第8章余談「たぬきにっき・アルカディアの理想郷!!!」
「ヴィギィロロ~!ヴィギロォウ~!!ヴィギィ~ヴィギィ~!!」
タヌキ代官・ドングリの朝は早い。
セフィロ・トアルテの南側に位置する森。
その周囲一帯がタヌキ代官・ドングリが納める地であり、タヌキにとっての楽園だ。
豊富な餌と、綺麗な水場。
ふかふかな落ち葉の寝床に、日当たりのいい岩場。
四季もはっきりと分かれており、季節ごとの味覚も存分に楽しめる。
そんなタヌキの為にあつらえたかのようなこの土地には、人間やレベル7万を超える超危険生物が現れる事が少なく、結果的にタヌキが繁殖しまくってる『タヌキ聖域』と化した。
そこを統治しているタヌキ代官・ドングリは多忙であり、今日も日課のドングリ集めに精を出しているのだ。
「ヴィギロン!」
ドングリは朽ちた木を爪で削って作った特製のソリにドングリを投げ込みながら、ふと想う。
あぁ、アルカディアはどこで何をしているのだろう?
しっかり餌を食べているだろうか?
超格上のソドム様にこき使われていないだろうか?
そんな想いを巡らせながら、せっせとドングリを集めてゆくドングリ。
現在、タヌキの集落は恋の季節を程良く過ぎた時期。
つまり、繁殖したタヌキ集落により近隣の餌場は取りつくされており、こうして遠い場所にある食料を集落に持ち帰ろうとしているのだ。
「ヴィギロ!」
あ。ラッキー。シイタケみっけ。
お?柿落ちてる。これは役得、ここで食べちゃおう。ヴィギルア~ン!
秋に差し掛かろうかという季節にしては珍しい果実を丸齧り。
今日は素晴らしい1日になるかもしれないと、ドングリは柿の渋みを堪能した。
「う――ぃ……あーー」
「ヴィ?」
やまびこに反響した、同胞の鳴き声。
それを聞いたドングリは、大声を上げる程の大事件が起こったのか?と身構え、声の主を調べるためにモフモフな耳をピクピクと動かす。
そして、再びその声を捉えた。
「う”ぃぃぃ~~ぎ!るっ!あ”あ”””~~~~!!」
「ヴィィッ!?」
今度はしっかりと声を捉え、そして、ドングリは驚愕した。
気が動転するあまりソリをひっくり返し、そのまま全速力で走りだす。
その鳴き声を聞き間違うはずが無い。
何度も何度も身近で聞きつつも、されど、最後の一線をとうとう越えられなかった。
数週間に一度くらいのペースで思い出すアルカディアの声をもう一度聞く為に、……いや、その声を自分の番にする為に、ドングリは毎日を頑張っているのだ。
「ヴィギロロッ!ヴィィーギロロロ!!」
ドングリはひた走る。
恋い焦がれた想いタヌキ、アルカディア。
彼女の事を思うと、胸と胃袋がきゅん!となるのだ。
ドングリが納めているこの地は、もともとアルカディアが納めていた土地であり、実り豊かな生活ができるのもアルカディアの功労によるものが大きい。
タヌキ集落の長だったアルカディアは、この地をさらに豊かにするべく、何でもやった。
それはもう、何でも……タヌキらしからぬオレンジの肥料栽培に始まり、有害草を焼き払ったり、危険生物の駆除したり。
果ては、激しい縄張り争いをしていた近隣のタヌキ集落を一匹で襲撃して支配下に置き、巨大な群れを形成したなど多岐にわたる。
そして、ドングリはそれをずっと横で見ていた。
生まれてから、ずっとずっとそれを見続けて来た。
アルカディアとの出会いは偶然にして必然。
彼らがこの世界に生を受けたのは同じ日で、親同士が仲が良かったが故に、一緒にまとめて育てられた。
アルカディアとドングリは、幼馴染みどころか、ほぼ兄妹状態だったのだ。
「う”””””ぅぅぅぅ~~ぎ==るあーーん!」
