第89話「再臨する絶望・エゼキエルオーヴァー=ソドム③」
「原初守護聖界が破壊された……?どうして……?」
エゼキエルとの剣撃に押し負けそうになっていたユニクルフィンを救出し終えた今、リリンサの興味は自身が行った魔法に向いている。
『原初守護聖界』
偉大なる父の教えに従い身につけた、絶対防御に等しい防御魔法。
それがたった一発の攻撃、それも、金属のアームを叩きつけられただけという物理攻撃に突破されかけた。
それをユニクルフィンに指摘されたリリンサが慌てて意識を向けてみると、確かに発動中の魔法の感覚が弱まっている。
リリンサはその意味を深く考え戦慄し、いくつかの疑問を口に出して並べた。
「おかしい。さっきの感覚なら、原初守護聖界は第九守護天使と同じくらいの強度しかない。これでは、魔力消費の少ない第九守護天使の方が有効となってしまう」
一応の事実確認として口に出した言葉は真実だった。
実際、ユニクルフィンに掛っていたのが第九守護天使だったとしても、同じような結果になっただろう。
それを直感で理解したリリンサは……偉大な父が言っていた言葉を思い出してゆく。
『原初守護聖界は、その人間がいるという空間への影響を遮断する。イメージ的には、対象者を空間から切り出し外部から切り離す。そうして出来た空間の隙間には原初守護聖界が入りこみ、あらゆる影響が遮断される』
ん……。なるほど、そういうこと。
私は第九守護天使と同じような感覚で、ただ漠然とユニクを覆うというイメージで魔法を行使した。
だけど、原初守護聖界だと、その使用法は間違っている。
第九守護天使は、いわば仕様が定められている規格品。
誰がどんな風に使用しても効果に差は無く、ほぼ同等の防御力となる。
だけど、原初守護聖界は違う。
この魔法は、対象をこの次元から切り離し、どのくらい隙間に原初守護聖界を詰め込むかで防御力が変動する。
私がしたように、漠然と魔法を行使しただけでは肝心の防御膜が希薄となり、脆くなってしまうということ。
ただ……。
「《原初守護聖界》」
リリンサは気付いた事に気をつけながら、自分自身に魔法を掛け直した。
そして、その変化の凄まじさに眉をひそめる。
これは大変な事になった。
通常の防御魔法では考えられない程の魔力を込めてみたら、全て使って魔法が発動してしまった。
しかも、音と視野が遠くに感じる。
パパが言っていたように、感覚に遅延が生じてしまっているということ。
リリンサの卓説した感覚から、過去類を見ない程の堅牢な防御魔法が掛っている事は分かる。
ただ、それは鋼鉄製の鎧を着るようなものであり、戦闘を阻害してしまったのでは意味が無い。
それと同時に、魔力を著しく消費した事による疲れも感じていた。
平均的な顔で苦笑を溢し、「これは調整に手間取りそうだ」とリリンサは上へと視線を向ける。
そこにあったのは、吹き飛ばされつつ体勢を立て直したユニクルフィンの姿。
そして、彼の視線は更に上へと向いており――。
「きゅ~あ~きゅ~あ~きゅ~あ~」
リリンサの大切な家族、兼、伝説の白き竜王が悠々と飛んでいた。
**********
「ん!ホロビノ!!」
「リリン、一旦離脱して立て直すぞ!!」
空中に作った足場をワザと踏み外し、俺は一直線にリリンの元に向かう。
反対側では同じようにホロビノは降下態勢に入り、ちょうどVの字のような体勢だ。
俺は空から落ちつつ、グラムから斬撃を飛ばしてクソタヌキを牽制。
軽やかに地面に着地し、リリンに駆け寄った。
「やっぱり今のグラムじゃ刃が立たなそうだ。リリンの雷撃も呆気なく飲み込まれたし、現状、攻撃手段が無いに等しいな」
「ん、ユニク、ひとつ分かった事がある」
「分かった事?」
「私が使った原初守護聖界。あの魔法の強度はもっと上げる事が出来る」
「マジか!吉報だぞリリン!!」
「ただ、結構調整が難しい。魔力を込めすぎれば防御力が高くなるけど、ユニクの動きを邪魔するようになってしまう」
そう言いながらリリンは原初守護聖界を俺に掛け直した。
そして感じる違和感。
視野と聴覚、それにグラムを握った時の感覚が僅かに鈍り、厚手の服を着こんでしまったかのように動きずらい。
なるほど。これは慣れるまで大変そうだ。
「確かに動きづらくなったな。だけど防御力は上がってるんだろ?」
「それは間違いないこと。でも、この魔法を使いこなすには、戦闘を先読みできるセンスが求められるとパパが言っていた」
「へぇ……。だった慣れるしかねぇな!」
今までの俺だったら、使いづらいなら無理に使う必要はないとか思ったかもしれない。
だが、フルフル全裸親父の実力を知った今、同格のアプリコットさんの助言は素直に受け入れることができる。
流石にあれだけボコられりゃ、意見を言う立場に無いって分かるからな!
