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第74話「続・英雄覇道(表)英雄ホーライ伝説」

「雷人王の掌……あの『バッファ魔法』は、紛れもなくランク0。私が知る中で最高峰に君臨するバッファです」

「………………え?」



 幼きリリンサが、温かな膝の上で思いを馳せた魔法……『雷人王の掌』。

 それは、魔導師たるリリンサにとっての始点であり、通過点だった。


 家族を亡くし失意にくれる中、後継人となったノウィンより与えられた魔導書の中にそれを見つけたリリンサは、漆黒が渦巻く瞳に光を灯した。

 そして、それを扱える可能性がある三人の師匠の元へと、リリンサは辿りつく。


 リリンサが今のリリンサとなる為の、始点。

 雷人王の掌を手に入れたいという願いがあったからこそ、リリンサは停滞した世界から踏み出す事が出来たのだ。


 だが、リリンサが思い描いた魔法は、その思いに反するものだと告げられた。

 くしくも、そのどちらともが『最愛のパパ』から告げられたのだ。



「どういうことなの……?雷人王の掌は攻撃魔法のはず……」

「えぇ、確かに『雷人王の掌』は光の魔法陣を空に描き、雷を乱反射させる事で引き起こした過電流を叩きつける技。指向と制御さえしっかりと行えば相当に強力な、ランク9の魔法(・・・・・・)でもありますね」


「そう、それは私自身が良く知っていること!だって私は、雷人王の掌を扱える!」

「おや?是非、見てみたいですね。よし、ではパパに向かって撃ってみてください、リリンサ」


「えっ、だめ!威嚇じゃなくて本当に打ち込むなんて、してはダメだと思う!」



 その言葉をこの場に居ない赤髪の少年が聞いたとしたら、さぞ驚愕するだろう。

 なにせ、リリンサは事あるごとに雷人王の掌の名前を持ち出し、ユニクルフィンを脅しているからだ。


 もっとも、それは白い髪の悪友によって慣れさせられた習慣だが、リリンサ自身も「ランク9の魔法は、そういう使い方もある」と理解している。

 ランク9の魔法とは、使い方次第で地形を変えてしまえる程の大規模殲滅魔法。

 使用する際は周囲に被害が及ばない様に細心の注意を払う必要があり、実際に使用する局面など殆ど無い魔法。


 だからこそ、『ランク9の魔法を使える』という付加価値を利用する事の方が、圧倒的に多いのだ。



「心配はいりません。なにせ私はリリンサのパパ。娘が行う最大の攻撃魔法は「パパ、きらい!」だと、決まっているのですよ」

「ん、そんな精神論の話ではない……。だって万が一、パパが消えちゃったら、私は……」


「それこそ心配など不要です。私は英雄。表舞台に立つことは控えていましたが、これでも人類の守護者を名乗っているのですから」

「……分かった。でも、しっかり防御して欲しい!《我が雷陣の元に――》」



 優しく頭を撫でられたリリンサは、意を決して詠唱を開始した。

 その瞳は、先ほどとは打って変わって輝いている。



 この世界で最も偉大なパパが大丈夫というのならば、大丈夫。

 だから、私の全力をぶつけて、パパに褒めて貰う!!



「《ーーこれはきっと、意味のない争い。だから終わらせよう。この静滅の光で―雷人王の掌(ゼウスケラノス)願いを吊るす磔刑クルーシャフィクシャン―》」

「大国の姫が戦争の終止符として撃った魔法ですね。確かに攻撃魔法としては精錬されている方でしょう」


「ん!行けぇ!!」



 リリンサが造り上げたのは、星丈―ルナを核として顕現させた雷の王笏おうしゃく

 それを10mの距離を取って立っているアプリコットに向け躊躇なく振りかざし、その魔法効果を世界に示した。


 天高く突き上がったそれは……大いなる光の十字架グランドクロス

 アプリコットを取り込んだ光の奔流は、全長30mを超えるであろう光の処刑台となり君臨したのだ。


 その光を見た者は、この荘厳な光景に手を伸ばさずにはいられない。

 美しく輝く十字架から振れ出る威光。

 それは、生き恥を晒した大国が己が墓標として戦場に突き立てた、懲戒と赦罪の光なのだから。


 戦争の最終局面、敵も味方も入り乱れる戦場を一掃したこの魔法は、アプリコットの身体を取り込んで貫いている。

 そして、その跡地には深さ100mにも及ぶクレーターが出来あがる……はずだった。


 ……だが、



「おぉ、これは凄い!これ程の魔法を使えるようになっているなんて、パパ、感動です!」

「……うそ、願いを吊るす磔刑クルーシャフィクシャンを受けながら喋っているというの……?」


「えぇそうです。愛する娘との語らいは、この程度で邪魔されるはずもないのですから」



 光の十字の中に幽然と立つ人影。

 おぼろげにしか姿が見えない。ならば、魔法は完璧に発動しているはずで。


 混乱と羨望が渦巻くリリンサは茫然とし、やがて、アプリコットは動きだした。



「この雷人王、空から地面方向に電流が流れていますね?そして、最下層に辿りついた電流は外側に螺旋を描くようにして頂上に戻り、また下る。その繰り返しをする事で、形を留めておくことの難しい雷撃を十字架の形に固定している」

