第64話「英雄覇道(裏)⑥目指すべきもの」
「え、えっと、その……でも、ノウィンさま?」
「『えっと』や『でも』、『その』といった言葉を公の場で使う事は禁止とします。特に、神の御前で使ってしまった場合、厳罰に処される覚悟をしなさい」
「そんな……」
「それと背筋を伸ばしなさい。そのような姿勢では、とてもじゃないですが儀礼の厳しい式典などには出席させられません」
「は、はぃ!」
「返事は一度でよろしい」
「はいッ!」
取り付く間もない苛烈な攻めがワルトナを襲っている。
その指摘を受け、背筋を鋼鉄のように固めたワルトナは、さっきまでとはまた違う怯えた目でノウィンを見つめている。
え、そ、そんな事をいきなり言われても……。
というか、『大牧師』とか『超状安定化』とか聞いたこと無いんだけど、これって、出世って事でいいんだよね……?
さっき、指導聖母の統括権を与えるって言ったし、イメージ的には『大教主ディストロイメアー様』みたいな感じって事だよね?
あれぇ、何がどうしてこんな事に……?
僕はただ、あの子とユニと一緒に居られれば、それで良かったんだけど……。
いやいや、これってノウィン様に期待されてるって事だし、良い事のはず。
よしっ!期待されたからには答えなくちゃね!
見てろよ、悪喰に悪逆。
お前らをたっぷりこき使ってやるからn……
……。
…………。
………………えっ。
「あの……ノウィン様?」
「『あの』は禁止だと申し付けましたよ」
「ひ!申し訳ありません!!」
「それで、何か聞きたい事があるのですか?」
「悪喰……様と悪逆様って、指導聖母だけどタヌキの皇種と神様なんですよね?」
「そうです」
「そして、指導聖母って事は、僕の部下って事になるんですよね?」
「そうなりますね」
「……。えええええええええええええええええええええええええええええッッ!?」
「えぇぇ。も禁止です」
んな馬鹿なッ!?
こんな馬鹿なことってあるの!?
今さっき僕は、このゴッド・オブ・クソタヌキにボッコッボコにされたばかりなんだけどッ!!
んでもって、横で楽しげにしてるヤジリが神だって!?!?
闘技場で野次を飛ばすのが生きがいのコイツが、よりにもよって、神だってッッッ!?
そんなキワモノが僕の部下とか、意味が分からないよ!
だって無理じゃん!制御とかできないじゃん!!
タヌキだよ!?超絶人型決戦兵器を召喚するタヌキだよ!?
んでもって、そのタヌキをレボリューションさせた邪神だよッ!?無理じゃんッ!!
「という事で、よろしくねー!ワルトナ!」
「ふむ、よろしくじゃの!ワルトナ!」
「ハイ。よろしくお願いします」
しねぇよッ!!よろしくなんて!!
タヌキと神の上司ってなんなの!?そんなもん存在しないから、固有名詞すらないじゃないかッ!!
というか……。これって、ノウィン様は僕に仕事を押し付けようとしてない?
どうみても、神とタヌキの相手をするのが面倒になって僕に投げたよね?
ちくしょうめっ!訴えてや……訴える場所がないッ!?
「おじさん……。助けて……」
「俺はノウィンさんには頭が上がらんから無理だ。諦めろワルト」
「そんなぁ……」
ワルトナは最後の希望ユルドルードに救いを求め……しっかりと却下された。
その目に薄ら涙がにじみ、それを我慢しようと地面に視線を落とす。
するとそこには小柄なタヌキがいた。
「ヴィギルーン!」
高らかに鳴いたゴモラは空間からハンカチを取り出すと、ワルトナに差し出した。
それを無言で受け取ったワルトナは、ちょっと感動しつつ涙を拭こうとして――
『よろしく。ごはんは一日三食。リンゴ料理を優先するように』
書かれていた文字を発見。
そのまま流れるような手つきでハンカチで鼻をかみ、ゴモラに叩き返した。
「ふむ、ネタバレもこれで大体終わりかの。皆、帰ってよいじゃの」
「ちょっと待って下さい、那由他様。アヴァロンが見当たりませんが、まだ神域に居るんでしょか?」
「いいやエルドラド。ここに来る前に放逐したから居ないよ」
「うむ?そうなのかの?儂の混沌召喚が弾かれたから、てっきり神域にいるもんだと思ったが……。エデン、調べるじゃの」
「承りました、那由他様」
打ちしひしがれているワルトナを放置して、タヌキ共が騒ぎ出した。
用が済んだから帰って良いと言った那由他へエルドラドが声を掛け、ついに、アヴァロンが居ない事が発覚。
そしてここまで来れば、捜索は容易だった。
エデンは空間に映像を映し出し、それを覗きこんでいる。
「おや?アヴァロンくんは捕らえられていますね。この結界は白銀比のものです」
「箱入り狐のかの?ならばエデンとゲヘナ、二匹で行って回収して来てやるじゃの」
「二匹で、ですか?その程度、どちらかが行けば事足ります。残った方はユルドルードと戦うとかは……?」
「ないじゃの」
「そうですか……。」
「そう膨れるでない。実に面白いものが見られるから損は無いはずじゃの」
「面白いものですか?」
「現時点での潜在エネルギーは『ミリオン』を余裕で超えておる。箱入り狐が甘やかしまくっとるせいで戦闘を知らんがな、この儂の顔を見て警戒しおったじゃの」
「認識阻害を掛けている那由他様の正体を見破ったと?なるほど、それはそれは……。ゲヘナくん、ちょっと遊びに行きましょう」
