第88話「再臨する絶望・エゼキエルオーヴァー=ソドム②」
思い出の中に潜んでいた、カツテナキ絶望。
俺の矜持と子供心を真っ黒に塗り潰しやがったクソタヌキのエゼキエルは、あろう事か進化を遂げて再び降り立った。
……うん、確かに幼き俺は再戦を願った。
絶対にぶっ壊してやる!!と、数ヶ月の気持ちの整理を付けた後で宣言したはずだ。
だけどさ。
お前がパワーアップするのは卑怯だろ。
心の中で弱音を弱いて、瞳の中に決意を灯す。
かなり想定外だが、お前を倒して俺は英雄になってやるぜ!!
滅びろッ!クソタヌキッッ!!
俺は走りながら、胸をつついて合図を送ってきているリリンに視線を向けた。
「どうした、リリン?」
「ユニク、このまま森に入ってしまうのは悪手。草原と森との境界線で迎え撃ちたい」
俺は疾走し、一直線に森に向かっている。
エゼキエルは全高6mの巨躯。障害物がいっぱいある森の方が戦いやすいと思ったからだ。
だが、リリンはそれはダメだと言いい、俺はそれに従って走るスピードを落とす。
現在位置は森に入るまであと少し。このままだと森に入っちゃうからな。
ここから先は極限の戦いであり、司令塔はリリンだ。
類稀なる戦闘センスをもつリリンならば、必ずやタヌキを絶滅させる作戦を立ててくれると思っている。
「あのエゼキエルには見るからに大型の火器が付いている。それは、カミナが冗談で考案していた未来兵器にそっくりだった」
「未来兵器……、だと?」
「れーざー?なる物で、戦場を一直線に薙ぎ払うらしい?光で出来た超巨大な剣を振り回すのに近いという」
「えっ。何それ怖い」
「もしそうなら、見えない死角から森の木々ごと薙ぎ払われ、一撃で死ぬ可能性がある」
えっ。何それ怖い。
……と思ったが、似たような魔法ってないのか?
そんな疑問をリリンに聞いてみたら、光魔法とは一瞬の間に過ぎ去るのが基本で、それを維持するには膨大な魔力と手間が必要になるらしい。
なんでも、リリンの師匠三人がかりでアマタノの尻尾を切った大規模戦略魔法がそれに当たるらしく、その破壊力は語る必要が無い。
そんな超絶難易度の伝説の合成禁術に匹敵する兵器が、エゼキエルに搭載されている可能性がある。
もはや、この世界の覇者はタヌキと言っていいだろう。
滅びろッ!クソタヌキッッ!!
「だから、エゼキエルの位置は常に把握しておかなければならない」
「なるほどな。だが森のすぐ手前で陣取るってのは……?」
「当然、私達の身を隠す障害物として森を利用する。浅く入ってすぐに出てくれば焼き払われる事はないはず」
それは、奇しくもノーマルタヌキが得意とする戦術だ。
じっくり攻めるのではなく、ヒット&逃走を繰り返し、敵の戦闘力を削ぐ。
自然界で最低辺にいるのウマミ・タヌキは、そうやって生き抜いている。
滅びろッ!クソタヌキッッ!!
「私達がまずするべき事、それはエゼキエルの速度と強度を調べる事。願わくは、打ち合いが出来る機動性であって欲しい」
「それについてだが……。以前のエゼキエルは速すぎて追い付けないって程じゃ無かったはずだ。突進には注意が必要だけどな」
「そうなの?」
「あぁ、俺自身、グラムを何回か当ててる。だが問題はその防御力だ」
「……見るからに堅そう」
「堅いなんてもんじゃないぞ。グラムの絶対破壊を乗せた一撃でもまったく傷が付かなかったんだからな」
俺の心が折れた最大の理由。
それは、クソタヌキのくせに、滅茶苦茶カッコイイロボを召喚しやがっ……って、子供的憧れは置いといて。
エゼキエルが誇る、無敵の防御力にあった。
なにせ、エゼキエルにはどんな攻撃も通用しない。
覚醒グラムの《終焉銀河核》を撃ち込んでもビクともしなかった光景に、幼い俺は涙を流しながら敗走するしかなかったのだ。
マジで滅びろッ!クソタヌキッッ!!