「ヴィギロォォォローーン!」
お互いに名もなき子タヌキだった時代、何かにつけて先導するのはドングリの役目だった。
兄妹のように一緒に過ごす二匹は、未知の物体を見つけるとドングリが先に手を出し、安全を確認したアルカディアが続くという構図。
そんな関係をドングリは誇らしく思っていたし、アルカディアは楽だし!と思っていた。
だが、そんな関係性は、いつしか逆転してしまっていた。
成長するにつれて体が大きくなったアルカディアは、体力、知力、洞察力、魔力、学習能力、食欲、記憶力でドングリを圧倒。
瞬く間に群れのボスタヌキへと駆け上がり、いつの間にかタヌキ将軍となって、巨大な群れを統率する組織力まで手に入れた。
そんなアルカディアのオスタヌキになる事を、ドングリは憧れていた。
別に約束した訳ではないが、それでもアルカディアと番になるのは自分だと信じて疑わない。
同年代のタヌキが恋を育んでいる時に、アルカディアがオレンジの木を育て始めたのは流石にどうかと思ったが、むしろ仲良くなるチャンスだとドングリの木を育ててアピールする程に夢中だったのだ。
そんな毎日を過ごしていたある日、ドングリにとっての災厄が降臨した。
『タヌキ帝王・ソドム、来訪』
一般のタヌキにとって、タヌキ帝王とは超超超超……格上たる、超絶ボスタヌキ。
そんな存在がフラリと群れに現れたのだ。
タヌキの群れはパニック寸前の大騒ぎとなり、アルカディアも緊張しながらソドムを出迎えた。
「ん?お前、見どころあるな。俺の部下になれ」
「ヴィギルア!?」
「俺と一緒に旅に出ろ。世界の歴史と理を教えてやる」
「ヴィギルアン!?」
「美味い物もいっぱいあるぞ?」
「ヴィィィギルア!!」
こうして、アルカディアは村を離れる事を選択。
タヌキ帝王ソドムの配下となり、この時に名を得る事になった。
「で、ここはなんて場所なんだ?」
「ヴィギルルア!!」
タヌキが上位者から名前を与えられる場合、そのタヌキが支配した土地の名前を名乗るというものだ。
これはタヌキ帝王・ソドムが魔導枢機霊王国ソドムゴモラを手に入れた時からの伝統であるが、名前によって何らかの特殊効果がある訳ではない。
だからこそソドムは「この森の名前はなんだ?」という意味の質問をした。
しかし、イマイチ意図が伝わらず、アルカディアが満を持して返した答えは『理想郷!』。
住みよい環境を実現するべく奮闘していたアルカディアにとって、このセフィロ・トアルテの森は頑張って育て上げた理想郷だったのである。
そんな訳で、アルカディアは『理想郷』という名を手に入れ、ソドムと旅に出る事が決まった。
そして、自分が留守の間に群れを統治する代役をして、このドングリを指名したのだ。
ではなぜ、ドングリなのか。
ソドムに「ついでだしコイツの名前も決めてやる。で、何処に住んでるんだ?」と言われ、アルカディアが「ドングリ!」と即答。
ドングリの木の下に住んでるから、ドングリ。
上位者二名が決めた事に文句が言える訳が無く、ドングリは『ドングリ』という名を手に入れ、アルカディアの代わりに群れを守る『タヌキ代官』となったのである。
「ヴィギロォー!」
ひたすら全力疾走してきたドングリは、濃くなってゆく匂いを嗅いでアルカディアだと確信し、歓喜の雄叫びを上げた。
その懐かしい匂いに自分の意見は間違って無かったと思ったのだ。
風に乗って流れてきたアルカディアに関する噂話をドングリは聞き流している。
かのタヌキは、ソドム様のスパルタ教育の結果、謎の生命体に進化を遂げた。