「お、ホロビノも降りて来たか」
温泉郷から上がってくる時は、軽快なリズムで「きゅ~あ~きゅ~あ~」言っていたホロビノ。
だが、俺達の上空に気た瞬間、鳴き声が止まった。
そして、何かを確認する様に空をぐるぐる回り……リリンの前にドスン!っと雑に落っこちた。
「きゅあら!?きゅあらら!?!?」
下降体制に入っても、ホロビノの視線は一点を向いている。
具体的に言うと、クソタヌキのエゼキエルが準備運動のように屈伸している姿を凝視している。
そして、俺達の前に降りるや否や、慌てふためきながら「なにあれ!?」って顔をしてリリンにすり寄った。
「ホロビノ、あれはソドムのエゼキエル」
「きゅあら!?きゅぐろろろ!?」
「なんか、新しく作ったっぽい?凄く硬くて強い」
「きゅぐあん!?」
目を見開き、尻尾をバタつかせて困惑するホロビノ。
……やっぱり知らなかったか。
というか、その驚きようは完全に駄犬。
あんまり戦力にならなそうだ。
俺は自分の事を棚に上げつつ、ホロビノに向けていた期待を下方修正した。
「ホロビノ、私達はアレと戦っている。協力して欲しい!」
「きゅ、きゅあらー」
「……。嫌なの?」
「きゅぐろ!?きゅあらら~~~!」
おおっと!大魔王リリンの冷たい眼差し!
クリティカル!駄犬竜は従順になった!!
「ユニク、さっきと同じように攻めて欲しい。ただ、ここからはホロビノの攻撃を通すのを優先して」
「分かった。クソタヌキの動きを封じればいいんだな?」
「そう。もちろん隙あらば攻撃に転じて欲しい。狙うのは……エゼキエルの目がある頭がいい」
「目がある頭?そこが一番脆いのか?」
「さっき魔法を撃ちこんで確かめたけど、たぶん、エゼキエルの装甲にも原初守護聖界と同等の魔法が掛ってる。でも目は施されてない可能性が高い」
「なるほど、ただでさえ機械を操縦しているってのに、認識まで遅れちまったら対応できなくなるからな」
生身の俺でさえ、体の動きが遅くなったような感じがしている。
だったら、カメラ越しの映像で操縦しているクソタヌキはもっと対応が遅れるはずだ。
だが、エゼキエルら片腕一本で俺の猛攻は防ぎきった。
なら、外部の情報を得ている機関は遅延が発生していない、つまり、防御魔法が薄い可能性がある。
「ホロビノは源竜意識の覚醒をして完全戦闘形態。エゼキエルの防御を突破できる一撃を狙って」
「きゅあら!」
「そして私は……高位魔法を使用してでの全力援護。《魔導書の閲覧》」
そういって、リリンは百冊以上の魔導書を召喚。
更にそこから低位の魔導書を間引き、20冊ほどを体の周りに浮遊させた。
リリンが立てた作戦は、俺が牽制、リリンがサポート、そしてホロビノが必殺技を放つというシンプルなもの。
だが、これは手堅い一手だ。
この作戦なら俺も隙を窺いつつ攻撃に転じれるし、リリンも余裕があったら攻撃に参加するだろう。
ん、そういえば、雷人王を使うって言って無かったか?
「リリン、雷人王はどうする?狙いに行くか?」
「……現状では難しいと思う。あの雷人王を使う為には私が戦線から外れる必要があるから」
「そうか。つまり、俺とホロビノが頑張ればいいって事だな?」
リリンは平均的な残念顔をしている。
エゼキエルを召喚する前まではヤル気に満ちていたが、状況的に難しいと判断したようだ。
だったら、その予想を良い意味で裏切りたい。
そんな俺の願いを見透かす可能ように、ホロビノが一際大きな咆哮を上げた。
「《源竜意識の覚醒・栄光の半世紀!》」
後ろ足で立ち上がったホロビノの周囲にて輝く、7つの魔法陣。
そのうちの6つは青、残り一つは赤の光を放ち、七芒星のような模様の魔法陣を展開させてゆく。
程なくして、赤の魔法陣はホロビノの頭上にて開口展開し、灼熱を纏うアギトを出現させた。
ひたすら鋭い歯が並んでいる強大な上顎と下顎が噛みあい、隙間から白炎を漏れ出る。
さらに左右に3つずつ別れた青の魔法陣からは屈強な腕が生え、それぞれ模様の違う魔法陣を掌に握り締めた。
それは見るからに魔法の基礎属性であり、『火』『水』『地』『風』『光』、最後の一つは『星』魔法だろう。
「ん、ホロビノも本気。これで負けは無い!」
どうやらホロビノも複数の魔法を同時に使う事が出来るらしく、魔方陣から放たれている圧力はリリンのランク9の魔法に引けを取らない。
……なるほど、お前は魔導師タイプの駄犬だったんだな。
その姿はリリンそっくり。
ペットは飼い主に似るって本当のようだ。
「くっくっく、お前が出てくんなら少しは楽しめそうだな、ホー――」
「きゅぐろッ!!」
「……。ホロビノ!」
何かを言いかけたクソタヌキは、ホロビノの威嚇を受けて言いなおした。
うん、必死に隠そうとしてるけど、俺達はお前の本名を知ってるんだ。
なんかごめんな、希望を頂く天王竜。
だが、余計な事を言って裏切られたら、たまったもんじゃない。
だから、これからも見知らぬふりで駄犬扱いしてやるぜ!
