第54話「終劇の混沌温泉」
「そこで俺は黒トカゲに言ってやったんだ。『殺してやるよ、お前をな』ってな!」
「おぉ!決め台詞じゃの!」
ゆったり温泉につかりながら、俺とリリンの冒険を、褐色幼女とガチムチおっさんに語って聞かせた。
褐色幼女は、目をキラキラさせながら話に聞き入り、とても楽しげだ。
そしてなぜか、タヌキが出てくるとテンションが上がる。
相当なタヌキ好きらしい。
そんな感じに話をして様子を伺っていたんだが、一つ、気が付いた事がある。
……このおっさん、マジで隙がねぇ。
取っている体勢に変化はなく、まさに温泉に漬かるおっさんそのもの。
風呂の淵に寄り掛り、腕は外に投げ出して、足は伸ばしている。
顔にはタオルが乗っているから、視野はゼロのはずだ。
そんな状態で、見るからに脱力しているが……。
実はこのおっさん、右腕だけは力を完全に抜いていない。
必要最低限の筋力を残しており、どんな状況に陥ろうとも、片腕で対処できるという自信が溢れている。
コイツはタダものじゃない。
どこからドコを見ても、ただものじゃないぜ!
「結局、黒トカゲと決着が付かなかったんだ。俺達のペットドラゴンのホロビノが仲裁に入ってくれたからだ」
「ふむ?ドラゴンを飼っているとは凄いの。どうじゃの、ペットを増やすつもりはないかの?」
「ペットを増やす?……まぁ、ホロビノくらい賢いペットなら、いくらいてもいい気がするけど」
ホロビノは基本的に放し飼いしている。
というか、大っぴらに町に入れると大騒ぎになる気がするので、用がある時以外は野生に帰り、野良ドラゴンと化している。
リリンが言うには、適当な獲物をしとめて食べているらしく、食費もあんまり掛らないらしい。
そんなホロビノは、必要に応じて乗り物になったり、戦いになれば普通に戦力になるので、超便利。
こんなペットなら、俺も欲しいかもしれない。
「ふむ、ではタヌキがお勧めじゃの!可愛いと思うしの!!」
「いらん」
なぜそこでタヌキ!?
アイツも野良でいいんだよッ!!
だが、絶妙なチョイスだな。
クソタヌキなら、ホロビノと同等以上の性能があるだろうしな。
食費が10倍くらいかかりそうなので論外だけど。
「タヌキはダメだ。アレは危険生物だからな」
「……胸が大きくてもかの?」
「タヌキの胸を見て何が楽しいんだよッ!?却下だッ!」
「ダメかの……。ふむ」
タヌキ好き過ぎだろ、褐色幼女。
まぁ、クソタヌキはぱっと見モフモフで可愛く見えない事もないが……、油断すると「ヴィギルオン!」とか言って、全力で俺の魂を破壊しに来るから害獣だ。
うん、ここは年上として、この幼女にタヌキの危険性を教えておこう。
知らずに手を出して噛みつかれたら可哀そうだし。
「いいか、タヌキって生物は、非常に危険な生物なんだ」
「どう危険なのかの?」
「まず、噛みつく!」
「歯がない生物の方が少数派じゃの」
「次に地面を素速く走る!」
「そりゃ、速く走れなかったら飯が取れんじゃの」
「更に食欲旺盛で何でも喰らう!!」
「好き嫌いは良くないじゃの」
「極めつけは……すごい魔法を使う!!」
「むしろ、魔法を使わん動物の方が珍しいと思うがの」
「……古い時代には、超高度文明の街を滅ぼした!!」
「よくあることじゃのー」
「最後のはおかしいだろッ!?頻繁に町を滅ぼされてたまるかッ!!」
なんだこの褐色少女!?タヌキに対して全肯定すぎだろ!?
歴史的大事件を『よくある事』で済まさないで欲しいんだがッ!!