「あのエゼキエルがどれだけの防御力を秘めているのかは不明だが……おそらく、今のグラムじゃまったく刃が立たない」
「ん、なるほど。だから新しい覚醒体が必要になると」
「そうだ。って、覚醒体って言ってもピンと来ないよな?覚醒体ってのは、神殺しに――」
「大丈夫。既に勉強済み」
「え?そうなのか?」
「そう。理由は……ひみつ」
理由は秘密?
まぁ、情報の出所はアプリコットさんで間違いないだろうが、何で秘密にするんだ?
どんな訓練を受けているのか非常に気になる……。が、秘密というのを打ち明けてくれている以上、悪い事じゃ無さそうだ。
リリンは俺に魔法を自慢したがるし、きっとサプライズ的な事でも考えているんだろう。
俺の胸の中で頬笑んだリリンは、肩越しに背後へ視線を向けた。
「ん、動き出した」
俺とリリンは既に『第九識天使』で感覚を共有し、情報交換を離れていても行える状態にある。
そして、リリンの目が豆粒ほどの大きさのエゼキエルを捉え、俺の目にも映し出された。
確かに動き出したようだ。
だが、これだけ離れているのなら、充分に機動性を把握できる。
トラウマたるエゼキエルの弾丸のような突進も、この距離じゃ届かな――
「んっ!?」
俺達の視界の先で、パンッ!っと草原が爆ぜた。
空気は波紋のように広がり、そして、豆粒ほどだったエゼキエルは、遥か上空から俺達を見下ろしている。
「「えっ、飛んだッ!?!?」」
俺達の見開いた眼に映ったのは、空を飛ぶ白き巨躯。
エゼキエルの両肩と両肘から光が噴き出し、二対四枚の翼のようだ。
……お前、空飛べるようになったんだな。クソタヌキ。
しょっぱなから誤算なんだけど。
前のエゼキエルは僅かに地面から浮いており、地面を滑るような移動をする事はあった。
だが、今回のは全くの別物だ。
……クソタヌキ、空を飛ぶ。
「ユニク、動き出した。思ってたよりも速い!!」
「ちぃ!嫌な予感が当たっちまったぜ!」
悲報。クソタヌキが制空権を獲得し、音速を越えて飛来する。
この可能性は、エゼキエルが召喚された後で僅かに思った事だった。
明らかに飛行ユニットが付いてるし。
ただ、感情的に受け入れられず、見て見ぬふりをした。
あぁ、お前は何処に向かってるんだよ、クソタヌキ。
そのまま宇宙に飛び出して、絶滅しろッ!!
「待たせたな団子ども!!」
「ちぃ!待ってねえよ、クソタヌキィィィ!!」
もうちょっとゆっくり来てくれても良かったぞ!!
というか、最初からやり直してくれ。お願いしますッ!!
そんな切なる願いは叶えられる事は無く、エゼキエルは俺達の頭上を通過し、目の前に着地。
轟音を吐きだしていたブースターはなりを潜め、その変わりに右腕の光が強くなってゆく。
「さぁ、どっからでも掛って来い紅団子。ぱくっと丸かじりしてやるぜ!」
光輝を振りまく右腕を真横に構え、俺を睥睨するクソタヌキ。
今更だが、コイツ、俺を獲物としか見てねぇな。
よりにも寄って団子とは、無抵抗で喰われる存在だとでも言いたいのか?
だったら餅のように、粘り強さを見せてやるぜ!!
「リリン!!後衛を頼む!」
「了解!!」
俺の指示を理解したリリンは素早く飛び降り、後方2mの所で星丈―ルナを構えた。
そして俺はエゼキエルに向かって突進。
まずは一閃、グラムを振り抜く。
「行くぞ!《重力衝撃波!》」
縦一文字に振り下ろしたグラムの刀身から、絶対破壊を乗せた衝撃波を撃ち放つ。
俺が持つ技の中でもレアな遠距攻撃。
その斬撃は以前と比べものにならない程に鋭く、破砕音と共に地面を消し飛ばしながら進む。
「ふっ!」
だが、俺の攻撃はあっけなく無効化された。
それは、無造作に右腕を振っただけ。
見るからに力を込めていない所作を行ったエゼキエルは、目の前の地面を横一文字に消し飛ばし――。
俺の重力衝撃波をあっけなく掻き消した。
「ちぃ!消されたかッ!!」
「絶対破壊の波動も、使い手が未熟じゃこんなもんだよな。素振りで打ち消せるぜ!」
……。
あ”あ”ん!?いまなんつった、クソタヌキィィィッッ!!
