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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第8章「愛情の極色万変」

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第8章余談「たぬきにっき・アルカディアの理想郷!!!!!!!!」

「ヴィギプルルル!ヴィギルル、ヴィーギー!」



 焼き蜘蛛の誘惑を我慢しながら、若きメスタヌキは唸りを上げた。

 それは、狙っているオスを取られない為の必死な威嚇。


 このメスタヌキは、タヌキ代官・ドングリに惚れている。



「ヴィギロー。ギギルギア」

「ヴィギル!ギギルキア!」


「ヴィギルハハァン。ギロロ」

「ヴぃ!?ギギプルル!?」



 上位者たるアルカディアに威嚇を放つ。それは、許されざる暴挙だ。

 当然、それを見ていたドングリが咎めない訳が無く、二匹のタヌキは割と静かめに口論を始めた。

 主導権を握るメスタヌキの無言の圧力に、ドングリは負ける事が多いのである。


 口論する二匹のタヌキ。

 それを眺めている人化したタヌキ。

 更にそれを眺めている絶望する人間ども。


 場の空気は混沌と化し、簡単には収拾が付きそうにない。



「ギルルル!ギギロギア!!」

「ギロロウ……。ギギルギア」



 メスタヌキの怒声に尻尾を丸めて縮こまるドングリ。

 このような光景は割と見られるものであり、周囲に居るタヌキにとっては焼き蜘蛛の方が優先度が高いので放置されている。


「このタヌキがなんだって言うんですか!いつも群れに居ないのに、大きい顔するのは違うと思います!!」

「いや、落ち着けって、プラム。コイツはアルカディア。お前の姉だぞ」


「知りません!」



 こんな感じの口論が頻繁に起こる最たる原因は、このメスタヌキの思いにドングリは気が付いていないという事だ。

 ドングリにとって、このメスタヌキは可愛がって育てた妹分でしかない。


 アルカディアが不在の今、ドングリはこのタヌキの面倒をみる事が多かった。

 それぞれが面倒くさがりなドングリの親とアルカディアの親は、一緒に子育てすれば労力が半分!などという安直な考えを起こし、その結果が幼馴染。

 そして当然、ドングリという面倒を見る役が居るのならば、子守は押しつけられるのだ。


 タヌキ代官として働きながら育てた結果、すくすくと成長したメスタヌキは、いつしかドングリが行っている内政を手伝うようになった。

『あの強さ、まさに阿修羅のごとし』と謳われた、伝説になりつつあるタヌキ将軍・アルカディア。

 その妹は、いつしか一線を画す存在となり、巣穴の傍に生えている果実の名前を貰って『プラム』と呼ばれている。



「プラムって言うし?」

「ヴィギルルル!」



 アルカディアは仲良くなろうと声を掛け、すげなく威嚇された。

 プラムは、ドングリの件だけで威嚇しているのではない。

 アルカディア自身に対して、複雑な心境を抱いているのだ。


 アルカディアは、このタヌキ集落の絶対者だった。

 腕っ節は強く、頭脳は賢く、餌を分け合う優しさを持つ。

 プラムは、そんな完璧な姉と比べられながら育ったのだ。


 周囲のタヌキに悪気はなかった。

 ただ、プラムの中にアルカディアの様になれる可能性を見つけ、「プラムを育てて、美味しい獲物を採って来て貰おうぜ!」という願望があっただけ。

 プラムがアルカディアと同じ戦闘力を手に入れれば、再び、焼き蜘蛛が手に入るのである。

 その苛烈な熱意を受け続けたプラムは、やがて……ふて腐れた。



 アルカディアなんて、どうせ碌なもんじゃないです。

 どうせ、どうせ、たまたま拾った蜘蛛とか持って帰ってきただけです。

 ドングリさんは凄いって言うけど、ウチは騙されないんだから!!



