第38話「極色万変・白銀比、山のような報償」
「わっちは暇を持て余しているでありんす。さりとて、用件だけをとっとと済まして帰ろうとする野暮なオスをもてなす趣味はありんせーん」
そう言って、ギンはワザとらしく首をひねり、そっぽを向いた。
完全に地雷を踏んでしまったらしく、機嫌を損ねてしまったらしい。
確かに、『ギン』という愛称で呼んで欲しいと言われて、俺も調子に乗った。
……が、俺達にとって、リリンと俺の過去を知る事は何よりも優先させるべき事で、少しくらい勢いが余ってもしょうがないと開き直りたい。
つーか、さっきからチラチラと横眼で様子を窺っているし、俺達の反応を楽しんでいる感が半端じゃないんだよッ!!
明らかに本気で拒絶している訳ではなく、暇だから俺達をからかって遊びたいって事なんだろう。
ぐぅぅ。流石は始原の皇種だ。
バナナを差し出せば何でも答えてくれそうなクソタヌキと違って、一筋縄ではいかない。
そして、ダメ元でバナナチップスを出してみようかと思った矢先、リリンが動き出した。
「失礼した。私達も白銀比様とゆっくりお話しをしたいと思っている。その話題に一つに、私の過去があるだけ」
「なら、付き合ってやらん事もござりんせん。しかし、好かねえ事を言いなんした詫びは欲しいでありんすなぁ」
「ん。なら丁度いい。ホントはお話を聞かせてくれたお礼にと思っていたけど、先に渡しておく。《サモンウエポン=白銀比様へのお土産!》」
おぉ!その手があったかッ!!
ファインプレーだぜ!リリン!!
すっかりご機嫌ナナメなフリをしている始原の皇種・ギンを攻略する為に、リリンは用意していたお土産を大解放。
素早く立ち上がり、数歩下がって召喚場所を確保。
そのまま一呼吸も置かずに山のようなお土産を召喚し、ギンへ差し出した。
「これは、いつものお土産よりちょっとだけ高級なお土産。私に加護を付けてくれたお礼の意味合いも含まれている」
「ほうほう?わっちが加護を付けた事に気が付いたでありんすか。もう少し時間がかかると思ってたでござりんす」
「たまたま偶然、冥王竜という眷皇種に遭って教えて貰った」
「……はて、冥王竜?知らぬでありんすが……ときどき湧く、ぽっと出の雑魚惑星竜の一匹ざんしょ、興味はありんせん。それよりも……この酒の方が気になるでありんす」
「ん。そのお酒は一本2億エドロくらいする年代物。たぶんおいしい?」
「飲んだこと無いでありんす?なら……まずは一杯、飲むがいいなんし」
そう言いながらブドウの酒を眺めていたギンは、無言で空間に手を突っ込んで、三つのグラスを取り出した。
うん、明らかに人数分だが、俺もリリンも未成年なんだけど。
……いや、問題はそこには無い。
なにせ女医系魔王さんの話では、リリンは酒に弱いらしく、飲むとどうにかなってしまうと言っていた。
しかも、四分の一の確率で、戦闘狂になるらしい。
勧められた酒飲んだ結果、始原の皇種に喧嘩を売って死亡とか、マジで笑えないんだけど。
全力阻止だッ!!
「ギン、その誘いは嬉しいんだが……俺達はまだ未成年だ。酒はちょっと」
「この皇たる白銀比の酒が飲めないと申すのかえ?勇気があるでありんすなぁ?」
「ぐっ、なんだこれ。動けねぇ……」
「ほんのすこぅし、お前さんの時の流れを遅くしたでありんす。その状態なら500年は生きられる故、わっちが飽きるまで、枕として使うのも愉悦かもしれなんし」
ぐぅぅ、眼力だけで動きを封じられるとか、マジでやべぇ。
俺がいくら世界最強の剣を持っていたとしても、振れないんじゃ意味がねぇしな。
あぁ、すっげぇどうでもいい事で格の違いを思い知らされてしまった。
これが、世界で六番目に強い皇種の力か。
俺は恐れおののき、土下座で崇拝しようとするも、身体が動かない。
しょうがないので、これだけは心の中で言っておこう。
……。
…………。
……………、このキツネさん、発言や行動がちょいちょいエロいんだけどッ!?
