第35話「サチナと温泉郷」
「主さまっ、主さまっ、主さまなのです~~~!」
「よしよし、サチナ、元気にしてた?」
「サチナはいつでも元気なのです!」
「それは良かった。それにしても、さっきの戦いっぷりはとても凄かった!これは……お土産も凄い物を渡さないといけない!」
「凄いお土産なのですっ!?」
ついさっきまでガチバトルしていたとは思えない程、リリンとサチナは仲が良さそうに抱き合い、スキンシップに花を咲かせている。
俺が『一刻も早く魔王を封印してくれ視線』を向けても気が付かないくらいには熱中しており、何度目かのアプローチでようやく気が付いたリリンが魔王の右腕を消してくれた。
それにつられてサチナも魔王の左腕を消し、混沌とした空気感は終了となる。
普通に和やかな雰囲気に戻り、やっと俺も自己紹介ができそうだ。
俺が優しくサチナに微笑みかけると、サチナは不思議そうな顔で俺を見上げている。
そして何秒か考えた後、リリンへ疑問の声をあげた。
「ああ、そう言えばもう一人いたですね。主さま、この人は誰なのです?シモベです?」
「サチナ、ユニクはシモベなんかじゃない。間違ってはいけない」
「じゃあなんなのです?従業員なのです?」
「従業員でもない。ユニクは……私の旦那様。言うならば、私の主人!」
「主さまの主さまっ!?なのです!?」
サチナは驚いた顔をして、俺を見上げた。
綺麗な瞳がじぃー。っと俺を見つめている。
なんかこう、こんなに可愛い子に上目ずかいで見つめられると、ちょっと保護欲が掻き立てられてくるな。
……あ。これが、じじぃの持ってた本に乗っていた、『妹萌え』という奴なのかッ!?
「主さまの主さま……なのです……?」
「あぁ、そうだぞ。俺の名前はユニクルフィンって言うんだ。リリンとはそれなりに仲良く旅をしている」
「主さまの主さま。だとしたら……帝王さまなのです!?」
「どうしてそうなったッ!?」
何が悲しくて、クソタヌキと同じ帝王を名乗らなくちゃいけないんだよッ!!
流石にこれは許容できないぞ!却下だ!!
「はは、帝王様は止めてくれ、サチナ。というか、何で帝王なんだ?」
「母様に聞いた事があるのです。徳が高く、民衆を導いてくれる人間の事を『主』と呼び、その主を支配している存在を『帝』と呼ぶのです」
「なら普通に帝で良いと思うんだが、なぜに王を付けた?」
「この世界には帝王というヤバい奴がいて、近づいてはいけないと母様に教えて貰ったです。強い主さまを支配しているなんて、絶対にヤバい奴なのです!」
……おい、クソタヌキ。
お前、始原の皇種にすら、滅茶苦茶警戒されてるじゃねえか。
一体何をしやがった。タヌキ・キツネ妖怪大戦争か?
そんな珍獣大決戦はどうでもいいが、可愛らしいキツネっ娘に速攻で嫌われそうになってるこの落とし前どう付けるつもりだ?
今すぐ出て来て……やっぱいいや、俺の見えない所で静かに絶滅しろ。
「サチナ、ユニクは帝王でも無ければ、ヤバい奴でもない。私の……亭主!」
「帝主さま?なのです?」
「そうそう。亭主。旦那様!」
「分かったです!帝主さまって呼ぶのです!」
……あれ?
いつの間にか、帝王に限りなく近い何かに任命されてないか?
リリンが言ってるのは亭主だが、サチナが言ってるのは帝主。
発音が一緒なだけに紛らわしい。
というか……。リリンがタヌキパジャマを着ていると、『タヌキ帝主』になっちゃうんだけど。
タヌキ帝王・ソドム
タヌキ帝主・ユニク
タヌキ帝王・ゴモラ
ははは、タヌキのパチモンになったぜ!ちくしょうめ。
「サチナ、出来るだけ俺のことは名前で呼んでくれないか?」
「主さまの主さまなら、帝主さまなのです!」
「そう。ユニクは私の亭主になる運命。早いか遅いかの違いしかない!」
くぅぅ!純粋な目で見てくるリリンとサチナの視線が痛い!
というかリリンはサチナを使って外堀を埋めようとしてるだろ!?
流石、心無き魔人達の統括者。子供の純粋な気持ちを利用するとは、やる事が狡猾だ!