だが、相手は幼女だ。
ここで怒ったりするのは大人としてどうかと思うし、なにより、このガチムチおっさんの教育が悪いからこんな事になった訳だ。
ちょっと注意でもしてやろうかと思ったが……。やはり隙がねぇ。
というか……おっさんを見るたびに、妙な感覚があるんだよな。
集中して意識が向けられないというか、ずっと見ていられないというか、とにかく不思議な感じだ。
「俺にはソドムというライバルタヌキがいてな。到底、タヌキを飼うなんて想像できないんだ」
「ほう?そのタヌキがライバルなのかのー。ライバルになれると良いのー」
「実は、俺の目標はそのタヌキに勝つ事でさ、今も修行をしている最中だ」
俺やリリンの過去と、ギンや白い敵を含むあの子関係の話は、かなりボカして話をしている。
その話をこの子が聞いてしまうと狙われる可能性がある。
セフィナがここにいた以上、どこに白い敵が潜伏しているか分からないしな。
そんな訳で、タヌキをダシに使って適当に話を打ち切ろうと思う。
なんでってそりゃ、そろそろ別の風呂に入りたい。
というか、この風呂、熱過ぎ。
おっさんとか黙ってて会話に入って来ないけど、のぼせてる訳じゃねえよな?
「……ソイツに手を出すのはやめとけ」
……生きてたのか、おっさん。
いや、右腕だけ力を抜いてなかったし、のぼせてないのは分かってたけど、まさか話に乗ってくるとな。
なるほど、褐色幼女がタヌキ好きなのは、おっさんの影響なのか。
「俺の話を聞いてたんだな。で、なんでダメなんだ?」
「不要に手を出して相手が本気になれば……死ぬぞ。手も足も出せぬまま、一方的に蹂躙されるな」
「いやいや、アイツの強さは知ってるが……実は、秘策があるんだ」
「ほう?聞こうじゃねぇか」
「俺はとある人物に稽古を付けて貰ってるんだ。ぶっちゃけそいつは人類最強なんて呼ばれている奴で、めちゃ強い。このまま鍛えて貰えば、俺はクソタヌキを超える力を手に入れるはずだ」
「……。まず、その師匠とやらがクソタヌキに勝てるのか?勝てないんじゃないか?」
「いや、流石に勝てるだろ。十年以上前は戦って負けたらしいし、昨日俺が会った方は色々と事情が複雑だけど……、まぁ大丈夫だろ」
「……随分と信頼してるんだな。なんか、すまん」
なぜかガチムチのおっさんに謝られたんだけど。ちょっと怖い。
おっさんの表情は一向に分からないが、なんとなく申し訳なさみたいなものを感じる。
親父の実力を疑ったのを悪いとでも思っているんだろうか?
なんとなく、おっさんを謝らせたままにしておくのも気が引けるので、適当な話題を振り直そう。
そう思って俺が横を見ると、おっさんの引き締まった尻が目に映った。
……。
なんつうもんを見せやがるんだよッ!!
「なんだいきなり立ち上がって!?」
「だいぶゆっくり漬かってたし、そろそろ上がろうと思っただけだ」
「ん、そうか?もしかして、用事でも思い出したのか?」
「あぁ、色々と不測の事態が起こってるみたいだし、ちょっと話し合いをしに知人に会いに行こうと思ってな」
「何の事かさっぱり分からんが……。まぁ、この森には危険な皇種が出るから気を付けて行けよ」
このガチムチおっさんはギンに気に入られるような気がする。
理由は言うまでもない。
そう忠告しつつ視線を向けると、尻から出る、いや、全身を隙間なく包む覇気が、ものすごく凄い事になっていた。
……ん?覇気が凄いってどういう事だよッ!?
明らかに一般人じゃねえぞッッ!?