 一度こじれてしまった感情は、きっかけが無いと元には戻らない。

 そしてその機会が無いまま、プラムはアルカディアと出会ったのだ。



「ヴィギプルル!ヴィギプルル!!」

「……。何でそんなに怯えてるし?」


「ヴィギア!」

「確かに私はこの集落のボスで偉い。だからと言って、家族を大切にしない訳が無いし。一緒に焼き蜘蛛、食べよ?」



 そういいながら、アルカディアは家族用に取っておいた焼き蜘蛛の足をもいで、外殻を剥いた。

 露わになったピンク色の美味そうな肉を見て、よだれを垂らすプラム。

 だがそれでも、プラムは食べようとしない。



「……。」

「焼き蜘蛛はとても美味しい。甘くて蕩けて、う”ぎるあ~ん!」


「ヴィ……」

「これは私からの初めてのプレゼント。食べて欲しい」


「……。もぐ」



 そして、プラムは蜘蛛肉を齧った。

 プラムは素直な性格だ。いくら拗らせていようとも、姉からプレゼントだと言われてしまえば食べない訳が無い。

 決して食欲に負けた訳ではないのだ。


 もぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。

 アルカディアから差し出された蜘蛛の足を、少しずつ齧っては飲み込んでゆくプラム。

 そのペースはゆっくりで、一口一口をじっくり味わっていた。


 そして、食べ物とは有限だ。

 アルカディアが持っている蜘蛛肉を喰い尽したプラムは、さらに複雑になった表情で顔を上げた。

 そこに居たのは、認めたくなかった、(アルカディア)

 他のタヌキとは一回りも二回りも違うとは聞いていたが、流石に骨格から違うとは聞いていない。


 ……やっぱり、噂なんて当てにならないです。

 あと、蜘蛛肉はとても美味しかったので、おかわりが欲しいです。


 プラムは、心底そう思った。



「おい、アルカディア。この状況はなんだ?何が起こってる……?」

「集落に帰ってみんなを集めた。あ、あそこに居るのがお母さんとお父さんだし!」


「…………………。タヌキじゃねぇかッッ!!」



 タイタンヘッドのツッコミは、至極当然なものだ。

 指差された先にいたのは、焼き蜘蛛を貪り食っている7匹のタヌキ。

 アルカディアの親とドングリの親、その子供達である。



「みんな元気そうだし。あの子たちはドングリの兄弟?ちょっと似てるし!」

「……。アレが親だって言いたいのか?タヌキが親?」


「当たり前だし!」



 ハッキリと笑顔で答えるアルカディア。

 ここで、タイタンヘッドの中で全ての点が繋がってしまった。


 天命根樹出現後の調査では、一ヶ月以上探索したのにも関わらず、人間が住む痕跡は見つからなかった。

 更に、行った環境調査ではタヌキが住んでいるはずだが、不思議と一匹も出会う事が無かった。


 時が経ち、闘技場に現れたアルカディア。

 自分に因縁があるというも、心当たりが全くない。

 話を聞けば、確かに筋は通っている。

 だが、話が噛み合わない不可解さも残った。


 そして、現在。

 アルカディアはタヌキを呼び出し、タヌキに森を案内させ、タヌキ集落に帰って来た。

 そして、タヌキを指差して、タヌキが親だという。


 ならば、導き出される答えは一つしかない。



「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおッッッ!!!!!た、タヌキに化かされたァァァァァッッ!!!!」



