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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第8章「愛情の極色万変」

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第85話「続々・英雄覇道(裏)明確な目標」

 

「くははははは!!マジかよやべぇーぜ!!」



 ズガガガガッ!と鋼鉄が鳴り響く。

 自動掃射銃を両脇に抱えたメナファスは、周囲に気を使いつつ盛大に弾丸を撃ち放っていた。

 そしてその先にいるのは――、人外の皇・ユルドルードだ。



「ふっ!」



 ズババババッ!と木製の箸が唸りを上げる。

 ユルドルードは高速で迫りくる弾丸を箸でつまみ、左手に持っているジョッキの中へ放り込んでゆく。

 毎分1600発の弾丸を受けている為、数秒ごとに弾丸を地面に捨てる事になるが、無差別に散乱しているよりも掃除がしやすいだろうという配慮があってのことだ。


 何度目か分からない回数ジョッキがいっぱいになった後、この攻め方では無駄だと悟ったメナファスは一斉掃射を辞め、銃と敵意を手放した。



「すげぇな、英雄様。凄過ぎて感動するしかねぇ」

「まぁな。銃なんて所詮は機械。規則的に打ち出される攻撃ほど裁きやすいもんはねぇし」


「そういえば、じじぃもそんな事を言ってたっけな。あんときはガトリングなんて物騒なもんを使った訳じゃねぇけどよ」

「じじぃなら俺と同じ事が出来るぞ。というか、飛んできた弾丸の側面に剣で溝を掘って『ホーライ』って書くくらい平気でやるからな」


「……。やっぱり妖怪だったか」



 苛烈な実戦形式の戦闘訓練をしていたメナファスとユルドルードは、お互いに距離を取ったままで言葉を交わす。

 そこにあるのは、師に向ける瞳と、子に向ける瞳。

 成り行きとはいえ、師弟関係に成ったユルドルードは、まず、頂きに立つ者の戦闘とはどういうものかを教えるべくワザと言葉を荒げて言った。



「この程度、英雄を名乗る奴なら全員できるぞ」

「……それは、リリンのお母さんもか?」


「できる。俺とはやり方が違うがな。たぶん、放出した光の波動で弾丸を絡めとって敵に撃ち返すんじゃねぇか?」

「それ、似たようなことをリリンにもやられたな。流石は親子って事か?」



 くっくっく、おもしれぇ!と笑うメナファスにユルドルードは近づきつつ、遠くの森へと視線を向けた。

 高速で迫りくる気配を感じ、僅かながらに身構えたのだ。



「……来たみたいだな」



 ザシュ!っと草原を駆り立てて、その黒き獣は現れた。

 一気に垣根を飛び越えて着地し、その後はゆっくり踏みしめるように歩いてくる。


 そして、その背には褐色肌の幼女が騎乗していた。



「ははは、なんじゃありゃ」



 その黒き獣を見たメナファスは恐れ慄き、僅かに後退した。

 メナファスの目に映る神聖な数字『―999999―』は、当然、上に乗っている那由他の物ではない。

 静かに歩み寄る黒き獣のレベルは、999999(ミリオン)に達している。



「ユルド、連れてきたじゃの」

「おう。さんきゅー」



 那由他がまたがっている黒い獣。

 それは狼によく似た姿をしており、体長も普通の狼を僅かに大きくした1.8m程だ。

 美しく流れる漆黒の毛並みが、風を切る事に特化しているであろう流線形のボディに良く映えている。


 そして、一つだけ狼には無い物を持っていた。


 それは、うっすらと涙がにじむ情けない表情。

 狼ではなく負け犬という種族名が最も似合う風格を持つ黒き獣は、ゆっくりとユルドルードの前に立つと弱々しい鳴き声を上げてから視線を反らした。



