第8章余談「たぬきにっき・アルカディアの理想郷!」
「う"ぎるあ~~う”ぎるお~~う”ぎるぎる~~」
意気揚々と鳴き声で歌いながら、アルカディアは筆を走らせている。
ユルドルードに日記帳を貰った日から、アルカディアは時間を見つけては記録を付け、那由他への報告の足掛かりとしているのだ。
何だかんだ真面目な性格なアルカディアの筆は進み、今日見た戦慄の光景の執筆はクライマックス。
歯型が付いている筆が書き綴っているのは、割と尊敬しているソドムが召喚したエゼキエルの尻尾が爆裂したシーンだ。
「う”ぎるあ……。尻尾を千切るとか、リンなんちゃらヤバいし。しかも自分のお尻に植えたし」
そんな素直な感想を呟きながら、順調にそのシーンを書いてゆく。
『ソドムさまの無敵のエゼキエル、リンなんちゃらに尻尾をもぎ取られたし。ピカー!バチーン!』
アルカディアがノリノリで書いているこの内容をソドムが見たのならば、カツテナイ八つ当たりが発生するだろう。
だが、そんな心配はない。
ソドムは現在、ムーの説教部屋にいるとエルドラドに教えて貰っている。
なお、そこで行われているのはカツテナイ説教。
その恐ろしさを、アルカディアは知らない。
「う”ぎるあ……?」
アルカディアは、ふと背後に気配を感じた。
深夜帯に差し掛かろうかという現在、この部屋に居るのはアルカディアのみ。
リリンサに宿の取り方を教わったアルカディアは早速サチナに部屋を用意して貰い、一匹で人類の文化を満喫しているはずなのだ。
「誰かいるし!?」
再び背後に気配を感じアルカディアは振り返るも、そこには誰も居なかった。
気のせいだし?と思い直しながら、この温泉郷に居る身の毛もよだつ絶対強者の顔ぶれを思い出し、ブルリと肌を震わせる。
身近な絶対者ソドムをクソタヌキ呼ばわりする者共に、タヌキ将軍・アルカディアが敵うはずもない。
「ソドム様はムー様にお説教を喰らってるし、エルドラド様は帰ったし。那由他様はワルなんちゃらで遊んでる。うん、誰も居ないし!」
「あら、私が居ますよー。アルカディアさん?」
「う”、う”ぎるあ!?」
背後から、ひたり。と抱きつかれたアルカディアは、吃驚して全身の毛を逆立出せた。
その可愛らしい反応に、抱きついた主――エデンは満足げに笑みを溢し、サラサラなアルカディアの毛並みを撫で回している。
「え、エデン様だし!?びっくりしぎるぎる!!」
「ふふふ、そう身構えないでくださいな。キツネさんにちょっかいを出すのを禁止されて暇なので、遊びに来ただけですよ」
「えっと、今、お茶出すし!そのお菓子食べて良いし!!」
「アルカディアさんは可愛いですね。ソドムくんの弟子ならば、私の弟子のようなものですし」
「……そうなんだし?」
「そうなんです。私はソドムくんが、こーんな小さな子タヌキの頃から知ってますから」
エデンは両手の人差し指を立てて、いかにソドムが小さかったかを表現。
そして、アルカディアはそれを戦慄の眼差しで眺めている。
傲慢不遜なソドムでさえ、エデンの前では大人しくしている事が多い。
そこには明確な上下関係があり、ソドムの子供時代を知っているというその一言が、それに拍車をかけた。
アルカディアは「エデン様には逆らわないし!飲み物もオレンジジュースを献上するし!!」と、即座に行動を起こす。
「おや?日記を書いていたのですね?」
「う”ぎるあーん!おじさまに貰った奴ぎるぎる!マメに付けてるし!!」
「……見ますね?」
「う”ぎるあ!」
有無を言わさない覇気を纏ったエデンは、差し出されたオレンジジュースを飲みながら日記帳を手に取り、現在のページへ視線を落とす。
『9の月、10の日 そどむさま爆発!ずがーん!!』
ページの表題を見たエデンは、オレンジジュースを噴き出した。
ボタボタを口から零れる液体の感覚に、内心で「私に醜態を晒させるとは……やりますね、アルカディアさん」と呟く。
「アルカディアさん、……ソドムくん爆発したんですか?」
「めっちゃしたし。今、ムー様に激怒されてるし!」
