第48話「再会と修行」
「なぁ、それってグラム……だよな?」
「そりゃ、グラムに決まってるだろ。お前に渡す前は俺の愛剣だったんだぞ」
親父が背中に担いでいた大剣は、どこからどう見てもグラムだ。
親父本人もそう言っているし、間違いなくグラムなんだろうが……。
世界最強の十の神殺し、神壊戦刃・グラムって、そんなに一杯あるのか?
いやいや、そんなにはねえだろ。どんだけ人類は神を殺したいんだよ。
「グラムなのは分かったが……グラムは2本もあるのか?」
「あるわけないだろ。これは神殺しだぞ?」
「だってそれグラム……」
「あぁ、グラムだが……。おーいギン、説明してくれ!記憶がねえから説明できねぇ!!」
そう言って親父はギンを呼び寄せた。
どうやらこの親父は必要最低限の記憶しか持っていないらしく、グラムが2本ある理由を説明できないんだとか?
なんて都合のいい脳味噌なんだ。
「呼んだでありんす?」
「ギン、この空間と俺についての説明を頼む。グラムについてもだ」
「分かったでありんすー」
……。ビッチキツネは素直に親父の言う事を聞くんだな。
何故か頬を赤らめているが、ツッコミを入れたら泥沼にはまりそうなので放置しておく。
「ユニクルフィン。お前さんが話しているこのユルドルードは、わっちが創り出した偶像でありんす。そっくりでありんしょう?」
「一目見て親父の事を思い出すくらいには、親父だな」
「だが、実はこれだけではなく、この空間そのものが、わっちの権能で創ったものなんし」
「空間そのもの?」
「この権能の名前は『時の遊郭』といい、世界から切り離した時間を再生し、夢と現が入り乱れる場所でありんす」
「……?すまん、よく分からん」
「わっちが記憶したもの、わっちによって切り離された記憶、それらを完全に復元して創り出す、わっちの理想通りの桃源郷でありんす」
それから詳しく話を聞き、その概要が掴めてきた。
簡単に言うと、この空間内にいる俺とギン以外の全ての物は、その権能で造り出した複製品らしい。
それらは完全な複製ではなく、ギンが持っている記憶に基づいて生成されている。
特出するべき点は、複製したい物の情報をギンが理解していない場合は性能が制限されたものしか創れない。
特殊な能力を持つ魔剣を見ただけでは、その能力は複成出来ず、外見が同じだけの剣になるそうだ。
だが、その所持者から記憶を抜き出しその通りに作ったのならば、それに基づいた性能になるというのだ。
この親父はそうやって創ったらしく、親父本人の性能をそのまま引き継いでいる。
そしてグラムも、親父から記憶を抜いた段階で、親父が知っていた性能になっている。
ということはつまり……ギンは、英雄全盛期の親父と武器を、好きなだけ創れるってことになる。
やべぇな、ビッチキツネ。
一人で世界を滅ぼせそうなんだけど。
「それって、何でも創れるって事だよな?」
「わっちは数千年を生きる皇種。大体の事は知っておるし、知らぬのなら記憶を奪えばよい。生物もこの通り問題なく創れるでありんす」
「うん、それってズルイぐらいに強くないか?そんなん、誰もギンに勝てないだろ」
「そうでありんす。と言いたいなんしが……。この偶像が再生できるのは空間の中のみなんし。権能が食い破られたら途端に不利に立たされる故に、戦闘向けの能力ではないなんしなー」
いやいや、どんなものでも条件付きで造れるって、滅茶苦茶強いから!!
ぱっと思いつくだけでも、『魔王の右腕100本!』とか出されたら、何も出来ずに憤死する。
だが、ギンはこの能力を戦闘に使う事は、あんまりないらしい。
この空間に引きずり込まなくてはならない手間があるし、何より、ずっと前に真正面から食い破られた事があるらしいのだ。
……食い破られたってのは、比喩的な表現だよな?
文字通りの意味で食い破ったんじゃないよな?
頼むからそうであってくれ。
このヤバそうな空間を喰い破るなんて、タヌキにしかできねえ気がするッ!