「……よし。まず背中から降りろ、ナユ。怯えてるだろ」

「程良く温かくて乗り心地がいいんだがのー?」


「……。タヌキが狼の上に君臨してんじゃねぇ。生態系を考えろ」

「タヌキ将軍ともなれば、普通に狼を狙うがの。満月狼フルウルフの群れを一匹で獲れるようになれば帝王試験も近いしの」


「タヌキが狼の群れを襲ってんじゃねぇ!!良いから降りろッ!!」



 しぶしぶといった演技をしつつ黒き獣から下りた那由他は、楽しそうな笑みをこぼしている。

 これから繰り広げられるであろう感動の再会が楽しみで仕方が無いのだ。



「ほら、ナユを退けてやったぞ。で、久しぶりに会った俺に、何か言う事があるんじゃねえのか?……ラグナ」

「……。くぅーん、くぅーん」


「お前、人間の言葉を喋れるだろ。え?誇り高き狼の皇・ラグナガルムさまよ?」



 あ、やっぱりコイツ狼なんだ。すごく犬っぽいけど。

 そんな素直な感想を抱いたメナファスは、レベルが999999な事を思い出し、更に二歩下がった。



「おら。なんか言えよ、こら」

「……。」


「おい」

「…………くっ、殺せっっ!」


「あ”?」

「ひぃぃやっぱ無理です嘘ですごめんなさい!ホント勘弁してください!!」



 不安定機構に伝わる文献では、狼の皇は非常に気高く、どんな強者にも媚びないとされている。

 だが、それは狼の皇種自体が非常に統率のとれた群れを構築し、その嗅覚を以て強者の接近を感じ取り避けるからである。


 しかし、群れでの生活をしているからこそ、その遺伝子は絶対強者には抗えない。

 一度捕まってしまったら、『程良く温かくて乗り心地が良い』乗り物になるしかないのだ。



「ラグナ。一応聞くが、何で俺の元から去った?あの後、大変だったんだぞ?」

「なんでってそりゃ……」



 ちらり。と視線を那由他に向けるラグナガルム。

 その意図を汲み取った那由他は良い笑顔で「儂の腹心に収まるか、儂の腹に収まるかを選ばせただけじゃの」と答えた。



「……すいませんでした。でも、仕方が無いですよね……」

「はぁ。ったく、許してやるから、ちゃんと仲良くしろよ?」


「それはどういう……?」


「お!おじさん!!」



 訳が分から無いといった視線のラグナガルムは、ユルドルードに対して首をかしげて答えを催促している。

 だが、ユルドルードはそれに答えず、その代わり、やけに興奮した声でユルドルードの名を呼ぶ人物が現れた。

 それは、真っ白い衣装を泥で汚している大牧師、ワルトナだ。



「おじさん、この子……、ワン子だよね!?!?この子、ワン子だよね!?」

「……。おう、ワン子だぞ。最近になって生きてるって聞いてな。ナユに捕獲して来て貰ったんだ」


「うわぁぁん、心配したんだぞワン子!何処に行ってたんだよ!!……うん、ワン子だ。ワン子の匂いだ。僕のこと覚えてる?ワン子……」



 求めていた答えを貰ったワルトナは、ラグナガルムに抱きついて全力で頬をすり寄せている。

 さらに毛皮に顔を埋めたり、モフモフな毛並みを撫で回したりと忙しい。 

 それは、何処からどう見ても、飼い主と犬。

 色が黒い事を除けば、ゴールデンレトリーバーと戯れる少女そのものだ。


 あれ?狼成分どこ行った?と内心でツッコミを入れたメナファスは、思わず噴き出しそうになりながらも、その黒い犬のレベルが999999であると思いだし、さらに一歩後ずさった。



「ワン子~~!また会えて嬉しいよ、ワン子~~!」

「……お取り込み中の所に申し訳ねえが、どういう事か説明してくれよ。ワルトナ」


「あぁ、そうだよね。メナフ達には言って無かったし……。この子はね、僕がユニやあの子と旅していた時に、おじさんが飼ってたペットだよ。僕らで言うホロビノみたいな感じで、僕はこの子と良く一緒に居たんだ。ね、ワン子!」