 タヌキに化かされた結果、特殊個別脅威に戦いを挑む事になったタイタンヘッドと他二名。

 彼らは、のた打ち回りながら暴言を吐き、自分の運の無さを呪った。



 **********



「長老?いる?」

「ヴィギルロゥド」


「あ、生きてたし」



 タヌキ集落の中でも、日当たりの良い一等地に造られた巣穴。

 そこを遠慮なく覗いたアルカディアは、一匹の老タヌキを発見した。


 この老いぼれたタヌキこそ、この集落の長老タヌキ『トウゲンキョウ』。

 至って普通のウマミタヌキであり、額にも何もマークは無い。


 だが、何処か不思議な雰囲気を纏うトウゲンキョウは、入口から覗きこんできた顔を見て懐かしげに笑みをこぼした。

 そして――。



「ヴぃっヴぃ。完全人化を会得するとはな。ソドム様に預けて正解じゃったわい」

「ヴぃぎるあ!?人間の言葉だし!!」


「長く生きておれば自然と覚えるものよ。どれ、近くで顔を見てやるか」



 重たげに体を起こし、トウゲンキョウは巣穴から出た。

 暖かな日差しを受けたその姿は平均的なサイズのタヌキであり、アルカディアが知る時代と変わっていない。



「長老。ソドム様に連絡して欲しいし。でっかい蛇がいるから助けて欲しいって」



 タヌキ集落の中で、アルカディアのみが知っている事がある。

 それは、トウゲンキョウは何らかの手段で外界から情報を手に入れているという事だ。


 しかも、その情報の伝達スピードは異常な程に早い。

 なにせ、一昨日行われた999タヌキ委員会で、アルカディアが英雄と戦ったという話すら、既に出回っているのだ。



「なぜ儂に言う?」

「……長老、悪喰=イーター持ってるし?」



 アルカディアが辿りついた長老の秘密。

 それは、長老が悪喰=イーターを隠し持っている可能性だ。



「これも見破られたか。ますます預けて良かったと思うぞ」

「う"ぃ。あるなら連絡して!というか、村の危機なのに何で連絡しないし!!」


「このような些事に、ソドム様の手を煩わせるのは群れの恥じゃ」

「恥とかどうでもいいし!ソドム様だって割と失敗するし!おととい、ロボごと爆発したし!!」


「うむ、人外の皇ユルドルードか。あ奴の戦いっぷりは見事じゃった」

「え!?見てたし!?」



 トウゲンキョウは、回りくどい言い回しで999タヌキ委員会に出席していたと告げた。

 それ以上語る事はなかったが、それこそが、何かの隠し事があるという証拠。

 そして、空気を読まないアルカディアは、その事を躊躇なく聞いた。



「どういう事だし?長老はタヌキ将軍じゃないのに」

「そう勘繰るでない。昔にちっとソドム様と旅をしただけ。こんな場所に収まった儂より、お前の方が幾分か凄いぞ」



 そういいつつ、トウゲンキョウはお土産の焼き蜘蛛に手を伸ばした。

 慣れた手つきで脚をもぎ、一番脂の乗っている中央の肉を頬張る。



「うむ、美味い。焼き加減の腕を上げたな、アルカディア」

「で、連絡はちゃんとして欲しいし」


「しておくが、お前だけで勝てんのか?」

「失敗した時の保険だし。流石に一匹は厳しい気もする。子供が居るって聞いた」


「ドングリを連れていけばよかろう?」

「それは無理。食われるし」


「ふぅ、あ奴とて頑張っておるのだ。お前がここに居た時の8割くらいの力なら有しておる。使ってやれ」

「……じゃあ、子供の方を任せてみる?」


「それとプラムもな」

「う”ぎるあ!それは絶対ダメだし!危険な目には遭わせられないし!!」


「そう言ってやるな。アイツはお前の事を知らぬ、知らぬから甘えられぬのだ。お前にはドングリが居たが、プラムは独りぼっちで育ったからの」

「……見せるだけなら」


「ヴぃっヴぃ。では、姉の凄さ存分に見せてやれ」



 その言葉を残し、トウゲンキョウは巣穴に戻っていった。

 アルカディアが持参した焼き蜘蛛をしっかりと抱えて。


 様々な経験をし、アルカディアはこの集落に居るときよりも格段にレベルを上げた。

