第50話「湯けむり舞う、罪滅ぼし」
「むぅぅぅぅぅう!!もぐもぐっ!!ユニクは極悪非道で鬼畜だと思う!!もぐもぐ!!聞いてるのッ!?ユニクッ!!!」
「ひゃい……。ずみませんでした……」
「そう簡単には許せないと思うっ!!罪滅ぼしを要求するっ!もぐもぐもぐっ!」
「はい……。しばらくは俺のおごりでご飯食べ放題です……。デザートも好きなだけどうぞ」
マジギレ超魔王リリンさんが飯を食いながら俺をお説教し始めて、2時間が経った。
親父に痛めつけられた背中と腰はそこそこ回復しているが、今度は脛が痛い。
2時間の正座は、不慣れな俺からしたら普通に拷問だ。
お説教を受けつつ、こうなった経緯を考える。
ギンの策謀から帰還した俺は、リリンが寝ていた布団で安らかな眠りについた。
……完。
……いやいや、死んでない。
死にそうになったのは、気持ちよく目覚めた後だしな。
**********
「ふぁ~~あ。よく寝たな」
「………。」
「……えっ?」
凝り固まった身体を解しながら起き上ると、そこには、目に涙を一杯貯めた超魔王フル装備ヤンデリリン様がいた。
正確に言うならば、寝ている俺の上に馬乗りで座り、見下ろしていた。
もう既にマウントを取られ、逃げ場はない。
訳が分からず戦慄する俺。
無言で立ち上がり、魔王の左腕で俺を掴んで持ち上げる超魔王ヤンデリリン様。
そこで、おぼろげだった意識が覚醒。
冴えわたる俺の脳味噌は、寝る前に言った事をしっかり覚えていた。
……あぁ、これはダメだ。言い訳のしようがない。
「……おはよう、リリン?」
「………………。ユニクッッ!!」
それから実に清々しいくらいにボコられ、それは誤解だと説明しようとして、さらにボコられた。
旅館中に響いた俺の断末魔を聞いたサチナが部屋に飛び込んできたが、超魔王ヤンデリリンを見て速攻で逃げ出した。
あぁ、これは助かりそうもない。
そして、確実に死んだと思ったが、結果的になんとかギリギリ一応、生きている。
すんでの所で『親父に会った』と言えたからだ。
ありがとう、全裸鬼畜親父。
初めて役に立ったぜ!
*********
「それで、ユルドルードに会ったってどういう事!?話して欲しいと思う!!もぐもぐもぐっ!!」
「あ、あぁ……まずな、俺はリリンが想像している事を一切していない。童貞のままだ。ゆにクラブカードを見て確認してくれ」
「ん。……確認した。確かに童貞のままになっている」
「リリンを裏切る訳にはいかないしな。まぁ、抵抗とかする前に、そんな雰囲気じゃなくなったが」
「という事は……、ユニクが童貞を奪われそうになって、ユルドルードが助けに入ったんじゃないの?」
「なんだその嫌過ぎる再会!?そんなん、童貞以外の全てが失われるだろッ!!」
息子の初めてに乱入してくる、全裸英雄・ユルドルード。
間違いなく伝説になるな。人類史の汚点として。
「あれから別の空間に放り込まれた俺は、霧がかかった森に転移した。聞く所によるとそこはギンの権能の中なんだそうだ」
「ん、私も一回だけ入った事がある。白銀比様が気まぐれで稽古を付けてくれた時、心無き魔人達の統括者全員で戦った場所。なお、5分も掛らずに全滅した」
「で、どうにか窮地を乗り切ろうと俺は奥に進み……そこに親父がいた。当たり前のように普通に立ってやがったんだ」
「……そこは感動して抱き合う所じゃないの?」
「それに似た事はしているから大丈夫だ。で、話を聞くと、親父は「これは予定された事だ」とか言い出して――」
俺は、出来るだけ詳細に起こった事や聞いた話、その全てをリリンに話した。
そうしている内にリリンの不機嫌は収まり、いつもの平均的な表情へと戻ってゆく。
ちょっと安心しつつ、本題に入った。
「親父は確かにこう言ったんだ。『あの子を取り戻す手段はある』ってな。だから、俺達はそれを目指せばいいんだが……。あの子に関する記憶を思い出すと、再び魔法が発動して危険らしい」
「むぅ。むぅ。」
「そう唸る気持ちも分かるが、これはしょうがないだろ?あの子の願いは『俺やリリンに、普通の人生を歩んで欲しかった』んだってさ。それを否定は出来ねぇよ」
「むぅ、……違う。」
「違う?」
「ユルドルードと再会するなら、私も一緒にいたかった!!ずっと会うのを楽しみにしていたのに、先に会ってしまうなんて、ユニクはズルイと思う!!」
あ、ダメだこれ。
飯を食っていたから、一時的に落ち着いていただけだったらしい。
俺はクッキーを取り出しつつ、リリンの口に加えさせ……ぎゃああ!指を噛まれた!!