「流石は、階級持ちの皇種だな」
「いや、星から直接記憶を読み取り具現化させていた極楽天狐様と比べれば、わっちなど、まだまだでありんしょう」
「それって事実上、制限がないんじゃ……?だが、極楽天狐さんは死んでるし誇ってもいいだろ?」
「上には上がいるという事なんし。のう、せっかくの余興、これ以上つまらぬ話をして興が削がれるのは好かんなんし」
そう言ってギンは身を翻し、少し離れた場所に陣取った。
いつの間にか創造した畳の上でくとろぎ、片手には酒、もう片手にはツマミが添えられている。
うん、完全に風呂上りに温泉宿のショーを楽しむ客そのものなんだけど。
このビッチキツネ、頻繁に温泉を利用してやがるな?
「ほれ、はよう戦うなんしー。惚れた男とその息子がくんずほぐれずの大乱闘。あぁ、至極の催し物でありんしょう」
「言い方に棘があったぞ!?」
「お互いに剣を抜けば、後はもう本能の向くまま。どちらが先に矛を収めるのか楽しみでありんすが、ユルドルードは攻めでありんしょう」
「んん!?このキツネ、腐ってんだけど!!」
やべぇ!!このビッチキツネ、男同士もいけるっぽいんだが!?
見境がないなんてもんじゃねぇ!!童貞を失う危機は免れたが、処女を失うのはもっと嫌だッ!!
「……。親父……?そんな事はしねえよな?大丈夫だよな?」
「する訳ねえだろ。俺の事をなんだと思ってんだよ」
「全裸英雄・ユルユルおパンツおじさま」
「……ぶっ殺されてぇのか?ん?」
あ、いや、違っ……くはねぇんだけど、その溢れ出る殺気はしまってくれッ!!
あぁ、意気込んだだけで魔王シリーズ以上の恐怖感がひしひしと伝わってくる。
どう考えても、地雷を踏んだっぽい。
ちくしょうめ!キツネにハメられた!!
「おら、ごだごだ言ってねえで始めるぞ。まずは、どれくらいグラムを使いこなせてるか見てやるよ。好きなだけ斬りかかって来い」
「いいのか?覚醒させてるんだけど?」
「既に斬り掛かっただろうが。今更それを言うのか?」
「さっきのはエネルギーをまったく溜めていない銀河終焉核で、大した威力が出ないって知ってるからな。実際に無傷だったし」
突然の再会でテンションが上がってしまったとはいえ、流石に、本気の必殺技をブチ込んだりはしない。
放ったのはグラムの破壊の因子を纏わせた銀河終焉核だが、この技の威力を最大にする為には事前にエネルギーを吸収しておく必要があるし、大丈夫だと思ってやった。
悔いはない。
……無傷は予想外だったけどな。
ニセタヌキだって、この技を使えば数を減らせたのに。
一時的だったけど。
「じゃあ、遠慮無く行かせて貰うぜ……。《重力破壊刃ッ!》」
「ふん。」
まずは基本技、重力破壊刃だ。
この技はグラムの質量を可能な限り減らして放つ、高速の剣撃。
グラム自体が覚醒しているので、その速さはまさに光速だ。
チカッと閃光が弾け、親父の首筋に――。うん、ふつーに弾かれた。
肌に傷一つ付いていない。
「続いて……、《超重力軌道》を構築し、重力場を形成。《次空間移動》からの!《重力衝撃波》」
「ふん。」
立っていた体勢からの剣撃では、威力が足りなかった。
なら、超重力軌道で造ったフィールドを駆け回り、破壊の因子を乗せた剣でぶった斬ってやるぜ!
うおらぁぁ!ブチ転がれッ!!親父ィィぃ!!
何ぃぃ!弾かれただとッッ!
「……。《重力光崩壊!》《重力光崩壊!》《重力光崩壊ッ!!!》」
「ふん!」
また弾かれたんだけど!!どんだけ硬え肌してんだよッ!?
俺はやけっぱちになって《重力光崩壊》を連発し、全弾命中。
その結果、親父は無傷であり、更に直立不動でその場から一歩も動いていなかった。
……おい、親父。お前ホントに人間か?
「ふむ、まぁまぁ威力が出てるな。腕はなまってないみたいで安心したぜ!」
「それは褒めてんのか?それとも馬鹿にしてんのか?」
「褒めたつもりだぞ。並みの使い手が俺に剣を振るった場合、纏っている『破壊の波動』に当てられて体中がボロボロになる。が、それが無いって事は相殺できるくらいには威力が出てるって事だ」
破壊の波動って、なんだよ!?
