第65話「目覚め」
「ふぁ~~あ。今日もよく寝たな……」
まったく容赦をしない全裸親父との特訓を無事に終え、俺とリリンは部屋に戻って来た。
そして、そのまま倒れるように布団に突入。
親父にさんざんどつかれた背中や腰が悲鳴をあげ、直ぐに体を休めないと危険な状態だった。……精神的にも。
「……少し筋肉痛になったか?まぁ、昨日ほどじゃないな」
親父から提示された特訓を終えたかと聞かれると、とても微妙だ。
俺が終えたのは、腕立て、スクワット、腹筋がそれぞれ1000回ずつ。
つまり準備運動であり、正直に言えば、スタートラインに立っただけで昨日の訓練も終わったのだ。
まあ、それはしょうがないか。
何度もやり直しをしつつ準備運動を終え、いざ本番の訓練へ!というタイミングで、リリンとアプリコットさんが戻ってきた。
時間的にはそろそろ朝日が昇るといった所だったし、丁度キリが良いからとお開きになった。
そんなわけで、俺とリリンはぐっすり寝て今に至る。
……が。
なんか、布団が重いんですけど。
この重さ、なんか身に覚えがあるんですけど。
いやいや待て待て落ち着け、俺ッ!
リリンに馬乗りされる様な事は何もしてないだろ!?
久しぶりにアプリコットさんと再会して話し疲れたリリンは、平均的な寝不足顔で、「……ん……。」って感じだったから、俺の横で寝てるはずだしなッ!!
だが、明らかに俺の腹の上に何かが乗っている。
一体、何が乗ってるんだ……?
と、とりあえず、静かに目線だけで確認してみよう。
「すー。すー。」
……白いんだけど。
なんだ白いって?リリンだったら青いはずだよな?
まぁ、とりあえず、茶色くなくて良かったと思う。
「すー。すー。ん……」
うん、何度見ても白い上に、これは毛だな?
白い毛……もしかしてホロビノか?
って、んな訳ねぇだろ。あんな巨体が乗ったら潰れるし。
だとするとサチナか?
サチナも髪の毛は白い……が、俺の上で寝ている意味が分からないんだよなぁ。
……じゃあ、一体誰だ?
「すー。すー。ん、ゆに……」
俺が視線を向けると、その人物は可愛らしく寝言を言って頬をすり寄せた。
そのおかげで横顔が見えて正体が判明。
って、ワルトだったか。
全く無邪気そうな顔で寝やがって。これが世界を統べる指導聖母だってんだから驚きだぜ。
……。
…………。
………………は?
いやいや、何でワルトが俺の上で寝てるんだよッ!?!?
一応布団が間にあるから密着してる訳じゃないが、それでもこれはまずいだろ!?
こんな所をリリンに見られた日には、再び温泉に浮かぶ事になってしまう!!
なんとかリリンにバレる前に脱出しないと!!
「ゆっくり、そう、ゆっくりだ……」
「ゆっくり何をするの?」
「あぁ、おはようリリン。それでだ、まずは俺の話を聞いてくれないか……?」
「……。私というものがありながら、ワルトナに手を出すなんて……。二重の意味で許してはいけないと思う!《魔王の降臨=魔王のみ――》」
俺の枕元に立って見下ろし、冷えた声で語り掛けてくる魔王様。
朝からとても凄い覇気だ。冷や汗が吹き出すぜっ!ってそれどころじゃねぇだろ!?
今すぐに昨日の訓練を思い出せ!俺ッ!!
そして一刻も早く、右腕でリリンの口を塞げええええ!!
「《ぎう……むぐぅ!》」
「よしっ!妨害成功だッ!このまま脱出して距離をと……」
「……おはよう、ユニ。この僕を抱き枕にするなんて、とてもいい夢が見られただろう?」
「むー!むぅーー!むぅぅ!」
「……そうだな。この瞬間も夢だったらいいのになぁーって思ってるよ」
「ははは、照れるなよー。《雹弾雨》」
「ひっ!《第九守護天使ぅぅぅううう痛い痛いッ!》」
痛い痛い寒い痛い痛い痛い、寒いぃぃぃぃぃッッッ!!
