第82話「続々・英雄覇道(表)タヌキの贈り物」
「すうぅぅぅぅぅげぇぇ、ひっどい夢を見た……」
英雄全裸フルフル親父との訓練を終えた俺は、風呂に漬かって癒された後で部屋に戻って寝た。
どうやら相当疲れていたらしく、ここら辺の記憶が曖昧。
たぶんそのせいだろうが、ものすっごい絶望を夢の中で叩きつけられた。
突然、二本目の絶望が出現したかと思ったらアホタヌキにリンチされ、助けに入ったアルカディアさんも実はタヌキに取り憑かれており、その正体がエーディーンさんという超展開。
精神的にも肉体的にも、まってく手も足も出なかった俺は、最終的にタヌキから受けた張り手で天に召された。
「ったく……。タヌキが出没するなんて聞いた日にゃ、ゆっくり寝られもしやしねぇ」
だが、体の疲れはそこそこ癒えている。
精神的にはかなりギリギリだが、まぁ、美味い飯でも食えば回復する程度だし問題ない。
「さて、飯を食いに行くついでにタヌキでも探すか……」
壁に掛っている時計に目をやると、午後2時ちょうどだった。
んー、結構、寝過ごしちゃったか?
隣の布団は折り畳まれているから、リリンは起きてるっぽいな……。
「ん、なるほど」
「だからたぶん、明日くらいに来るかも?」
隣の部屋から話声がするな?
リリンの声と……。ってこの声は!
「おはようリリン。それにアルカディアさんも」
「おはようユニク」
「あ、生きてた」
おい、『あ、生きてた』ってなんだよ!?
夢の中ではボッコボコにされたが、死ぬような目にあった覚えはねぇぞ!
「で、なんでアルカディアさんがここに居るんだ?」
「みんなでバイキング?ってのに行きたくて。美味しいごはんは、お金があれば食べられるって聞いたし!!」
そりゃそうだろ。
むしろ、お金が無くてどうやって飯を食う気だよ。……強盗か?
アルカディアさんはリリンと優勝争いをしたほどの実力者。
やる気になれば無銭飲食などし放題……だが、この温泉でそれをするのはオススメしない。
幼女将のサチナがやってきた後、ご機嫌ナナメなキツネさんが出てきたら何をされるか分かったもんじゃないしな。
「バイキングか。俺も腹が減ってるし丁度いい……。と思うんだが、もう飯は食べちゃったのか?」
リリンとアルカディアさんが座っているテーブルの上には、ざっと数えて8枚の皿がある。ティーカップの他に。
というかこれって、普通にフルコースだよな?大皿ばっかりだぞ?
「これはサンドイッチとかの軽食だから問題ない。バイキングに行こう」
「う”ぎるあ!!今度はガッツリお肉が食べたい!」
……大皿8枚が『軽食』か。
何処が軽いんだよ、この食べキャラどもめ!
**********
「ふはぁー、食った食った。ホントいつ来ても美味くて、ついつい食い過ぎちゃうな」
「ん、夜の訓練でエネルギーを使うから、食べ過ぎてもいいと思う!」
「で、その小包はなんだ?」
「これは夜食!!」
夜食を持って行くんなら、食べ過ぎるのはどうかと思うぞ。
それって普通に一日四食だからな?
だが、堅い事は抜きにしよう。
最近はリリンの感情を揺さぶる様な事が立て続けに起きているし、飯で気がまぎれるなら目をつむろう。
……多少なら。
「それにしても、タヌキの野郎が出てく気配がまるでないな」
「そろそろ出てくると思うから、心配しなくても大丈夫!」
タヌキが出てくるんなら、心配しかねぇんだけど。
一応、ギンからの要望もあるし、運良くゴモラを見つければセフィナ奪還の手掛かりにもなる。
そんな訳で食堂の隅から隅までくまなく探してみたが、タヌキの姿は無かった。
その代わり、端っこの方でエーディーンさんとゲフェナダルさんが楽しげに食事をしていたが、特に用事もないのでスルーしている。
そうして俺達は楽しい食事を終え、ギンの部屋に向かって歩き出した。
「アルカディア、私達はこれから白銀比様と訓練。だから遊んであげられない」
「う”ぎるあ。白銀比様は皇種だって聞いた……。超怖い」
「そう。見つかったら食べられちゃうかも?」
「う”ぎるあ!?」
人食いキツネとか、何それ怖い。
あ、そういえば、俺も食われそうになったっけな。……性的な意味で。
馬鹿な雑談をしているとギンの部屋が見えて来た。
昨日はギンも怒り狂ってたし、今日は落ち着いてると良いんだ……ひぃ!既に覇気が漏れ出している!!