俺の中に湧き上がる激情。
親父とクソタヌキの影がダブり、その怒りをグラムに乗せて疾駆する。
「ぶっ飛ばしてやるぜ!クソタヌキィィッ!!」
走り出した時には、お互いの距離は5mもあった。
だが今は肉薄する程、いや、グラムの刃が確実に届く位置まで距離を詰めている。
こんな所で親父の訓練の成果を感じるとはな。
『動きが精錬されたと感じるのは、お前の身体がグラムの性能に適してきたからだ』
そんな親父の言葉を思い出しつつ、グラムに魔力を通してく。
斬撃がダメなら、直接ぶった斬ってやるぜ!
「うぉおぉッッ!!おらおらおらおらおらッ!!うおらぁああああああ!!」
上から。
下から。
右から。
左から。
前から。
エゼキエルの正面180度を埋め尽くすように、グラムの刃を突き出しては戻す。
それは決して剣技とはいえない、乱雑なもの。
だが、圧倒的物量を押し付けてくる親父に対抗する為に考えたこの技は、面での制圧を可能にする。
一振り一振りに研ぎ澄ました絶対破壊を乗せた乱舞。
僅かにでも掠ればお椀状に削り取られ、事実、目の前の大地は大部分が消し飛んでいる。
そして、グラムの切っ先はエゼキエルの装甲を削り取らんと迫り――。
「遅い。遅すぎる」
ガァン!っと一回だけ金属音がして、俺の全ては縫い止められた。
無理やりに止められた反動で腕が軋み、手を離してしまいそうになる。
咄嗟に惑星重力制御を起動して勢いを殺したものの、全てのエネルギーを発散できた訳じゃない。
そして、俺の目は信じられない光景を捉えていた。
俺のグラムの切っ先を挟みこむ、神性金属の塊。
同じ材質でできているであろう左アームが、グラムを受け止めている。
「馬鹿な!?」
「ついこないだ見た光景の模倣だ。あんときは箸で一撃だったけどな」
ぬるり。っとグラムがいなされ、俺の背筋がざわめく。
まるで水に剣を突き刺したような、まったく手応えの無い感覚を受けて僅かに姿勢を崩し――。
神性金属のアームが俺の腹に叩きこまれた。
「がふッッ!!」
「原初守護聖界があんなら死にゃあしねえだろ。ただし、かなり痛えけどな」
点滅する視界。
吐き出される胃液。
腹に巨大な穴が穿たれてしまったと思わせる程の重い一撃に、俺の身体は軽々と吹き飛ばされた。
「ユニクッ!!」
名前を呼ばれると同時に、俺は”何か”と衝突した。
受け身を取れたかは、定かじゃない。
が、ギリギリの所で”何か”に危害が及ばない様にグラムを捨てれたのは良かった。
俺とリリンはもみくちゃになりながら草原を転がり、敗者らしく這いつくばった。
「くっくっく、どうした降参か?俺はまだまだ試したい事があるんだぜ?」
「……。ほざくな、クソタヌキ。この程度で根を上げる訳がねえだろ」
重低音な駆動を響かせ、俺達にエゼキエルが歩み寄る。
あぁ、目が覚めたぜ。
やっぱりお前はクソタヌキだ。
確かにお前からしたら、圧倒的格下を相手に軽い気分でやってる事なのかもしれない。
だが、俺達からしたら、圧倒的格上に挑む、命を掛けた攻防。
命の保証なんて何処にもないと、やっと理解できた。
「すまん、リリン。大丈夫か?」
「私は大丈夫。ユニクは?」
「原初守護聖界に亀裂が入ってる。だから、俺が一発喰らうごとに復元してくれないか?」
「ん!分かった」
「で、一発は耐えられるって事は判明したし……これで心置きなく攻撃できるぜ!覚醒しろッ!!《神壊戦刃グラム=神への反逆星命!!》」
再び走り出した俺は瞬時にグラムを呼び戻し、覚醒。
伸長された感覚に物を言わせ、一直線にエゼキエルへと向かう。
ここからが本番だぞ!!クソタヌキッッ!!