かのタヌキは、神と等しき那由他様から恩寵を賜り、美しい毛並みを手に入れた。
かのタヌキは、人類最強の英雄と戦い、生還した。
そんな眉唾な話は噂でしかない。
ドングリの知るアルカディアは、凄く頑張り屋で、どこか抜けていて、とても可愛い。
だからこそ、ドングリはアルカディアの姿を確認する前に、小高い丘を越えて飛び出したのだ。
「う”ぎるあ!久しぶりだし!」
「ゼーハーッ、ゼーハーッ……。ヴィギロローン!」
挨拶されたからと、ドングリはとりあえず挨拶を返した。
そして、数秒の時間の後……。
「ヴィギオロオロロロッッ!?!?!?」
何故か人間に進化しているアルカディアを見て、タヌキ生最大の困惑を叫んだ。
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「元気してたし?群れは問題ない?」
「ヴィーギロロギア!?」
「あ、それは那由他様のカードのおかげだし!それに、この毛並みも那由他様のおかげだし!」
そう言って、自分の髪をアルカディアはふぁさーってやった。
芳しい柑橘系の整髪用の匂いが広がり、ドングリの胸をキュンキュンさせる。
まともに直視できない程の美しい毛並みは、ドングリから平常心を奪い去る程に衝撃的なのだ。
「ヴィ、ギロロギア!」
「ありがとだし!とっても嬉しいし!!」
謎の生命体じゃなくて、人間じゃねぇかァァッッッ!!
どうしてそうなった!?!?
……とドングリは思うも、上辺だけはアルカディアの毛並みを褒めたたえる。
惚れたメスの匂いに胸がときめいているのは事実であり、人間になった程度……どう考えても大問題である。
「ギギロウ!?ギルギルギィー?」
「今日はプレゼントを持って来た!絶対喜ぶと思うし!!」
「ギルア?」
「オレンジの木を96本も植えるし!!」
「ヴィィーギルオオン!?!?」
またオレンジかよッッ!?
俺が欲しいのはオレンジじゃなくてお前なんだけどォォォォッッッ!!
……とドングリは思うも、上辺だけの愛想笑いでアルカディアを褒めたたえる。
惚れたメスが持ってきた新たな食料源に興味があるのも事実であり、……オレンジを植えるよりも、俺んちに住んで欲しいと本気で思った。
「集落に案内して。みんなに会いたいし!」
「ヴィギロ!」
だが、アルカディアの変わらなさに、ドングリはほっとした。
例え、姿がエボリュ―ションしまくっていようとも、アルカディアはオレンジ大好き。
自分の知る幼馴染のままだと知り、ともすれば二匹の関係性は直ぐに復元するのだ。
「ヴィギロアー!(こっちだ。最近は群れがでかくなってな。食糧が多い森林地帯に引っ越したんだ)」
「だとすると、銀杏とか栗とかいっぱいある場所?」
「ヴィギル!(流石にお見通しか)」
「この森なら何でも分かるし!」
数年ぶりの朗らかな会話。
二匹は懐かしい感覚を覚えながら、ゆっくりと森に向かって歩き出した。
「……。」
「……。」
「……。」
「「「た、タヌキと会話してる……だと……?」」」
その場に取り残された男三人衆は、色んな意味で事態について行けていない。
ただ、『アルカディアは、想像以上に何かヤバい。』
そんな共通意識を持ち始めた三人は、無言でアルカディアを追いかけた。
※このタヌキにっきは、完全に息抜きの為に書いております。
あと2~3話(の予定)ですよ。
第8章で物語の裏側をそこそこ語り終え、ユニクは英雄と呼ばれるにふさわしい力を手に入れました。
だからこそ、次章から起こるのは、英雄譚。
新しい覚醒グラムを手に入れたユニクと、超魔王第二形態になったリリンの覇道が始まるのです!
 