「ムーさんですか?あの子たちはしょっちゅう喧嘩しているイメージがありますが……。今日は何をしたんです?」
「空の大きい奴に突っ込んだし!爆発炎上したし!」
「……。へぇー。それは50年くらい口を聞いて貰えないかもしれませんね」
類稀なる観察眼と推理力を駆使し、エデンは答えを導き出した。
……と言う事はなく、アルカディアの話を聞いて興味を持ったエデンは、悪喰=イーター内に保存されているソドムとムーの記憶映像を覗き見たのだ。
そしてその、色んな意味で衝撃映像のダイジェストをチラ見し、「あ、これ超面白そうですね。明日じっくり見ましょう」と判断。
これ以上のネタバレを防ぐため、颯爽と話題をすり変えた。
「この日記帳は結構、色んな事が書いてあるんですねー?」
「めっちゃ書くし!いっぱい書いておじさまに見せるとお菓子が貰えるし!!」
ユルドルードは日記帳というシステムを巧みに使い、自分の息子の動向を把握している。
那由他の様に、悪喰=イーターを通してタヌキが見た映像を脳内再生できないユルドルードにとって、これは貴重な情報源なのだ。
「ユルドルードの……。ふふふ、良い事を聞きました」
それを聞いたエデンは、即座に行動に移した。
瞬時に七重の魔導規律陣を起動展開し、日記帳の表紙に不可視の魔法陣を刻み込む。
ユルドルードがこの日記帳を手に取った時に強い洗脳魔法が発動するように仕向けたのだ。
『次の満月の晩、エデンと模擬戦を行う』
那由他から、ユルドルードへの過度な接触を禁止されてるエデンとゲヘナ。
どうにか抜け道は無いものかと探していた先の暴挙を、ユルドルードはまだ知らない。
そして、結局のところ暇なエデンはぺらぺらと日記帳をめくり、ふと目を止めた。
「……オレンジ楽園計画?」
「私の故郷をオレンジでいっぱいにしたし!みんなめっちゃ喜んでたし!!」
「その話も面白そうですね。聞かせていただいても?」
タヌキ将軍であるアルカディアは、自分専用の悪喰=イーターを持っていない。
ソドムからは「練習しとけ!」と言われているものの、人間の常識や食べ物のおいしさ、食べ物を購入する際のルール、食べ物の至高な組み合わせ、食べ物に関するマナー……など、覚える事が多くなかなか手が回らない。
そんな、一般タヌキと同じカテゴリーにいるアルカディアが見た映像は、悪喰=イーターを通して再生するのは容易では無く、非常にめんどうくさいのだ。
時間もある事だし……と二杯目のオレンジジュースを手に取りながら、エデンは話の続きをするように促し、アルカディアは快く答えた。
「ついこないだ、闘技場って所で戦ったぎるぎる。そこでタコなんちゃらと再会して恨みを晴らしたら、オレンジの木をくれるって事になって――
**********
「……来たみたいだな、アルカディア」
「う”ぎるあん!!」
闘技場での激戦の翌日。
アルカディアはタイタンヘッドとの約束通り、不安定機構の支部を訪れていた。
最も、アルカディアは『不安定機構の建屋』を探した訳ではなく、タイタンヘッドの匂いを辿ってきただけ。
厳しい野生環境で生き抜いてきたアルカディアの嗅覚は、通常のウマミタヌキよりも3倍は鋭いのだ。
さっそく建物の中にタイタンヘッドの匂いを嗅ぎつけたアルカディアは、中に入ろうとして入口のドアに苦戦。
声高らかに『タヌキ裂爪』でガラスを切り裂いて、見事に侵入を果たした。
「……ドアの開け方を知らんということでいいのか?」
「オレンジの木はどこ?匂いがしないし!」
簡易テーブルが添えられた椅子に腰かけていたタイタンヘッドは、見るも無残な惨状に頭を抱えそうになった。
だが、ここは冒険者が集う場所。
アルカディアが放った唐突な範囲攻撃を受けても、軽傷程度で済んだ冒険者が殆どだ。
「鈴令もそうだが、どうしてお前らは直ぐに物を壊すんだ?今回の闘技大会で黒字になった奴は、お前と鈴令だけだぞ?」
「そんな事より、オレンジだし!!」
「なるほどそういう事か。さてはお前ら、脳味噌からっぽだな?」
タイタンヘッドの言葉をガン無視して、アルカディアの敏感な鼻はオレンジの木を探している。