「う”ぎろあ!?ぎぎろぎあ!?」
「う、白銀比様、まだ怒ってるっぽい。アルカディアは逃げた方がいい」
「分かったし!!まじ怖いから逃げるし!!」
そう言い残して、アルカディアさんは一目散に逃げ出した。
……わき目も振らず全力疾走している後ろ姿、どことなくアホタヌキ感があるな。なんでだ?
「……ユニク。白銀比様、昨日よりも怒ってるよね?」
「あぁ、そんな感じがビシビシ漏れてるな」
「またタヌキに何かされた?」
「そうなんだろうなぁ……」
何度も皇種にちょっかいを掛けてくるとか、マジで害獣だな、タヌキ。
というかそもそも、皇種であるギンにちょっかいを掛けられるのがおかしいだろ?
イタズラしてギンに見つかったら、即・滅殺されるはず。
それなのに逃げおおせているってんだから、狡猾さではギンよりも上なのは間違いなさそうだ。
「さて、気合を入れて行くぞ」
「分かった。一応防御魔法を張っておく。《原初守護聖界!》」
……第九守護天使の上位版みたいなの、さらっと使ったな……。
たぶん、こんな微妙な場面で使われるってアプリコットさんも思って無かっただろうなー。と思いつつ、俺はギンの部屋の襖を引いた。
「ブッ殺してやるでありんす、ブッ潰してやるでありんす、ブチ抜いてやるでありんす、蹴り倒してやるでありんす、呪い殺してやるでありんす……。タヌキィィィィ!」
ひぃぃぃぃ!!殺意が格段に上がってるッ!?
思わず襖を閉めちゃったぞ!!
僅かに開いた襖から漏れ出てくる、怨嗟の声。
ギンは金切り声をあげながら、入口に背を向けて何かをしていた。
両腕が動いていたから書をしたためている感じじゃなかったが……一体何をしてるんだ?
「ユニク、サチナがいた」
「サチナ?俺には見えなかったけど」
「白銀比様がサチナを抱きかかえて、頭を撫でてたっぽい?」
「頭を撫でてた?何をしてるんだろうな?」
……って、あれ?
これって、エデンとゲヘナとかいうハイランク・クソタヌキの魔の手にサチナが落ちてしまったって事じゃ……?
俺が気が付くと同時にリリンも思い至ったらしく、俺達は急いでギンの部屋に押し入った。
「おい、サチナは大丈夫か!?」
「うるさい黙るなんし。気が散る」
「ひぃ。失礼しました!」
慌ててギンの背中越しにのぞき込むと、困り顔のサチナと目が合った。
良かった。とりあえず外傷はなさそうだ。
だが、見るからにやるせさなそうな、というか、俺達に助けて欲しいという眼差しを送ってきている。
それに対しギンは……魔法陣が浮かび上がった布でサチナの頭を擦っていた。
「……。なぁ、ギン。何してるんだ?」
「うるさいと言ってるなんし。帰れ」
いつにも増して言葉が辛辣なんだけど……。
昨日は遊び半分に覇気を叩きつけられたが、今日はそれどころじゃないと言葉での威嚇だけだ。
それでも十分に怖いが……。うちの脳味噌が空腹な魔王様には、その程度の威嚇じゃ聞き目は薄いぜ!
「しゅさま……。お仕事に行きたいのですよ。サチナは、お夕飯も厨房のお手伝いがあるのです……」
「サチナ、何があったの?」
見るからにションボリしているサチナは、どうやら、宿の仕事に戻りたいらしい。
だが、ギンがそれを無理矢理引き止めている。
ある程度俺達が状況を察した所で、何があったのかをサチナが語りだした。
「お昼過ぎにサチナはエデンに遭遇してしまったのです。すぐに母様を呼ぼうとしたですが、お札を取りあげられてしまったのです……」
「サチナから札を奪った?流石、タヌキ真帝王。戦闘力の高さが窺える」
「そのまま捕まってしまったサチナは、エデンに撫で回されたです。いっぱいいっぱい、撫で回されたです!!」
えっ、なにそれ羨ましい。
俺も是非、そのモフモフの耳と尻尾を撫で回したい!