「怪我をさせるでないぞー」
「分かっております」
そうして、エデンとゲヘナは悪い笑みを浮かべて空間の中に消えていった。
その速さたるや凄まじく、ユルドルードが駆け寄って止めに入ろうとしたのを嘲笑うかのように、二匹は颯爽と転移したのだ。
「ちぃ!面倒な事になったかもしれねぇな。奴らの狙いはサチナだ」
「サチナ……?おじさん、どういう事なの?」
「さっきのタヌキはエデンとゲヘナって言ってな、ソドムよりも格上のタヌキなんだよ。つーか、俺が戦っても勝てるかどうか分からん」
「なにそれ、超ヤバいよね!?」
「あぁ、やべぇ……。ギンはタヌキを毛嫌いしてるらしくてな、ちょっかいを出されたのがバレたら……」
「バレたら……?」
「この大陸が更地になるんじゃないか?」
「うわー。ヤバい」
おじさんでも勝てないタヌキがいるって、なにそれ聞いてないよ!?
というか、実はさっき気になったんだけど……。
人間になったアイツらが持ってた剣って、グラムに似てなかった……?
そこまで考えを巡らせたワルトナは、そんな事は些細なことだと思考を打ち切る。
今大事なのは、タヌキ・キツネ大決戦をどう止めるかだ。
「悪喰ィ!最初のお仕事だよ!!タヌキの暴走を止めて来て!」
「皇たる儂に命令するとは、なかなか見どころがあるじゃのー」
「つーかお前のせいだろうがッ!!速く行けよッ!」
「はいはい、飯の準備を怠るでないじゃのー」
そう言いながら、空間に門を形成した那由他は、後ろ手に手を振りながら潜っていった。
走って行け!この害獣めっ!という叫びが響き、転移門が波紋のように揺らめいて消える。
そんな光景をノウィンは微笑ましそうに見ていた。
「はぁ、はぁ……タヌキめぇ……。絶対に絶滅させてやる。根絶やしだッ!」
「嬢ちゃん程度に絶滅させられるほど、タヌキは柔らかくないで」
「うるっさい!分かってるんだよそんな事はッ!ホントにもう、あっちいけよ!しっし!!」
「おーこわ。じゃま帰るとしますか」
そんな追撃を与えて満足したタヌキ一同は、ゴモラを除き、それぞれ空間転移門を生成して帰っていった。
一気に静かになった草原に残ったのは、ワルトナ、ユルドルード、ノウィン、ゴモラ、セフィナ、メナファスの6名だ。
ヤジリも、「じゃ、ボクも帰るねー」と言って帰宅し、ワルトナの軍勢のみが残されたのだ。
「さて……ワルトナ。これからは私、自らがあなたを鍛える事となります。正式な叙勲は数日中に行う事ととなりますが、指導は本日より開始致しますね」
「……ノウィン様、自らですか?僕的にはおじさんに神殺しの使い方を教えて貰いたいなーなんて……、思ってたり、してて……」
「私では不満があるのですね?」
「い、いえ!とんでもないです!ただ……ノウィン様って神殺しを使った事あるんですか……?」
「ありますよ。嗜む程度であれば、メルクリウスかシェキナを。本気の戦闘となれば『ルイン』を使用します」
「え”っっ……。みっつもどうやって使うんですか!?」
「それはですね、那由他様の権能の力をお借りするのです。来なさい《悪喰=イーター》」
「……。」
唐突に出てきたそれを見て、ワルトナは硬直した。
那由他と対峙していた時は強すぎる認識阻害によって、その正体を深く考え込む事が出来ず、結局正体を掴めていないのだ。
そして、今となっては考えたくないとワルトナは思っている。
ワルトナは、タヌキに関するものが、とっても嫌いなのだ。
固まってピクリとも動かないワルトナの代わりにユルドルードが口を開いた。
「やっぱり悪喰=イーターを持ってたか、ノウィンさん」
「えぇ、隠しておりました。主人にも内緒でしたのよ」
「だろうな。で、そこのゴモラの悪喰=イーターか?」
「そうです。ゴモラはリンサベル家の守護獣。当主となった者はゴモラと契約し、悪喰=イーターの使用権の一部を得る事が出来るのです」
「一応聞くが、それがあっても、あの子を助けられなかったって事でいいんだよな?」
「そうです。使用権の一部と言ったのは、私が目にし、手に入れた力のみを行使できるように調整されているからです。いうならば、バックアップとでも言うのでしょうか」
それを聞いたユルドルードは納得した。
実は、ユルドルードはただ温泉に入り浸っていた訳ではない。
人気のない山に入り、悪喰=イーターの制御を身につけようと鍛練を開始していたのだ。
だが、その結果は良くない。
ソドム用にカスタマイズされている悪喰=イーターは癖が強く、人間の脳で行使するには不可が掛り過ぎるのだ。
当然ながら、ソドムはタヌキだ。
しかも人化する事を好まず、戦闘もタヌキの姿のまま行う上に、どんな状況にも対応できるように許容量ギリギリまで能力が詰め込まれている。
簡単にいってしまえば、ユルドルードでさえも、悪喰=イーターを持て余しているのだ。
「そういうことか……。ゴモラが与えてるのは、始めから人間用に調整されてる悪喰=イーターか」
「そして、ゴモラの悪喰=イーターの中にも、あの毒を打ち消す方法は記録されていませんでした。天命根樹の毒は色々とイレギュラーだったのです」
あれ……?なんか二人とも、すんごい事を話してない?
