第60話「英雄覇道(裏)②策謀と戦闘」
「神殺しの覚醒も習得済みかの。ふむ、最低限を備えておるし、儂の前に立つ資格はありそうじゃのー」
「ふふ、そんな呑気なことを言ってていいのかい、悪喰ィ!!《開闢の矢!》」
シェキナの覚醒を見ても微動だにしない那由他を見たワルトナは、「流石は英雄様だねぇ」と苦笑し、開始の一矢を放った。
開闢の矢と名付けられたその矢は、空中に設置した魔法陣を射抜く事で効果を発揮する。
その魔法陣の設置は、魔法名すら必要ない完全な無詠唱で行うが、それゆえに、発動させたい魔法を深部まで理解する必要があり、並大抵の知識では扱うことが出来ない。
しかし、それすらも可能とするのが、英雄見習い・ワルトナ・バレンシアだ。
このシェキナを扱う為に必要な、膨大な知識。
それを得るために、ワルトナは指導聖母・悪典へ強襲戦争を仕掛け、大書院ヒストリアを奪い取ったのだ。
「一撃でお終いなんて、つまらない事をしないでおくれよ!」
「そうはならんから、安心するがよい《悪喰=イーター》」
神殺しを覚醒させたワルトナは、その中に搭載された機能を受け、感覚と肉体能力が伸長されている。
人類を、いや、生物を超えた肉体性能を手に入れるバッファのような魔導規律陣が覚醒神殺しには標準で備わっている。
別次元から見下ろす神へ手を掛けるには、挑戦者も別次元の存在へと昇華しなければならないからだ。
3重に作った魔法陣を射抜くように矢を解き放ち、ワルトナは後ろに跳んだ。
瞬時に敵から距離を取り、弓兵として最も適した位置を得る。
それと同時に、放った矢は那由他に接近。
その切っ先が鼻先15cmに迫ろうとした刹那、「バギリ。」と咀嚼音が響いた。
「でやがったねぇ、悪喰=イーター」
「この名の通り、儂と言ったらこれじゃしのー」
矢を喰い止めたのは、大きさ1m程の赤黒いの正円球体。
それが瞬時に空間転移して割り込み、開闢の矢に噛みついたのだ。
その光景をマジマジと見ながら、ワルトナは心中にあった目的を整理してゆく。
早速、お出ましだね、悪喰=イーター。
幸先が良くて助かるよ。なにせ、僕はこれについて調べなくちゃならないからね。
コイツがセフィナに与えた悪喰=イーター。その魔法についてヒストリアで調べてみたけど、何一つ情報が得られなかった。
流石にそれはおかしい。
どの魔導書を探しても見つからないどころか、不安定機構深淵に安置されている魔法図鑑にまで記載がないというのは、明らかに異常だ。
考えられる可能性は……この魔法が悪喰のオリジナルだという事。
属性でいえば虚無魔法のランク9……いや、それ以上の創生魔法の可能性すらある。
ランク9の虚無魔法と言えば、代表的な物に『絶望の雛』というのがあるけど、こちらは自然現象を吸収して効果を発動するだけ。
一方、この悪喰=イーターとやらは、複数の魔法、それも、ランク9クラスの魔法を収納しておく事が出来る。
セフィナの証言や映像を見る限り、収納に制限はなく、ありとあらゆる魔法が悪喰=イーターに納められているらしい。
しかも、別の方法で発動させた『星の対消滅』をこの悪喰=イーターに取り込ませて、効果を引き継がせるという荒技までセフィナは使っている。
なんだこれ。
はっきし言って、チートすぎだろ。
こんな危なっかしいものを子供に渡すなんて、何を考えてるんだよ、まったく!
「ふむ、『防御無視』に『認識錯誤』、それと『幻覚』かの」
「……なに?」
「さっきの矢の味じゃの。悪くない組み合わせじゃが、儂ならそこに『魔力暴走』を加えるのー」
あっけらかんと言い放たれたその言葉に、ワルトナは眉ひとつ動かさずに、ゆっくりと弓を構え直す。
だが、それを行う指先で、僅かに動揺が震えていた。
効果を言い当てられただと……。
悪喰=イーターには、そんな能力まであるってのか?
