第2話「激闘!黒土竜!!」
地を、蹴る。
最初の目標は5m先、中央に陣取った黒土竜だ。
右肩に傷の有るコイツは、前回一騎討ちを邪魔してくれた奴だな。
って、レベルを1000も上げやがって、一体何をしてきたんだ?
だが、成長したのはお前だけじゃない。
度肝を抜いてやるぜッ!
「《強歩!》」
一瞬だけ視野が明るくなったかのような感覚を感じた後、体に残ったのは筋力の最適化。
俺が使ったのは、無駄な力の流れを本来の方向に向けさせるという、日常的に使われている『生活魔法』の一つ『強歩』。
魔法の才能の無い者でも、誰でも簡単に魔法名を唱えるだけで効果が発動するという、初歩魔法だ。
身体的な力をおおよそ1.2倍にするというこの魔法は、思っていた以上の効果を現した。
体が軽く、足が地に着く時間が速い。
「はは!こうも変わるもんなんだなっ、っと!」
高速で近づいた俺は、横薙ぎにグラムを振り抜いた。
お互いにとって予想外で始まった戦闘の一手目は、剣と牙を合わせる二手目にも明確な変化をもたらす。
視界の両端に見えた黒土竜の拳。狙いを付けなかった残り二匹がただ待っているはずもなく、俺の突進を止めようと左右から迫ってきていたのだ。
しかし、半歩遅かったな。
するりと隙間を通り抜けながら、その勢いをグラムに乗せ、再び振り抜く。
激突する刃と牙は覚えのある衝撃を作り出し、過去の記憶を呼び覚ます。
三日前に嫌と言うほど体験し、体に染み込ませた悔しさと恐怖。
思い出しただけで涙が出てくるぜ!!
しかし、今日のグラムは威力が違う。
魔法という強化を手に入れた俺の斬撃は三日前とは異なる結果を産み、黒土竜は唸りをあげてよろめいた。
「は!効いたみたいだなっ、と!」
ぶんっ。と後ろから来た二匹の凪ぎ払いも余裕をもって回避し、距離を取ることに成功。
しっかし、魔法一つでこんなに違うのか……。
元々、黒土竜の動きは目で追えていた。
だが、魔法によって身体能力が上がった今ならば、こんなにも楽に観察をする事が出来る。
ふむ、こちらに向かって走ってくるの影が3つ。
黒土竜二匹とリリン。三位一体攻撃だな。
……えっ、なんでッ!?!?
俺の前に辿り着いた黒土竜二匹の攻撃を上手くかわしつつ、最後のリリンに注意を払う。
「ユニク。大事な事を忘れている」
「ん、大事な事?それは今聞かないと駄目か?」
「……ダメではない。確かに本番ではこのような状況も有り得るし、より本格的とも言えるけれども、たぶん後で後悔すると思う。高確率で」
「おっ……と。そうだな。今ちょっと手が離せそうもないんだけど、それでも良ければ聴くぞ」
迫り来る黒土竜の拳や牙をすんでの所でやり過ごしながら、リリンをチラ見した。
さりげ無く黒土竜の攻撃を完璧に回避しながらコクりと頷いたリリンを見て思う心境は、正直複雑だ。
身体能力が上がったと言っても、まだまだ、じり貧な俺では長い攻防をやり過ごすのは難しい。
こんな状況で今さら心構えや戦略を説かれても頭に入ってくる気がしない。
今だって黒土竜の爪が腕を掠め、ヒリヒリしているってのに。
………………って、え?
「ユニク、戦いに焦りは禁物で、どんな相手でも準備はしてしかるべき。……何が言いたいかと言うと、私はまだ、防御魔法をユニクに掛けてない。いいの?」
「え、っ!ちょ!う、うぉぉぉ!!!」
意識が全てリリンに持ってかれそうになった瞬間。
狙い済ましたかのように、いや、狙い済ましていたのであろう黒土竜が、渾身の噛み付きを繰り出して来た。
ギリギリで首筋を掠めながらもなんとか回避し、十分な距離を取る。一旦休憩だ。
「ちょ!リリン。流石にそれはないって!死んじゃうだろッ!!」
「……普通の冒険者はそんな不安を感じながら討伐を行うもの。どう?ちょっと恐怖、感じた?」
「あぁ、すげぇ感じたぞ。だから、防御魔法頼むぜ!」
「…………分かった。《せらふぃむ》《けるびぃむ》」
一呼吸どころか三呼吸はたっぷりと置いて、リリンは俺を見上げた。
あれ、おかしいな。こんなに明るくて日が射しているのに、リリンの表情が黒く見えるぞ?