僕が聞いちゃっていい事なのそれ?後で口封じされたりしない?
一抹の不安を覚えたワルトナだが、ふるふると頭を振って意識を取り戻した。
良く見れば友人を捕らえていた檻が消え、セフィナとメナファスがこっちに向かって来ている。
あぁ、助かった。とワルトナは心底思っている。
そして、全速力で走り寄って来たセフィナを受け止める為に、両腕を広げて――。
盛大にスル―され、セフィナはノウィンに抱きついた。
「ひさしぶりだねっ!ママ!」
「あらまぁ、ママはお仕事中なんだから、甘えるのは後にしなさい!」
「えー、だってぇ」
それは何処からどう見ても、親子の触れ合い。
それを横目で見たワルトナは、ちょっとだけ拗ねて、「むぅ」と頬を膨らませている。
「んだよ、最後にとびきりの爆弾が残ってるじゃねぇか」
「メナフぅ……」
「つまり黒幕は、リリンのお母さんって事でいいのか?」
「はぁー。あぁ、そうだよ。僕の主人たる大聖母・ノウィン様は……、リリンの母親、ダウナフィア・リンサベル様だ」
ワルトナとメナファスは二人揃ってその光景を眺めた。
そのどちらともが孤児であり、実の両親から愛情を注がれた事が無い。
その瞳に、様々な色が映っては消えていく。
しばらくして、ふとメナファスが口を開いた。
「んでよ、オレなんかがこの話を聞いても良かったのか?」
「それ、僕が聞きたいんだけど……」
「いいと思うぞ?」
「あ、おじさん」
「マジか。これがユニクルフィンが言ってた全裸親父か」
「聞き捨てならない言葉は後で聞くとして……。メナファスは俺が訓練をする事になってるぞ」
「なんでだよ?こう言っちゃアレだが、オレは関係ないだろ?」
「微妙に関係があるんだよ。……『じじい』って言えば分かるか?」
その『じじぃ』という短い言葉を聞いたメナファスは目を見開き、引きつった笑みを浮かべた。
その横で、ワルトナは首をかしげている。
「マジか……。まず生きてんのかよ。皇種と戦ったんだぞ?」
「あのじじいがそこらの野良皇種に殺される訳ねぇだろ。ま、そんなわけでメナファスとセフィナは俺が訓練を付ける事になってる」
「え、僕もおじさんが良いんだけど……?」
「ノウィンさんが付けるって言ってただろ」
ユルドルードに肩を叩かれたワルトナは、ガックリとうなだれた。
別に、ノウィンの事が嫌いだと言う訳ではない。
ただ、ちょっと怖いなーとか、緊張するなーとか、思っているだけだ。
それに、ユルドルードに訓練をして貰うのはワルトナの憧れの一つだった。
幼き頃、ユニクルフィンと「大きくなったら一緒に訓練をして、親父をぶっ飛ばそうな!」と約束しているからだ。
「なぁ、ワルト。そう嫌がるなって。ここだけの話な、ノウィンさんは随分と張り切ってるんだぞ」
「張り切ってる?なんで?」
「俺がまとめて面倒を見てやろうかって言ったらな、『いえ、あまり甘えてくれないワルトナとお話をする良い機会です。……本当はね、もっと仲良くなりたいのですよ。ワルトナだって私の娘なのですから』だってさ」
「そう……、なんだ……」
そうして長い長い夜は深まり、やがて朝日が昇ってゆく。
この日、英雄を目指す者達の目にも、明確な光が灯ったのだ。