「もぐもぐもぐ、続きはよ」
「あの子を取り戻す為には、英雄になる必要があるんだってさ。で、その為に俺は訓練を始めたって訳だ」
「……やましい事をしてない?本当にしてない?」
「ギンは酒を飲みながら眺めてただけだ。途中から酔っぱらってたし」
「じゃあ、ユルドルードとは?」
「は?」
「そのユルドルードは白銀比様が作った。だからそのユルドルードとやましい事をするのもアウトだと思う!」
「誰がするかッッッ!!気持ち悪いッ!!」
流石にそこまで疑わないで欲しいんだがッ!?
あぁ、もう、相当こじれてんなッ!
ビッチキツネめ!!クソタヌキを倒したら、次はお前をブチ転がしてやるからなッ!!
「……大体の事情は分かった。それに、今夜から一緒に訓練するのもとても嬉しい。わくわくする」
「あぁ、良かった。許してくれたか?」
「ん!まだ許していない!!」
「なんだって!?」
「そもそも、ユニクは私の恋人だという自覚が足りてないと思う!!すっごく足りてないと思う!!」
「いや、自覚はしているつもりだったんだが……。キツネには勝てなかった」
「それがダメ!ユルドルードは白銀比様に抗っている。お父さんも!だからユニクもちゃんと断るべきだった!!」
そうなんだよなぁ……。
散々馬鹿にしているが、親父は似たような状況でも切り抜けている。
だが、俺は拉致された。
それは事実だし、実力が足りなかった訳だから、罪滅ぼしをするべきだな。
俺は姿勢を正し、リリンに向き直った。
そして深々と頭を下げ、誠心誠意を尽くし謝罪。
さらに、リリンの要望に答えるべく真剣に話を聞く。
「リリン、何をすれば罪滅ぼしになるんだ?何でも言ってくれ」
「……。なんでも?」
「うっ。……あぁ、何でもだ」
「……お風呂」
なんだよ、風呂って?
それはアレか?この温泉郷の風呂を、全て一人で磨いて来いってことか?
でもそれって、物理的には大変だろうが、明確に数が決まっているしやり易いよな?
よしっ!
風呂の汚れを落として、身の潔白を証明するぜ!!
「風呂?風呂を磨いてくればいいんだな?」
「……ちがう」
「は?違う?じゃあ何なんだ?」
「……一緒に」
「一緒に?」
「一緒に、混浴に入って欲しい!!」
……なんだそんな事か。
ただ風呂に入るだけでいいなんて、楽勝だr……。
……。
……………。
…………………なんだってぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?
「ユニクは自覚が足りてない!!だから二度と浮気しない様に、私の虜にするっっ!!」
**********
「帝主さま、ここで服を抜いで籠に入れるです。タオルはこの自販機で買えますです。石鹸もです」
「説明ありがとな、サチナ」
「これもサチナのお仕事なのです。それと、主さま達の入浴に合わせて人払いの結界を張って、お掃除もするです。貸切っぽくなるので、ゆっくりくつろぐと良いですよ」
「重ね重ね、心尽くしありがとう」
……つまり、大魔王様と一対一か。
しかも装備品は、ほぼ無し。
急所を守るタオル一枚が最後の防壁だ。
「サチナは女湯の方からお掃除するので、あっちに行くです。混浴は露天風呂と繋がってるので、一番奥に行けば分かるですよ」
「……ばっちり場所も分かったぜ。ありがとな」
『迷子になって、時間稼ぎ作戦』も先手を打たれてしまった。
……あぁ、万策が尽きた。
「ではでは、ごゆっくりどうぞなのですー」
「おう」
……。
…………。
………………どうしてこうなったッッッ!?