ってツッコミを入れようと思ったら、段々思い出してきた。
破壊の波動というのは、グラムを覚醒させた状態でのみ使えるバッファ魔法みたいなもんだ。
グラムの破壊の因子を身体に循環させ、敵の攻撃を自動で相殺するという仕組みなんだが……、いかんせん破壊の威力が強過ぎる為に、それを受けた敵は一瞬でグラムに切り刻まれたようにボロボロになる。
……危ねぇな!!俺の技量が足りて無かったら死んでたぞ!!
「ふざけんな!殺す気満々じゃねえか!」
「いや、この空間内にいる限り、ギンが治せるから大丈夫だ」
「どういうことだよ?」
「怪我をしたという時間を抜き出し消滅させる事で身体を回復させるんだよ。ほら、創生魔法で『命を巻き戻す時計王』ってあるだろ?あれはギンの魔法を元に開発されたっていう話だぞ?」
『命を巻き戻す時計王』?
んー、リリンがワルトと共同で発動させた『命を止める時針槍』に似てるよな?
だとすると、ドラピエクロを小さくしたみたいに、時間を巻き戻して回復させるってことか?
うん、リリンとワルトが念入りに準備をして発動した魔法が使い放題とか、なにそれズルイ。
「だが、最低限の威力が出ているってだけで、まだまだグラムの力はこんなもんじゃねえぞ」
「こんなもんじゃない、だと?」
「おう。そうだな……ギン、あれを出してくれ」
「わらっはでなんしぃ~」
このキツネ、酔っぱらって呂律が回ってないんだけど。
そんな状態で何をするつもりだ?
「でてこいでありんす~。ふぁらりす・たうらすぅー」
「ふぁらりすたうらす?……ファラリス・タウラスッッ!?」
ちょっと待て、それって50mもあるっていう皇種だよな!?
驚愕のあまり、ロクに反応できなかった俺。
いや、身構えていても、反応出来たか疑わしいな。
突然俺の目の前に、そそり立つ壁が出現した。
よく見ればそれは、獣の蹄だ。
壁と見間違う程に巨大な蹄が出現し、それは途中から毛むくじゃらの太い脚となって、天空で胴と繋がっている。
これが……牛の皇種か。
うん、ちょっと勝てる気がしない。
「あ、あぁ、あああああ……」
「こんくらいでビビってんじゃねえ。コイツのレベルは30万くらいだったし、それなりの戦闘力しかないぞ。1時間程は戦闘をしたから、その攻撃方法はほとんど知ってるからな」
「こんなのを1時間で倒したのかよ……。」
「あぁ、コイツの纏ってた炎が案外厄介でな。攻略するのに1時間も掛っちまったぜ。《神壊戦刃グラム=神への反逆生命》」
「は?」
「あの炎さえなけりゃ、この程度の皇種なら余裕だったんだがな。こんな風によ《重力破壊刃》」
親父の放ったその剣筋は、ただただ美しかった。
むさくるしいオッサンが放っているにもかかわらず、思わず見惚れてしまった程に。
水平に薙いだ、一撃。
刃を返して、二撃。
一度目の達筋は、ファラリスタウラスから、未来へ進む為の脚を奪った。
一本が太さ3mもある4本の脚が同時に切断され、ぐらりと曇天が揺れる。
そして、遮られていた空は、再び夜空に戻った。
縦に真っ二つに両断された身体から、煌々とした満月が顔を出したのだ。
「こんな風に、覚醒グラムなら刀身以上の大きさの物でも斬る事が出来る」
「す、すげぇ……」
「アマタノを倒……いや、クソタヌキを倒すんなら、この程度出来なきゃ話にもならねえぞ」
ようやく、親父に両断されたファラリスタウラスが地面に倒れた。
50mもの巨体となれば、ただ倒れるだけでこんなにも時間がかかるんだな。
そして、そんな存在を親父は簡単に殺してみせた。
まさに瞬殺で、今の俺では……到底出来そうもない。
「ははは、なんだこれ。思わず笑っちまったぜ!」
「笑ってる暇はねえぞ?これができなきゃ英雄なんて程遠いからな」
「もちろん分かってるぜ。だがな、この力が手に入ると思うと、ワクワクが止まらねぇんだ!」




