第94話「再臨する絶望・エゼキエルオーヴァー=ソドム⑧」
「いいぞ、ユニクルフィン!ユルドルードの息子なだけはあるな!」
「その言葉でお前に褒められるとか、色んな意味で嬉しくねえぞッ!!クソタヌキィィィッ!!」
ギャリギャリギャリと耳障りな音を連続させながら、俺とクソタヌキは衝突を繰り返す。
幾度となくグラムを魔王の脊椎尾と衝突させ、そして、その度に細かな金属片が撒き散らされた。
その金属片は、グラムから発せられた物では無い。
魔王の右腕VS魔王の脊椎尾ではクソタヌキに軍配が上がり、リリンの持つ右腕が一方的に破壊された。
だが、絶対破壊不可があるグラムとの攻防では俺に軍配が上がったのだ。
目の前がバチバチと火花を散らし、恐ろしいスピードで金属が俺の頬を掠めて遠ざかる。
一瞬でも気を緩めれば、即・敗北。
そんな極限状態でも俺が戦い続けられるのは、一筋の光明があるからだ。
俺の目論見では、しばらくこの状態が続けば、魔王の脊椎尾は活動を停止する。
外装が破壊されれば、次は内部機構の番となり、やがては機能不全を引き起こすはずだ。
……だが、魔王の脊椎尾は外装が破壊されようとも動きが鈍らなかった。
ダメージが足りないのかと思ってしばらく様子を見ていたが、この方法では破壊は無理そうだな。
「おい、唯でさえ堅ぇってのに、尻尾が自己再生してやがるな?クソタヌキ?」
「くっくっく、仮にも『絶対防御』と命令してんだ。突破は簡単じゃねぇ」
「こっちは絶対破壊のグラムだぞ?覚醒も発動し直したんだぞ?」
「あぁ、言い忘れてたが……魔王の脊椎尾には、エクスカリバーの『絶対防御』を浸透させた神性金属を使ってる。本来なら、壊せるってだけで誇って良いんだぞ」
それはズルイだろッ!!クソタヌキィィィッ!!
エクスカリバーは神殺しでグラムと同等だって、さっきリリン達が言っていたぞ!?
で、そんなもんを魔王様に融合させてんじゃねぇよ!!
さらっと告げられた衝撃の事実に、もれなく頭が痛くなる。
だが、俺は動きを止めはしない。
「はっ、一応は壊せているんだしな!このまま削り切って回復機能をぶっ壊せば俺の勝ちだろ!」
「やってみろ。俺はまだ尻尾一本しか使ってねえ。せめて片腕を使わざるをえないくらいに追い込んでから吠えろ!」
見え透いた虚勢を張ったが、実際、クソタヌキの言うとおりだ。
魔王と化したエゼキエルは、俺が繰り出す全ての攻撃を尻尾の自動迎撃で完封している。
この無力感は、フルフル素振り親父との訓練でも感じた。
次々に切り口を変えた攻め方をするも、攻撃がまったく通らない敗北感に心が何度も折れそうになったのだ。
あぁ、ホント、超越者はロクな奴がいねぇ。
達観しそうになるのを堪えながら、俺はグラムを我武者羅に振るう。
もともとの役目は時間稼ぎだ。
リリンとワルトは現在作戦会議中で、その情報は第九識天使を通じて俺の脳内にも共有されている。が、それをまともに聞いていられるほど余裕はない。
だから、俺の分まで魔王な作戦を立ててくれ!大悪魔さん達!!
クソタヌキを絶滅させられるくらいの凄い奴を頼むぞッッ!!
「《重力破壊刃ッ!》」
しばらく剣撃を繰り出してみても、結果は膠着状態だった。
明らかにグラムの破壊力が足りていねぇ。
だからこそ、グラム内部で破壊力を増幅させ、重力破壊刃を刀身に纏わせての連撃を狙う。
しかし――。
「《惑星表層削岩ッ!》」
魔王の脊椎尾が叫ぶように唸り出し、周囲の大地を抉り飛ばして巻き上げた。
クソタヌキの野郎、尻尾に茶褐色の竜巻を纏わせて、一段階攻撃力を上げやがった。
俺が攻勢に出ようとした矢先に被せてくるんじゃねぇ!
というか、これに巻き込まれたら致命傷を負いそうだ!!