それに反応速度も尋常じゃない。
これは、もう既に、複数の魔法が悪喰=イーターを強化しているってことか?
「いやいや、見事だねぇ。まさか止められるとは思っていなかったよ」
「これくらい朝飯前じゃの。さぁ、好きなように攻めてくるがいい。儂は儂で、食前の運動を始めるから、の!」
それだけ言って、那由他は消えた。
突然の動作に目を細めたワルトナは、シェキナに備わっている感知能力を最大へと高め、その姿を追う。
神栄虚空シェキナの能力は、『想像』と『創造』だ。
あらゆる未来を見通す『想像』と、どんな空想をも実現させる『創造』。
その『想像』の力は、それを夢想させる要因を手に入れる知覚を使用者に授け、世界でもトップクラスの索敵能力を得る事が出来るのだ。
ワルトナは、見る。
神の目ともいうべき視野を通し――やがて、光速で草原を翔けている那由他の姿を捉えた。
「ずいぶんと速いが……見えてるんだよねぇ!《光弓の全反射!》」
美しく、正しく。
まるで教本のような射撃が空を裂き、一条の光が何もない空間を穿った。
観客席からは感嘆の声が漏れ、それぞれが沸き立つ。
純黒の髪を持つ少女と目が覚めるような赤い髪の女には、不可視の物体へ光の矢が突き刺さったように見えているのだ。
だが、ワルトナは苦々しい顔で声を荒げた。
「どうやって、その矢を止めた?それは絶対貫通の矢だぞ?」
「なんて事は無い。掴んだだけじゃの」
「つかっ……?マジか」
ゆらりと姿を現した那由他の手には、瞬きを繰り返す光の矢が握られている。
見るからに力で抑えつけているという戦慄の光景に、ワルトナはちょっとだけ身を引いた。
「この光弓の全反射はどんな影響下にあっても減退せず、それゆえにどんなものでも貫通する……が、実は、それは誤りじゃの」
「一応聞いてやるよ、何が間違ってるというんだい?」
「この世界に存在する物は、どんな状態であれ、原子レベルで見れば流動しておるじゃの。分かりにくかったら温度として考えるのが良い」
「……温度がある事が、この世界に存在する絶対条件って事かい?」
「そうじゃ。そして、この光弓の全反射は原子の活動が一定、すなわち温度が減退せんから、どんな物も貫通するというだけじゃの」
「理屈はそうなのかもね。だけど、それがなんだというんだい?」
意味があるように感じない口論をしながら、ワルトナはその真意を考える。
話自体に意味があるのではなく、それをしている事に何らかの意図があるのだと思っているのだ。
シェキナを持って無い奴が、何を語るというんだい?
その矢を握り留めている事には、正直、驚いているよ。
だが、それ以上の進展がまるでないのはどういう事だ?
どう考えても危険物であるそれに、長い間触れている意味はない。
なら、あれ以上どうしようもないということだ。
消滅もさせられないし、無効化も出来ない。
なら、もう一発放てば、今度は左腕を使うしかない訳だ。
やってみる価値はあるな。
そう思って弓を構えたワルトナは、驚愕の光景を目にする事となった。
那由他は唐突に矢を持つ右腕を前に突き出し、その先端を悪喰=イーターへと突き立てた。
そして、悪喰=イーターは激しい音を立てて、光の矢を噛み砕き始めたのだ。
「理屈が分かるのなら、対応は簡単じゃの。温度の減退が出来ぬなら強制的にゼロとさせ、そのまま食いちぎればよい。こんな風にの」
ズガガガガッ!!と連続して咀嚼音が鳴り、そして光弓の全反射は弾け飛んだ。
そこに何らかの魔法の残滓を見たワルトナは、心の底から溜め息を吐く。
「まったく、やれやれ、……なんなんだよその球はッ!?意味が分からなすぎるだろ!!その矢は神殺しの矢だぞ!!」
「理解できなくても仕方なかろう。これを理解できるのは、神しかおらんしの」
覚醒シェキナの攻撃の中でも二番目に高い威力を誇る光弓の全反射をあっさりと破られ、ワルトナは自身の過ちに気が付いた。
心の中を感情が駆け巡り――そして、冷静に考察を始める。
なるほどねぇ。これは……ちょっと、正攻法じゃ勝てないっぽいねぇ。
魔法一つで、覚醒神殺しと渡り合う……。
これが超越者、僕が目指すべき『英雄』の姿か。
幼い僕は、英雄見習いユニと、あの子、そして本当の意味で英雄なユルドおじさんに育てられた。
