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第97話「最果ての勝利者」

「《逸話の終焉・神すら知らぬ(グランドエンド)幕引き(ゴッデス)》」



 クソタヌキの右腕、巨大な砲身の先にある赤黒い球体たる悪喰=イーター。

 それがネジ切れるようにして変貌し、グリット模様の剣へと置き換わった。


 それを見た俺の危機感が下した判断は、『全身全霊を以ての、迎撃』

 頭の中で構築していたプロセスに従い、絶対破壊の真価を発揮させる。



「ぶっ壊れろッ!ユニクルフィンッ!!」



 クソタヌキが声を張り上げ、剣を薙ごうと腕の駆動を唸らせた。

 だけどな、そんな機械らしい事前動作の無い、言ってしまえば力の籠って無い剣なんかで俺を壊せると思うなよ。


 覚醒グラムの影響により伸長している感覚を存分に使い、俺は虚空へ狙いを定める。

『カツテナイ機神』+『絶対勝利』+『絶対防御』+『タヌキの権能』

 そんな、究極に意味不明な集合体であるその剣を壊す為には、純粋な絶対破壊の力だけじゃ足りてない。


 だから俺は、グリット模様の剣とエゼキエル以外の周囲の空間、その全てへ意識を向ける。

 そして、高まったグラムの絶対破壊、その第一刃を解き放つ。



「何ッ!?腕が動かねぇ!!」



 そうだろうよ。クソタヌキ。

 お前の腕の、前後・左右・上下、そのどこにも、まったく(・・・・)何も存在しない(・・・・・・・)からな。


 お前のエゼキエルは強化されまくってるし、どう見てもヤバいその剣の力は想像を絶するんだろ?

 だがな、その周りの空間には一切強化が施されていない。

 覚醒グラムの力を以てすれば、そんなものを破壊する事は簡単なことだ。


 グラムから発せられた破壊の波動。

 それらは俺が意図的に対象から外したエゼキエルを透過し、その周囲360度全ての空間を破壊した。

 その結果生み出されたのは、移動するべき先の空間すらもない、虚無。


 全身を固められた状態で、一体お前は何ができる?