「ここは逃げるッ!《肉体重力制……」
「貰ったぜ《勝利への光源、装填!》」
「なっ……!?」
俺は迫る竜巻を回避しようと空中に足場を作り、体を返す。
クソタヌキ竜巻を見て、選んだのは戦略的撤退だ。
だがそれは俺に隙を作る為の陽動で――、致命的な悪手だった。
空中から戦闘管制をしているホロビノの視界に映った、戦慄の光景。
俺の無防備な背中へ向けて、超速回転を止めた魔王の脊椎尾が差し出されている。
その先端には虹色に輝く宝珠が露出しており、回転していた周囲の外装が捻じれ巨大な射出口へと変貌していた。
それは明らかな、――超弩級大砲。
リリンの持つ魔王も含め、最大最強の攻撃力を秘めているそれが、目映い光を灯してゆく。
「くっ!《悪化する縮退星!》」
「《不敗なる俺の覇道砲ッ!!》」
カッッッ!!と視界が塗り潰され、まぶた越しに眼球へ高熱が襲う。
俺が視認できたのは、超弩級大砲の宝珠から虹色の光が放出され、射出口内で収束。虹色が絡まり合って変異し、漆黒の尾の先端に深紅の光が灯った所までだった。
熱が過ぎ去った後、草原には線が引かれていた。
赤いインクで塗ったかのような光景は、俺が立っていた場所が溶岩に置きかえられた事によるものだ。
俺はそれを……空から見下ろしている。
「ワルトかッ!!」
「助けてくれって懇願されたら、助けるしかないよねぇ」
大空を自由落下しながら、俺はワルトと手を繋いでいる。
どうやらワルトは空間魔法で俺の後ろに転移し、そのまま緊急離脱してくれたようだ。
俺達がエゼキエルの前に落ちるまでの時間は、おおよそ10秒。
ワルトがここに来たって事は作戦が出来たって事のはず。
最低限、必要な事は聞いておかないとな!
「ワルト、作戦はできたのか!?」
「もちろんさ。そしてそれは、とってもシンプルなものだよ」
時間が無い事を察したワルトは、一気に本題に踏み込んだ。
その表情を見るに、かなりいい作戦が出来たっぽい。
これは、クソタヌキにひと泡吹かせられるか!?
「僕とユニでクソタヌキを足止め、リリンが雷人王で尻尾を破壊。以上!」
「おう、シンプル・イズ・ベストってやつだな!」
この大陸一悪辣な大魔王さんの作戦は、すごく雑……もとい、単純明快なものだった。
リリンの新しい雷人王なら尻尾は壊せるようで、その為の秘策もあるらしい。
だから俺達はリリンが雷人王を打ちこみやすいように、全力でサポートすればいい。
はっ!分かり易くて良いじゃねぇかッ!!
「ユニ、僕らは尻尾を拘束する事だけに集中だ。エゼキエル本体はホロビノとラグナがやるから」
「了解!」
「さてさて偉そうな事を言った手前、頑張らない訳にはいかなそうだねぇ。まったくインドア派な僕なのに、最近は運動してばっかりだ!」
俺は強く握られているワルトの手を握り返した後で振りほどいて、一気に降下した。
自分の体に惑星重力を加算し、音速を超えて空から尻尾を狙い打つ。
魔王の脊椎尾は大技を放った反動か、先端部分を停止させて内部の熱を放出させている。
よし、チャンスだ!
ついさっき思いついた技でぶっ壊れろ!クソタヌキィッ!!
「《流星破壊刃!》」
エゼキエルが放ったのが『空間を水平に薙ぐ一撃』なら、俺が放つのは『空間を縦に断裁する連撃』だ。
グラム内部のエネルギーを物質化し、剣の先端から放出。
その星のそれぞれが反発する斥力を灯しており、瞬く間に数百m先まで飛んでいった。
そして俺は、等間隔に並んだ星に命令を下す。
純黒の線を、真っ直ぐに引き下ろすように。
俺の接近を知覚し再び動き出した魔王の脊椎尾へ向けて、俺は本気でグラムを振るう。
グラム本体が先陣を切り、それを追うように星が堕ちて、放射状に黒線が引かれてゆく。
「滅びろッッ!!タヌキ!」
「《再び回転しろ、魔王の脊椎尾!》」
俺が目指す着弾点で動き出す魔王の脊椎尾。
だが、ワンテンポ遅れたな?クソタヌキ。
その回転が最高潮に達する前に、グラムの刃を叩きこんでやるぜッ!!