パタパタとスリッパを鳴らし、入口から出て行くサチナを見送りながら、必死になって考え……。
あ”ぁ”ぁぁ!ちくしょうめッ!
全部ビッチキツネのせいじゃねえかッ!!
何が、『数千年を生きる七源階級の皇種』だッ!!
ただの色ボケキツネじゃねえかッ!!
お前のせいで、俺とリリンの健全なお付き合いが、一瞬で超魔王化したんだけどッ!!
はぁ。本当に大変な事になった。
あれからリリンは速攻で残りの料理を食べ尽くし、俺の手を引いて歩き出した。
風呂に来る途中に交わした会話は、ゼロ。
タイトルを付けるなら『処刑執行』って感じだな。
「あー、マジでどうしよう。童貞な俺には難易度が高すぎる……」
俺だって男だし、その、混浴という物に興味がない訳ではない。
むしろ進んで参加し……ごほごほ、まぁ、嫌ではないんだ。
だが、リリンのご機嫌がどうなっているか分からない現状、温泉に沈められる可能性がある訳で。
……第九守護天使、第九守護天使、第九守護天使。
……瞬界加速、飛行脚……よし。
「ごくり……。誰もいないし、返事が返ってこないのは分かってるが気合だけは入れておこう……。行くぞッ!!」
唯一の装備品の腰布をきつく結び、スリガラスになっている扉をカラカラと引く。
ここからは戦場だ。油断は……うおおおおおお!すげぇ!
「なんだこれ!?……流石は温泉郷。吹き抜けの景色と輝く湯船が見事すぎるんだけど!」
馬鹿な事を考えていたのが一瞬で吹き飛び、思わず感動を口にしてしまった。
見えているだけでも湯船が8つもあり、不思議な事に、流れている湯の色がそれぞれ違うようだ。
一番手前にある掛け湯に近づいて見てみると、お湯自体が輝いていた。
導かれるように手桶で掬って身体にかけてみれば、身体の中心まで温かさが染み込んでゆく。
あぁ~~。安らぐ~~。
「あー、このまま一人でくつろぐ……訳にはいかないよなぁ。男は我慢だ!ユニクルフィン!!一度交わした約束を簡単に破るような事をするんじゃねぇ!!」
自分で自分を鼓舞し、誓いを立てる。
俺の正直な欲望では、このまま流されてしまいたい。
リリンだって、あれだけ露骨にアピールしているんだし、ちょっとくらい……とも思っている。
が、一線を越えてしまうのは、なんとなくダメな気がするんだよなぁ。
記憶を無くしているせいで過敏になっているのかもしれないけど、何処かに引っ掛かりがあるような気がするのだ。
リリンと同じレベルになったらって話をしているんだし、ご褒美があった方がやる気も出る、と思っておこう。
「ここが露天風呂で、んー、あっちが混浴か」
見つけた看板には、非常に達筆な字で『混浴はあっちでありんす』と書いてある。
なんか殺意が湧く文字だな。なんでだろう。
「へぇー、混浴は屋根がなくて完全に外なんだな。山が近いせいか、結構湯気が凄いな」
一番奥にあった露天風呂の中を移動し、それっぽい仕切りを通り過ぎた。
このお湯は乳白色で、混浴の中心に行くほど濃くなっていくらしい。
いらない気遣いをありがとう。
混浴は結構な広さがあるらしく、奥の方は湯気で見えな……って、もう人影がいるんだがッ!?
ちょっと待ってくれ、まだ、決意表明しかしてな……って、これ、昨日の流れと同じじゃねえかッ!!
親父じゃねえよな!?あの人影、親父じゃねえよなッ!?!?
だが、恐る恐る近づいてみると、そのシルエットは細かった。
どう見ても筋肉マッチョではない。
だとすると、リリンは既に湯船につかり、俺を待ち構えていると……。
魔王城の謁見の間に突入する勇者って、こんな気分なんだな。
勇気を振り絞れ、俺ッ!