「ちぃぃぃ!アイツ、余計なことを吹き込んだのかッ!!」



 アイツ?誰だか知らんが関係ねぇぞ。

 これは俺自身が考えた技で、そして、俺だけしか扱えない。


 空間とは、数千数万の神の因子が絡まり合いできている、神の力の集合体とも呼ぶべきものだ。

 だからこそ上辺だけを破壊しても、『そういう風に見える神の因子』が働き、真の破壊には至らない。


 神の破壊因子を持つ俺が、神壊戦刃グラムを扱う事で初めて成せる境地。

 増幅された神の破壊因子が数万の神の因子を同時に壊す事で、この『虚無牢獄』は初めて成立する。



「覚悟は良いな?クソタヌキ」

「くっ!」


「お前のエクスイーター(自信)を打ち砕いてやるよ」



 エゼキエルは完全に動きを止めている。

 空間が無いのだから、逃げようがない。

 そしてそれは、俺の絶対破壊の力も同じだ。


 何も無い空間を、同じく己の存在を破壊させたグラムが進んでゆく。

 同じ虚無の性質を持つのなら、一片の抵抗も無く……ただ真っ直ぐに刃が進む。



「おい待てッ!これは洒落にならね――」



 俺は息を深く吸い、グラムを持つ右手に力を込めた。

 絶対破壊、第二刃。

 虚無牢獄はこの第二刃の為の準備でしか無く、そしてこれこそが、俺が求めた『絶対破壊』。



「すぅぅぅぅ。……。絶滅しろッッッッッ!!クソタヌキィィィィィィッッッ!!!!!」



 グリット模様の剣の先端に、グラムの刃が接触した。

 その刹那、剣の先端、悪喰=イーター、そして巨大な砲身へと崩壊の亀裂が走る。


 いくら、絶対勝利があろうとも。

 いくら、絶対防御があろうとも。



「うおらぁああああああああああああああ!!」

「つっっ!?!?」



 この一撃は防げない。

 増幅されたグラムの絶対破壊の力。

 その力は余すことなく、エクスイーターの内部を蹂躙する。


 いや、そうする事しか出来ねぇんだよ。

 エゼキエルの周囲の空間が破壊されている今、絶対破壊の力の逃げ場所は何処にもないんだから。


 エゼキエルの剣先が崩壊し、砲身が崩壊し、右腕の肘が崩壊。

 ――クソタヌキ絶滅まで、あと、0・1秒。



 **********



 かつてない終焉を見届けようと、8つの瞳が見開かれている。

 その中でも特に大きく開かれた目を持っているのは、蒼い髪と白い髪の少女達。

 二人の少女・リリンサとワルトナは肩を並べ、その光景に対しゴクリと唾を飲んだ。



「なんだあれ、す、すごすぎる……!」

「ん!ユニクは最強。でも、すごすぎ!!」



『ここから先は俺にやれせてくれ』


 想い人にそう言われてしまっては、恋する乙女達は従うしかない。

 実際には二人共が不測の事態に対処するべく最大級の警戒と準備をしていたが、それは別の形で裏切られる事になった。


 歴史に名を連ねる絶対強者、タヌキ帝王ソドム。

 そのレベルは『1000000000()0000000000』にも達するとされている、伝説の化物。

 そんな理知の外側にいる正真正銘の害獣を相手に、ユニクルフィンが圧倒して見せたのだ。


 その戦慄の光景に、二人の乙女は沸き立った。

 お互いに手を取り、歓喜の感情を周囲へ撒き散らす。

 その近くでは、二匹の駄犬と負け犬が叩きつけられる恐怖の波動に戦慄しているが、まったく気が付かない程に二人は興奮している。


 そして、ユニクルフィンの姿がぼんやりと見えて来た。

 風を切る様に振るわれたグラムが周囲を蹂躙し、モウモウと広がった土煙を薄れさせてゆく。



「ユニが立ってる。って事は……!」

「ん!ユニクの勝利!!すごい!!すごくすごい!!」



 恋する乙女たちはその場で飛び跳ね、お互いに抱き合った。

 普段からふてぶてしいと言われ続けている二人でさえ、ソドムには勝てるとは思っていなかった。

 とりわけ、絶望級のトラウマがあるワルトナは心が折れない様に必死に取り繕うだけで精いっぱいだったのだ。


 だからこそ、この勝利を噛みしめて涙すら溢して喜んでいる。



「……あれ、フラグってやつですよね?ホロビノ様?」

「きゅあー」



 興奮している少女たちは、後ろの方で呟かれた言葉を聞きながし、土煙りが完全に晴れるまで歓喜し続けた。




 **********



「……おい。」

「ふぅ。まさかここまで追い詰められるとはな。やるじゃねぇか!」


「……おい、クソタヌキ。テメェなんで生きてる?というか、エゼキエルもほとんどぶっ壊れてねぇじゃねぇか」



 衝突先の物体が完全消滅した手ごたえを感じ、俺はグラムの絶対破壊を解除した。

 これ以上は見学しているリリンやワルトに危険を及ぼすかもしれない。そう思ってグラムを素ぶりして余波も吹き飛ばした訳だが……。


 モウモウと沸き立つ土煙。

 そこには何もないはずだった。


 だが、段々と薄くなるにつれて、自然界ではあまり見る事のない色が浮かび上がる。

 それは、紛れもないカツテナキ機神。

 両腕を失った白きエゼキエルと、その横に浮かぶ鮮やかな黄色の球体だ。



「くっくっく、切り札ってのは最後まで取っておくもんだぜ」

「……その黄色い奴か。なんだそれは?」


「これはな、俺の真の悪喰=イーター。愛称で『バナナ=イーター』だッッ!!」

「バナナッ!?!?」



 バナナだとッ!?!?

 戦場にバナナを持ち込むんじゃねぇ、クソタヌキィ!!



