第1話「動き出す”黒”」
「ひぃぃぃぃ!死ぬ!死ぬ!!」
「そう簡単に人は死んだりしない。ユニクなら大丈夫だよ。……たぶん」
俺は今、三匹の黒土竜に攻め立てられている。
二匹は地上で俺と対峙し、一匹は空から戦闘の管制をしながら奇襲をかけるといった陣形だ。
明らかな戦略的戦闘を行う黒土竜。
どうしてこんなことになったのか。
それは、二時間前に遡る。
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「ユニク。今日から戦闘訓練をはじめる。まずは黒土竜辺りから馴らそう」
「……最初からドラゴン攻めか。あぁ、いいぜ。やってやるよ!黒土竜を狩り尽くしてやるぜ」
「ふふ、その調子で頑張って欲しい」
「でもさ、肝心の黒土竜が居ないけど?」
俺たちは一昨日登った山の中部にある、大きな草原に来ている。
ここは俺が初めてタヌキと戦闘を行い、そして、敗北。
その流れで現れた黒土竜の群れから、地獄のドラゴン攻めを食らった場所だ。
しかし今はドラゴンどころか、タヌキ一匹見当たらない。
爽やかな風が吹いているだけの草原はピクニックでもしたくなるような、緩やかな雰囲気すら醸し出している。
「その点は心配ない。ホロビノに黒土竜を連れてくるように指示をしている」
「へぇ、あのドラゴンは人間の言葉が解るのか。賢いな」
「そう、私のホロビノは賢くて強くて格好良くて、とても可愛い。あの子が居れば食糧事情に困ることもないし」
リリンがホロビノをべた褒めしていると、西の空から羽ばたく音が聞こえてきた。
見えてきたのは真っ白い体のドラゴン。ホロビノで間違いない。
だが、近づくに連れてそのシルエットがはっきりし、異様な姿が浮き彫りになる。
ホロビノは両前足、両後足、口にそれぞれ黒土竜を捕らえていた。計5匹。
いや、違うな。
よく見ると尻尾でも捕獲してる。計6匹。
……器用過ぎるだろッ!!
翼が有るとはいえ、それじゃまともに歩けもしない!!
ホロビノはそのままゆっくりと滑空し、地上すれすれで黒土竜を開放。
黒土竜達は地面に激突するかと思いきや、各々に体制を立て直して一列に着地。
ホロビノに向かって平服した。
……なんだこれ?
「ドラゴンは階級社会としての側面が強くて、弱いドラゴンは強いドラゴンに平服する」
「なるほど、ホロビノって格式高いんだなー」
さて、肝心のドラゴンもご登場したことだし、早速地獄のドラゴン攻めを攻略してやろうじゃないか。
あぁ、早く試したい!
はやる気持ちを押さえきれずにリリンに視線を向けると、俺の気持ちを理解した様子でホロビノに耳打ちをしていた。
やがて、ホロビノの嘶きを合図に、三匹の黒土竜が前に出る。
それぞれがレベル2000~2500の間で一列に並び、その光景は圧巻の一言だ。
俺は剣を抜き、5mの距離で対峙。
奴等の出方を読むべく観察に徹すると、見覚えのある傷が黒土竜達についている事に気が付いた。
「なぁ、リリン。コイツらの傷に見覚え無いか?」
「ある。その傷は雷光槍を受けた際に付くもの。レベルが上がっているけれど、この前の黒土竜達に間違いない」
「へぇ、幸か不幸か、リベンジマッチってことだな?こいつらを倒して俺は汚名をそそぐぜ!」
ちらりと後方の黒土竜に目をやると、体に傷の無い個体が二匹。
片方はレベルも4000を越えており、一回り大きいその体が前回はいなかったはずの群れの真のボスだと語っている。
俺はリリンに聞いたドラゴン退治の方法を胸に秘め、カチャリとグラムを水平に構えた。
そして、リリンから教わった初めての魔法を唱える。
「《強歩》!!」
たったこれだけの、短い詠唱。
この魔法こそ、昨日の夜にリリンに教わったバッファ魔法だ。
「魔法を使いたい?確かに今のままではユニクに勝利は訪れないだろうと思う。ならば、誰でも出来る簡単な魔法を使ってみよう。『ランク1の生活魔法』、これならば魔法名を唱えるだけ。さぁ、一緒に唱えてみよう、ユニク」
こうして、俺のリベンジマッチが幕を上げた。
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同時刻。遥か北の山岳地帯にて。
「るんたったー♪るんたったー♪」
純黒の髪のツインテールを揺らす少女は、山岳の断崖絶壁に作られた洞穴の入り口で歌っていた。
くるくるとステップを踏むその動作は、13歳として見れば年相応かもしれないが、その顔つきは若干ながら大人びて見え、わざとはしゃいでいるようにも捉えられる。
着ている修道服を模った魔導服も相まって、おかしな空気が洞窟内に響いた。
そして、この凄惨な光景を見て、彼女の動じない仕草を見て、恐怖を覚えないものがいるだろうか?