布団越しに叩きつけられる、こぶし大の衝撃。
第九守護天使越しだから致命傷にはならないが、結構な衝撃だ。
つーか、この寝起きな大悪魔さんが使った魔法、ランク6だった気がするんだが!?
ワルトが突き出した両腕から発射された氷の散弾。
それをまともに叩きつけられ吹き飛ばされた俺は、そのまま壁にめり込んだ。
「ふぁー、よく寝たねぇ。案外の寝心地が良かったよ、ユニ」
「むぅぅ、ユニクを敷いていいのは私だけ!ワルトナ、こういうのは二度としないで欲しい!」
「えー。いいじゃないか。適度に硬くて気持ちいいよ?リリンもやってみたらどうだい?」
「そうなの?」
「そうなの。ほら、試してごらん」
「……《空気圧縮》」
ぐぅぅぅ!今度は上からものすっごい圧力がぁぁ!
こんの大悪魔共、朝からテンションが高すぎんだろッッ!?
ちくしょう!こんな所で潰されてたまるかッ!!
**********
「で、何でワルトナがいるの?」
「今日の朝この部屋を訪れたんだけど、二人とも気持ち良さそうに寝てるから起こすのも悪いなぁって思ってさ」
「ん、でもそれならユニクと添い寝する必要はないと思う!」
「最初はユニにイタズラして遊んでたんだけどねぇ、つい眠くなっちゃってさ。そしたら具合の良さそうな敷布団が目の前にあるじゃないか」
「その判断はダメだ思う!」
「あはは、つい出来心でさ。……僕だって寂しい時や慰めて欲しい時があるんだよ」
親父、俺は善戦したぞ。
だが、大悪魔二人がかりには、まだ勝てないみたいだ……。
リリンとワルトに散々弄ばれた俺は、最終的に布団にくるまれて押し入れに仕舞われそうになった。
たぶん、途中でリリンが「押し入れの中で反省していて欲しい!」と言い出し、ワルトが悪ノリをした結果だと思う。
見た目は美少女な二人と添い寝した結果、押し入れに監禁されるなどというバットエンドを回避するべく、俺は全力で抵抗。
無事に切り抜けた。
……隙を突かれて魔王様を召喚された時は焦ったが、ギリギリなんとかなった。
その後、飯にしようと言ってリリンを釣りつつ、俺達はソファーに座る。
注文は済ませたし、すぐにモーニングセット3つとカツ丼が届くはずだ。
「僕は昨日、急用ができたと言ってキミ達と一緒に行かなかった訳だけど、実は……大聖母ノウィン様や、他の指導聖母達と会っていたんだ」
「……ノウィンと?」
「そう。そして、驚くべき事実が判明した」
「……?」
「僕はね、白い敵の正体は指導聖母・悪逆だと思っていた。だが、それは間違っていたんだ」
「ん!そうなの!?」
……ヤジリさんは敵じゃない?
この間のワルトの話では、準指導聖母・悪逆が非常に怪しく、殆ど確定的だと言っていたはずだが……。どうやら違ったらしい。
俺も驚いて視線を向けると、ワルトはほんの少しだけ背筋を伸ばし、ゆっくりと言い聞かせるように口を開いた。
そして語られた人物名は……俺達がまったく知らないものだった。
「呼び出された先にいたのは、ノウィン様、指導聖母・悪逆、指導聖母・悪喰、そして……メナファスとセフィナ、白いベールに包まれた謎の人物だった」
「ん、黒幕と疑わしき人ばっかり」
「当然、他の人もいたけど、コイツらもいたって事だよ。で、指導聖母と悪逆の二人が同時に居るって事は、悪逆は白い敵じゃないって事になるよね」
「確かにそうだと思う。なら、黒幕は誰?」
「こんなの、僕にとっても大概に予想外なんだけどね……。白い敵の正体は『大牧師・ラルラーヴァー』。指導聖母を束ねし存在であり、その力は……英雄の領域に至っている」
大牧師・ラルラーヴァー?
まったく聞いたこと無い名前だ。
どうやらリリンも聞いた事が無いらしく、「むぅ?」っと首をかしげている。
それにしても……『大牧師』か。
牧師とは、一般的には教職者の事を指し、組織の教えや戒律を指導する立場にある。
恐らく、指導聖母を更に指導する立場であり、その戦闘力は全ての指導聖母を超えているはずだ。
だが、何でワルトにとっても予想外なんだ?
