第46話「訪れた邂逅」
「……ちょっと待て、やり直す」
「おう?」
なんか見えちゃいけないもんが居た気がしたので、全力で戻ってきた。
すーはーすーはー、ぐるぐるげっげー。よし。
揺らめく霧の向こうには、もう既に人影が立っている。
俺は白銀比に嵌められ……いやこれからハメられそうになる訳だが、この危機的状況を回避しなければならない。
人影が居る場所は、ここからそんなに離れていないし、俺に残された時間は少ないだろう。
ここで立ち止まってても、ギンの方から来てしまうかもしれないしな。
覚悟を決めて、一歩、踏み出す。
距離にして20mも無かっただろう。
段々とおぼろげだった人影が鮮明になって……ん?なんか、ごっついんだけど?
明らかに女性のシルエットじゃないんだが?
いやいや、何がどうなってるんだ?
「わっちは脱いだら凄いでありんす!」って、こんな筋肉ムッキムキであってたまるかッ!
俺の混乱は頂点に達しているが、それでも足は止めなかった。
見えてきた人影に、僅かな懐かしさがあるような気がしていて――。
「よう、久しぶりだな。ユニク」
そして、それは当たっていた。
2m近い身長。
浅く刈り込んだ銅色の髪。
筋骨隆々な身体と、動きやすそうな皮鎧。
背中には、見覚えのある大剣を背負っている。
俺はその姿を一目見て、この男に関する記憶を取り戻した。
あぁ、間違いねぇ。
……親父・英雄ユルドルードだ。
「なんか言えよ、ユニク。俺に関する記憶は、俺を見たら取り戻すようになってるはずだがな?……まさか本当に忘れてんのか?」
「……親父。」
「おう!思い出したようだな!久しぶりだなユニク」
「……。《――理さえ滅する神壊の刃よ。真価を示せ。神壊戦刃・グラム=神への反逆星命》」
「ん?」
「久しぶりだなぁぁぁッッ!!こんのッ、全裸親父ィィィ!!《銀河終焉核ッッ!!》」
「あぁん?」
うおおおおおお!今だッッ!!
限界を超えろッ!俺ぇぇぇ!!
この目の前のアレな英雄を倒せば、英雄になれるぞ!!
こんな変態でも、一応、超越者なんだからなッッ!!
色んな憂さを晴らすついでに、ぶちのめせぇぇぇ!!
湧き上がる感情と、破壊のエネルギー。
それらが乗った神をも殺す伝説の剣が、色んな意味で伝説になりつつある英雄に迫ってゆく。
僅か1秒にも満たない攻防。
その結果は、覚醒したグラムが素手に弾き返されるという、戦慄の結末だった。
「素手で弾かれただと!?」
「再会して早々、殺しに掛ってくるとは随分じゃねえか……。なぁ、ユニク」
「くっ、擦り傷程度は負わせられると思ったん……喰らえッ!」
「喰らうかッ!ふん!!」
お、おぼらぐえぎゃらいぇあぐああああああああああああああ!?!?
俺は怯んだように振る舞って油断を誘い、隙を見つけ斬りかかり……そして、完膚無きまでに叩きのめされた。
見かけ上は、親父は拳を構えただけだ。
だがもう既に、俺の胸に二発、みぞおちに一発の拳が着弾し、身体が弾け飛んだかのように宙を舞っている。
そのまま抵抗できずに地面へ激突し、俺は親父といつの間にか横に立っていたギンを見上げた。
「くすくすくす、実の息子に容赦ないなんしなぁ」
「そりゃそうだろ。覚醒神殺しを向けてくるなんざ、再会の挨拶にしちゃあやり過ぎだからな。ほら、立てよユニク。致命傷になるような殴り方はしてねえぞ」
腹の奥に響いていた鈍痛は、もうどこにもない。
それは幻だったかのように消え、身体のどこにも異常は見当たらないのだ。
むくりと身体を起こし、しっかりと確認するも、やはり無傷だった。
……そうか、これが俺と親父の力量差か。
あぁ、ちくしょう。目が覚めたぜ。
「悪いな親父。再会したら一発殴るって決めてたんでな」
「お前は殺意の籠った覚醒神殺しの一撃を『殴る』と表現するんだな。……殺伐とし過ぎだろ!!」
そりゃ殺伐とするだろうがッ!!
ただでさえユルユルおパンツおじさまなのに、こんな最悪な形で出てきやがってッッ!!
俺が、どんな気持ちで霧の中を歩いてきたと思ってんだよッ!?