だが、それはおぼろげな記憶。
あの子の存在が消えると共に辻褄が合わない記憶は消去され、思い出す事が出来ない。
一般人以上、当事者未満。
それが僕の英雄に関する知識であり、ここから先は、僕が自身で手に入れるべき知識だ。
おじさんやノウィン様、サヴァンに聞くのは簡単だね。
だけどそれじゃダメだ。
僕は……、僕自身の手で、あの子を取り戻したい。
だから、リスクを背負ってでも、僕は悪喰に仕掛けた。
コイツに勝ち、何物にも代えがたい、戦闘経験を得るために。
「確かに僕は神じゃない、ただの凡人だよ。だけどね……この弓は世界最強、十の神殺しの一つ。神すら騙す虚空の聖矢だ!《虚空の弓導》」
ワルトナはシェキナに三本の矢を同時に射掛けると、空に向かって放った。
それらの矢は螺旋を描きながら空の彼方へと消え、夜空に三重の魔導規律陣を展開させる。
重なり合い描かれた、天を司る大いなる智天使。
それが陽光を発し、ワルトナの頭上に光輝なる冠を戴かせた。
「ほう、冠を被るとは、なかなかやりおるの」
「知ってるかい、悪喰。神殺しの一部はその性能を万全に引き出す為に、独自の戦闘領域を作るものがあるって事を」
「知ってるじゃの。特にその傾向が強いのは、『シェキナ』『ソロモン』『レーヴァテイン』の三つかの」
「さらっと僕の知らない名前が混じったが……まぁ、いい。知ってるなら、手加減はいらないって事だね!《虚空陽光矢》」
その言葉を皮きりに、戦況は一変した。
一対一での戦いを取り決めた、強襲戦争。
そのルールに抵触するギリギリの技をワルトナは使用し、一気に勝負を仕掛けに行ったのだ。
那由他を中心とした前後左右から、一斉に光矢が放たれた。
その数は、100。
それら全ての発信源にワルトナが立ち、勝利を見据えて、ほくそ笑んでいる。
「さぁ、キミはどこまで耐えられるかな、悪喰!」
「どこまで、かの?それは中々に答えにくい質問ではある、の!」
神栄虚空・シェキナに搭載されている第二の機能『創造』。
この力を万全に使う為の下準備たる、『虚空の弓導』を発動させたワルトナは、瞬く間に100の軍勢を作り上げた。
この虚空の弓導は、空から陽光を発する魔法陣の光が届く範囲を、シェキナの影響下に置く技だ。
通常、シェキナの想像と創造の力を届かせる為には、その対象を『矢で射る』という工程が必要となる。
だが、空間を射止め、その中にあるものを空間の一部として想像することで、間接的にその効果を及ぼす事ができるようになるのだ。
そうして造られた100人のワルトナの想像体が放つ、終わり無き弓撃『虚空陽光矢』こそ、神栄虚空・シェキナ=神命への反感行為の最強の技。
呼吸することすら困難となる光の奔流が、那由他を全方向から包み込んだ。
「100人の僕が放つ光の飽和攻撃、その全てが想像であり、殺意も気配も無く、空想上の幻にすぎない」
「む!」
「だからこそ、掴む事も壊す事も出来やしない。だけどね、その矢が起こした事象は、全て『創造』される。それはつまり、直撃すれば矢に穿たれたという、僕が『想像』した結果が『創造』されるんだ」
「……!」
「諦めなよ、悪喰。なにせこの技は……、伝説の白き竜、希望を頂く白天竜を堕とした技なんだからね」
その光景は、美しかった。
まるで線香花火を集めて輪を作ったかのように、中心にいる那由他に向かい閃光が散る。
叩きつけられる光の矢の一本ですら、通常の矢の数千倍に匹敵する、威力と速度。
そんな、一斉射撃という名ですら生温く思える程の連撃を受けている那由他はーー華麗に回避していた。
だが、それも限界が来たのだと、ワルトナの目に映った。
一本の矢が那由他の胴に突き刺さったのを始点とし、次々に光の矢が刺し通ってゆく。
那由他の姿を完全に覆い隠す程に苛烈な光の雨は、ワルトナに勝利を確信させた。
「あぁ、意外とあっけなかったねぇ」
「わ、ワルトナさん……、だ、大丈夫なんですか?」
「流石に殺すつもりはないよ。これは本気の攻撃だけど、どの程度ダメージを与えるかは僕のさじ加減次第。ギリギリ生かしてやるさ。喋れる程度にはね」
ほくそ笑むワルトナへ声をかけたのは、観客席にいるセフィナだ。