「……途中理解できない言葉が混じったぞ。なんだペットって?」


「ペットはペットでしょ」

「目を覚ませワルトナ。色んなもんが間違ってるぞ」


「間違ってる?え、だってこの子はワン子だよ。ね?」

「うむ。我が名はラグナガルム。愛称でワン子だ」


「愛称なのかそれ?一文字もあってねぇし」

「それでいいんだよ。でもこれで証明されたね。ちゃんと喋るし、やっぱりワン子じゃん。……あれ?」



 ここで、ワルトナもおかしい事に気が付いた。

 流石にこの歳になれば、普通の狼が喋らないと知っている。

 妙な得体のしれない感じを覚えたワルトナは、モフモフしていた頭を遠ざけて、愛しきワン子と見つめ合った。



「……あの、ワン子だよね?」

「そうである。我が名はラグナガルム。愛称でワン子だ」


「うん。それワン子の口癖だったよね。今気が付いたけど、もしかしてワン子じゃなくてラグナガルムって呼んで欲しかったの?」

「……。わぉぉん!」


「そうだったんだ。ごめんね、ワン子」



 メナファスは、そこに見えない力関係が見えた気がした。

 しっかりとした名前があるとアピールしつつも、それを強制できないもどかしさ。


「たぶん、ワルトナというよりも、過去のユニクルフィンとあの子にラグナガルムは逆らえなかったんだろうなぁー」と正解を導き出したメナファスは、優しい声色で友人に真実を教えてあげた。



「ワルトナ、お前がモフッてるそれな、レベルがすんげぇ事になってるけど良いのか?」

「ん?あぁ、レベル99999(カンスト)になったんだね。ま、僕らはホロビノを飼ってたし、いまさらでしょ」


「おう、正気を取り戻せ。桁が間違ってるぞ」

「……あれ?いち、にい、さん、しぃ……?ごぉ?ろく!?……えっっ、レベルが6桁あるんだけど!?!?なんで!?」



 その緊急事態にワルトナは驚き、ラグナガルムは「あ。ついにバレた」と頷いた。


 ユニクルフィン達と旅をしていた時のワルトナは何も知らない孤児であり、言葉を話す事さえおぼつかなかった。

 ラグナガルムに『ワン子』と名付けたのもワルトナであり、四足歩行の生物=犬=ワンコという図式だったのだ。

 そんな状態だったからこそ、数字の桁の違いなど些細なことでしか無い。


 そして、ワルトナは8年の時を経て、ラグナガルムは化物だったのだと気が付いた。



「え。え?ワン子……?レベルが……?」

「来ましたか、ラグナガルム」



 感動の再会から一転、激動の再会に成りつつある二人と一匹に後ろから声が掛けられた。

 白い神官服を一切汚していないノウィンがゆっくりと近づいてきたのだ。



「ノウィン様、ワン子のこと知ってるんですか!?」



 ワルトナはユルドルードの元に見覚えのある獣が近づいていったのを見て、「もしかして!?」と思い確かめに来た。

 つまり、ノウィンとの訓練を中断してここに来ている。

 あっ、まず……。と思ったワルトナだが、このまま勢いで乗り切るしかないと視線をノウィンに向けた。



「知っています。それに割と会いますよ」

「え、割と会うってどういう……?」


「999委員会の時などにです。都合が付くときは可能な限り出席していますから」

「……999委員会?なんですかそれは?」


「皇種・那由他様が主催する祭典ですよ。正式名称は999タヌキ委員会と言いますね」

「絶対にヤバい奴ですね?分かります」



 なんだその絶望祭りは!?自重しろ、タヌキィィィィ!!

