによるもの。そして、その状態から無理に魔法を使い続けると、欠乏症というものになる」
「食べ物の栄養が偏るとそうなるんだっけか?」
「その欠乏症で間違いない。しかし、魔法による欠乏症はその比ではなく、急激に症状が現れる。頭痛、吐き気、動悸や目眩、意識の混濁や強い恐怖感など様々で、そのまま放置すると死に至る。そして大事なのが、それらは戦闘中に起こるという事。朦朧とした意識で判断を誤れば、取り返しがつかなくなる」
「……そうだな。ただでさえタヌキに勝てないのに、そんな状態なら尚更だ」
「ユニク。本来この魔法適正検査はかなりの時間をかけて行うもの。だけど、今回はあえて無理矢理に限界まで行うから、気分が悪くなったら教えて欲しい。自分の限界値を知るのも大切だから」
「あぁ、分かった。まずは魔法の呪文を唱えるんだったな。《カチリカチリと弾けるは、山々を焼く自然の薪木、田を抜き、野を駆け、黎明の先、人の世にて明かりを灯せ。ファイアボール》」
一字一句間違いなく呪文を唱えた。
するとすぐに、右手の先へ体が引っ張られるような感覚が来る。
……目には見えないが、確かに何かがあるな。
俺はそこに意識を集中させて、触るように手を突き出した。
そして、確かにそこにある何かに触れた瞬間、手のひらに熱が発生する。
「うおっ!熱っち!!」
「ん。綺麗に発動できてる。飛距離も申し分ない。上手だねユニク」
俺の手から放たれた火球は真っ直ぐに飛んでいき、岩に着弾。うっすらだが表面に煤が付いた。
「出来た……のか?俺は、魔法を発動出来たのか?」
「うん、出来てるよ。コントロールも良いと思う!」
「いよっしゃぁぁぁぁ!!」
嬉しさのあまりに叫んじまった俺の横で、リリンがビクリと肩を震わしている。
ちょっとだけ大人げないかなと思いつつも、これはあの白金の空を手に入れるための第一歩。
喜ばしいことは喜んでおくに限るのだ。
うおおおおおお!やったぜッッ!!
「リリン!!俺、魔法使いになれたよ!」
「……うん。おめでとう」
なんとなく微妙なリリンの視線に気付かない振りをしつつ、さぁて、ともう一度気合いを入れた。
「よっし、このままいくぜ!どんどん呪文を短くしていって目指すは魔法名だけで発動するって事だよな!」
「あ、ちゃんと覚えているみたい。嬉しさのあまり壊れたのかと思った」
リリンの辛辣な言葉を尻目に、俺は直観に従い呪文の添削を開始。
まずは、いくつか言葉を抜いてみよう――――。
そうして、魔法の適性を確かめる試験は始まった。
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「落ち込まないで、ユニク。誰だって最初はこのくらい。ここから練習していけば良い」
俺はうなだれていた。
なんでって?そんなの決まってるだろ。
魔法適正の試験結果が期待していたより悪かったからだ。
一通りの試験が終わり、俺の試験を観察していたリリンから魔法適性度の点数が発表された。
ちなみに最高得点は各々100点満点だ。
結果は、基本魔法の適性がそれぞれ、
火…30点
水…40点
風…50点
地…40点
身体強化…80点
防御魔法…70点
回復魔法…50点
そして、
光 …10点
虚無…10点
星 …0点
確かに俺は、身体強化と防御魔法の素質は欲しいと言ったよ?
だけどさ、属性魔法の資質が低すぎないか?
……うん。俺には魔法の適性があんまり無いみたいだ。特に光と虚無と星が絶望的に低い。
あの白金の空、欲しかったなぁ。
「ユニク。この結果は悪くない。むしろ、特徴がある分良いとすら言える」
「……そうなのか?まだあの白金の空を手に入れられるのか?」
「白金の空?あぁ、雷人王の掌のこと?うーん。それよりバッファ特化の方がいいかも」
「いやさ、俺だってリリンみたいなカッコイイ魔法使いたいんだよ!どうにかならないかな?」
「絶対に不可能ということではない。自分に合った魔法を見つけられれば可能性はある。練習あるのみ」
「そうか。練習次第で可能性はあるのか。……ちなみに、リリンの最初の結果はどうだったんだ?」
「私?私は基本五属性と身体強化、防御魔法は100点で、回復と星と虚無は60点だった」
……俺とは地力が違いすぎる。
半日前の、希望溢れる自分に戻りたい。