そして、俺に反論の余地は残されていなかった。
リリンとサチナは楽しそうに「帝主!亭主!」とはしゃいでいる。
完全に外堀は埋められてしまったようだ。
……タヌキ・キツネ連合軍、強い。
「じゃ、俺の紹介はいいから、サチナの自己紹介をしてくれないか?」
「分かったです!サチナは、皇種・白銀比の娘であり、主さまのお宿で働いているのです!温泉宿の女将なのですよ!!」
「その歳で、宿の女将……だと……」
サチナはリリンに抱きつきながらも、自慢げな笑顔を向けて来ている。
あぁ、マジで頭を撫で回したくなる可愛らしさ。
それなのに女将というのは……いや待てよ?
俺はレベル目視を改めて起動し、サチナのレベルを見る。
出会った時にも見ているが、スル―してしまったのでもう一度確認する為だ。
―レベル69746―
……うん、改めて見ると、レベル高っけぇなぁ。
普通に準・大魔王クラスだし、闘技大会に出ても余裕で勝ち残れるレベルだろ。
なるほど、これは逆に女将で納得かもしれない。
キツネ女将・サチナ。
タヌキ将軍・アホタヌキ。
うん、違和感が無い。サチナはアホタヌキクラスと見て間違いないな!
「そうか女将なのか。凄いなサチナは。それで、どうして女将をする事になったんだ?」
「サチナは森で迷子になっている所を、主さまに助けて貰ったです。それで、母様の所に連れてって貰ったですけど、母様はサチナに独り立ちの時期だと言ったのです!」
「独り立ち?」
「母様の子供は10歳になったら独り立ちするのです。サチナのお兄さんやお姉ちゃんもそうして来たって母様は言ったです」
「10歳で独り立ち……か」
「だから、6歳くらいから練習を始めるのですよ。それで、主さまの宿で働いて独り立ちの準備をしているのです!」
なんか立てた予想とは、随分と違う答えが来たな。
俺の予想では、白銀比のねぐらに強襲を掛けたリリンがサチナを攫い、白銀比に遭遇。
白銀比はリリンと縁があった為に誘拐事件を問題視する事は無く、逆にリリンに預けた……って感じになると思ってたが違うようだ。
「そうか……そんなに小さい時から独り立ちの練習をするなんて、サチナはガンバリ屋さんだな!」
「毎日頑張ってるのですよ!お風呂掃除は完璧なのです!!ピッカピカなのですよ!!」
嬉しげに自慢してくるサチナ。
あぁ、なんて可愛いんだろう。マジで抱きつかれてるリリンがうらやましい。
いつの日にか俺にも懐いてくれるだろうか。
……で、いよいよ本題に入る時が来た。
なぁ、変態ユルユル親父。
俺としちゃぁ、こんなに可愛い妹がいるとなれば、怒るに怒れないぜ。
もし、サチナが妹だと判明した時には、笑顔でグラムを交わし、『無物質への回帰』をご馳走してやるぞ。
「ところでさ、サチナのお父さんって誰なんだ?」
「それは……秘密なのです!」
「秘密……だと……?」
「母様から誰にも言ってはダメだと言われてるのです。言ってしまうと、怖い帝王が来てサチナが攫われてしまうのですよ」
……父親がバレると、タヌキ帝王が攫いに来るってどういう事だよッ!?
いや待てよ……?確か親父は凄く昔にクソタヌキと戦って負けたって話じゃなかったか?
内容的に限りなく引き分けに近かったし、もしや、サチナを人質を取るって事なのか?
うん、答えは出なかったが、サチナが俺の妹だという疑惑は深まったな。
というかその場合、またしても育児放棄してやがるのか。
いい加減にしろ。ダメ親父。
「あの、主さま。ホロビノは居ないのですか?」
「ホロビノ?もちろん近くに居るはず。ホロビノ、かもん!」
「きゅあららら~~!」
俺が親父に対して罵倒を吐いている間、サチナの興味はホロビノに移ってしまったらしい。
サチナはキョロキョロとホロビノを探し……森からノコノコ出てきた所を発見。
直ぐにリリンから離れて、ホロビノへ抱きついた。
「ホロビノ~~~ホロビノ~~~!元気にしてたですか?おねーちゃんは元気なのです!」
「きゅあららら~!」
「そうなのですか!食べ過ぎは、めっ!なのですよ!!」
「きゅあら!」
ん?おねーちゃんってどういう事だ?