 っと、叫びたがったが、自重したのはワルトナの方だ。

 その祭典にノウィンが出ていると聞いている以上、下手な暴言は逆鱗に触れると判断したのだ。


 そしてワルトナは、楽しげに様子を窺っている那由他を一瞥しつつ、どういった経緯でラグナガルムがここに来たのかをノウィンに質問。

 情報収拾こそ、指導聖母を纏める立場にあるワルトナが最も優先するべき事だ。



「さて、今晩ラグナガルムを呼んだのは他でもありません。ワルトナ、ここで皇種・那由他様の力を借りて、英雄の資格を習得するのです」

「どういう事ですか?」


「擬似フィールド内で超越者との戦闘。その相手として、狼の皇種・ラグナガルムを呼んだということですよ」

「わ、ワン子が皇種ッ!?」


「ワルトナ、英雄に成るには超越者を倒さなければならない。それは知っていますね?」

「……はい。一応、大雑把に、ですが」


「野生に生きる超越者と戦って勝つというのは危険が伴う行為です。ただし、那由他様の権能を使えば、ほぼ安全に超越者へと至る事が出来ます」

「そうなんですか?」


「那由他様は神が作りし闘技場のシステムを複製する事が出来ます。つまり、擬似闘技場フィールドでは本当の意味で死する事はありません。存分に戦えますね」

「ぇ。僕、ワン子と戦わなくちゃならないの……?」



 それだけ呟くと、ワルトナは抱いていたラグナガルムの頭を離し、マジマジとその表情を観察した。


 そこには、揺るがぬ絶対強者の瞳。

 ラグナガルムは、悟っていた。

 かつて我が子のように可愛がった幼子が、自分達と同じ強者の領域に踏み込もうとしている事を。

 そして、その為には……。その領域で生き残る為には、自らが牙を向き戦闘を教えてやる必要があると理解しているのだ。



「ワン子……。そっか、キミはいつも、僕の傍に居てくれた……」



 ラグナガルムは知っていた。

 当時、食が細かったワルトナは、ユルドルードが作る一人前の食事では多すぎて残してしまう事を。

 そして、横に居れば食べきれなくなった残りが貰えるという事を知っていたのだ。



「おじさん達が戦っていた時も、ずっと僕を守ってくれてたんだね……」



 ラグナガルムは知っていた。

 当時、ユルドルードが戦っていた蟲の眷皇種は自分よりも格上であり、戦いに巻き込まれれば大変なことになると。

 だからこそ、「お前はワルトナを守っとけ」と言われ、内心で尻尾を振りながら安全地帯に引っ込んでいたのだ。



「ワン子……。僕はキミと戦って英雄になるよ」



 ついさっき、ラグナガルムは那由他に囁かれて知っていた。


「ワルトナが超越者になれば、あ奴を999タヌキ委員会に呼び出すから、お前を呼ぶ事は少なくなるじゃの。必然的に、その後のEXステージでソドムと戦う回数も減る訳じゃの!」


 事あるごとに999委員会に呼び出されたラグナガルムを待っていたのは、悲惨な未来だった。

 幾度かの蹂躙の末、どうにか、『アヴァロン』『エリュシュオン』『アトランティス』を倒す事に成功したラグナガルム。

 そして次に待ち構えていたのは、伝説のクソタヌキ・ソドムであり、ラグナガルムは、もう既に二桁回の敗北を喫している。

 あ、マジで勝つ手ねぇ。と諦めてるラグナは、どうにかその負担を減らそうと画策しているのだ。



「よし、そうと決まれば特訓だ!行くよ、ワン子……ううん、ラグナガルム!」

「わぉぉぉぉぉん!」



 高らかな宣言と共に走り出す、ラグナガルム。

 そしてワルトナも走り出し、ノウィンの訓練からまんまと逃げだした。




 **********



「わっるとな、さーん!今日もお風呂に行きましょう!」

「ひぇっ。」



 訓練を終えた一同は集まり、帰路についた。

 その途中に軽快なリズムで恐ろしい事を言われたワルトナは固まり、セフィナの後ろで楽しそうに笑っているノウィンに視線を合わせる。

 そして、「め、メナフ!メナフも一緒にお風呂に来てくれるよね!?じゃないと僕、ホントにお嫁に行けなくなっちゃうから!!目覚めちゃうから!!」と友人に泣き付いた。


 そうして、セフィナ、ノウィン、ワルトナ、メナファス、ゴモラ、ラグナの6名は温泉に入りに行き……。

 残ったユルドルードと那由他は、静かな部屋で酒と食事にあり付いていた。



「唐揚げ美味いじゃのー!というか、この宿の飯は何を喰っても美味いじゃの!酒も香りが良く一流。ノウィンの出す飯と遜色ないくらいじゃの」

「あぁ、何でも、この宿はリリンサちゃんやワルトが作ったって話だな。ノウィンさんは知っててちょくちょく来てたっぽいが……。俺達に内緒にしてたのはギンがいるからだろうな」


