第96話「再臨する絶望・エゼキエルオーヴァー=ソドム⑩」
破壊。
破戒。
ハカイ。
俺はあらゆる破壊を経験し、この身に刻んできた。
そしてそれは、リリンやワルトが振りかざす表面的な破壊だけでは無い。
俺の心の中に燻ぶる、本質的な破壊。
かけがえの無いあの子を失った事こそが、俺にとっての最大の破壊であり、最も恐れる結末だ。
『破壊したモノは、もう二度と手に入る事はない。』
あの子が俺に言ったこの言葉は、きっと、世界の真理なんだろう。
だから、俺は、終わらせない。
世界で唯一、神の理を壊せる剣『グラム』。
この剣の力で神の摂理を壊し、定められた宿命を終わらせる事が出来るのだとしたら、俺の願いだって叶えられるはずだ。
「《覚醒せよ――》」
目覚めろ、グラム。
絶対なる破壊の力を振りかざし、
「《神壊戦刃グラム》」
俺が認めた破壊だけが輝く――
「《終焉にて語りし使命》」
エンドロールを、世界に刻め。
**********
「うぉおおおおおお!!」
俺の手の中で、終焉暗黒色に輝く覚醒グラムがひび割れてゆく。
それは、偽装の崩壊。
今まで偽られていたグラムの外装が砕け散り、俺の望むがままの姿へと進化しているのだ。
沸き立つ暗黒に飲まれそうになりながら、俺は右手を握りしめ、グラムと意思を一つにさせる。
願うのは、どんな物も両断する長大な刀身だ。
「ほう?それがお前の覚醒体か。それなりにカッコいいぞ!」
遠くの方から聞こえてくる、クソタヌキからの称賛。
あぁ、褒められても全く嬉しくねぇ。
……なにせ、まだ作ってる途中だからな。
知ったかぶってんじゃねぇぇぇぇ!!
ク、ソ、タヌキィィィィッッッ!!
「ブン殴られてぇのかッッ!!!!!クソタヌキィィィィッッ!!」
うぉおおおおおお!!
ひび割れ形が変わりつつあったグラムに、怒りの感情が流れ込んでいくッ!!
せっかくカッコ良く覚醒させようとしてんのに、余計なケチをつけんじゃねぇッッッ!!!
細長いロングソードになりつつあったグラムは吹き込まれた怒りで膨張し、再び大剣へと変貌。
剣の先端は半月状に広がり、横に薙ぐ事に特化した形状となった。
俺の右手に顕現したのは、白き柄と黒き刀身で構成された片刃大剣。
持ち手と刀身を繋いでいるエンブレムには虹色の魔法陣が描かれ、そこから、力と破壊の衝動が流れ込んでいる。
そして、大きな変化はそれだけでは無かった。
湧きあがる怒りに対して握りしめた左腕。
そこに尋常じゃない熱が灯り、不可解な力が纏わりつく。
「お?やりゃあ出来るじゃねぇか。副武装がないんじゃ、真なる覚醒とは呼べねぇからな」
怒りに震える俺自身に起こった、超常の変化。
それは、俺の左肩から先を覆い尽くす様に装着された、常闇のガントレット。
クソタヌキの腹の立つ顔面をブン殴りたい一心で顕現させたこの武装は、俺の殺意を剥き出しにしたような禍々しいデザインをしている。
右手には、絶対破壊。
左手には、タヌキに対する怒りと殺意。
俺の両腕に装備されたグラムから絶対破壊の力が迸り、世界が拒絶しているかのように、バチバチと空間が弾けて音を立てている。
で、このガントレットはなんだよ?
知ってるのか?クソタヌキ。
「……おい、クソタヌキ。お前をブン殴りたいと思ったらガントレットが出てきたんだが?なんだこれは?」
「覚醒神殺しの副武装だろ。神殺しには二つ以上の能力が備わっているが、覚醒させると片方を主軸にする事になる。で、選ばなかった能力は凝縮され別の形態を取る事が多いぞ」
「そうなのか?ちなみに、お前のエクスカリバーだとどうなる?」
「人間が覚醒させた場合の副武装は大抵が『盾』だな。だが、俺の場合は悪喰=イーターが副武装扱いだ」
なんだよ副武装ってッ!?
親父はそんなもんがあるって言って無かったぞッッ!!
つーか、俺はクソタヌキに対する怒りのあまり、まったくイメージしてなかった副武装を完成させたってことになる。
なんというか……。嬉しくない誤算……というか?