「……パパ……。」


「確かに人が扱う攻撃魔法としては十分。ですがね……。まだまだ、ランク0には届いていません《目覚めよ、雷人皇ゼウス》」

「つっ!?」



 アプリコットは唐突に手を叩くと、その十字架を圧縮し、掌握した。

 全長30mもあった光の処刑台は瞬時に姿を変え、アプリコットが付き出している右腕の前で魔法陣へと変貌。

 それを文字通りに握り掴んだアプリコットは、ふふっ、っと笑みを溢し、その結果を娘に見せつけた。


 リリンサの眼前にて悠然と立つ、人類最強の魔導師。

 その男の右腕から背中には重なり合う魔導規律陣が幾つも張り付き、輝きを発している。

 やがて、アプリコットは、その右腕でパチン!と指を弾いた。



「えっ!?」



 そして、リリンサの目の前にあった紙に『雷』が落ちた。

 その跡地には……、『アプリコット・リンサベル』とカッコイイサインが穿たれている。



「と、このように、本来の雷人王の掌は身体に纏って使用するのが正しいのです。こうすれば無意味に魔力を消費せずに済みますので」

「パパ……。パパ……。」


「おや?ビックリさせすぎましたか?」

「パパ……。すっっっごく!!すっっっっっぅごく、カッコイイと思うっっ!!」



 何が起こったのか分からなかった。

 私の雷人王の掌が消えた理由も、パパが纏っている光の魔法陣も良く分からない。

 だけど、パパは凄い魔導師だ。


 たぶん、この世界の誰よりも……。ううん、絶対に誰よりも凄い魔導師。

 それが……パパなんだっ!



 意識を取り戻したリリンサは、万感の思いでアプリコットに飛び付いた。

 年相応よりもだいぶ幼い笑顔で、抱いていた尊敬をさらに超える尊敬を溢れさせ、躊躇なく飛びこむ。


 そして、優しく受け止められたリリンサは、爛々と目を輝かせてアプリコットに声を掛けた。



「すごい!すごい!本当に凄いと思う!!私の雷人王の掌を変化させてしまうなんて!」

「どうです?パパの事を見直しましたか?」


「うん、凄すぎて凄いとしか思えない!」



 興奮冷めやらぬ態度で、リリンサはアプリコットにその思いを伝えた。

 そして、アプリコットも愛娘の熱い抱擁を存分に楽しんでいる。


 それは、誰がどう見ても、幸せな家族そのものだ。



 **********



「さて、分かったと思いますが、本来の雷人王の掌はバッファとしての意味合いが強い魔法です」

「ん。特殊な効果を得る高ランクのバッファ魔法。さっするに、雷霆戦軍インドラのような専用の攻撃魔法を手に入れる為のもの?」


「そういう側面もあります。ですがこれは創生魔法。そんじょそこらの魔法とは規模が違うのです」



 しばらく親子の語らいを楽しんでいた二人も落ち着きを取り戻し、静かにテーブルに座っている。

 当然勉強は再開となるのだが、その議題は変わらず、雷人王の掌。

 もっとも、実演後の補足であるがゆえに、これから先は紙とペンを使った通常の講義だ。



「すごい……。それにまだ秘密が隠れているというの?」

「えぇ、まだまだ秘密があるはずですよ」


「秘密がある……はず?パパも知らない事があるの?」

「ありますとも。それはホーライ師匠についても語る事になりますが……。聞きますか?」


「そんなの聞くに決まっている!むしろ、聞かせてくれなかったら怒ると思う!!」

「なんと、それは一大事です。白状するとしましょう。……と、その前に魔法を解除しますね」



 アプリコットは不意に力を抜くと、腕に纏っていた魔法陣を解除した。

 その魔法陣の残滓が煌めく中で、リリンサは期待に満ちた瞳を向けている。



「雷人王の掌。この魔法は……光と強化の創生魔法。初代英雄・ホーライと共にある魔法です」

「光と強化の創生魔法。私が使える、創生魔法……」


「そもそも、ホーライについて世俗では議論が繰り広げられているかと思います。そんな奴はいないだとか、名前を使っている集団だとか、強者が正体を隠す為の隠れ蓑だとかね」