「ふむ、箱入り狐は儂にビビってるからの」

「なぁナユ、ギンに何をしたんだ?酒のつまみに聞かせろよ」


「いいじゃの。アレは確か――」


「こんこん!お料理の追加を持って来ました、なのですよー!」



 可愛らしく挨拶をして襖を開けたのは、真っ白い髪の幼女。

 この旅館の幼女将のサチナは、眩しい笑顔で野菜の天麩羅を給仕してゆく。

 その背筋に緊張の汗が伝っていようとも、一切顔に出すことはない。

 それは流石と言う他なく、この芸当ができる胆力があるからこそ、那由他はサチナの評価を『七源の階級に届く』と称しているのだ。



「ではでは、ごゆっくりなのですー!」

「おう、ありがとな」



 そして、給仕を終えた後は直ぐに退室をする。

 旅館とは泊まりに来た人たちが心を癒す空間であり、従業員が長居をするべきではないと心得てるからだ。


 そして、白銀比の三部屋となりという場所にあるここは、かなり神経を使う場所。

「こんなヤベーお客様、他の従業員には任せられないです……。」と覚悟を決めて、サチナはここに給仕に来ている。


 そして、襖を閉めて僅か一歩。

 持っていたお盆に影が落とされたのを不思議に思い顔を上げてみると、そこには、このタイミングで最も出会いたくない存在が立っていた。



「あっ。か、母様なのです!?!?」

「サチナ、厨房に帰るなんし」


「は、はいなのですよ……。」



 あわわわわ……。大変な事になったです……。

 でも、でも、サチナだけでは、止められないですっ……。


 このままここに残って様子を見ていようかと思ったサチナだが、白銀比が履いていた下駄を鳴らすと一目散に走り出した。

 曲がり角にサチナの背中が消えたのを確認した後、白銀比は目の前の襖にゆっくりと手を掛ける。



「で、教えろよ、な――」

「ほう?タヌキを探してサチナを尾行してみれば……これはこれは、愉快な奴がいたなんしなぁ」


「ん?んん!?ギン!!」

「一人酒でありんすか?ユルドルード」


「一人酒?……ん”ん”??」



 スタァアアン!と襖を横に叩きつけ、白銀比はズドン!と足を鳴らして押し入る。

 その目が捉えているのはユルドルード唯一人。


 そう、その目にはユルドルードしか映っていない。

 そこに那由他の姿は無く、ユルドルードの前に不自然に二膳の食事が並んでいるだけだ。



「わっちのおひざ元であるこの宿に来ておるのに挨拶も無しとは、まったく愉悦。焦らした分、今夜は楽しませてくれるでありんしょうなぁ?」

「待て待て、落ち着け!!これには深い訳があるんだ!!」


「ふむ、膳が二つ……?一人酒では無いなんしな?」

「お、おう、そうだぞ……?だから早まった事はすんなよ……?」


「ははぁん。さてはダウナフィアでありんすな?セフィナがいたという報告は聞いてるなんし、大方、親子で風呂に入りにでも行ったなんしな?」

「お、おおう。結構鋭いな」


「という事は、セフィナを寝かした後で秘め事でありんすな?」

「それは違うぞッ!!」



 ぺろり。と舌で唇を舐め、白銀比はユルドルードに急接近。

 僅かに匂う汗に鼻を鳴らそうとして、近くで湯気を立てている食事が目に入った。



「ふむ、風呂に入っていては、せっかくの膳が冷めてしまうなんしなぁ。どれ、一つ」

「あっ!!おい馬鹿やめろ!!」



 ユルドルードの必死の警告を無視して、白銀比は膳から唐揚げをつまんで口に入れた。

 その唐揚げは、ユルドルードの膳の向かい側にあるもの。

 ついさっきまで同席していた者の食事だ。



「馬鹿?この白銀比に向かって馬鹿とは大きく出たなんしなぁ?」

「やべぇマジやべぇ。肋骨がギシギシいってる。締め付けがヤバい。原初守護結界じゃ保たねぇ……」