心優しき少女は、その攻撃がどのくらいの威力を秘めているのかを把握していない。
だが、その一矢がランク9の魔法に匹敵するというのは、おぼろげながらに理解している。
だからこそ、那由他の安否を問いかけた。
大好きなワルトナさんがお友達と喧嘩をして傷つける所を見せられ、動揺の涙すら流している。
「泣かないでおくれセフィナ。これは必要な事だし、元を辿れば悪喰が――」
「そうじゃの、泣く必要などまったくない。儂的には、もうちっと弾幕が厚くても構わんくらいじゃしのー」
「……は?」
「この程度で儂に勝てると思うておるのか?舐めすぎじゃの《喰らい尽くせ、悪喰=イーター》」
光が飽和するのドームの中から、何者かの声が聞こえた。
「なんだそれ、あり得ない……。」と99のワルトナが動揺し、その内の1人は――、”人ならざるもの”へと変貌していた。。
バジュリ。
……何かが、噛み潰される音がした。
その発生源は、シェキナの想像の能力で創り出した、100人のワルトナ・バレンシアの内の一人だったもの。
シェキナを構え突き出していた腕が繋がっているはずの場所には、何も無い。
ワルトナの陰から出現した赤黒い球体が柔らかそうな体を噛み潰し、残る四肢も瞬時に咀嚼する。
バジュリ。
……また、何かが噛み潰される音がした。
その発生源は、恐怖に震える表情を持つ、99のワルトナ・バレンシアの内の一人だったもの。
残ったワルトナには、事態を理解する余裕など無い。
潰された自身から吹き出す、血潮。そんなもの、ワルトナは想像していない。
なのに、その赤き液体はまるで当たり前だと言わんばかりに撒き散らされ、大地を汚してゆく。
バジュリ、バジュリ。バジュリ。
連鎖的に噛み潰されてゆく、人の形をしていた肉。
空想の存在であるはずのそれらからは、出るはずのない赤い飛沫が噴き出し、次の瞬間には、その場には血痕のみが残される。
それは、あと94回も続いた。
バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。バジュリ。
「う、うわぁあああああああ!?」
「まぁ、ドラゴンよりかは美味いかの」
「……な、何が起こったんだ……?僕は想像した自分に、血液なんて設定していないはず……」
「空想など、霞みを喰うのと変わらんからの。少し儂好みに『想像』を汚染させて貰ったじゃの」
「なんだって!?まさか……『虚空の弓導』が干渉されたのか……?」
「そう驚くでない。ほんの少しの味付けをして、食い破っただけじゃの」
先程まで光の収束点だった場所には、腕を組んで不敵に笑う褐色肌の少女が立っている。
その少女は、当然のように無傷だ。
矢が当たったように見えた場所ですら傷一つ見当たらず、まるで何事も無かったかのように、悠々と歩き出す。
「食い破った……?僕の、シェキナの、結界を……?」
「そうじゃの。この結界は装備者の想像を創造するフィールドを作る。故に、上手く使えば文字通り神すら騙し、幽閉できるがの……。今回のはあまりにも稚拙、所詮はミリオンに至っておらぬ若造かの」
「何を言っているんだよ……?神殺しの最強の攻撃をそんな簡単に……?いや待て、そもそもがおかしい。お前は、何者だ……?」
「準指導聖母・悪喰。そう呼ばれておるの」
「それがおかしいんだ。僕は、お前が超越者だと理解してここに着ている。それと同時に、準指導聖母であり、僕よりも格下だとも思っている。それは……矛盾するんだ」
ここにきて、ワルトナは得体のしれない違和感と恐怖、後悔に襲われた。
知っていたはずなのだ。
目の前の敵が超越者であると、自分がまだ至っていない高みに居るのだと、抗えぬ力を持っていると知っていたはずなのだ。
だが、誰かの声が囁いていた。
アレは準・指導聖母、格下であり、戦えば勝てるのだ……と。
そしてそれは、今回だけではなかった。
気が付いた事による、記憶のリフレイン。
つい先日、闘技場でした会話。
いや、それ以前の指導聖母としてのやり取りを遡れば遡る程、矛盾は膨大に増え、ワルトナは心の中で悲鳴を上げた。
ありえないッ!!これだけ矛盾だらけのコイツに違和感を持たなかったなんて、絶対にありえない事だッ!!