ここは自然体で話しかけろッ!!
「あぁ、リリン。この温泉は本当に凄……」
「う”~~ぎるあぁ~~。」
「え。」
「あ、ユニなんちゃらだ」
……。
…………。
………………親父じゃなかったが、限りなく近い人物がいたんですが。
何でだよッッ!?!?
「ちょ、アルカディアさん!?何でいるんだよッ!?」
「あー。偶然?」
「絶対違うだろッ!!」
偶然で、こんな所で遭遇するはずねえだろッ!!
だったらいるのか!?英雄全裸本物親父が、この温泉郷に潜んでやがるのかッ!?!?
いや待て、ギンは親父に会ってないって言ってたよな!?
近くに来てるんなら、さっさと出てこいってんだよッッ!!
いや待て、やっぱ出てくんなッ!!
お前にリリンの裸は、絶対に見せねぇぞッ!!
「アルカディアさん、率直に聞くぞ。親父はどこだ?」
「……おじさま?知らない」
「ここにはいないってことか?ん?じゃあ何でアルカディアさんは温泉に入ってるんだ?」
「この温泉は毛並みに良いって聞いた。サラサラになる!」
……そこは『肌に良い』だろ。
あれ以上、艶やかになってどうすんだよ。
あの時点で滝のように見事だっ……おい、湯に浮いてんぞ。せめて隠せ。
「アルカディアさん、…………ん、ん。」
「う”ぃぎるあっ!?」
俺がそれとなく視線で目くばせすると、そこに浮いていた謎の物体は、ジャッ!!と軽快な水飛沫を立てて温泉に潜った。
まるで生き物みたいな動きだったんだけど。
なんだあれ。絶望か。
「……ゆになんちゃら、見た?」
「なんのことだ?俺はただ景色が綺麗だなって言いたかっただけだぜ!」
「それならいい。バレると怒られるし」
いっその事、怒られろよ!!
初恋の人と混浴という憧れのシチュエーションなのに、まったくときめかねぇんだよッッ!!
「はぁ……。となり座るぞ」
「どうぞ。う”ぃ~ぎるあぁ~~」
あぁ~~極楽極楽……って、待て、これヤバくないかッ!?
リリンの視点で見たら、『誘惑しようと嬉々として来たら、俺はもう既に可愛い女の子と混浴を楽しんでました』って事になる訳で。
やべぇ!マジでこれは極楽浄土に送られるッ!!
「アルカディアさん、俺、ちょっと用事を思い出したから……」
「う”ぃぎるあ?あっちから誰かの声がする」
うぁぁぁぁぁ!!遅かったッ!!
アルカディアさんが言うとおり、女湯の方の露天風呂からリリンの声が聞こえてきた。
声が聞こえるって事は、サチナと話をしているっぽい。
無駄な足掻きだとしても、可能な限りアルカディアさんから離れよう。
俺はおもむろに立ち上がり――こっちを見ていたサチナと目が合った。
「え?」
「主さまがもうすぐ来るので、待ってるですよ」
「えぇ?サチナ、何でここにいるんだ?」
「先に行って、帝主さまが逃げないように見張ってって言われたです」
見透かされてるだとッッッ!?
じゃなくってさ、じゃあ誰がリリンと喋ってるんだよ!?!?
もしや、キツネかッ!?
ビッチキツネが乱入して来たのかッ!?
もはや訳が分からな過ぎて、混沌温泉になりつつある。
そうこうしている内に、二つの人影が近づいて来て――。
「あっ!」
「う”ぃぎるあ?」
俺の横にいるアルカディアさんを見て驚くリリン。
その体にはタオルが巻かれていて、ギリギリ見えていな……あぁちくしょう!!じっくり観察する暇もねぇ!!
第一級・戦闘警戒だッ!!
防御態勢を取れッ!!俺ぇぇぇぇ!!
「……おい。その女は誰だい?ユニ」
仁王立ちするリリンの横には、真っ白い髪の大魔王、ワルトがいた。
魔王様が二人がかりとか、ちょっと生き残れそうにない。