って、今そんな事を言おうもんなら、確実にギンの逆鱗に触れるな。
モフモフの対価が命というのはちょっと許容しがたいので、心の中に封印しておこう。
「そして、撫で回されたせいで、母様が付けてくれた加護に手垢がいっぱいついちゃたです。サチナには分からないですが、すごくダメみたいなのです。ホロビノも目を背けたくらいなのです……」
サチナの説明によると、札を取り上げられた後、声を上げて抵抗したらしい。
その声を聞きつけたホロビノが助けに入り、一応エデンは帰っていったのだが……。
その時には既に、ギンがサチナに掛けていた加護はタヌキの手垢がびっしり。
魔法陣の上に色々と落書きされ、機能不全を起こしていた。
そして、偉大なる駄犬竜ですら目を背けたくなる程の惨状を見たギンは卒倒しかけ、ギリギリで踏みとどまった後、怒り狂いながらサチナの加護を磨いているという事になったらしい。
……ホント、マジでロクなことしねぇな、タヌキ。
「そうなんだ。汚れ取れそう?」
「それが……状況が悪化しちゃったのです……」
「悪化した?」
「どれだけ擦っても手垢が落ちないから、母様は一度加護を解除して掛け直そうとしたです。でも……」
「でも……?」
「母様の加護を解除して消した瞬間、エデンが仕掛けていた加護が発動してサチナの加護の支配権を乗っ取っちゃったです……」
うっわぁ……。なにそれ、まじクソタヌキ。
ギンがサチナに掛けていた加護は『白銀比の許可無しに、新たな加護を追加できない』という効果もあったらしい。
これにより、サチナの加護の防衛力を高め、おいそれと干渉されない様にしてたとか?
実際に、エデンが手出し出来たのはサチナの加護の上層部だけであり、イメージ的には上から落書きをしたようなものだったようだ。
だが、ギンの加護を消してしまった事により、状況が一変する。
魔法的効果を持たないただの落書きだと思っていたものが、ギンの加護を消した瞬間に凝縮し、タヌキ謹製の加護へと変貌。
それは奇しくも、ギンが掛けていた物と同じ系統であり、『エデンの許可無しに、新たな加護を追加できない』状態になってしまった。
「死ね。死ね。でありんす……。エデンめ、さっさとくたばれでありんす。食当たりでくたばれでありんすぅぅ」
……あれ?白銀比様、泣いてない?
必死にサチナの頭を擦っているギンの目尻に、光るものが溜まっている。
部屋が暗くてよく見えないが、きっとそれは俺が触れてはいけないものだ。
触らぬキツネに祟りなし。
「これじゃ今日の訓練は厳しそうだな?」
「ん、白銀比様、無理そう?」
「……。維持するだけならアプリコットに言えば勝手にやるでありんしょう。後は好きにするなんし」
そう言いながら、ギンは尻尾を一振り。
そして、切り裂かれたように空間が割れ、親父達が待つギンの権能への入り口が出来あがった。
「見るからに難しそうな事をしてるが、俺達が権能の中に入ってギンの負担になったりしないのか?」
「わっちが今やってるのは加護の解呪であり純粋な知恵比べ。神から与えられし権能と無関係なんし」
「そうか。じゃ、訓練させて貰ってもいいんだな?」
「さっさと行けなんし。気が散るでありんす」
一応確認もしたし、ギンも良いと言っている。
それに……。
なんだか妙な胸騒ぎがするんだよな。
なんというか、カツテナキ絶望が向かって来ているかのような、表現しがたい感じの焦りがある。
一刻も早く技術と力を身に付けるべきな気がするのだ。
今日で訓練も4回目だし、そろそろキッチリ親父をブチ転がして、新しい力を手に入れたいしな!
「じゃ、行くとするか、リリン」
「準備おーけー。今日こそ雷人王を私の物にする!」
「おう、良い意気込みだな!」
「そしてユニクに撃ち込んで、雷人王ユニクにする!」
「それをやる前に、ちゃんと許可を取ってくれよ!?」
くっ、まだ諦めてなか……って、これは夢の話だったか?
まぁ、雷人王が本当にバッファ魔法だというのなら人体に悪影響は無い……はず。
……。
『雷人王を人の身で受けると普通に死んだ後、妖怪に進化します』とかないよな?
「一応言っておくが、わっちは今日は行かないでありんす。無茶をするのは勧めはせん」
「怪我しない程度にやれって事だな?分かった」
ギンはサチナから目を離さずに、俺達に忠告をしてくれた。
その忠告を胸に刻みつつ、俺とリリンは権能の入口へと潜っていく。
「よっし、今日こそ親父を倒してやるぜ!」
 