新しい力を手に入れたってのに、イマイチ喜べない。
ガントレットのデザインも、アホタヌキのにちょっと似てるし。
「ちっ、やっぱりお前が相手じゃ予定通りに事が進まねぇ。絶滅して詫びろ!」
「はっ!俺はカツテナイ・タヌキだぞ?思い通りに進む訳がねぇだろ」
「そうだな。歴史に名だたるクソタヌキだもんな」
「くっくっく、弱い人類の負け惜しみってやつだな。どうだ?お前も歴史書に書いて貰えよ」
「あぁ、そうだな。丁度良く聖母様もいる事だし書いて貰うか。……お前の終わりをなッ!!」
俺はクソタヌキへ啖呵を切り、走り出した。
下らない問答は、グラムを覚醒させた直後に起きる力の揺らぎを沈めるのに必要な時間だった。
俺の身体から飛び出さんと蠢く、破壊の衝動。
それを支配下に置くために、僅かな時間を稼いだのだ。
だがそれも済んだ。
グラムは完全に俺と同調し、両腕の一部だと思える程に違和感がない。
あぁ、ついにお前と同じ領域まで来たぜ、クソタヌキ。
俺は炭と化している草原を疾駆し、まずは専制、円を描くようにグラムを水平に薙ぐ。
「《破壊への恩寵ッ!》」
グラムの刀身に刻まれた白き魔法陣に秘められし機能。
それは、対象物が持つ『破壊値数』の解析だ。
破壊値数とは、その物体を壊す為に必要な力の値であり、それを知る事によって今までは不可能だった破壊が可能になる。
その対象は広く、防御魔法ですら解析し真正面から破壊するという、絶対破壊の名にふさわしい能力だ。
俺が薙いだグラムが発した衝撃波が、ソナーの様に周囲の物質を透過して反響。
それを刀身の魔法陣で読み込み、俺へ答えを返してくれる。
……なるほど、お前の堅い装甲は、こういう仕組みなのか。
「回転アームの餌食になれ!《帝王裂爪ッ!》」
「ふっ!」
ガギィィィッッ!!っと悲鳴を上げてぶつかり合う俺のグラムと、エゼキエルの左腕。
お互いの力は拮抗し、つばぜり合いが発生している。
だが、黄とオレンジ色の火花がアームから放出されているのは、確実な破壊の印。
衝突エネルギーに耐え切れなくなったエゼキエルの装甲が、空気に混ざって弾けている。
「削られているだと!?絶対防御に接続されている神性金属だぞ!?」
「俺には神の破壊因子ってのがあるらしくてな。それが神性金属なら、俺が勝つのが道理だろ」
グラムを覚醒させて以降、俺の血潮が別の物に置き変わった様な感覚がある。
こうして生きているんだから血以外になったとは思えないが、言い表しがたい何かが混じっているのは確かで、それがグラムと俺の中を循環しているのだ。
打ち付けたグラムは瞬く間に左アームの先端を切削し、ビキリ。と大きく軋ませた。
それを知覚したクソタヌキはアームの回転を止め、身体ごと腕を引いて退避を狙う。
当然、俺のグラムは無傷だ。
刀身に付着した外装の粉塵が、このまま攻め切れと囁いている。
「逃がさねぇッ!《空間破壊!》」
後退したエゼキエルを無視して、俺はグラムを空間に突き刺した。
刹那に発する、耳をつんざく断末魔。
ガラスを粉々に踏み砕くような音が聞こえ、エゼキエルの動きが止まった。
「ブースターが動作しねぇッ!?」
「燃える空気が無きゃ、動かしようがねぇだろ」
神壊戦刃グラム・終焉にて語りし使命は、俺が辿る宿命の破壊を願った剣であり、その刀身に宿る能力は、『一時的な概念破壊』だ。
それを本能で理解した俺は空間にグラムを突き刺し、『空気が持つ、燃焼物質という概念』を破壊した。
これにより、ブースター内部には不燃物質が充満し、機能不全が起こったのだ。
超重量を誇る、エゼキエル。
その巨躯を浮遊させている動力が失われている以上、コイツはただの木偶となる。
「殴り合いの時間だぜ。クソタヌキッ!!」
「望む所だッ!ユニクルフィンッ!!」
再び巻き起こる、派手な激突音。
今度は腕の回転機能に任せた雑な攻撃では無く、一挙手一動に力が込められたカツテナイ殴打。
ついさっきまでの俺がこの重い殴打を受けたのなら、数発で耐えきれなくなり吹き飛ばされていたはずだ。