「ひとまずネーミングは置いておく。で、それがなんだってんだよ?逃げ場のない絶対破壊をどうやって防ぎやがった?」

「褒美の代わりに教えてやる。空間が無い虚無には物体を侵入させる事も転移させる事も出来ない。それは理解してるか?」


「あぁ、だからこそ新しい武器や魔法は介入できないはずだった。だが、その頭の痛くなるネーミングの謎球体はそこにある」

「バナナイーターが転移するスペースがあったってだけの話だな」


「何処にそんな……まさか!」

「そうだ。エゼキエルの腕は勿論機械だ。だからこそ内部には隙間がある。1mm程の隙間さえあれば、簡単に出せるんだよ」



 俺は重大な勘違いをしていたらしい。

 クソタヌキの力の源、悪喰=イーター。

 それは一つだけだと勝手に思っていたのだ。


 クソタヌキは、右手、胸、尻尾と悪喰=イーターを出現させる場所を可変させている。

 だからこそ、一個しかないそれを使い分けていると思っていたのだ。


 くっ!完全に失策だぜ。

 だが、まだ腑に落ちない事がある。

 俺の『逸話の終焉・神すら知らぬ(グランドエンド)幕引き(ゴッデス)』は完全に決まったはず。

 バナナイーターがどれだけ強力だろうと遅すぎたはずだが……?



「分からないって顔をしてるな?まぁ、せっかくだから解説してやる」

「……聞こうじゃねえか、クソタヌキ」


「まず、バナナ=イーターとは『真理究明』の悪喰=イーター。目の前で起きてる事象を究明し、それに対する最善策を糾明する。そうだな、敵の弱点を見つける魔王の左腕の上位互換だと思ってくれていい」

「バナナの癖に、魔王様の上位互換だと……」


「で、バナナ=イーターの思考が導き出した答えは、エクスイーターを纏った右腕を分離パージし、絶対破壊が伝わるのをエゼキエル本体から切り離す。それと同時に、腕の摩擦係数をゼロにする事だった」

「腕を自切しただと……?それに、摩擦をゼロ?」


「エクスイーターの動摩擦計数をゼロにする手段として、非常に良く滑る流体を表面に塗布し潤滑摩擦を発生させた。これにより、覚醒グラムとエクスイーター間の境界摩擦係数が著しく低下。また、魔法的アプローチを追加する事でその数値を更に大きく引き下げた訳だ」

「……。つまり、どういう事だ?」


「要約すると、お前の必殺技はバナナで滑った」

「ぶっ殺すぞッッッッッッッ!!!!クソタヌキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!!」



 ふぅぅぅぅぅざけんなよッッッッ!!!クソタヌキィィィィィィッッッ!!

 今の完璧な流れをバナナで防いだだとッッ!?


 俺の渾身の必殺技がッッ!!

 手ごたえから言って、皇種にも通じる気がする俺の最強の必殺技がッッッ!!

 果物、よりにもよってバナナなんぞに防がれただとッ!?

 納得できるかァァァッッ!!



「死ねよクソタヌキッ!!死ね!死ねッ!!」

「くっくっく、死なん!なにせ俺は、カツテナイ・タヌキ。このバナナ=イーターで数々の英雄を葬って来たぜ!!」


「死んでも死にきれねぇだろ!!絶対に悪霊になるぞッ!!」



 バナナに殺された英雄。

 全裸英雄に並ぶ酷さだ。


 そして思考の端にチラつく、隠されし英雄(アプリコットさん)

 そういえば幽霊みたいなもんだよな?

 ……まさかな?