「おかしい!?魔王脊椎尾の回転速度が上がらねぇだと!?」
「そりゃ僕がいるからさ。妨害だねぇ、暴走だねぇ」
魔王の脊椎尾の動きは目に見えて遅く、俺だけが高速で近づいてゆく。
どうやら尻尾の動きが遅いのは、放熱の代償だけじゃないみたいだな。
……数百人に分裂した”俺”が、狂気乱舞している魔王様に自爆特攻を仕掛けていらっしゃる。
「俺がボロ雑巾みたいに巻き込まれて死んでいくッ!?」
「くっくっく、僕にツッコむ前に、タヌキに突っ込みな。ユニ」
それもそうだなッ!!
行くぞ、クソタヌキィィィ!!
何処からどう見ても完全に俺な謎の人物?が一直線に突撃し、木端微塵に吹き飛ばされてゆく。
あぁ、なるほど。
魔王の脊椎尾は自動で敵を判断し迎撃している。
だからこそ、同時に数百人に攻撃されたら処理しきれずにフリーズを起こすって事っぽいな?
僅かに見えた勝ち筋を実行する為、俺は無理やりバッファを強めた。
「おらッ!」
「ぐぅ!!」
お互いに声が漏れ、筋肉を引きちぎる程の衝撃が手首に伝わる。
グラムが叩きつけた先にあるのは、エゼキエルの左アームだ。
俺を狙った尻尾は未だに遠い場所で『俺』の突撃を受けている。
そんな無防備な尾の先端を壊そうとした俺の前にアームがねじ込まれ、無理やり受け止められたのだ。
ちぃ!上手く行けばこの一撃で勝負が決まったかもしれない。
それ程に良い手ごたえだったが……、グラムの刃は僅かにアームに食い込んだだけだ。
だがこれで、尻尾だけの迎撃は失敗した。
これは調子に乗ってるクソタヌキに一矢報いたという、歴史にて語られるべき偉業だ。
「ち!思わず手が出ちまったぜ!!」
「どうしたクソタヌキ。余裕が感じられないぜッ!!」
俺が放った流星破壊刃により、エゼキエルの巨躯は傾いている。
機械本体にダメージを与えた訳では無く、その接地面たる草原に左足が食い込んだのだ。
「魔王の脊椎尾もバージョンアップが必要みたいだな。新しい基盤に処理が追いついてねぇ!」
「負け惜しみか?クソタヌキ。だったらそのまま絶滅しろッ!!」
「しねぇよ。むしろお前を滅ぼしてやる。まずは目障りな分身からだ!《不敗なる俺の覇道砲!》」
タヌキの尻尾へ馬鹿みたいに突撃していた俺の分身たちが、一気に蒸発した。
どうやらそれはワルトが水魔法で作った分身だったらしく、シュボッ!っとマヌケな最期を迎える、『俺』。
今は戦闘中だから、声には出さないが……。
何・で・俺・の・姿・に・し・や・が・っ・た・ッ!!
「次は本体だぜッ!!」
「させないよねぇ。左遷だねぇ《五十重奏魔法連・星騙す弦理論》」
俺の分身体を蒸発させた魔王の脊椎尾は俺本人へと矛を向け――ようとして、再びワルトの幻想に捕らわれた。
今度は、本人よりも3割増しに輝いている『俺』が50人出現し、魔王の脊椎尾の周囲で無意味にグラムを素振りしている。
これも戦闘中だからあえて言わないが……。
おい、随分と俺を作るの慣れてるじゃねぇか。さては練習しやがったな?
「そして……《真偽混濁地雷源》」
えっ?ちょ?ま……。
心の中でツッコミを入れながら油断していた俺。
実際には隙を見計らっていた訳だが、魔王聖母様の戦略はそんなに甘く無かった。
気が付けば、俺の周囲は、『俺』だらけ。
どうやら俺は、50体の分身の中に転移され混ぜられたようだ。
そして、眼前から魔王の脊椎尾が迫っている。
「全部吹き飛ばせば、結果は同じだ!ユニクルフィン!」
「それは御免こうむるぜッ!!」
そう言って、一気に魔王の脊椎尾に駆け寄る、『俺』。
そして俺の目の前で、『俺』が魔王の脊椎尾と死闘を繰り広げ始めた。
……おい、クソタヌキ。
お前が今戦ってる俺、ニセモノだぞ。
「なんだこの動きは!?流石は人間やめてるだけあるぜ!」
「はっ!当たり前だろ!!俺はワルトとリリンの為なら、なんだって出来るんだぜ!!」
……なんだあの『俺』、本人よりもカッコ良くないか?