素顔こそ認識阻害されてしまったとしても、その存在くらいは理解してないとおかしい。
どういうことだ?
「なぁ、その大牧師ってさ、指導聖母を教育する立場にあるんだろ?」
「そうみたいだねぇ」
「なら、なんでワルトはその人物が敵の可能性を考慮しなかったんだ?」
「あぁ、それはね……。そんな人物、昨日の夜までいなかったからさ」
「なに?」
「昨日の集会の中で上がった最も大きな議題は……、『大牧師』という新たな肩書きを作り、指導聖母の管理責任者をノウィン様からラルラーヴァーに変更するって話だったんだよ」
それから詳しく話を聞くと、指導聖母の誰もが『大牧師』という存在を知らなかったらしい。
そんな中、大聖母ノウィンによって唐突に紹介され、数日中には全ての指導聖母の指揮権を得るという事になってしまったんだとか?
んー、これって大問題だよな?
準指導聖母のヤジリさんが敵だったのなら、指導聖母のワルトの方が階級は上だ。
格下が相手なら動きやすいはずだし、何より、俺達が敵の顔を把握しているというメリットは大きい。
だが、そのメリットが失われた上に、ワルトの動きを封殺されたに等しい状況な気がする。
くっ!筋トレなんかしてる場合じゃなかったぜ!
「そういえば、ノウィンが黒幕って話はどうなったの?」
「ノウィン様かい?ノウィン様はねー、相変わらずグレーな感じだねぇ」
「グレー?敵じゃないって事?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないって事。なにぶん、大牧師とか聞いた事が無い。僕も気になって色々と情報を集めたんだけど、分かったのは、ノウィン様はラルラーヴァーの師匠らしいって事だけさ」
「ノウィンが師匠なの?」
「そうなんだって。なんかいきなり言われても実感が湧かないよねぇ」
そう言ってワルトは、深く息を吐いた。
その様子を見るに、本当に予想外だったぽいな。
「それでだ、ワルト。そのラルラーヴァーに勝つ方法ってあるのか?」
「さぁ?どうだろうねぇ」
「なんだそのやる気のない答え!?」
「それを今から調べるから、僕はしばらく留守にするよって話さ。いいかい、ラルラーヴァーは強大だ。昨日までの僕らが束になっても勝てない存在だって理解し、僕が帰ってくるまで決して手を出さないでおくれ」
「分かった。俺達は引き続き、親父たちと訓練をすればいいんだな?」
「そういうこと。リリンも一緒に訓練してるんだろ?ぜひ頑張っておくれ」
そういってワルトはリリンに視線を向けた。
その煌々と輝く瞳からは、妙な力強さを感じる。
「ん、分かった。その害虫とやらを叩き潰す為、全力で訓練をしておく!」
「……ちなみに、どこをどう判断して、ラルラーヴァーが害虫になったんだい?」
「どう判断するも、そのままの意味。ラルラーヴァーなら、幼虫って意味だと思う」
「……。いいや、『恋人』って意味だと思うけど?自分で幼虫って名乗るとか自虐的だしさ」
「ん、そういう趣味の変態なんじゃない?変態の幼虫、らるらーばー」
「いくらなんでも、変態の幼虫呼びは聞き捨てならないんだけど!!」
うん、俺もワルトに同意だ。
これから命をかけて戦うかもしれない相手を変態の幼虫って呼ぶのは、流石にどうかと思う。
というか、白い敵と対峙しているシリアスムードで名前でも呼ばれようものなら、絶対に笑うからやめて欲しい。
その後しばらくリリンとワルトは言い争っていたが、最終的にワルトが勝ち、「白い敵は、リリンを煽る為に『恋人』と名乗っている」という事になった。
口論の激しさは凄まじく、隣で聞いている俺が冷や冷やする程だったぜ!
大悪魔同士の激しい口論の勝敗を分けた要因は、さっき頼んだ朝食。
すでに食後の紅茶を楽しみながら口撃しているワルトに対し、リリンはまだカツ丼を楽しんでいる途中。
口がカツで一杯になってるリリンは防戦一方となり、「ラルラーヴァーは幼虫じゃない!」と声を荒げたワルトが勝利をもぎ取った。
……こいつら、朝から元気だなぁ。