相対するのは三十人を超える盗賊団。
この洞穴は近隣を騒がす盗賊団のアジトで、彼女はその入り口で踊り続けているのだ。
「なんの真似かしらねぇが、餓鬼の癖にこんな所に来ちゃ行けねぇよ。なんでって、慰み者にされちまうからなぁ、へへへ」
「なぐさ……?まぁ、どうでもいいや。おじさん達は悪い人だからね、捕まえに来たんだー」
近所のおじさんに挨拶でもするような気さくな声色で、少女は語る。
曰く、おじさん達は指名手配されていること。
曰く、任務としてここに来たこと。
そして最後に、もう一言だけ、曰く。
「これで全部?思ってたより少ないね」
「あぁ?てめぇ、大した自信だな。不安定機構か?」
「そーだよー。あ、一応自己紹介しておくね。私は……『不安定機構・黒・暗劇部員・シスター"ファントム"』」
ちらりと視線を一周させた盗賊の頭は、戦闘の準備が整っていることを確認した。
狡猾に立ち回ることに十分な経験を積んでいる頭は、わざと焦ったように口早に命令を出す。
だがもしも、この時に『暗劇部員』という聞きなれない言葉に警戒を発していたのなら、ほんの少しだけでも運命が変わっていたのかもしれない。
「ちっ、総員!かかれ!!」
「あは!魔道師に向かってそれじゃ、悪手すぎるよ!《流るる星の尾を引く軌道は、破滅と恐怖の体現者。怯え、嘆き、喪失の光は、我が手の中にあるのだ―彗星の瞬き―》」
盗賊の頭が最後に見たのは、輝く星の回廊だった。
洞窟深部まで続く両の壁に無数に張り付いた星の紋様は、視認出来うるその先まで続いている。
見ようによっては幻想的に見えるこの光景は、知る人ぞ知る、暴力の代名詞だ。
一つ目の星が弾け、それは始まる。
左右の壁からもたらされるのは、光と衝撃の激打。
訳もわからず、閃光で何も見えず、身動きも取れ無いほどに苛烈に打ち付けられる衝撃は、盗賊達の意識を刈り取るには十分すぎて。
ようやく、盗賊達は理解した。
この少女は、俺たちの理解を超えた化け物だったのだ、と。
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「盗賊団の仕訳が終わりました。シスター・ファントム」
「うん。ありがとね。シスター・サヴァン」
戦闘の後、何食わぬ顔で黒を基調とした色合いの修道服を着た女が現れた。
ボロボロになっている盗賊団をキレイに並べ終わると、シスター・ファントムに礼を尽くし、頭を下げる。
「今回の任務もお見事でございます」
「いやいや、そんなことないよ。だって……」
「だって、おねーちゃんなら、これくらい出来ると思うもん」
「ふふ、そうでしょうか……。では、再会がとても楽しみですね」
幼き頃に憧れた姉の事を語る少女は、見るもの全てを惚けさせるような可愛らしい笑顔で、"その時"が来るのを待ちわびていた。
そして、それはもうすぐ実現する。
想いの強さを噛み締めるように、少女の口から言葉がもれた。
「待ってて!リリンサおねーちゃん!もう少ししたら会いに行けるよ。そしたらね、その神託から開放してあげるからね」
少女は笑っていた。
しかし、壁から発せられる光によってだろうか、その表情には暗くて重い影が落とされている。