そんな愚か者は、指導聖母にはなれないッ!
当然、僕も、そういった情報戦の上で生き残ってきた指導聖母であり、違和感を抱かないなんて、ありえない事なんだよッ!!
だが、誰も違和感を口にした者はいなかった。それはつまり……全ての指導聖母が認識錯誤によって騙されているか、悪喰の事情を知る協力者だという事だ。
そんな……。
僕らは、悪喰の手の上で踊らされていたとでも言うのか……?
この時初めて、ワルトナは準・指導聖母・悪喰の認識阻害に捕らわれていた事を理解し、抗えぬ化物の尾を踏んでいたと悟る。
そして今更それに気が付いた所で……全ては手遅れなのだ。
「これが何か分かるかの?悪辣」
「なに……?何をするつもり……だ……?」
「儂が食の権能により、世界に反芻するがよい。《神栄虚空・シェキナ=ヴァニティ》」
いつの間にか那由他の横に控えていた悪喰=イーターが、ゴギリ。と鳴動し、上下に分かれた。
その断面に鋭く並ぶ歯の中に、一本だけ、弧を描く歪な造形物が生えている。
それを那由他は無造作に掴んで引き抜き、ワルトナへかざして見せつけた。
「なっ、なんで……?なんでお前がシェキナを持ってる……んだ……よ……」
それを見たワルトナは、よろめき、尻もちをついた。
あまりに理不尽な光景。
自身が絶対の信頼を置いていた武器と同等の物を敵が持っていたのだ。その衝撃は計り知れない。
だが、屈託なく笑うこの那由他の追撃は、まだ終わっていなかった。
「シェキナだけではない。全ての神殺しをこの悪喰=イーターに内包してあるじゃの」
「全て、だって!?そ、そんな事がある訳ないだろッ!?」
「ならば見せてやるじゃの。お前の記憶にある神殺し、それはこの、『グラム』、『メルクリウス』、『シェキナ』、『ヴァジュラ』、の四つで間違いないかの?」
そう言いながら、那由他は悪喰=イーターへ手を突っ込んだ。
それは自分のバックからペンケースを取り出すような、あっけなく行われた――暴虐。
神壊戦刃・グラム
神魔杖罰・メルクリウス
神栄虚空・シェキナ
神縛不動・ヴァジュラ
持ち切れぬ数の神殺しが悪喰=イーターから生まれ、無造作に地面へ突き刺されてゆく。
それら全ては、言葉で語らずとも本物だと理解させられるほどに、力が溢れているもので。
ワルトナは声すらまともに出す事は出来ず、うめき声を上げるしかできない。
「う、うそだ。嘘に決まってる……」
「嘘ではない。故に、更に見せてやろう。お前さんの神殺し、その真なる覚醒体をの」
「うそだ。うそだ……。嘘だぁァァァァァァァッッッ!!」
「覚醒せよ、《神栄虚空シェキナ=神命への断罪星弓》」