「何をぶつぶつ言ってるなんし?んん?お前さん、随分と匂いが濃くなったなんしな?いや、待て、これは……!?」

「ちょ、近い近い!!」


「なんなんしかこの匂いは!?これは、この匂いはまさしく……始原の皇たる匂いでありんす!!何があったなんし!?白状せい!!」



 冷や汗が吹き出しているユルドルードはとりあえず、簡単な方の激情を沈めようとギンの質問に答えた。

 必要以上に時間を掛ければ状況は悪くなるばかりであり、取れる選択肢もそんなに多くないが故の決断だ。



「ちぃーとばかり神に気に入られてな。プレゼントっつって力を貰ったんだよ。まぁ、まさか始原の皇種と同格になるなんて思ってもいなかったけどな」

「な、ななな、なんという事でありんす!カモがネギを背負うとはまさにこの事なんし!!」


「カモがネギを背負う?どっちかっつーと抱きつかれてるっつーか……」

「まさか、惚れたオスがわっちよりも格上となろうとは僥倖でありんしょう!!さぁさぁ、わっちを抱くなんし!!」


「なんでそうなった!?!?」



 やっべぇ、選択肢を間違ったっぽい!!

 そう思うも、時すでに遅し。

 いくらユルドルードが神から始原の皇種と同等の力を与えられたとはいえ、白銀比は数千年の間、『極』の名を守り続けた絶対強者。

 その技術は凄まじく、一気に間合いを詰められたユルドルードは白銀比と肉薄している。



「ちょぉぉぉぉ近い近い離れてくれ、頼むから!!」

「いいでありんしょう?堅い事は抜きにして身を任せるなんし。ん?なんか変な感触の防御結界があるなんしな?妙に柔らかい」


「それに触るな!危険だぞ!!」

「妙な凹凸がある?ん、これは穴?結界に穴が空いているでありんす?奥の方は湿ってるでありんすな?」


「穴?穴って……?やめろソコに指を突っ込むな!!」

「自分で用意したものでありんしょう?おかしな事を言うなんし――」


「認識阻害、解除、じゃの」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」



 白銀比の目の前に、褐色肌の幼女が現れた。

 絶句し、硬直する白銀比。

 妖艶な笑みを溢す那由他。


 恐る恐る、那由他の鼻の穴から指を引き抜く白銀比。

 更に妖艶に笑う、那由他。



「ふむ、儂の鼻の穴に指を突っ込むとは、随分と偉くなったもんじゃのぅー。箱入り狐」

「あ、あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」


「しかし、運が良いじゃの。突っ込んだのが口であれば、そのまま噛みちぎっておったからの」

「ひ、ひぃぃぃぃ。那由他様、なんで……那由他様が……。急にどうして……」


「急にでは無い。始めから儂はここに居て、お前さんをからかってやろうとユルドに抱きついて隠れておったじゃの。ちなみにの、お前さんが摘まんだ唐揚げ、あれは儂の唐揚げじゃのー」



 その言葉を聞いて、その言葉の意味を理解して、白銀比は震え上がった。

『始原の皇たる那由他の食事を横取りする』

 それは種族滅亡のきっかけとなる、最大級の禁忌。

 それを幾度となく見て来た白銀比は震え上がり、ポロポロと涙を流し始めた。



「あ、あああああ、ご、ごめんなさいでありんす……。ゆ、ゆるしてでありんす……」

「よいじゃの。また作ればいいんじゃしの」


「えっっ。か、寛大なお心、ありがとうございます……?」



 白銀比は、こんなに簡単に許して貰えるとは思っていなかった。

 遥か昔、那由他が獲ってきた獲物を横から攫った『憮然象牙・ケアレスマンモス』とその種が辿った結末。

 数千万のタヌキの群棲がマンモスの生息地に押しよせ、一週間でマンモス種を絶滅させた逸話を知るからこそ、どんな対価を支払ってでも、種の存続をするべきと思っていたのだ。