「俺に勝てる皇種なんぞ、数えるほどしかいねぇから安心しな。今じゃ、ギンとだっていい勝負ができるはずだ」
「……は?」
「お前も色恋沙汰なんかでボケ倒してんじゃねえぞ。この程度の認識阻害を見破れねえようじゃ、擬態をする蟲はまだまだ無理だしな」
「……は?」
「俺は俺でやる事があるから、お前はギンにしっかり稽古を付けて貰え。じゃあな、ユニク!」
それだけ言って、タオルを取って顔を見せたガチムチおっさん……もとい、親父は空の彼方へ消えていった。
唸る筋肉に物を言わせて、空高く跳び上がったのだ。
……。
…………。
………………、おい、マジで全裸で登場しやがったんだけど。
そして、全裸でどこに行く気だ、親父。
あぁ、もともと混沌としていた訳だが、あれ以上混沌とするとは思っていなかったぜ。
というか、特大の混沌が残っている。
「……あの、アレが俺の親父で、その親父の事をパパって呼ぶってことは……?」
「心配しなくてもよい。儂はユルドルードの旅の連れであって、娘ではないじゃの」
「……じゃあ、何でパパって呼んでるんだよ!?」
「ふむ、それはのーー。趣味じゃの!」
「ふっざけんなよ!?!?変態親父ィィィ!!アルカディアさんでギリギリなのに、幼女はダメだろッ!!」
「あ奴も恥ずかしがり屋で中々に手を出さんじゃのー。せっかく儂がお前さんと会わせてやったというのに、逃げ出しおったしのー。ヘタレじゃの!」
「まだセーフだったか!!じゃなくって、ちょっと詳しく話を聞かせてくれ!!」
「くっくっく、それは面白くないじゃの。まだかくれんぼの途中じゃ、箱入り狐に見つかる訳にはいかぬじゃの!《記憶を喰らえ、悪喰=イーター》」
チカッ。と、目の前が眩しくなり、思わず俺は風呂の淵に寄りかかった。
んん、のぼせたか?
なんかとてつもない混沌超展開が繰り広げられていた気がするが……?まぁ、いいや。
「んー、身体の凝りも取れたし、そろそろ風呂から上がるか」
この宿にはしばらく滞在するだろうし、残りの風呂は後のお楽しみだぜ!!
**********
「はぁー、やれやれ。焦りすぎて、体中の水分が汗として全部出ていっちゃったよ。……店員さん、コーヒー牛乳を3つちょうだい」
極鈴の湯の売店で、白い髪がしっとりしている風呂上がりのワルトナは溜め息を吐いた。
ユニクルフィンとリリンサの急展開を阻止するべく、バカンスを中止して全速力で極鈴の湯に来てみれば、怒濤の混沌が押し寄せたからだ。
ゆにクラブカードを見て添い遂げてない事を知っているからこそ、何食わぬ顔で接触してみれば、「今からユニクと混浴に入る!!」とリリンサに先制攻撃をされ。
心の準備も出来ないまま混浴に入る事になり慌てていたら、脱衣所にあった水着に希望を見い出し。
いざ飛び込んでみたら、想い人の横には謎の爆乳美人がいて。
更に、ユニクルフィンが白銀比にお持ち帰りされているとは知らず。
そこにユルドルードが情報を残している事も初めて知り。
挙句の果てに、アホの子(妹)が登場。
で、アホの子(姉)が物騒な魔王を完全装備し、姉妹で悪鬼羅刹ごっこをし始めて今に至る。
「はぁ。無事に逃げられたからいいけど……。あ”ー、ガチ泣きしてたねぇ。僕も泣きたいねぇ。とりあえず、甘い饅頭と牛乳で餌付けだな。店員さーん、こっちのイチゴ牛乳とバナナ牛乳とレモン牛乳も追加でーー」
「うむ、儂の分も頼むじゃの!」
「……。店員さん、やっぱ全部キャンセルでーー」
「なんじゃの!?」
バッファ全開で華麗に商品を陳列棚に戻したワルトナは、ギロリ、と視線を害敵に向けた。
それは、武器こそ構えていないが、正真正銘の戦闘態勢。
指導聖母同士が行う口舌戦であり、周囲から存在を察知されぬように認識阻害の魔道具を出力全開で起動し、ワルトナが口火を切った。
「やっぱりセフィナが来たのはお前のせいか……悪喰ッ!」
「くっくっく、儂はたまたま偶然にセフィナに出会い、混浴から見える景色が綺麗だと教えてやっただけじゃのー」