だが、それらしい匂いはしない。
精々、冒険者依頼窓口の女性受付員が付けている柑橘系の香水が限度であり、アルカディアの食欲は刺激されていないのだ。
「オレンジ無いし。……まさか、騙したし!?う”う”ぎぃるあ”あ”ー!」
「嘘じゃねぇから威嚇すんな。新人が気絶し……おい誰か!そこの奴を医務室に連れていってくれ!!」
アルカディアの重低音な威嚇を受けた新人冒険者チームがバタバタと倒れ、近くに居た熟練冒険者がフォローに入っている。
可愛らしい顔をしているとはいえ、アルカディアは野生の厳しい環境を生き抜いてきた猛者タヌキ。
その威嚇は、時にドラゴンをも恐縮させる。
「ったく、先が思いやられるな」
「じゃあオレンジ出すし!」
「まぁ待てよ。俺達が植えに行くオレンジの木は60本を余裕で超えてんだ。植木屋のばぁさんが奮発してくれてな、手持ちにあった8品種、合計96本だぞ」
「う”ぎるあ!?マジ!?」
「マジだ。そんな訳でここには運んで無い。別の場所に置いてあるから安心しろ」
オレンジの木が、96本。
それはアルカディアにとって、金塊の山以上の価値を持つ。
そもそもタヌキは金塊には興味を示さないが、人間にとっての金塊と同等以上の価値が、オレンジの木にはあるのだ。
それが96本もある。アルカディアが率いていた時代のタヌキ集落頭数よりも多いとなれば、狂喜乱舞するのは当たり前だった。
たわわに実る黄金色の果実を思い浮かべたアルカディアは歓喜の舞を踊り、周囲の熟練冒険者を吹き飛ばした。
「おい、暴れんな!」
流石に看過できなかったタイタンヘッドはアルカディアに急接近し、腹にボディーブローを撃ち込む。
だが、アルカディア肉体は魔法製。
大したダメージを与えられず、辛うじて動きを止めさせるのに成功した。
「早速行くし!ここからじゃ結構遠いし!」
「歩いていく気か?」
「走るし!」
「同じだろっ!!」
とことんまでボケ倒してくるアルカディアに、タイタンヘッドの頭の血管がビキビキと音を立てる。
だが、まともに戦っても勝ち目がないタイタンヘッドは我慢するしかない。
もとより、不安定機構の支部長の中では誠実な性格をしているタイタンヘッド。
約束を違えるつもりはなく、ならば、さっさと要件を済ませようとするのは自然な流れだ。
「これからお前の故郷、セフィロ・トアルテに植林に行く訳だが……。今回は4人でチームを組む事になる」
「4人だし?別に何人でもいいし!」
「と言う訳でメンバー紹介だ。といってもお前も知ってる奴だけどな。おーい!来てくれ!!」
奥の席で剣を磨いている怪しい人物が二人。
その不穏な空気を纏っている人物達は、周囲の散々たる光景に目もくれず、自分達の世界に没頭していた。
それでも、鍛え抜かれた戦闘感が呼ばれた事を察知し、二人ともが席から立ち上がりタイタンヘッドの横に付いた。
「コイツらを含めた4人でセフィロ・トアルテに行くぞ。お前も知ってる顔だろ?」
「……。誰だし?」
すっとぼけるアルカディアには、まったく悪意がない。
ただ純粋に、目の前の人物の顔を忘れているだけなのだ。
だが、不穏な空気を纏う男達、とりわけ、アルカディアと直接対決をした中年の男はこの態度をスルー出来なかった。
「拙者の事を忘れたのか?」
「忘れたし!」
「……。そうか、アレから拙者は片時も忘れなれないというのにな。ふぉぉぉぉぉお!バナナッ!バナナッ!!」
突然発せられた奇声に対し、驚きの声を上げる者はいなかった。
その代わり、周囲の冒険者全員がドン引きしているという、壮絶な空気感が充満してゆく。
『剣狂いだったアイツが、トチ狂って、バナナ狂いになった!!』という情報は、平和だった冒険者に激震を及ぼした。
それは瞬く間に支部の関係者、果ては一般人にまで周知され、『触らぬバナナに祟りなし』という格言を生み出している。
そして、バナナと言うフレーズを聞いたアルカディアは思い出し、
「あ、思い出した。ばななんちゃら!」
一文字も合って無い名前で読んで、ビリオンソードへ笑顔を向けた。