 しかし、今宵の那由他は酒を飲んでおり、そして……大変に気分が良かった。

 だからこそ、悪ノリはまだ続く。



「そうじゃ作ればよいじゃの、こんがり揚げたキツネ色(・・・・)の唐揚げをの……」

「きぃぃぃぃぃやぁあああああああああ!!」



 それが意味する答えを瞬時に理解した白銀比は、金切り声を上げ、那由他に縋りついた。



「そ、それだけは!!そ、それだけはご勘弁を!!」

「なぁに、お前にもしっかり馳走してやるからの。儂が作る飯が食えぬと申し……なんじゃのユルド」


「趣味が悪い。俺の唐揚げを全部やるからチャラにしろ」

「一つ減って、三つ増えるか。まぁ、良しとしてやるかの」



 頭の上から唐揚げの籠を差し出された那由他は、早速一つ摘まみ上げサクリと頬張った。

 そして、うむ、美味いの!と満足した声を漏らす。



「それで、どうして那由他様がここにいるでありんしょう?」

「どうしてもこうも、儂とユルドはつがいとなる予定じゃの。一緒に居るのが自然であろう?」


「番っ!?それは真なんし!?」

「うむ。那由他の名に掛けて真じゃの!」


「おう。俺はそれをユルドルードの名を持って否定するぞ」



 ユルドルードは「あー面倒な事になったなぁ」と思いつつも、那由他のご機嫌をとる為にそれ以上の追及をしなかった。

 下手に否定して、膝の上の暴虐が騒ぎだしたら困るからだ。



「ユルド、始原の皇種であらせられる那由他様に口答えするななんし!!」

「いや、俺も一応、ナユと同格の始原の皇種らしいぞ?実感とかねえけど」


「そうでありんした!?あぁ、もう、混乱するなんしぃぃぃ!!」



 白銀比は七源の階級『極』であり、その上に居るのは5匹しかいない。

 だからこそ、2名以上の格上と同時に話す機会はあまり無く、この状況に不慣れだった。


 しばらく気持ちの整理をつけた後、正気を取り戻した白銀比は那由他に向かって居住まいを正してから話しかけた。



「あの、那由他様にお願いしたい事があるんでありんすが……」

「失態をした上に頼みごとかの?本当に偉くなったもんじゃのー」


「ひぃぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「まぁよい、言ってみるじゃの」



 えっ?いいでありんす?

 なぜ急に優しくされたのか分からない白銀比だが、ここは那由他の言葉に逆らうのは得策でない。

 ならば、『エデンとゲヘナにサチナを狙うのを辞めさせて欲しい』とお願いするチャンスだと考え、口を開こうとして――先に、後ろの襖が開いた。



「ただいま、戻ったよーおじさ……何この状況ッッ!?!?」



 涙目で那由他とユルドルードの前で正座する白銀比。

 それを複雑な表情でなだめているユルドルード。

 すごく楽しそうな那由他。


 物凄い鋭い目でワルトナを睨む白銀比。

 あちゃー。と頭を抱えるユルドルード。

 物凄く楽しそうな那由他。


 そして、ワルトナの背後に立つノウィンとサチナ。



「……。はは。今日は眠れそうにないな」



 ワルトナはこの窮地を乗り切ったら英雄になれるんじゃないかと、本気で思った。


皆さま、こんばんわ!青色の鮫です!!


今年最後の更新、いつもより長めでお送りしました。

これも、一年間応援して下さった皆様がいたからこそ、執筆を続けられた結果です。


この一年、ご愛読いただきまして、ありがとうございました!!

それでは、良いお年をお過ごしください!!


PS.次話、新年早々、奴が襲来します。


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