俺を枕にして使うって、一体どういう意味で言ってんだよッ!?
明らかに、言葉通りの意味じゃない気がするんだがッ!!
あぁ、マジでちょっと色んな意味でついて行けない。
なにせ、このビッチなキツネさんは、人類の希望を美味しく召し上がっている可能性がある。
モフモフな動く証拠が、リリンに撫でられて嬉しそうにしていたしな。
「むぅ、白銀比様、ユニクは私の。枕にしてはダメ」
「枕がダメなら、敷布団にいたしんす」
「そっちはもっとダメ!ユニクを敷いていいのは私だけ!!」
待て待てリリン!さりげなくトンデモナイ事を言わされて……ん?俺を敷く?はっ、尻に敷くって意味かッ!!
見事にギンの策中に嵌ったリリンは、平均的なジト目で抗議しつつ、俺に抱きつき締め上げている。
やべぇ。二重の意味で動けない。
「なぁ、そろそろ話を進めたいんだが……というか、ギンもワザと俺達をからかって遊んでいるよな?」
「そうでありんす。お前さん達は、わっちが惚れたオスの子ら。遊ぶなという方が無理でありんしょ」
「ん?わっちの惚れたオスの子ら?という事は、リリンの父親も……?」
「おや?オスの匂いが漏れたでありんすな。青い果実は妄想をしながら熟れてゆくでなんし」
えっ!そんな一瞬の妄想で、俺のムスコが暴発しただと!?
って、そんな訳ねえだろッ!!
俺のは未使用品でそんなに緩くねえ!!親父とは違うんだよ、親父とはッ!!
「二人とも何の話をしている?すんすん……ん、ユニクもいつもの匂いだし」
「……おい待てリリン、いつもの匂いってなんだ?匂いを嗅いだことなんて無いだろ?」
「……。黙秘権を主張したい」
えっ、こっちはこっちで何その反応ッ!?
なんか怖いんだけどッ!!
だが、リリンは黙ったまま、どうにか別の方向に話を持って行こうとしている。
もしや……この腹ペコ大魔王は、すやすやと眠る俺を夜食にしようと画策していた?
今夜、風呂に入った時にでも、歯型が付いていないか確認する必要がありそうだな。
「白銀比様、とりあえず、お土産を収めて欲しいと思う!」
「これほどの酒とツマミをもらへば、無下には出来んでなんし。あとはわっちを気持ちよく話させれば、お前さん達の欲しい情報は手に入るでありんす」
「それは助かる。あ、そうだ。私達が準備をする間、こっちのお土産を見て欲しい《サモンウエポン=お土産の山、セカンド!》」
「まだあるなんしな?」
「こっちはサチナにあげるお土産。確実に喜んで欲しいから、白銀比様の意見を聞きたい」
「そういうことなら、じっくり選んでやるでありんす」
リリンは再びギンの前にお土産の山を築き、見て欲しいと促した。
こっちのお土産の山には食べ物は少なく、綺麗な髪飾りや人形、実用的かつ美しい万年筆など、多種多様に及んでいる。
これらはリリンが世界を旅しながら集めたもので、全部サチナに喜んで貰う為に買ったものだとか。
そして、温泉郷に帰ってきた時に、周囲の人間にサチナが欲しがっているものを聞いて回り、喜ばれそうな物を選んで渡しているらしい。
あれだけ懐いているんだし、何を渡しても喜んで貰えるとは思うが……少しでもいいものを贈ろうというリリンの気持ちは十分に分かる。
だが、このタイミングで出したのは何でなんだ?