 だからこそ、分かったのだ。



「長老、ただ者じゃない。雰囲気がソドム様に似てるし!」



 **********



「ぐわっはっはっは!タヌキ共、ほれ食え喰え!俺のおごりだ!!」

「……何やってるし?」



 長老の巣穴から戻ってきたアルカディアは、タヌキに包囲されている冒険者一同に声をかけた。

 そこにいるのは、楽しげに保存食をばら撒くタイタンヘッドと、その補佐をする2名の冒険者。

 そして、アルカディアとすれ違ったタヌキは、それぞれ乾パンを嬉しげな表情で咥えていた。



「タヌキに逆らえば命はないと判断した。なら、喰いもんをあげて仲良くなるのが手っ取り早いだろ」

「まぁそうだし。でも、オレンジの木を出せば仲良くなれる!」



 完全に忘れていた当初の目的を思い出したタイタンヘッドは、直ぐに乾パンの配布をやめ――ようとしたらブーイングが起こったので、サウザンドソードに任せた。

 タヌキの群れからビリオンソードと二人で脱出し、アルカディアに視線を向ける。



「おっとそうだったのか。じゃあ直ぐにでも出そうぜ。ビリオ!」

「うむ!」


「あ、ちょっと待って。土を耕してからだし!」



 オレンジの木を肥料栽培しようとしたアルカディアは、それに関する情報を長老から聞きだしている。

 そこには、『木は掻き混ぜられた土に植えると良く育つ』という情報があり、アルカディアはそれを試してみたいと思っていた。

 道中に念入りに計画を立てたアルカディアは、速攻でオレンジ農園予定地を決めると、その場所を耕すように指示を出そうと声を張った。



「う”ぎるあ!みんなで土を耕や……さなくていい!私がやるし!」



 突然の方向転換に、身構えたタヌキ一同はすっ転んだ。

 既にドングリを通じてあらかたの事情を把握しているタヌキ達は、アルカディアの号令のもとで働く気満々だったのである。



「ドングリ、みんなを離れさせて!」

「ヴィギルオ?ギーロー!」


「プラム、私の凄さ、良く見ておくし!!」

「ヴィギプルル」



 ドングリの横で焼き蜘蛛を頬張りながら、プラムはアルカディアの出方を窺っている。

 思い浮かべているのは、アルカディアにまつわる噂話。


『アルカディアのパンチは地面を抉る』

『アルカディアの蹴りは巨木をへし折る』

『アルカディアの牙は岩石を粉微塵に粉砕する』などなど。


 その噂の一つにでも嘘があれば、「やっぱり対したことがなかったです!」っと、プラムはドングリに詰め寄る気でいるのだ。


 もっとも、それはドングリに近づくための口実に過ぎない。

 プラムは、あの手この手でドングリを振り向かせようと頑張っているのだ。



「う”ぎるあ!カッコ悪い所は見せられない。本気で行くし!《サモンウエポン=千海山を握する業腕(ヘカトンケイル)!!》」



 だが、そんな思いがあるなど知らないアルカディアは本気を出した。

 収納したガントレットを再び呼び戻し、しっかりと構えて意識を研ぎ澄ましてゆく。



「《英雄の技巧(おじさまアーツ)ノリで熊王の牙を折るベアトリクス・エクステンション!》」



 その刹那、アルカディアの姿がブレて消えた。


 アルカディアが使用したバッファ『ノリで熊王の牙を折るベアトリクス・エクステンション』。

 この魔法は、溢れだす筋力に物を言わせ、一撃必殺でありながらも手数を重視した、果てのない連撃を生みだす。



「う”ぃぎるあああああッッ!!」



 100匹を超えるタヌキが向けた視線の先で、アルカディが指定した何も生えていない一角の地面が、爆裂した。


 それは、タヌキの常識を超えた異常事態。

 どんな危険生物が大地を殴ろうとも、こんなに激しく地面が爆裂する訳がない。

 土埃が舞うどころか、拳が着弾する度に地面から爆煙が噴き出している大地。

 それを体に纏わせながら、アルカディアの『オレンジ耕作の舞』は続く。



「う”ぃ!ぎるぎるぎるぎるぎるぎるッッ!!う”う”ぎるっあー!」



 チュドドドドドドドッッ!!!!!!

