第49話「再会と修行……?」
「おらッ!!ペースが落ちてんぞ!!また殴られてぇのか!!」
「881ッ!882ッッ!!883ぁぁんッッ!!」
こんの、英雄全裸ユルユルおパンツ親父めぇえええええ!!
今更、腕立て伏せって、何の意味があるんだよッ!!
親父の威光を見せつけられた俺は、今まで抱いていた負の感情から一転し、尊敬と期待の眼差しを向けた。
我ながら現金なもんだと思うが、俺が良く使う通常技で50mもある化物を一刀両断しているんだから、仕方がないと思う。
大きさ的にはドラピエクロ以下だが、実際の実力はファラリスタウラスの方が圧倒的に上だろう。
つまり、親父はドラピエクロや、その後出てきた鎧武者竜と球根竜、そして冥王竜にも勝てるはずだ。
そんな、尊敬の眼差しで待っていた俺に示された訓練は、『腕立て伏せ1000回』。
英雄的なスペシャル腕立て伏せではなく、普通の奴だ。
「……954、なんで!955、腕立てなんだよ!956、グラム関係ないだろ!!957!!」
「関係ない訳ねぇだろ。剣は腕で振るんだぞ」
「んなこと分かってるけど、998!!腕立てをしてもさっきのが出来るようになるとは思えん、999!説明しろ……、1000ッ!!」
「はぁ。いいか、グラムは神殺しといえど結局は剣なんだよ。様々な能力があるが、剣として扱えん奴はその能力を引き出せねぇ。だから、基礎体力は大事なんだ」
「はぁ、はぁ、た、確かにそうかもしれねぇが……、それは親父がいなくても出来るだろ?夜が明けるまで、時間は限られてるんだぞ?」
「ん?何を言ってんだ?お前はグラムの覚醒がしっかり制御できるようになるまで、毎日ここで訓練をするんだぞ」
「はぁ!?」
「……おい、ギン。ユニクに説明してねえのか?」
強引に連れて来られたし、今日しか親父に会えないのかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
で、親父やギンの顔を見る限り、親父の言い分が正しいっぽい。
だったら、あんな形で連れて来ないで欲しかったんだけどッ!!
親父はくすくす笑っている酔っ払いに詰め寄り、事情聴取を始めた。
「説明など、親子の感動的な再会には無粋でありんす~。何も知らずに会った方が、感傷もひと押しなんし~~」
「その結果、息子が殺しにかかってきたんだが?説明してねえなら、どんな風に連れてきやがった?」
「リリンサと一緒にわっちの所に話を聞きに来たなんし、それなりに話をしてやったでありんす」
「頭の良いお前の事だ。絶妙に混乱する様な事を言ったんだろうが……。あの子の正体を暴露されて、計画がご破算に張るよりかマシだな」
「でぇ、帰ろうとしたリリンサへ、『わっちはユニクルフィンと秘め事をするから先に帰れ』と、脅したなんし~~」
「あ”あ”んッ!?」
「嘘は言ってないなんしな~~。これはしっかり秘め事でありんすぅ~。『ユニクルフィンだけを先にユルドルードと会わせて、様子を見る』というのを決めたのは、お主たちでありんしょ~」
「言い方が問題なんだよッ!!どう考えても誤解されてるじゃねえか!!」
「これくらいで恋心が覚めるのなら、どうせ長くは続きはせん~~。そん時はわっちは親父子丼を食べられるなんし~~」
「願望が駄々漏れなんだけど、このビッチキツネ!!」
そう言って親父は、目にも止まらぬ速さでギンに斬りかかり――余裕で回避された。
……おい、なんだ今の動きは?
腕立てなんかよりも、その動きを教えてくれよ。
「ちっ。酒飲んでるくせに、すばしっこい」
「この空間内で、わっちに攻撃が届くはずがないでありんしょう」
「……だな、この鬱憤はコイツで晴らすか」
おいぃぃ!!ふざけんなビッチキツネッ!!
親父に八つ当たりされそうなんだけど!
「おら、腕立ての後はスクワット1000回だ。かかとを地面から上げるんじゃねえぞ」
「しかも、また筋トレなのかよッ!?」
「そん次は腹筋な。これらはただの準備運動だから、毎回必ず最初にやることになるぞ」
「1000回ずつって、準備運動じゃねえだろッ!!どう考えても本番だッ!!」
「だから、これが準備運動になる程に、体を鍛える必要があるんだよ。良いか見とけ」
そう言って、親父は俺から少し離れた所で、腕立て伏せの体勢を取った。
どうやら腕立てを俺に見せたいらしいが……。
おっさんの腕立てを見たって、なにも楽しくねえんだが?