「ユニク、白銀比様がお土産を見ている間に、どんな話をするかを決めよう」
「なるほど、確かにそれは大事な事だ。さっきは盛大に自爆したしな。けどさ……」
確かに打ち合わせはするべきだと思うが、肝心なギンの目の前で話をしていいものだろうか?
そう思ったが、結局、ギンの結界の中にいる限り、どこにいようと全て把握されてしまうらしい。
しかも、その結界の範囲というのが半端じゃなく広く、この温泉郷を含む周囲の山々をすっぽりと覆う程だという。
事前の作戦準備など不可能であり、ならいっそのこと目の前で話した方が良いとリリンは判断したようだ。
それに、ギンも聞いてないふりをしてくれるみたいだしな。
いつの間にか、耳にモフモフのイヤーパットが装着されている。
「私が聞きたい事は大きく分けて二つ。一つは『ユルドルード達が会いに来た日、何があったのか』と『あの子についての手掛かり』。ユニクは他に聞きたい事はある?」
「そうだな……。俺は『親父やリリンのお父さんとの関係について』知りたいかな。どこで出会ったかとかさ」
「確かにそれも気になる……。けど、さっき白銀比様が言ったとおり、用件だけを済ますのはやめにしよう。出来るだけ自然な感じで話しを進めたい」
「分かった。で、どういう風に話を持っていくんだ?」
「ちょうどいい話題がある。『幾億蛇峰アマタノ』についても聞いておきたかった。この間、ワルトナは蛇峰戦役が行われそうで、変態共が指揮を取るかもと言っていた。アマタノの弱点とか知っているなら教えて貰いたい」
「そういえば言ってたな、そんな事。だけどさ、アマタノの話題なら語ってくれるのか?」
「うん。前に私がアマタノと戦って怖かったと言った時も、楽しげに語ってくれたし、たぶん大丈夫」
前に体験済みというのなら、かなり無難な話題のはずだ。
それに、幾億蛇峰アマタノについて聞くというのは、非常に都合がいい。
これはカミナさんと立てた予測だが、俺達の今の状況は天命根樹――つまり、皇種が原因だと思われる。
なら、他の皇種の情報を知ることは有益だし、天命根樹の名前も出しやすく本題に移行しやすい。
そうして、俺達がギンに振る話題の順序はこうなった。
① 皇種について(幾億蛇峰アマタノとか)
② リリンの過去について
③ 親父やリリンの父親との関係について
①は話の導入部分であり、本番は②から。
親父たちの話題を③に持って来たのは、俺がしくじって再びギンが不機嫌になった時に、速やかに話題をすり替える為だ。
そして、俺だけの密かな裏話題として、親父とサチナの関係性を明らかにしておきたい。
リリンはその可能性にまったく気が付いていないようだし、俺だけで行わなくてはいけない重要なミッションだ。
「のう、リリンサ。わっちはこの万年筆と染め帯が良いと思うでありんす。サチナは最近、こういった帯で髪や服を結っているでござりんす」
「なるほど、分かった。これらを綺麗な箱に入れてプレゼントしたいと思う。ありがと」
「愛し子の笑顔を見る為なら、これくらい手間にならないでありんしょう。で、今度はわっちと戯れるでありんす?」
「そうしたい。白銀比様、実は近いうちにアマタノと戦うかもしれない。だから、アマタノの話を聞かせて貰いたい」
「ほう?蛇はわっちと旧知にありんす。あ奴の間の抜けた失敗ならいくらでも語れるでござりんす」
どうやら、この話題は正解みたいだな。
ギンは口元に袖を当てて、くすくすと声を漏らしている。
なにやら幾億蛇峰と確執があるようで、ネタに出来るのが嬉しいらしい。
そしてギンは、凄く楽しげに幾億蛇峰について語りだした。
「あの自堕落な蛇も、何もしておらんのに狙われるとは、つくづく不運な奴でありんすなぁ」