「え?俺の童貞、キツネに食べられちゃうの!?」とか、「ゆにクラブカードに、『かろうじて脱童貞。(※ただしキツネ)』とか書かれちゃうの!?」とか思って、実際にはビビりまくってたんだぞッ!?
それでもどうにかリリンの事を想って奮い立ったが、「あ、でも、あのデカさは……」とか思っちゃって、自己嫌悪に陥ってたんだぞッ!!
というか、どうすんだよこれッ!?
キツネに食べられる可能性は無くなっても、超魔王フル装備・ヤンデリリンさんは残ってるんだよッ!!
誤解を解こうとして、五回殺されるかもしれねぇんだよッ!!ちくしょうめッ!!
「はんっ!そんくらいで丁度いいだろ。えぇ?『ユルユルおパンツおじさま』さんよ。あんな可愛い子に汚ねぇ中古パンツを履かせるとは、どういうつもりだ?えぇ?」
「……は?」
「……は?じゃねえよ、とぼけんなッ!実際にこの目で見たんだよ、こんちきしょうめッ!!あ、アルカディアさんと何しやがった!!ド変態めッ!!」
「え?ちょっと待て。未来の俺、そんな事してんのか?」
「は?」
はぁ?何を意味が分からない事を言ってるんだ?
まさか、記憶にございませんってか?そんな誤魔化しが通用すると思ってんのか?
「くっくっく、落ち着くなんし。ユニクルフィン」
「ギン?」
「こ奴はな、ユルドルードにしてユルドルードにありんせん」
「はぁ?」
そういってギンは親父に抱きつき、顔に口を近づけた。
軽々しく口付けを交わ――そうとして、親父の手がギンの頭をヘッドロック。
ギリギリと鷲掴みにし、引き剥がした。
「むぅ、つれないなんしなぁ」
「ふざけんなギン、そういう事をしてる場合じゃねえだろ」
「わっちとお主の関係では、接吻くらい挨拶にもならんでありんしょう?」
「挨拶にはならねえよ!俺とおまえはそんな関係じゃねえからなッ!!それは今も変わってねえだろ!?」
「ちっ、本物のユルドルードはてんで姿を見せんなんし。もうかれこれ3年は逢ってないでありんす」
……は?
目の前にいるだろ?何を言ってるんだ?
だが、ギンも親父も、その表情を見る限り嘘をついている感じはしない。
何がどうなってやがる?
ユルドルードにしてユルドルードじゃないって、どういう事だ?
「すまんが、俺にも分かるように説明してくれないか?」
「あぁ、悪い。混乱させちまったか。俺は本物のユルドルードじゃない。ここはギンの造りし支配領域で、俺は造られた偶像に過ぎん」
「なんだって……?」
「お前が記憶を無くした後、俺は世界中の皇種に喧嘩を売る旅に出ているが、当然、死ぬ可能性もある訳だ。そうすると、こうなった経緯の説明やらが出来ねえだろ?」
「まぁ、死んだら出来ねえよな」
「という事でギンの力を借り、説明役として偶像の俺を作って保険を掛けたって訳だ」
「なに……?じゃあ、保険が使われたって事は、親父は死んじまってるってことか?」
「いや、俺が死のうが生きていようが、この再会は既定路線だが……未来の俺は死んでねえだろ?ギン」
親父は恐る恐ると言った感じで、ギンに聞いた。
流石に、自分が死んでいるかどうかを聞くのは怖いらしい。
そして、ギンは重厚な雰囲気を滾らせ、ゆっくりと口を開いた。
「あ奴は死んでないなんし。そんな一大事、ダウナフィアが連絡を寄越さん訳がないでありんす」
「ほっ。だよな、よかったぜ」
「だが、3年前に逢ったきり、てんで姿を見せん。そろそろ観念してわっちの求愛に答えるべきでありんしょ」
「ねぇよ!このビッチキツネ!!」
親父、未だに狙われてるじゃねえかッ!?
母さんと友達になったから、諦めたんじゃなかったのかよ!?
「おい、どういう事だ親父?母さんが死んだら速攻で浮気か?」
「だからしてねえって言ってんだろッ!ぶっとばすぞッ!!」
「そうでありんす、言うてやれ、ユニクルフィン。『母は死んだ。浮気にはならん』とな」
「ふっざけんな!誰が言うかそんな事ッ!!」
「そうだッ!俺はイミルを一生愛し続けると誓ってんだよ!!他の女なんか抱くわけねえだろッ!」
「親子で喰えんでありんすなぁ。子の方だけでも味見しとけば良かったなんしー。今からでも遅くはないでありんす。のう、ユニクルフィン?」
ふっざけんな!誰がするかそんな事ッ!!