 連続して爆裂する地面と、その爆風の余波を受けて砂だらけになるタヌキと冒険者。


 そんな中、傍観していたタヌキの一匹が、タヌキ語で言った。


「なんだこれヤバ過ぎ。人間になるとこんな事が出来るようになんのかよ。すげーな、人間とアルカディア」


 それは、タヌキの常識を凌駕したが故の誤解。

 アルカディアの無双を見たタヌキのオスは、『アイツに求愛するのはやめとこ。ドングリに任せとけ』と心を一つにした。



「う”ぃ!今度はこうするし!!」



 踏み固まれて鋼鉄のようだった地面は跡かたもなく吹き飛び、至る所に土砂が降り積もっている。

 だが、このままではどう見ても畑とは言えない。ただの爆心地だ。


 そう思ったアルカディアは、今度はゆっくりと歩き出し、腕のみを超高速で動かし始めた。



「う”ぃ!ぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎる!!」



 アルカディアが亜音速で掬いあげた土砂が空中で衝突しあい混ざり合っていく。

 大地の表面を覆っていた落ち葉。

 その下にあった湿った土。

 それらに混ざっていた砂利や岩。


 アルカディアは全てを掻き混ぜながら、植物の成長の妨げになる堅い鉱石を粉砕しているのだ。

 そうして出来あがったのは、薄黒色のなだらかな土壌。

 大地が蓄えていた豊富な栄養価をふんだんに含んだ土は、さぞかし植物を育んでくれるだろう。



「見ろ、ビリオ。放っておいたら農業し始めたぞ?すげーな、タヌキ」



 そしてこの呟きは、タヌキに化かされたが故の弊害。

 絶望に身を落としながらも何とか奮い立とうとしていた冒険者は再び崩れ落ち、「俺は一生、タヌキを喰わねぇ」と心に誓った。



「ふぅ。出来たし!!」



 奥行き15m×幅50m程を開拓し終えたアルカディアは、ちょっとだけ誇らしげな顔で戻ってきた。

 アルカディア自身、自分の成長を感じて驚いているのだ。

「こんな拾い面積を昔の自分が一人でやったら、半年くらい掛るし!」と、満足感に酔いしれている。



「ヴィ、ヴィギルプルプル……」



 そして、姉の事を大したこと無いと思っていたプラムは、眼前で繰り広げられた光景を見て……腰を抜かした。

「何なんですか……。こんなの、タヌキの技じゃないですよ……」と至極まともな感性でツッコミを入れるので精一杯だ。



「プラム。私の動き、どうだったし?」

「ヴィヴィア……」



 プラムは、意味のある言葉が出て来なかった。

 ただ鳴き声を漏らしただけで、次の言葉が浮かばないのだ。


 蔑んでいたアルカディアは、聞いていた以上の力だった。

 少なくとも2年以上は帰ってきていないのに、群れの皆だって素直に言う事を聞いている。


 プラムは、途方もない敗北感に包まれた。

 もともと才能が高かったプラムは、姉と比べられる以外で劣等感を抱いた事はなかった。

 だからこそ、誰にも言った事はなかったが、プラムの目標は――。



「泣かないで」

「ヴぃ……」


「私は、世界は広いって最近知った。この集落以外の世界があるなんて考えた事もなかった私が、ここまで成長できたのは、外の世界を知ったから」

「ヴィア……」


「もっともっと訓練して、プラムが強くなったら外の世界を見せてあげる。約束だし!」

「……ヴィギプルン」



 約束だよ。おねーさま。


 小さく呟いた鳴き声は、決定的な心境の変化。

 タヌキ奉行・プラムの中で、アルカディアはドングリの上に君臨した。



 **********



「よし!ばななんちゃら、ここら辺に木を植えるし!」

「任せろ」



 ビリオンソードが腰から引き抜いた剣は『刻印刀』と呼ばれる、魔法陣を刻んで使用する魔法剣だ。

 この剣は闘技場で使用したもののスペアであり、77本の刀剣を召喚する為の魔法陣が刻まれている。


 アルカディアの無慈悲な暴力により、お気に入りの剣をすべて破壊され「剣を77本も持ち歩くとは、なんと愚かだったのか」と気が付いたビリオンソードは考えを改めた。

 新たに10本程度を召喚できる魔法袋を調達し、このスペアの刻印刀は使われる前に役目を終えたのである。


 そこに舞い込んできたのが、植木運搬の仕事だ。

 新たな活用方法を見い出したビリオンソードはその仕事を引き受け、そして、刀剣にオレンジ召喚契約を施した。



「いくぞ!……《植木購入召喚カムツゥバイオレンジサモン!》」



 耕された大地に向かい、薄橙の光を灯した剣が突き刺された。

 それは直ぐに畑全体へと広がり……96個の魔法陣を形成。


 やがて、アルカディア待望の瞬間が訪れた。



「う”ぎるあ!!オレンジを取り戻した!!これで食べ放題だし!!」



 陽光と見間違いそうになる温かな光を受けながら、オレンジの木が並び立つ。

 その一本一本はアルカディアの背丈ほどで、まだ小さい。

 それでも、いくつかの実が既に付いており、オレンジ特有のさっぱりとした香りが周囲に広がってゆく。



「う”ぃぃ~~ぎるっ!!あぁ~~~!!」

「「「「「ヴィギル~~!」」」」」」


「う”ぃぎるるあ~~!!」

「「「「「ヴィギィロ~ア~!」」」」」」



 さわやかな空気の中で響く、タヌキの大合唱。

 その中で一番声を張り上げているアルカディアに寄り添う二匹のタヌキも、楽しげに雄叫びをあげていた。


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