「その葬って来た英雄って、アプリコットさんじゃないだろうな?」

「そんなことしたらダウナフィアに怒られるだろ。……だだでさえ、リンサベル家は出禁になってるってのに」



 ……お前、出入り禁止されてんのか。クソタヌキ。

 そういえば、ニセタヌキの目撃情報はあっても、お前は見たこと無いってリリンも言ってたな。



「まぁいい。で、覚悟は出来てんだろうな?クソタヌキ」

「何をだ?」


「絶滅する覚悟だよ。覚醒グラムの力は両腕がある状態のお前と同等だった。だが、お前の両腕は破壊され、頼みの綱の尻尾も奪われた。この状況で勝てると思ってんのか?」

「そう焦るなよ、ユニクルフィン。両腕を破壊される事は想定済みなんだぞ。お前の親父も両腕をぶっ壊しやがったからな」


「なに?」

「《肩部ブースター機動展開。腕部ユニットへ移行し再連結せよ》」



 エゼキエルの肘から先は失われ、丸い輪がぶら下がっているだけだ。

 だが、そこへ肩のブースター機構が稼動し接続。

 ブースターの台座から切り離され、新たな腕となる。


 つまり、エゼキエルの両腕が再生しやがった。

 しかもそれは、『英雄全裸・ユルユルおパンツ、フルフル素振りでクソタヌキを仕留めそこなった親父』のせいらしい。


 ……絶対に再会したらブン殴るからな。新しい覚醒グラムで。



「ユニ!もう一度戦うんだよね?僕も微力ながら参戦するよ!」

「今度は私達も一緒。魔王の脊椎尾の性能も試したい!」

「そうだな。三人で一気に勝負を決めに行くぞ!!」



 ふつふつと湧きあがる怒りを絶対破壊のエネルギーへ変換していると、リリンとワルトが駆け寄って来た。

 二人の目はギラギラと輝き、見るからに殺る気に満ちている。

 これなら負ける可能性はゼロだな。

 魔王様も第二形態だし。



「と言う訳で、遠慮なしに三人がかりだ。バナナとかふざけた事を言い出す前に絶滅させてやるよ」

「バナナ=イーターを舐めてやがるな?三人纏めてで丁度いいハンデだろ」


『いやいや、それ以上戦うのはダメだよー。そどむっちー』



 俺達三人がそれぞれ武器を握りしめた瞬間、何処からともなく巨大な音声が鳴り響いた。

 この空間そのものから発せられているような声の主は、何処を見ても見当たらない

 認識阻害か?と思いワルトに聞いてみたが、どうやらそれも違うらしい。



「認識阻害で隠れてるんじゃないのか?」

「いや、本当に何処にも居ない。遠くから声を発しているだけっぽいけど……」



 俺達が困惑している間に、その声とクソタヌキはいくつかの言葉を交わしていた。

 いわく、エゼキエルの動作データは一通り取り終えたらしく、その結果を使って再調整をするんだそうだ。


 要は、今ここでコイツを逃がすと、せっかく与えたダメージが帳消しにされるばかりかパワーアップするらしい。

 ……させるかッ!!



「逃げられると思うなよ、クソタヌキッッ!!リリン、ワルト、一気に行くぞッ!!」

「……。」

「……。」


「リリン?ワルト?」

「……うわぁー。うー、わぁー」

「……ユニク、またの機会にした方がよさそう」



 重すぎる沈黙に驚いて視線を向けると、リリンもワルトも空を見上げていた。

 もしや……もう一機、来やがったのかッ!?!?


 そう思って焦りながら、俺も空に視線を向ける。

 そしてそこには、俺の想像を軽々しくブチ壊す、カツテナキ究極兵器が浮遊していた。



「……なんだあれは」

「くっくっく、アレはな、タヌキ帝王第三席次・ムーが所有する巨大戦艦。『魔導空中空母エアリアルヴァーズ・アークメロン』だッ!!」



 蒼き空を覆い尽くす雲、それを割る様にして緑色の外装が出現した。

 二つの月が繋がった様な外見の超ド級の存在。

 全長1000mはあるだろう。600m級の超巨大鎧武者ドラゴンよりデカイとか、なにそれ、つらい……。


 ……あぁ、なんという事だ。

 アレはもう、勝つとか負ける(カツテナイ)とか、そんな次元に居ない。


 ……あぁ、お前らは一体何者なんだ。タヌキ。

 少なくとも、俺の食卓に週一で並んでいたタヌキと同じ生物とは思えねぇ。



「ちなみにだが、あの中には旧型エゼキエルをベースにした汎用機が100機ほど乗ってるはずだ。開発作業用に使ってるから武装はないが操縦者は熟練ばかりでな。戦えない事はないぞ!」