どういう訳か、周囲よりも更に5割増しに輝いている『俺』は特別製らしく、エゼキエルの尻尾と互角に戦っている。
あれ?何だろう、このむなしい感じ。
いたたまれない感情に揺らいでいると、突然、肩を叩かれた。
ビックリして振り返る、俺。
そしていい笑顔を返してくれる、『俺』。
ふっ、自分の顔を生まれて始めて殴りたいと思ったぜ。
「どうしたユニクルフィン!さっきの威勢はどうした!?」
「くっ!」
「一通りのデータは取り終えたし、そろそろ終わりにしてやるよ!《不敗なる俺の覇道砲!》」
おい、終わりにするって、確実に殺しに掛ってるよな?
命の保証はどこに行きやがった?クソタヌキ。
クソタヌキは容赦なく『俺』にタヌキカノンを放射し、『俺』の分身体が「ボンッ!」と一瞬で蒸発した。
……良く頑張ったぜ、ご冥福をお祈りするぞ、『俺』。
「なにッ!?分身だっただとッ!!」
「残念だったな!俺はここだッ!」
「そこかッ!」
そして再び爆発する『俺』。
「!?!?」
「おい、クソタヌ――」
「死ねッ!」
三度、爆発する『俺』。
こんなやり取りが十数回。
そろそろ、本人の俺も参加しようと思う。
だからもうやめてくれ、ワルト。
『俺』が可哀そうだ。
「ハズレばっかりじゃねえかッ!!」
「俺はここだぞ?」
「またか!《不敗なる俺の覇道砲!》」
「馬鹿め、俺は本物だッ!!《重力星の死滅!》」
クソタヌキはタヌキカノンを小刻みに連射し、逐次、『俺』を蒸発させていた。
だから俺本人に向けられたのも、威力の低いレーザーで対処は容易だった。
突き出したグラムの先端には四つの星が輪を作って輝き、あらゆるものを飲み込む黒球が中心に出現している。
それは、瞬く間に銀河を喰い尽くさんとする破壊の重力星。
捕らえられたタヌキカノンのエネルギーはグラム内部へと還元され、そして――。
「《終焉銀河核!》」
魔王の脊椎尾からの放出が終わった瞬間、俺はグラムに蓄えられた力を反転。
管楽器のようにグラムの刀身が震え、制御しきれないエネルギーが暴発せんと暴れ出す。
それを無理矢理に刃に纏わせ、一気に振り抜いた。
「滅びろッ!!クソタヌキィィ!!」
「やらせねぇ!!《悪喰=イーターッ!!》」
クソタヌキの慟哭と共に、恐るべき対抗手段が出現した。
尻尾の先端に取り付けられている宝玉から涌き出る、絶対なる力の象徴。タヌキの力の権能、『悪喰=イーター』
それが俺のグラムを喰らい尽くさんと開口展開し、内部の刃を輝かせている。
ここが正念場だッ!!
限界を超えろ、俺ぇぇぇッ!!
「俺の力を……いや、俺に力をよこせッ!!グラムッッ!!」
「何をするつもりか知らねぇが、俺の両手はまだフリーだぞッ!」
エゼキエルの左アームが、乱回転しながら俺へと迫る。
だが、
「ガウッ!」
ラグナガルムが、そのアームに牙と突き立てて動きを封じた。
「忌々しい!犬が!!」とクソタヌキが吠え、右腕の光輝を振りかざす。
しかし、
「《竜滅咆哮!》」
天から降り注いだホロビノの一撃がエゼキエルの右腕に着弾。
称えていた光輝は相殺され、輝きを失った。
エゼキエルの左腕はラグナガルムが。
エゼキエルの右腕はホロビノが。
魔王の脊椎尾は俺が動きを封じている。
そして、パチン!っと軽快に指を鳴らす音が聞こえ――。
「でかした。ユニク」
星丈―ルナをルーンムーンへと覚醒させたリリンが転移陣から抜けだし、ゆっくりと歩き出す。