「な、なぁ、今のなんとなく頼りない感じだけど、どんな効果なんだ?」
「さぁ、どんなのだったかな?防御魔法辞典には載ってるどれかなのは間違いない。ユニク……戦場では、仲間ですら絶対だと信用してはいけない。分からない事は自分で解いて、ね?」
「ちょ!嘘だろ?リリン、おーい!!」
「あと、この訓練メニューは超絶難易度。頑張って欲しい!!」
それだけ言うと、その場から足早に立ち去るリリン。
……きっとこれは、俺を成長させる為に心を鬼にしてやってくれているに違いない。
だからたぶん、遠くから見守ってくれるはず。
よくよく見ると右手に大きいクシを持っているが、今からホロビノの毛繕いなんてことは無いはずだ。ははは。
さて、リリンの掛けてくれた魔法だが、ぶっちゃけ考えても分からない。
ダメージを喰らわない立ち回りで、黒土竜と戦うとするか。
「よっしゃ!黒土竜、来い!」
再び始まった苛烈な戦いの先手は黒土竜だった。
いつの間にか復活していた最初の黒土竜と共に、三体の突撃が地響きを奏でる。
俺も負けじと走り出し、そして、打ち合いは始まった。
右からの殴打をかわし、グラムで突く。
黒土竜はグラムを牙で受けながし、後退。
つかさず突っ込んできた黒土竜の首筋にグラムを叩き込み、俺自身も後退しながら黒土竜の尾を左手でいなした。
ん?左手に衝撃がなかったな。
どうやら、魔法は効いているらしい。
なら、もう少し強気に攻めるか。
こうして、黒土竜と俺はくんずほぐれず、戦いに没頭していった。
「そろそろ、決着にしようぜ?」
「オンギュラララララララ!!」
お互いに息が切れ始めた頃、何の気なしに提案したら了承された。
どうやらコイツらは三匹とも同意見らしく、各々が力強く地を踏みしめて繰り出したのは、唸りながら一列に続く突進。
ここで俺は、リリンから教わった二つ目の切り札を切った。
俺は、グラムに刻まれたエンブレムに触れる。
キュイィィィと甲高い音と共にグラムの特殊機能を起動。
グラムに秘められし、新たな力。それは、足りなかった決定打の進化だ。
魔導回路を通して俺の魔力を流し込むと、グラムの刀身に光が灯り、その量に比例してグラムの重さが増大する。
つまりは足りてなかった破壊力が増大するのだ。
二つ目の秘策は、迫る暴威を撃ち返すための最後の秘策。
頭上高く上段に構えたグラム。
そして俺は、視界の先3mに黒土竜が入った瞬間、躊躇なくグラムを降り下ろした。
このタイミングならいける!!
「きゅあらーー!」
だが、俺がグラムを振り降ろした瞬間、遠くの場所で何かが鳴いた。
そして、その意味を俺よりも理解していた黒土竜達は一斉に急ブレーキを掛け、空へ飛び立ってゆく。
空しく宙を切ったグラムに見向きもせず、三匹はホロビノの元まで空を駆けた後で地面に着地し、頭を垂れた。
「きゅあら、きゅあら!」
「オギュッ。オギュラウラ」
「ギュオ!ギュオ!」
「ギュアアララ」
……なんか、めっちゃ、話し合ってる……。
ホロビノは右手と左手を器用に使い、身ぶり手振りをしながら戦闘のレクチャーをしている模様。
この瞬間、黒土竜側に参謀がいるなどという驚愕の事実が判明。
あれ?いつの間にか俺のレベル上げじゃなく黒土竜のレベル上げしてるみたいになってるんだけど?
てか、俺の参謀、リリンはどこ行った?
あ、いた。ホロビノの背の上でしっかりブラッシングしてるな。
凄く手慣れてて、ホロビノがすごく気持ち良さそうだ。
…………。
完全アウェーな扱いを受けつつも律儀に待っていること数分間。再び戻ってくる黒土竜達。
そして、ホロビノに入れ知恵された黒土竜達は、一匹が空から戦闘の管制をし残りが戦うという、知的な戦略を引っさげて帰ってきたのだった。