「カツテナイ機神が……100機……。」


「さてと、戦う気が無さそうだし俺はもう行くぜ。もたもたしてるとムーに怒られるからな!」



 カツテナイ旧型機神が100機も存在している。

 ……完全に量産されてるじゃねえか。

 ここまで来ると、何故人類がタヌキの支配下に無いのかが不思議なレベルだ。


 人類が10回滅ぼされてもお釣りが来る気がする。



「じゃーな、ユニクルフィン、リリンサ、白団子。エゼキエルの調整が終わったらまた来るぜ!」



 そう言いながら、エゼキエルは空へと浮遊してゆく。

 そのスピードは割とゆっくりだ。

 ブースターが二つもないのだから当然と言えば当然だし、本当にトドメをさせないのが悔やまれる。


 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。



「最後に良いもんを見せてやる!《タヌキ変形(トランスラクーン)!》」

「は?」



 空に直立したエゼキエルは、クソタヌキの高らかな声と共に駆動音を発した。

 その瞬間、重厚な機体の外装が展開し、変形。


 太く逞しい脚部が折れ曲がり背面へ。

 腰前面についていた鎧パーツが胸部を収納し、船頭へ。

 エゼキエルの頭は機体中央に収納され、代わりに新しい両腕が上部の左右に大きく展開。その下から肩についていたブースターの台座が飛びだし、『×』型になった。


 完成したそれは、明らかに近未来な『未確認タヌキ物体』。

 人類を音速で抜き去るカツテナキ戦闘機に、俺の魂が震えている。



「どうだ!?カッコイイだろ!!はっーはっはっは!!!」



 それだけ言い残すと、クソタヌキは天空へと消えた。

 ……なんだそのスピード。

 追い付ける気がまったくしねぇ。



「は、ははは……ははははは!」

「ユニクが壊れた?ちょっと可愛い」

「……正気なのはキミだけだよ、リリン。あ、正気じゃないから平気なのか。魔王だねぇ、無敵だねぇ」



 こうして、カツテナキ戦いは幕を閉じた。


 俺は空に鎮座している超巨大なメロンを眺め、自分の小ささを思い知る。

 あぁ、また負け……いや、決して負けた訳じゃない。

 確かにトドメは差し損ねた。だからこれは引き分けだ。

 むしろ、クソタヌキは俺達から逃げた。

 実質的、勝利。

 そう、俺達は限り無く勝ちに近い引き分けを得た!!

 ……だからッ!!



「……俺の知らない所で絶滅しろッッッ!!クソタヌキィィィィ!!」



 俺の渾身の願いは、むなしくも空へ消えた。



 **********



「ギリギリだったねー、ソドムっち!かなり焦ったでしょ?」

「まぁな。エデンの得意な空間破壊をしてくるとは思わなかったし」


「エデンっちはそこら辺が得意分野だもんねー。神の因子を好きなだけ弄れるエデンっちと神の因子を一方的に壊せるユニクルフィン、どっちが強いかな?」

「エデンに決まってるだろ。だが……アイツに怪我をさせるくらいの可能性はあるかもな」



 遥か天空を鼻歌交じりで飛行するソドムは、内部に取りつけられた通信装置を介してムーと会話している。

 その話題は今の戦いに関する率直な意見。

 タヌキ第三席次に君臨するムーは、ユニクルフィンの戦闘力の高さを素直に称賛しているのだ。



「エクスカリバーは動作試験の項目に入ってたから良いとして、魔王の脊椎尾を奪われて、本気で作ったエクスイーターを壊された揚句に腕をもがれて、バナナイーターまで使わされる。完全に惨敗じゃん!」