「腕立て伏せってのはぁ、チュドドドドッ!!こういう風に、チュドドドドッ!素早くやるんだよ。チュドドドドッ!」
「……は?」
「惑星重力制御を使って自由落下を加速させろ。チュドドドドッ!惑星重力制御を使いこなせれば、チュドドドドッ!!腕立て、腹筋、スクワット1000回なんて10分で終わるぞ。チュドドドドッ!」
……前言撤回。
腕立て伏せという、俺の知らない何かが行われている。なにこれ、怖い。
地面に手を付けて構えた親父は、ドラムを叩くスティックのような動きで上下を繰り返し、その度に土石が削れて飛び散って行く。
……あ。終わった。
意味が分からずに呆然としていたら親父は軽々と腕立てを終えた。
次はスクワットをするらしい。
「スクワットは、フォォォォン!こういう風に降下の時も筋肉を使うようにしろ。フォォォォン!これは戦闘中の回避でもよく使う動きだからな。フォォォォン!」
……。そんな意味不明な動きで回避はしねぇだろ。
バネが壊れたおもちゃみたいに、ビヨンビヨンしやがって。
そんなん戦闘中に見たら、敵がビビって回避するぞ。
「で、これが腹筋だ。ズガガガガッ!ただ地面に背中をぶつけるんじゃ無く、ズガガガガッ!こうやって、身体に乗った衝撃を地面に放出するんだ。ズガガガガッ!」
……おう、これも俺の知ってる腹筋じゃねぇな。
ミニスコップで地面を掘ってるようにしか見えない。実際に地面が減っていってるし。
なにこれ、怖い。
「こんな風に、腕立ては『攻撃』、スクワットは『回避』、腹筋は『防御』の基礎訓練になる。常識だろ?」
「そんな常識はねぇぇぇぇぇんだよ!!変態親父ィィィ!!」
「……。分かって無かった見てぇだな。腕立てからやり直せッ!!ダメ息子ォォ!!」
そういう説明は先にしろよぉぉ!!
こんちくしょうめぇええええ!!
**********
「はぁ、はぁ、おぇっ……。腕立て終わった……ぞ……」
「準備運動でヘバッテんじゃねえよ。これじゃ訓練に入れねぇじゃねえか」
あぁ、マジでこの野郎、覚えてろよ。
親父に対し抱いていた殺意が、無尽蔵に増えて行くぜ。
親父の言うとおりにやった腕立ては、全くの別物だった。
最初、さっきよりも速くやる為に全力で腕を突き出し、身体を持ち上げた……んだが、逆に強すぎて腕が地面から離れてしまった。
そこに飛んできたのは親父の足。
この野郎は、必要以上に身体が浮いた俺の背中を足で押し潰し、地面に叩きつけやがった。
スパルタなんてもんじゃねぇ、俺が何をしたって言うんだよ!?
ちょっとユルユルおパンツおじさまって呼んで、変態扱いしただけじゃねえか!!
だが、俺は訓練を続けた。
50mの化物を一刀両断で殺すには、並みの訓練じゃ不可能だって分かってるしな。
「ユニク、背中から惑星重力制御の波動を出して、腕力と拮抗させろ。これが出来ねえと、破壊力が高い攻撃を放った際に反動で吹き飛ばされるぞ」
「……それって、人間が出来る事なのか?」
「少なくとも、俺はお前と同じ歳の時には出来たぞ」
やる事は教えて貰ったが、肝心の方法は教えてくれない。
なんか、聞いたら負けた気がするので、試行錯誤を繰り返しながら腕立てをする。
一応、間違った事をした時には親父の足が飛んでくるので、指針はあるしな。
俺が親父の5分の1のスピードで腕立てが出来るようになった時には既に、辺りは薄っすらと明るくなってしまった。
たぶん、腕立てだけで5000回はしたきがするぜ。
失敗するたびに1からやり直しをさせるからな、この全裸鬼畜親父はッ!
「ユニクルフィン、水を飲むなんしか?ほれ。」
「あぁ、ありがと……。ごっふぁぁぁぁぁ!?水じゃねぇぇ!?」
「くすくすくす、わっちにとっては、水みたいなもんでありんす~」
ふっざけんなぁぁ!!この酔っ払いビッチキツネぇ!!
こんな状態でのイタズラは、死に直結しているんだよッ!!
流石にこれは我慢できねぇ、文句を言ってやるッッ!!
「俺は人間なんだぞッ!!お前らみたいな化物じゃねえんだぞ!!」
「……。」
「……。」
「なんだその顔!?」
コイツら……、二人揃って「は?何言ってんのコイツ?」みたいな顔しやがって。
俺はまだ人間なんだよ。お前らみたいな人外のバケモンじゃねぇ。
というか、そもそもお前は人間じゃなかったな、ビッチキツネ!
