第5話「ひたすらレベル上げ」
「……ユニク、起きて。ユニク、ユニク!!」
「ほげっ!俺は……何を?」
「気がついてよかった!……ごめんなさい。ちょっとだけ、おふざけが過ぎた」
「あ、あぁ……」
見上げればすぐそこにリリンの顔。
草原に寝そべり、頭の下にはタオルみたいなものが挟まれている。枕の代わりだろう。
どうやら俺は気絶してしまったらしい。
そうだ。確か、黒土竜の突進に飲み込まれたんだったっけ……?
「俺は、黒土竜の突進を受けてそれから……気絶したのか?ということは、防御魔法が耐えられなかった?」
「いや違う。ユニクに掛けていたのは私の持ちうる最高の防御魔法、『第九守護天使』。黒土竜はおろか、ホロビノでさえ突破は難しい程に強固な守備力を誇る魔法で、突進程度では解除されるはずもない」
「ん、じゃあなんでだ?」
「……。私も安心しきっていた。たとえ私の魔法に巻き込んでも、第九守護天使なら絶対に大丈夫だと、でもあんな方法があったなんて……」
ん?今さらっと巻き込むこと前提で話してなかったか?
ちょっと気になる……けど、追求は後だ。
今はリリンすら想像できなかったという、黒土竜が起こした事についてだ。
「端的に言えば、ユニクが意識を失った原因は窒息によるもの」
「窒息?」
「黒土竜の突進を無反動で無力化したのが災いし、黒土竜の群れはそのままユニクを飲み込んでしまった。そして本能に従い、身を寄せ合ってドラゴン団子を形成。内部に取り込まれたユニクは空気が吸えず窒息したと考えられる」
「あーつまり?」
「ドラゴン団子で窒息。ユニクが死にそう?」
「生きてるよ!そんな間抜けな死に方嫌だッ!!」
「それだけ元気なら大丈夫そう。本当に良かった。とりあえず黒土竜達はホロビノが叱責している。見て」
そう言ってリリンは風上の方角を指差した。
そこには横一列に並び、頭を垂れてションボリな黒土竜と、尻尾をばたつかせて見るからにイライラしているホロビノが居た。
「きゅあら、きゅらぁ!!きゅあぁ!!」
「「「「「「オグュゥゥ。オグュゥ」」」」」」
「きゅあら!?ぎゅあ”ぁ”ぁ”!!!」
「オグロロロ……。」
どうやら、割りとしっかり目に怒っているらしい。
黒土竜達の鳴き声に覇気はなく、どこか寂しさすら感じるな。
ちょっと可哀想な気がする。
てゆうか、よく考えたら大体、ホロビノが悪い。
野生の黒土竜に高度な魔法を教えたり、久しぶりのリリンとのじゃれ合いを本気でやり過ぎたり。
ほら、見てくれ。
地面が抉れて、見たこと無い感じの土が出てきている。
明らかに周りの事を考えていない攻撃だ。
……よく生きてたな。俺。
「リリン、流石に黒土竜が可哀想だ。俺含めてアイツらも被害者だろ?」
「うーん。可哀想といえば可哀そうなのかも?私的には、偶然とはいえ高ランクの防御魔法への対策を示した黒土竜達は大いに評価したい。なので、あの6匹は特別に許す。おーい。ホロビノー。そろそろ許してあげてー」
「きゅあ!」
リリンの一声でホロビノの叱責は終わりを告げた。
そして、ゆっくりとした歩調でこちらに向かってくる。
お、黒土竜も一匹、後を追ってきたな。
そしてホロビノは俺の前に来ると、後ろからやって来た黒土竜へ視線を向け、俺と黒土竜とを交互に見やり、鼻先をしゃくる。
どうやらホロビノは、黒土竜に謝罪をさせたいらしい。
黒土竜もそれが分かっているようで、恐る恐る俺の頬に顔を近づけ、そして、ペロリと一舐め。
ザラザラした舌で頬から首筋を丁寧に舐め続け、謝罪の意を示している。
ドラゴンの流儀なんて知らないし、ちょっとヌルヌルするが、何となく悪い気はしない。
デカい犬みたいなものだと思えば可愛く見えなくもないし。
成すがままに舐め続けている黒土竜を、許してやると意味を込めてそっと撫で返す。
暫くの沈黙。
黒土竜にも俺の思いが伝わったらしく、何秒かの間、見つめ合った。
……だが、黒土竜はおもむろに視線を外し、そして。
「………………っペッ、」
「あ"?」
……コイツ、唾吐きやがったッ!