「まだ負けてねぇ!」


「でも、僕が声をかけなくても逃げるつもりだったでしょ?」

「逃げるが勝ちってやつだぜ!」


「あー、はいはい。カミナっちにバナナジュースを作って貰ってるから、それ飲みながら言い訳を聞きますぅー」

「俺の分はあるんだろうな?」


「負けタヌキだしなー?どうし――プツン」

「ん?なんだ今のは?赤い鳥居?」



 和やかなムードで会話をしていたソドムの意識はバナナジュースに向いていた。

 だからこそ、目の前に映し出されている映像をしっかりと見ていなかったのだ。


 画面の端にチラリと映った気がする、赤い建造物。

 朱色を溢した様な木製の枠だったと思うが、そんなものが天空にあるはずが無い。


 これは相当疲れてるな?バナナ補給が必要だ!とブースターを吹かしたソドムは、『異常』で埋め尽くされた画面を見て目を見開いた。



「なんだこれは!?おい、ムー!!異常って出てるぞ!!」

「……。」



 ソドムは声を荒げるも、返答は帰ってこなかった。

 さっきまで流暢に喋っていたスピーカーは沈黙し、僅かにノイズを発するのみ。

 ソドムは目の前の画面を確認し、埋め尽くす『異常』の中に『通信系統異常』という文字を見つけた。



「サチナの……。」



 その声は、沈黙を貫いていたスピーカーから発せられた。

 エゼキエルの外部の音を拾い届ける機能は壊れておらず、しっかりと外からの声を拾い上げたのだ。



「サチナの……。ぐす……。」



 だが、それこそが、異常。

 ここは天空1500m。

 エゼキエルの他に空を飛ぶ者はおらず、ましてや、人語を発する者がいようはずもない。


 しかし、確かに声は聞こえるのだ。

 すすり泣く声域は高く、聞くからに子供。それも幼女と呼ばれるものだ。

 その出所を調べるべく外部モニターからの映像を画面に映したソドムは、本日最大の驚きの声を上げた。



「お、おい!そんな所に立つな!!あぶねぇぞ!!」



 声の発生源は、飛行形態のエゼキエルの船頭。

 白い髪と大きめな旅館の衣装をバサバサと揺らして、可愛らしい幼女がそこに立っている。



「サチナの菜園予定地……。ぐす。もうちょっとで畑開きだったのに、滅茶苦茶なのです……』



 菜園予定地。

 そんな事を突然言われても、ソドムには分からない。


 それは仕方が無い事だった。

 旅館で様々なお手伝いをしているサチナが、初めて主導的に行っていた『完全無農薬・とれたて野菜計画』。

 白銀比の支配下にある山の一部を開墾し、極鈴の湯で使用する野菜を自給自足しようという計画であり、リリンサやワルトナにすら連絡が行っていない。


「主さま達に内緒で作って、ビックリさせるです!」


 そんな可愛らしい情熱が込められた場所は、みるも無残な姿となった。

 ソドムが適当に選んだ草原こそ、サチナの菜園予定地。

 そして、蹂躙された草原を見たサチナは、白銀比の拘束を振り切って空間転移を起動させた。


 ……カツテナイ被害を出した害敵を、逃がさないために。



「償いを受けるです……」

「償い!?なんのことだ!?いや、それどころじゃねえ!!操作が一切受け付けねえぞ!?」


「ぐすっ。子狐こんこん……《獄門廻り》」

「どうすりゃいい!?操作に不慣れなせいで対策のしようがねぇ!!……あぁ、ちくしょう!計測器も全て異常値だッ!!」



 写された画面を見て、ソドムは悲鳴を上げた。

 その画面がの文字が何を意味しているかを理解できるからこそ、その深刻性に震えているのだ。



「神経ケーブル剥離断裂!?メインカメラ損耗破壊!?マジックグリース枯渇!?ありえねぇ!?このエゼキエルに使用した部品は全て新品だったんだぞ!?」

「母様の権能の『時間支配』、父様の権能の『魂の復元』。それを混ぜて作ったここは、時間が加速するサチナの遊び場」


「時間が加速だと!?凄まじいスピードで経年劣化してるってのかっ!?」

「お金を払わねー奴は、お客様じゃねーです。……とっとと失せろ、ですっっっ!!」


「まずいまずいまずい!!加速が止まらねぇッ!!このままじゃ、アークメロンに衝――」



 フワリと空に身を投げ出したサチナは、赤い鳥居を空間に創りその上に立った。

 鋭いオーラを纏うサチナは、世界で三番目に強き者『那由他』に、「この儂に届くかもしれんの!」とすら言わせた――化物。

 潜在的な能力は既に、ミリオンを越えし階級(世界最強クラス)に手が届く位置に居る。


 そしてサチナは、エゼキエルが一筋の光となって空の巨大建造物に突っ込んだのを見届けた後、可愛らしい舌を出して、アークメロンに灯った炎を睨みつけた。



「二度と来るなっ!ですっっ!!」


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