「私は、ホーライの名前は世襲制だと思っている。数百年前から受け継がれている伝説の肩書き。ん……だとすると、パパもホーライ?」


「ははは!それは面白い冗談ですね!私がホーライと名乗ったら、ユルドはとても嫌な顔をするでしょうから」

「……違うっぽい?」


「えぇ、違います。そして、ホーライはこの世界でたった一人。その名を差す人物なんて、あの老爺以外にはいませんよ」



 それを聞いたリリンサは、首をかしげた。

 リリンサの知る限り、ホーライは500年以上も前から活動している。

 ホーライ伝説にて語られている情報を頼りに、ワルトナと一緒に調べたのだから間違いない。


 だからこそ、それは矛盾する。


 パパとユルドルードは、ホーライの弟子。

 でも、ホーライは500年前から語り継がれている人物。

 そんな事ありえるの?だってそれだと、ホーライは……。


 リリンサは再び混乱し、そして、分からないからパパに聞こう!と思考をブン投げた。



「色々と矛盾するから良く分からない。教えて、パパ!」

「それは単純な事ですよ。あの老爺は数百年以上も生きている。これで説明が付くでしょう」


「……。えっっ!?」

「そりゃ驚きますよね。私も知った時に驚いて、思わず「なんですって!?妖怪かッ!?!?」と叫びましたから」


「……妖怪の英雄?」

「はは、我ながら妖怪の定義が良く分からないので何とも。ですがね、妖怪を『過去に人であり、そして、命の輪廻から外れし者』と定義づけるのなら、まさに師匠はそうなのでしょう」


「ど、どういうことなの?」

「ホーライ師匠はね……己が身体の時を止めている、人間としての枠組みを超えし者なのです」


「身体の時間を止めている……?そして、人としての枠組みを超えた……?そんなこと……」

「出来るのですよ。創生魔法と創星魔法。さらに神撃魔法までも極めれば可能となるらしいのです」



 自分の知らない世界がある事は、リリンサにだって分かっている。

 ましてや、創生魔法の実演をされたばかりでは、その思考は強くなるばかりだ。


 だが、流石にこれは簡単には許容できない。

 憧れの人物が『人でなかった』などと、簡単に飲み込める訳がないのだ。



「ホーライ師匠は、気が付いた時には年老いていて、そして、英雄と呼ばれるようになっていたそうです」

「ホーライは英雄を目指していた訳でない?」


「えぇ、何か譲れぬ目的があったのだと聞いています。ですが、それを達成しようにも残された寿命は少なかった。どんなに工夫をしても、人間は150年も生きられませんから」

「それはしょうがないと思う」


「いえ、師匠はしょうがないと諦めなかった。そして、創り出したのです。己の身体を生命の理から外れさせ、事実上の不老身体となる方法をね」



 そんな事が出来るなんて……。

 抱いていた憧れに畏怖が混じり、畏敬の念としてリリンサの中に渦巻いてゆく。



「そして、この雷人王の掌……いえ、創生魔法『天空を統べし雷人皇(Zeus)』は、神が定めし雷の概念を身体と融合させる魔法。それを使いし時、師匠は理から外れた身体を目覚めさせ、文字通りの……雷人と化すのです」

「なにそれ……。凄くカッコ良すぎると思う……」


「普段はどこにでもいる老爺なんですけどね。こうなったらもう速すぎて、まともに攻撃が当たりません。あのユルドですら一方的に殴られるのですよ。アレはまさに妖怪の名にふさわしい動きです!」

「パパ……。それ、私も覚えたい」



 リリンサはまっすぐな瞳でアプリコットを見た。

 それは決して揺るがぬ鋼の意思。

 欲しい物を親にねだる子供そのものであり、リリンサがあまり経験する事のなかったものだ。



「ふむ、一筋縄ではいきませんよ?もしかしたら、頑張っても扱えないかもしれません。この私ですら、魔法の完成度は師匠に及ばないのですから」

「難しいのは分かってる。でも挑戦したい!教えてっ!」


「ふふ、小さい頃と変わりませんね、リリンサは」

「むぅ……だめ?」


「いえいえ、ダメなはずが無いでしょう。それにね、パパはリリンサがそういうのは分かっていました。だからこそ、リリンサの本棚には三冊の魔導書があったでしょう?」



 アプリコットはリリンサのおねだりに頷いた。

 そしてそれは、幼き時に交わした約束の履行でもあるのだ。


 本棚に三冊の魔導書があったでしょう?

 それを聞いたリリンサは、すぐにそれを召喚して机の上に広げた。


 その魔導書は、ユニクルフィンと共に墓に潜って手に入れた、読めない魔導書(・・・・・・・)

 どのページも見た事もない文字で埋め尽くされ、リリンサはおろか、カミナですら匙を投げたそれらに、アプリコットは手をかざす。



「《魔法解錠・”もう一度、見直そうリピート・オブ・ゴッデス”》」



 その瞬間、掛けられていたランク0の魔法結界が砕け散り、本来の姿を取り戻した。


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