だが、今の俺には、まったくと言っていい程に衝撃が届いていない。
「妙な手応えだ!何をしてやがる?」
「グラムは壊す事しかできねぇ。だから壊してるだけだぜ……。お前の拳が纏う運動エネルギーをな」
破壊への恩寵の効果により、俺と相対している物質が持つ破壊値は常に把握している。
そして、殴打や遠距離攻撃魔法などが持つ破壊値数とは、その攻撃そのものに乗っているエネルギーと同意義だ。
つまり、俺は敵の攻撃がどれほどの威力を持つのかが分かり、それと同等の攻撃力をグラムから発して相殺しているのだ。
そんな曲芸じみた芸当ができるなら、当然、そのバランスを意図的に崩す事も出来る。
バキリ。と大きな音を立てて、エゼキエルの右腕に亀裂が走った。
「馬鹿なッ!?」
「グラムを覚醒させて始めて分かった事だが……、その装甲は防御魔法効果が可変していて、外部からの力を一定以上受けない仕組みになってるんだな」
「ちぃ!」
「だが、裏を返せば、装甲が脆弱になる瞬間があるって事だ。そこを突けば簡単に壊せるぞ。こんな風にな《重力破壊刃ッ!》」
今まで全く歯が立たなかった重力破壊刃。
それを纏わせたグラムの刃は、真っ直ぐに、エゼキエルの左アームの先端を切り落とした。
上下に、三往復。
細切れになった先端の金属が地面へ転がり、左腕内部の液晶ユニットが露出。
一気にトドメを差そうと視線を向けると、そこには既に深紅の魔法陣が浮かび上がっていた。
「《天討つ硫黄の火ッ!》」
「《熱量破壊!》」
残念だったな、クソタヌキ。
俺には見えていたぞ。お前の左腕に膨大な熱が集まっているのがな!!
液晶ユニットから放たれた超高音の炎が、俺の周囲の空気を巻き込み、飽和。
この場を焦熱地獄へと変えようと牙を剥く。
だが、勝ったのはグラムの破壊の力だ。
この場を覆い尽くしたのは、熱量を破壊された光と炎。
温度という概念は存在せず、俺の身体に一切の影響を及ぼしていない。
「無傷だとッ!?ありえん!!」
「無傷じゃねぇぞ……お前はな。《重力衝撃波!》」
俺の無傷を知ったクソタヌキは、見るからに動揺している。
あぁ、なんだその無様な姿は?
これが俺が恐れ戦いていたクソタヌキの実態だって言うのか?
この程度の底しかねぇのなら、俺の前に立つんじゃねぇよ。
無防備を晒した左腕の液晶ユニットに、俺はグラムを差し込んだ。
その手ごたえの無さは、まるで泥に剣を刺したかのようにあっけないもので、刀身が一気に柄まで沈み込む。
そして、絶対破壊の斬撃が刀身から解き放たれ、エゼキエルの肘から先が吹き飛んだ。
「腕がッ!!」
「まずは一本取ったぜ!!」
「だが、お前の脇がガラ空きだぞッッッ!!」
現在のグラムはエゼキエルの左腕の中にある。
それを知覚し高らかな嘲笑の声を上げるクソタヌキ。どうやら使い物にならない腕を捨てて誘い込まれた様だな。
俺の視線の端から、光輝を翳す右腕が迫ってくる。
直撃すれば、原初守護聖界があろうとも、ひとたまりもない。
だからこそ、俺はその進路に左腕を割りこませた。
当たり前だが、左腕を捨てるつもりはない。
「《重力の特異点!》」
暗黒のガントレットに覆われた俺の左腕は、惑星重力を内包する宇宙と呼ぶべき状態だ。
星の動きを管理し、時には飲み込んで消滅させる。
今まで多用してきたグラムの惑星重力制御の力は、刀身を離れた事により、絶対破壊の力と衝突すること無く真価を発揮する。
俺の掌に形成された暗黒の球体。
それがエゼキエルの剣に触れ、輝く刀身を消し飛ばした。
「なにッ!?!?」
「あぁ、クソタヌキ」
「ちぃ!融合せよッ!!《神喰途絶・エクスイーターッ!》」
「お前の歴史も……ここまでだッッッ!!!!」
空間に舞う光の残滓を振りほどき、俺はエゼキエルが付きだした右腕、グリット模様の剣と相対する。
この一撃が、今の俺の最大最強。
『カツテナイ機神』を滅ぼす、新しき必殺技だ。
「《逸話の終焉・神すら知らぬ幕引き》」




