第84話「続々・英雄覇道(表)魔法の真理」
「原初守護聖界は何回か使ってみた。問題ない!」
「流石、私の愛娘です!やはり簡単に覚えてしまいましたね!」
ユニクルフィンから離れた場所で、リリンサ達も魔法の練習を始めている。
議題は、アプリコットが贈りし三冊の魔法十典範。
そこから派生した魔法を覚える事がリリンサを最も強化する方法であり、さらにその先を見据えているアプリコットは、愛しい我が子に魔法の真理を教えようとしているのだ。
「良いですかリリンサ。 『原始守護典範』から派生した原初守護聖界は、現存する防御魔法とは使用感がわずかに異なります」
「そうなの?使ってみたけど変な感じはしなかった。第九守護天使と同じ」
「えぇ、だからこそ違いを理解するのが難しい。昨日も説明しましたが、原初守護聖界は指定した空間への影響を遮断するというもの。個人を対象とする第九守護天使とは考え方が異なります」
「ん……。個人を対象にするのではなく、空間を対象にする?」
「そうです。その人間がいるという空間への影響を遮断する。イメージ的には、対象者を空間から切り出し外部から切り離す。そうして出来た空間の隙間には原初守護聖界が入りこみ、あらゆる影響が遮断される」
「ん、それだと何も見えないし、何も聞こえなくなりそう」
「良い所に目をつけましたね。第九守護天使は視野や聴覚などの五感情報を遮断しません。が、原初守護聖界はそちらも遮断しています」
「でも、使った時は見えたし聞こえたけど」
「はい。ですから、原初守護聖界は遮断した情報をろ過し、無害な状態にした後で使用者に還元しています。ここが第九守護天使との大きな違いです」
「……。原初守護聖界の方はどんな影響も隙間なく防御できる。けど、使用者が必要としている情報は通す」
「合ってます。そして?」
「気になるのが『ろ過している』という事。それはもしかしたら、タイムラグ……、ダイレクトに情報を得ている第九守護天使の時より、僅かに反応が遅れることになる?」
「正解です!!リリンサは天才ですね!!」
「ふふ、パパはそうやっていつも褒めてくれる!」
リリンサが覚えようとしている『原初守護聖界』は、原始守護典範を手に入れたホーライが創り出したオリジナルの防御魔法だ。
原初守護典範は様々な防御魔法の根源であり、防御魔法の他、回復魔法としての側面を持つ。
攻撃を無効化するのではなく、攻撃を受けていない状態へ自動で復元し、攻撃自体を無かった事にするという考え方だ。
だが、回復には限界があり、元々攻撃を受け付けない原初守護聖界の方が有用性が高いとされている。
そして、それを見たアプリコットはその魔法を自分用へと創り変え、そして、それを更に娘用にと創り変えた。
二回の改変をした事で、ホーライの原初守護聖界とは異なる仕組みで稼働している。
「このタイムラグはほんの0.0001秒にも満たない小さなもの。ですが、世界の頂上決戦ではとても大きい物です」
「それは皇種とかと戦う場合?」
「そうです。特に皇種でも階級を持つ相手では、この隙を突かれて一気に勝敗が決してしまう事もある。相手の動きを先読みできるようになる事が必要です」
「戦闘感が大事ということ?」
「後衛のリリンサは良いですが、ユニクルフィンくんはかなり慣れて貰う必要がありますね。それと、この魔法は必要な魔力が多いのでそこも注意が必要です」
原初守護聖界の注意事項を手短に説明し終えたアプリコットは、リリンサへと視線を向けた。
そこでは、ちょっと微妙な笑顔のリリンサ。
後衛のという部分に引っ掛かりを覚え、誤魔化そうとしているのだ。
それを敏感に感じ取ったアプリコットは、すぐに雰囲気を変えるべく話題を振り直した。
「では天才なリリンサに質問です。魔法とは魔法次元から呼び出した神の摂理。そして、それを呼び出す為の鍵が詠唱である。ですが、人の言葉を喋れない野生動物も魔法紋と呼ばれる部位に魔力を流す事で魔法を発動させるし、魔法陣を刻んだ道具も魔法を利用して動いている。……実は、それらは一つの真理のもとで成り立ち、ある共通点があります。それはなんだと思いますか?」
そして、リリンサの顔が完全に曇った。
アプリコットから出題された質問の答えがまるで見つからないのだ。
だがそれでも、必死に思考を回転させ――、一応の仮説を生み出した。
「魔法を発動させるには、声にだして魔法名を言う事で……ちがう。それじゃ喋らない魔道具が効果を発揮できない。だとすると、魔法陣を描く?でも声に出すだけじゃ……。待って、カミナの研究室、あそこには音声認識ドアがあった……」
「音声認識?ほうそれはそれは」