「《超重力軌道》」
走りながら大ぶりにグラムを振り回し、重力流星群の結晶を周囲一面にばら撒く。
更に俺の四肢と心臓を対象に引力を発生させ、人体構造を超えた速度を引き出す。
意思のある流星と化した俺は、その勢いを乗せ、グラムを煌めかせた。
「うおおおお!!」
「そこそこ速いな。だが、それがどうしたッ!!」
ガガガガガガガガッッ!!と激突音が響く。
360度、残像すらも斬り裂くようにグラムを振るい、そして、その全てにエゼキエルは左手一本で対応しやがった。
グラムを打ち付けた回数は優に数百回に達し、だがそれでも、輝くアームに傷一つ付ける事が出来ていない。
「くっ!!堅ぇえぇ!!」
「くははははは!そうだろう、そうだろう!!」
おいなんだその笑いは!?
素で魔王っぽいぞ、クソタヌキィィィィィッッ!!
俺の攻撃は余裕を持って対処され、笑い声を上げられる始末。
だが、俺だって一撃も貰っちゃいない。
だからこそ、そろそろやってくるはずだ。
「《五十重奏魔法連・《超高層雷放電!》」
俺とエゼキエルは膠着状態であり、お互いにその場に留まっている。
こんなチャンスを見逃すリリンではなく、俺の狙い通りに魔法を撃ち込んでいる。
放たれた轟く50の雷鳴は混ざり合い一つとなって、エゼキエルの胸部、クソタヌキが消えた場所へと向かう。
いくらカッコイイロボといえど、操縦席を狙われたら困るはずだ。
やがて、雷の鋭き先端がその胸部の三角錐に触れ――。
「《喰らえ、悪喰=イーター》」
エゼキエルの胸部が開口展開し、内部にあった金色の球体が雷撃を全て飲み込んだ。
「なん……だと……?」
「そんな……。そんなことって……。」
「くっくっく、俺はタヌキだぞ?そんな程度の低い魔法なんざ、悪喰=イーターで食い潰せる」
悪喰=イーター。
それは、セフィナが使ってきた魔法だ。
で、その魔法を何でお前が使えるんだよ、タヌキ……?
「おい、何でお前が悪喰=イーターを使えるんだ?クソタヌキ」
「何を言ってやがる?これは我らタヌキの皇たる那由他様の権能。人間であるゴマ団子が使える方がイレギュラーだ」
「な、なんだって……?」
「あぁ、更に付け加えておくと、ゴモラと契約してるから使えるって話だ。つまり、お前達と争ってる白い敵とは関係ない」
「なに?白い敵について知ってるのか!?」
「知ってるさ。そうだな……俺に勝てたら、教えてやっても良いぜ!!」
ちっくしょうめ!!何が何だか整理がつかねぇぞ!!
クソタヌキの話では、セフィナはニセタヌキと契約して、なんか変な力を得ているらしい。
うん、タヌキに取り憑かれてるじゃねえか。
というかこれで、ニセタヌキが白い敵の陣営だと確定。
タヌキを陣営に加えるとか、すげえモノ好きもいたもんだぜ。
僅かな時間、現実逃避をしていると、フッとエゼキエルの姿がブレた。
形容しがたい悪寒が走り、咄嗟に俺はグラムを体の右側に差しこんで……、そこに、光の柱が迫って来ていたのを認知した。
「がッ!!ぐうううううううッッ!!」
「お?前よりも燃費が良くなってるなー、右腕」
ギリギリ間に合ったグラムの刀身に全力で魔力を注ぎ、同時に、重力流星群で体を前に押し出す。
正真正銘、俺の全力で押し返そうとしているのに、エゼキエルの右腕はびくともしない。
いや、僅かに押され――。
「《五十重奏魔法連・磔刑の氷樹!》」
地面から氷でできた樹氷が乱立し、俺ともどもエゼキエルの右腕を飲み込んだ。
その場にあったものが全て上空へと巻き上げられ、俺達の鍔迫り合いは強制終了となる。
助かったぜ、リリン!
俺はその勢いを利用して空に離脱。
仕切り直すべく、天空からエゼキエルと見下ろそうとして……。
「きゅ~あ~、きゅ~あ~、きゅ~あ~……」
温泉街から飛び立つ、希望を頂く白天竜を見つけた。