なんだ?あれか?俺は思いのほか不味かったって言いたいのか?
あ!てめぇ!!草で口直しなんかしてんじゃねぇよッ!?
俺は雑草よりも不味いのかッ!?
……前言撤回だ。俺はお前らを許さん!
絶対に叩き切ってやるから覚悟しておけよッ!!
「ユニク。そろそろ帰ろう?」
黒土竜の謝罪も一段落し、もう一度、戦闘訓練に戻ろうかという所でリリンから声が掛った。
「ん?まだ明るいだろ?もう帰るのか?」
「そう。何と言っても、ユニクにはやらなければならない使命がある」
「やらなければならない使命?」
「とても大事なこと。それは……ホーライ伝説の読了!既刊二十巻、だいたい8000ページほどだと思う!!」
「…………うっわ。ガンバリマス」
「ふぁいと。応援してるよ。ユニク」
そうして俺のレベル上げ一日目は終了。
なお、今日一日で上がったレベルは300程で、俺のレベルは612になった。
確かに命の危険も有ったが、こんな短時間で300も上がるなんてな……。
この調子でガンガン行くぜ!
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そして、リリンと戦闘訓練を始めてから一週間が経った。
あれから毎日、この草原にやって来ては黒土竜達と戦闘の日々。
段々とコツを覚え、黒土竜の攻撃を見きったりカウンターが出来るようになったりと、戦闘技術も獲得できた。
そして黒土竜達も、俺に合わせるように成長していった。
最初の変化は、ホロビノが連れてこなくても、黒土竜自ら草原で俺達を待っているようになった事だ。
次の日には、ただ待っているだけじゃなく仲間同士で模擬戦じみたことしていて、迸るほどのヤル気が伝わってくる。
そして、休憩している黒土竜達の傍らにはウマミタヌキが置かれるようになった。恐らく弁当持参ということだろう。何気に賢い。
黒土竜達との熱い戦いの日々。
時々ホロビノやリリンに茶々を入れられながらも一進一退の激しい攻防の末、様々な技術やスキルを身に付け、お互いに磨きあげた。
そうして俺は成長を続け、いつしかレベルは2000を超えている。
俺はついに普通の村人のレベル標準を越え、これで白い目で見られたり指をさされたりしないで済みそうだと安堵を漏らした。
しかし、だ。腑に落ちない点が一つ。
俺と同じ訓練を共有し続けた親友とも言うべき黒土竜達。そいつらのレベルが何かおかしい。
―レベル7005―
―レベル7825―
―レベル7412―
―レベル7129―
―レベル8003―
―レベル8565―
……なんでだよッ!!
なんで黒土竜達はこんなにもレベルアップしてるんだよッ!?
毎日俺と同じ訓練をしていたはずなのに、差は開く一方なんだけどッッ!?
この事をリリンに尋ねてみたら、
「んーこれは、黒土竜の成長が早いのではなく、ユニクが遅いのだと思う」
「え?そうなのか?」
リリンの話では俺のレベルの上がりが悪いそうで、本来ならば俺のレベルは10,000になっていてもおかしくないらしい。
ちなみに、原因は不明。
個人差としても大きすぎるため仮説が立てられないそうだ。
だがまあ、それはそれ。
俺のレベルは着実に上がっているのだから気にする必要はない……ということにしておく。
そして、今日も戦闘訓練を始めた。
無事に午前の訓練を終え、お昼の休憩を取った後のこと。
リリンの発した言葉を仕切りにして、事態が急変した。
「さて、ユニクも十分に体の使い方を覚えたと思う。だから今日の午後からは私が稽古をつける。ね、ユニク。私と体で語り合おう?」
すくりと立ち上がったリリン。
俺にはその目が、とてもギラついているように見えた。