キツネな上に親子丼とか、そんな趣味は俺にはねぇッ!!
どうやら親父も同じなようで、抱きつこうとしているギンを引き剥がしている。
だいぶ疑わしいが……その真剣な表情を見るに、本当っぽいな。
母さんの事もイミルって呼んでるし。
「で、ギンの権能で造られた偶像って、どういうこった?」
「くっくっく。わっちは、始原の皇種・極楽天狐様より『時間を操る権能』を受け継いでいるでありんす」
「あぁ、それはさっき聞いたし、体験もしたが……。時間を操る事と親父の偶像になんの関係があるんだよ?」
「時……。それを観測する場合、何を見れば良いか分かるでありんす?」
「時間を観測する?そんなこと出来ねえだろ?時間なんて誰にも見えないし、記録にも残らない」
「いや、時間は残っているでありんす。生物の脳の中……記憶こそ時間の映し紙。神は時の概念をそう決めたでありんす」
記憶が時間の映し紙?
その理屈は分からないが、神が決めたというのならそうなんだろう。
それにしても、記憶こそが時間……ね。
で、その時間を操れる存在が俺の目の前にいる訳だ。
だいぶ話が見えて来たぜ。
「察したでありんしょうが、このユルドルードは6年前のユルドルードから必要な記憶を抜き出して造った存在。最近のあ奴の動向など知る由もないでありんす」
「記憶を抜き出したとは恐れ入ったぜ。で、率直に聞くが……俺やリリンの記憶喪失、言いかえれば、あの子の存在の消滅は、その権能でやったことなんだな?」
確信を得る為に、俺は深く切り込んだ。
相変わらず、ギンはくすくすと声を漏らすばかりで、答えようとしない。
だが、横にいる親父は、少しの間沈黙し……。
「あぁ、そうだ。あの子の消滅は、ギンのこの力を模倣したアプリがやった事だ。世界中からあの子に関する記憶を抜き出し、存在と時間を停止させたんだ」
親父は、ハッキリとそう口にした。
これで不確定だった憶測が、また一つ明らかになったな。
それに、親父はまだ話を続けてくれる気があるらしい。
催促こそしてこないものの、視線をこちらに向けて沈黙し、俺が聞いてくるのを待っている。
なら、しっかり話を聞かせて貰うぜ。
だがそれは、出来ればリリンと一緒に聞きたい。
……いや、一緒じゃなくちゃダメな事だ。
「親父、これから重要な質問をしたいんだが……。リリンを連れて来てもいいか?」
「それはダメだ」
「なに?何でダメなんだ?」
「お前が思っている程、神の情報端末を使った魔法は小さい力じゃねぇ。その魔法に綻びが出るような事態になれば、その原因は取り除かれる事になる」
「話が難しくて分からねえな。魔法によって消された記憶を取り戻したらどうなんるんだ?」
「決められた手順以外の方法で、あの子に関する記憶――存在の証明が取り戻されてしまった場合、もう一度、魔法が発動する事になる。その最小の影響は再びの記憶の喪失だが……それで収まらねえ可能性もあるんだ。もしかしたら、あの子を知る全ての人間が消滅するなんて事になりかねぇ」
「なんだとッ!?」
「そんだけ神の力ってのは制御不能で、俺達は危ねぇ橋を幾つも渡ってんだよ。それにな……」
「それに……?」
「『死した私達に捕らわれず、己の人生を歩んで欲しい』。それが、あの子とアプリが残した願いだしな」
あの子とアプリコットさんが残した願い……?
確かにそれは、リリンの日記にも書いてあったことだ。
だが、日記には、こうも書いてあった。
『どれだけ時間が掛ろうとも、どんな事をしてでも、絶対に取り戻して見せる。』
それは、幼いリリンが願い、自分自身で選んだ人生だ。
だから……。
「リリンには話せないが、俺にだったら話してもいい事がある。そういう事だな?」
「そうだ。公言が出来ねえように魔法を掛けるが、それでも随分と動きやすくなるはずだ」
「だったら、リリンにも話せる事だけを話してくれ」
「ほう?なんでだ?」
「俺は、リリンと共に人生を歩むと決めたんだよ。……リリンと俺が同じレベルになったら結婚する約束だって既に交わしてる。だから、隠し事は無しだ!」
「へぇ、まだまだガキだろうと思ったが言うじゃねえか!だが、それでこそ俺の子だぜ!」