「あのドアは何を読み取っていた?確か……そう、声にも形があるとか言っていたはず?」
「ふふ、もう少しですよ」
「声にも形、いや、模様がある?だとしたら……声の模様の組み合わせによって、魔法陣を示している?」
「それでは、結論を出して見ましょうか」
「ん。魔法を使用するには、使いたい魔法の形を世界に示せばいい!そして、人間は使いやすい方法として声で魔法名を唱えているだけ!!」
「素晴らしい!!正解です!!」
呪文を唱える人間。
鳴き声を叫び、魔法紋から魔法を放つ魔獣。
魔法陣を刻んだ魔道具。
これらは全て同じ仕組みを利用しており、魔法を呼び出す鍵さえ示せれば、魔法は世界に顕現するのだ。
そして、リリンサが言っている通り、声紋を重ね合わせて魔法陣を作る方法こそ、複雑な声帯を持つ人間に許された特別な手段。
一方、精密に声を重ね合わせる事が出来ない未熟な動物達は、己が体に魔法紋を刻み、それに鳴き声を当てて反射させる事で世界に示している。
その他、ドラゴンの翼のように太陽光を透過させて血管を魔法陣に見立てる方法などもあるが、それも全て同じ考え方の元に独自に進化したものだ。
「魔導師にとっての最初の憧れである『無詠唱』ですが、詠唱を破棄しようとも魔法名は唱えなければならない」
「それ自体が、魔法次元から魔法を取り出す鍵!省略は出来ない!!」
「そうです。ですがね……パチン!」
そう言ってアプリコットはリリンサの目の前でワザとらしく指を鳴らして見せる。
その刹那、アプリコットの背後に轟雷が落ち、創られたニセモノの草原を焼き焦がした。
「何、今の……。すごい……。」
「このように、魔法名を唱えなくても魔法は使う事が出来ます。これは野生動物と同じく、発した音を魔力で作った魔法陣に当てた事で起こしたのです。ちなみに、今のは雷人王の掌ですよ」
「なんてこと……。指パッチンで雷人王の掌を打つなんて……。パパ、すごすぎ……」
「ふふ、そして、リリンサが『原初に生まれし雷人王』や『零に戻りし時計王』から魔法を創り出すには、この仕組みを深く理解する必要があります」
「魔力で魔法陣を作り、声を当てる……?」
「そうです。正確には、一度目の詠唱で魔法十典範を開くための鍵を作り、二度目の詠唱でそれを使用し魔法を顕現させるのです」
この説明を聞いたリリンサには思い当たる節があった。
魔導書を召喚して発動した魔法より、しっかり呪文を唱えて撃った魔法の方が効果が高い様な気がしていたのだ。
そして、それは正しい。
魔導書という補助装置を使用していても限界はあり、短い詠唱では、魔法が顕現する際に端部が削ぎ落される。
形の変化した魔法は能力が僅かに低下しており、それをリリンサは肌で感じていたのだ。
「分かった。でも、なんで原初守護聖界は魔法名だけで使えるの?」
「防御魔法とは急を要するものだからでしょう。なぜ?と問われると、そういう風に神が決めたと言う他ありません」
「なるほど。納得!」
「さ、本日はいよいよ、原初に生まれし雷人王を学んでいきましょう」
「ん……。」
昨日の訓練で、リリンサは雷人王から覚えたいとお願いしていた。
だが、原初守護聖界を先に覚える必要があるからと、アプリコットはそれを却下している。
だからこそ、今日の訓練をリリンサが楽しみにしていると、アプリコットは思っていたのだ。
しかし……。
「どうしたのです?あんまり元気がありませんね?」
「実は、ユニクに雷人王の掌を使うって話したら怖がられてしまった。絶対カッコイイのに……」
「ほう?彼はリリンサの魔法が嫌だと言ったのですね?」
「嫌というか、ビックリするから先に説明して欲しいと。でも、結構、本気めに叱られた」
「そんなこと、リリンサが気に病む必要はありません」
「そうなの?」
「そうなんです。良いですか、リリンサ。男はね、愛する人から受けた仕打ちならば、どんな物でも受け入れるんです」
「そういえば、パパはママに良く叩かれてた」
「でしょう?パパにとってはアレはご褒美。ダウナーの愛を肌で感じてパパは幸せですよ」
「叩かれると幸せ?」
「そうです。ちょっと痛いくらいが良いですね。実感がありますし」
「なるほど。じゃあユニクも叩いたら私を愛してくれる?」
「えぇ、間違いなく。むしろ、それを受け入れられないのなら、それまでの男ですよ」
揺るぎない自信を溢れさせて、アプリコットは言い切った。
その疑いようのない態度と、尊敬するパパの言葉という事もあって、リリンサはすっかりその気になる。
こうして、リリンサは成長してゆく。
偉大なる父から語られた偉大なる母の性癖を踏襲し、リリンサの属性も成長してゆくのだ。