「そんな言い訳が通用するかッ!!ふっざけんなよ。お前には言いたいことが山ほどあるんだ、付き合って貰うよ!!」
「飯が出るなら付き合うじゃの。財布にも逃げられたしのー」
「飯ぃ?飯なんて出す訳ないだろ……と言いたいが、条件次第で出してやってもいいよ」
感情に任せて絶縁状を叩きつけてやりたい気分のワルトナだが、悪辣の名を関する指導聖母がそんな利益にならない事をする訳がない。
理性をフル活用し、骨の髄まで奪い尽くしてやると、作戦を考えているのだ。
一方、那由他は飯の事しか考えていない。
それ以外の事を考える必要が無いからだ。
「僕が提示する二つのお願いに答えてくれたら、この宿の最高料理をご馳走してやるよ」
「ほう、聞いてやるじゃの」
「まずは、三つの質問に嘘偽りなく答えて貰う。いいね?」
「その程度なら造作もないじゃの。言うがよい」
「……『何の為にここにいる?』『なぜ、セフィナにちょっかいを掛けるんだ?』ほら、先にこの二つに答えな」
「ここにいるのは、本当にたまたま偶然じゃ。帳簿を調べれば分かるがの、儂がこの宿に泊まり始めたのは3日も前の事じゃしの」
「偶然だって……?だが、リリンがこの宿に来るなんて予想のしようが無いはず……。情報が漏れるなんてありえないし……」
ワルトナは、思考の奥で「まさか、ノウィン様が情報を漏らした?」と考え、即座にそれを否定した。
なら本当に偶然なのかと考え、自分の運の悪さならありえると納得する。
そしてそれは正解だった。
ユルドルードは最近噂の温泉街へ、999タヌキ委員会で負った心の傷を癒しに来ただけであり、何か狙いがあった訳ではない。
「そして、セフィナにちょっかいを出す理由じゃが……、簡単にいえば興味本位じゃの。善意も悪意も無く、強いていうなら食欲と愛欲があるかの?」
「興味本位で僕の計画をブチ壊さないで欲しいんだが。悪意があるとしか思えないねぇ」
「とは言っても、興味本位という味が強いのは事実じゃの。ましてや蟲量大数が関わっておるのなら、尚更、興味が沸くというものじゃのー」
「……!なるほどねぇ、蟲量大数の名前がそこで出て来るのかい。そうかいそうかい……」
ワルトナは持っている情報を組み合わせ、一つの可能性を導き出した。
それを最後の質問に乗せて、飄々と笑う那由他へとぶつける。
「3つ目の質問だ。『キミは、超越者だね?』」
ワルトナが出した答えに対し、那由他はゆっくりと、だが、確実に頷いた。
幼女らしからぬ重みのある声で、肯定の言葉も口にする。
「そうじゃの。儂は間違うこと無き超越者じゃの」
「へぇ……。超越者――英雄様が興味本位で何をしたいんだか知らないけど、僕もキミみたいな奴に用事があったし、丁度いいねぇ」
「用事じゃの?」
「あぁ、そうだ。超越者になるには、超越者を倒さなければならないってさっき知ってねぇ。それは当然、キミも知ってるだろ?」
「無論じゃの。儂より詳しい奴など、神しかおるまい」
不敵に笑う那由他を見て、ワルトナも悪辣な笑顔で答えた。
その目的が交差した時、二人の指導聖母は、己が人生を賭けて対立するのだ。
「僕はね、なんとしてでも英雄にならなくちゃいけないんだ。そう、例えキミを潰したとしても、ね」
「くっくっく、そうじゃの。儂を殺せれば超越者になるなど造作もない。もしかしたら飛び越してしまうかも知れんの」
「なら、覚悟して貰うよ。お前には散々に掻きまわされた恨みがあるし、ここらで一つ、落とし前を付けさせて貰おうかね」
「ふむ、ワルトナ・バレンシア。お前さんの口で宣言するがよい」
「じゃあ言ってやるよ。……準指導聖母・悪喰、僕はお前に決闘を申し込む。お互いに掛けるのは『相手が望むもの』だ。それがたとえ命でも、勝者はそれを奪う権利が生じる」
「指導聖母同士の席の奪い合い、急襲戦争かの。……面白い、受けて立つじゃの!」