「ちゃんとした水を出してやれ、ギン」
「仕方がないでありんすなぁ。ほれ、リリンサが持って来た土産に入ってた、酒を割る用のジュースでありんす」
そう言ってギンは俺に瓶を差し出してきた。
速攻で蓋を破壊し、勢いよく飲む俺。
あぁ、生き返る……。
『濃縮されていますので、水で割って下さい』とか書いてあるけど、全然気にならない。
「はぁ、マジで腕立てだけで、夜が明けちまったんだが……?」
「まぁ、筋は悪くねぇ。初めてやるにしちゃ、こんなもんだろ」
「初めてやる?昔の俺もこうやってトレーニングしてたんじゃないのか?」
「馬鹿言えよ、身体の基礎も出来てねぇガキにこんな事をさせられるか。昔のお前はグラムの性能を使って誤魔化しながら戦ってたんだよ」
「……今もそれが良いんだが?」
「さっき剣筋を見た感じ、まだそうやって戦ってるみてぇだな。だがそれじゃ、あのタヌキには絶対に勝てんぞ。さっきの準備運動を会得してた若い俺が、パーティーで挑んで負けた相手なんだからな」
「……目標の壁はなんて高いんだ……。お前は本当に……クソタヌキだな……。」
ちくしょうめ……。森林の陰でタヌキが笑ってる気がする……。
この結界内にタヌキが侵入した場合、ギンが一匹残らず撃滅しているのでそれはないらしいが……。
相手はタヌキだし、用心するに越した事はない。
「親父、俺はタヌキを倒せるようになる……かな?」
「タヌキぐらい勝てよ……。と言いたいが、よく考えたら俺もタヌキ帝王に勝ててねぇな」
「わっちも、那由他様にだけは、逆らえんでありんす……」
あぁ、誰ひとりタヌキに勝ててねぇじゃねえか……。
俺は意地と決意を改める為、オレンジ色の太陽が朝露を照らす中で、新たな目標を叫ぶ。
それは、セフィナを手に入れ、白い敵に打ち勝った後に行う……俺の人生の目標だ。
「……俺はこの訓練で、お前をブチ転がせるだけの力を絶対に手に入れてやる。だからな……毛繕いでもして待ってろ、クソタヌキィィィィィィィィィィッッッ!!」
***********
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあう……」
「ほれ、リリンサ。ユニクルフィンは返すでありんす―」
「あっ!」
「ふぁ~あ、わっちは寝るなんし~~」
訓練を終え……られたかどうか微妙な俺は、ギンの空間魔法でリリンの部屋へ送り届けられた。
まるで、袋に詰めたゴミを集積場所に捨てるように、俺をリリンの前に放り投げたギンは空間魔法の中へ帰ってゆく。
あぁ……。畳に叩きつけられたが痛くない。
だって畳だし。
地面じゃないし、親父の蹴りで勢いもついてない。
「あうあうあう……。ゆ、ゆにく……?」
「あぁ」
リリンが何故か、あうあう言っている。
朝食でも食い損ねたのか?
「あ、あぁ……、こ、こんなにボロボロになるなんて……、そ、そんな」
「あぁ、激しい戦いだった」
「は、激しかったのっ!?」
「いや、戦いにすらなってなかった……まったくダメだった。遊ばれただけだ……」
「も、弄ばれたのっ!?!?」
あぁ、眠い……。
だから、リリンに構っている暇はない……。
ひたすら眠くて……、頭が働かないんだ……。
「そ、そんな、まさか……ひ、一晩中っ!?」
「そうだ。始める前は楽勝だと思ったんだ……。だが、技術が違いすぎた……。ひたすら体を動かし続けるしか、俺には出来なかった……」
「そんなになの!?ねぇ、そんなに技術が凄かったの!?」
「あぁ、俺が失敗すると踏まれもした。だから必死に身体を上下させて……あぁー、体中が重い」
「踏まれたのっ!?変態なのっ!?」
「あぁ、変態以外の何者でもないな……」
「ゆ、ゆ、ゆにくが……!ユニクが、私を置いて大人の階段を上ってしまったっ!!い、一緒に登ろうって約束したのにっ!!!」
「……?まぁ、新しい境地は見えた、かな……」
なんか話が噛み合ってない気がするが、よく分からない。
今の俺は寝る事しか頭にない。布団……、布団……。あっ、ほんのり温かい。
「えっっ。ま、まさか、今から実践するというの!?」
「実践?いや、普通に寝る……」
「えっ!?あっ!!」
「悪い、疲れてるんだ。寝かせてくれ」
「え、あ、ちょっと待って欲しい!!」
いや、悪いが待てそうにない。
もう、睡魔が……。タヌキパジャマを被ったアホタヌキが、ほら、すぐそこに……。
あ、そうだ。これだけは言っておかないと……。
リリンだって、心の準備があるだろうしな……。
「ゆにくっ!起きて、だめ、ゆにくっっ!!」
「リリン……」
「ゆにくっ!!」
「今夜は、リリンも一緒だって、ギンが言ってたぞ」
「えっっっっっっ!?!?!?」
「初めは戸惑うかもしれないが……、一緒に頑張ろうな」
「い、一緒にするの!?初めてなのに外でするの!?」
「すまん、もう、限界だ……。ぐぅる、ぐぅる……きん、ぐぅぅ~。」
「ゆ、ゆにくっー!!」
リリンが激しく俺の体を揺さぶっている。
だが、親父の蹴りに比べれば、優しくあやされているのと変わらない。
あぁ、疲労困憊で眠るのって、こんなに気持ちいいんだな……。
大魔王なリリンさんに激しく抱かれながら、俺は、安らかな気持ちで眠りについた。