「リリン、ホロビノ。俺が先陣を切る。それでいいな?」
「いい」
「きゅあ!」
「よしっ、じゃ行くぜ!!」
遅延が発生している体の動きを確かめる為に、俺はゆっくりとスタートを切った。
最初は早歩きで。
それを段々と速め、小走り、走駆、疾走と切り替えてゆく。
そして、再び閃光と呼べるスピードに達したときには、もう既にエゼキエルに手が届く位置に居た。
「《絶対破壊刃!》」
まずは小手調べ、挨拶みたいなもんだ。
袈裟斬りにグラムを振り下ろし、エゼキエルの脚部へと刃を向ける。
これだけ太いと当てやすいぜ!!
ガァン!っと響く音と、返ってくる確かな反動。
巻き込んだ石がグラムとエゼキエルの装甲に挟まれて潰され、流砂のような破片が飛び散った。
「わざわざ装甲が分厚い所を狙うとはセンスがねえな!紅団子!!」
俺の行動を観察していたクソタヌキは、笑い声を上げている。
なら、俺の狙いには気が付いてない。
後で吠え面かかせてやるぜ!
「まだまだ行くぞ!《次空間移動!》」
ばら撒いている星に命令を飛ばし、俺に向けている引力を活性化。
体に受けた引力に乗るようにして速度を引き上げ、グラムにありったけの魔力を注いでゆく。
「《特異点の刻印!》」
俺が持つグラムの技の中で最も威力が高いのがこの《特異点の刻印》だ。
放った破壊の波動を対象物に浸透させ、崩壊へと導くという、文字通りの『絶対破壊』。
その準備段階となる楔を打ち込みに行く。
「話を聞いてんのか?紅団子。足は装甲が厚いと言ったはずだぞ?」
グラムが向かう先を機敏に感じ取ったクソタヌキは失笑を溢し、俺から興味を手放した。
防御する必要すらないと、動き出したリリンへと向き直っている。
そしてそのままグラムの刃は吸い込まれるように着弾し、あっけなく弾き返された。
エゼキエルの脚部には、全くの変化が無い。
「ん!《凝結せし古生怪魚!》」
俺の攻撃が失敗したと思ったリリンは、すぐさまエゼキエルの視線を遮るべく魔法を放つ。
リリンは、俺の離脱時間の習得、エゼキエルの目部破壊、そして拘束と三役をこなしているのだ。
だが、それを読んでいたクソタヌキはエゼキエルの胸部を展開し、悪喰=イーターで津波のような魚群を飲み込み始め――
「《原始天体衝突!》」
光と同化して近づいたホロビノがエゼキエルの背後を取り、一番上の腕を振り抜いた。
それは大気摩擦で磨かれた隕石の衝突。
宝石と見間違う赤褐色の球体には蒼炎が灯り、ガラ空きなはずのエゼキエルの背中が連鎖的に有爆してゆく。
「きゅあらっ!?!?」
「悪いなホロビノ。背中にはミサイルポットがあるらしいぜ?」
起こった爆発は隕石が着弾したからでは無く、それをさせまいと迎撃した際の爆発だった。
つまり、ホロビノの奇襲は不発。
……そう思ってるだろ?クソタヌキ。
「《起動しろッ!無物質への回帰ッ!!》」
エゼキエルの脚部には《特異点の刻印》の刻印は無い。
その装甲は堅く、刃が届いていなかったからだ。
だけど、俺は最初っからお前の足を狙っちゃいない。
俺が特異点の刻印を当てたのは、お前の足に付着している『流砂』。
さっきの重力破壊刃で準備したものだ。
「ちぃ!罠を仕掛けてやがったか!?紅団子ッ!!」
俺の狙いに気が付き、声を荒げるクソタヌキ。
その視線に先で、動き回ったエゼキエルによって撒き散らされた流砂が輝きを発し、破壊のエネルギーを放出させてゆく。
それは、俺の意思によって発動する無差別破壊。
エゼキエルの右足元の地面が崩壊消滅し、その巨躯が傾く。
「きゅあ!!」
背中から射出されている弾幕を6つの腕で裂いたホロビノは、頭上の強大なアギトでエゼキエルの腹部に喰らいついた。
ミシミシという音を立てた後、ひたすらに真っ白な光が牙の隙間から洩れ始める。
俺はそれを見て、本能で理解した。
その光は、全てを無に帰す救世の光。
汚れた世界を壊して浄化する――希望を頂く天王竜・ホロビノの必殺技だ。
「くっ!」
「《天王の輪!》」