サチナはホロビノとじゃれ合いながらも、ホロビノに強めの口調で話しかけている。
それはまるで小さい子供が、大型室内駄犬に躾を施しているかのような光景だ。
非常に心温まる光景なのだが、おねーちゃんという所は聞き捨てならない。
俺はあんな駄犬は弟にいらない。ペット枠だし。
「なぁ、リリン。サチナはなんてホロビノ事を弟扱いするんだ?」
「んー。サチナとホロビノが初めて会った時、ホロビノはまだ小さかった。あの時は私達もドラゴンの雛を拾ったと思っていたし、サチナの方が年上だと勘違いしてるっぽい?」
「なるほど。まぁ、あれだけ楽しそうにしてるなら無理に訂正する必要もないか。ちなみに……サチナのお父さんについて何か知ってたりしないか?」
「知らない。ユニク同様、私も教えて貰ってないし、白銀比様に聞いても話を濁されるだけ。お酒を一杯飲ませても、白銀比様はただ一言、良いオスだって言っただけ」
……良いオスか。
立派だって話だもんな。ムスコ。
「さて……サチナ、早速私の自宅にユニクを招待したい!私もしばらくぶりに帰って来たし、町並みも凄くにぎやかになってる。案内して欲しい!」
「分かったのです!!ホロビノ、みんなを乗せて関所まで飛ぶのです!!」
「きゅあららら~」
「ん、関所から案内するの?」
「それはそうなのです。主さまは、温泉郷の主さまなのでお金は必要ないですが、帝主さまは入場料を払って貰うです」
このキツネっ娘、しっかりしてんなぁ。
恐らく、ワルト辺りの教育が行き届いてるんだろう。
そうして、俺とリリンとサチナはホロビノの背に乗って温泉街の入口へと飛び立った。
ホロビノの背中の最前列で目を輝かせてはしゃぐサチナの姿は、まさに無邪気な子供そのもので可愛らしい。
この温泉郷での最優先目標として、サチナの頭を撫でられる関係になろうと、俺は密かに誓いを立てた。
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「おっ、昼間っから露天風呂に漬かって見れば、空に白天竜が飛んでやがるなぁ。あー極楽極楽」
「じゃのー。温泉卵も美味いしのー」
「あー酒もうまいなー。これでツマミが音速で消えていかなきゃ言うこと無いんだけどなぁー」
「それは無理じゃのー。酒もツマミも消耗品じゃしのー」
白濁温泉に浸かりながら、ユルドルードと那由他はくつろいでいる。
この地に来て三日が経ち、全温泉制覇を目指している二人は、昼間っから酒とツマミをお伴にして温泉を満喫しているのだ。
この温泉郷にある温泉施設は基本的に源泉かけ流し。
しかも、汲み上げる深さによって成分の質も変わる為、施設によって効能の違う温泉が楽しめる。
”基本的に源泉かけ流し”なのは、源泉の熱を利用して沸かした普通の湯をベースに、季節の果実や葉を浮かべた薬草湯などもあるからだ。
温泉共通コンセプトは、『老若男女が、楽しく、ずぅっと寄り添える、極楽温泉ん』であり、長くゆったりと浸かる事を目的とした造りになっている。
そのため、宿ごとにルールを決めて、浴室内で軽食などを用意しているのだ。
「なぁー、ナユ。お前いつまでギンから隠れてるつもりだー?」
「しばらくは隠れてるつもりじゃの―。お主がここを経つ時に、ちょろっと顔を見せるくらいかのー」
「お前、ギンと仲が悪いのかー?」
「不仲という程でもないと思うがのー。儂に怯えておるかもしれんのー」
「それは確実に不仲だろー。ギンも大概強いが、お前ほど意味不明じゃないもんなー」
「その評価はあ奴を舐め過ぎというもんじゃの―。白銀比が本気を出せば、食われるのはお前さんじゃのー」
「は?マジでか?」
「マジじゃのー。あ奴は人を化かすのが得意じゃの、実力を隠し本気を出さんから生き残るのじゃの。いざという時に情報戦で勝つ為にのー」
「……やけに詳しいじゃねえか。あーごくらくだー」
「力や知識では、蟲や儂には勝てん。が、白銀比は儂らに殺されず生き残っておる。あ奴もまた、神から与えられし6番目の数字『極』を継ぎし者。皇種に成り立てひよっこのお主では、まだまだ届かぬのー」
ユルドル―ドは、何気なく得た情報を精査した。
何度か白銀比と剣を合わせた感触と今の自分の技量を見比べて、途方もない差はないと思っていたのだ。
だが、ハッキリと那由他に断言された事で、自分の認識が間違っていた事を知る。
これはいよいよ、会いに行って戦うのが楽しみだと、湯に口元を沈めながら笑った。
そして、ふと、新たな疑問が湧く。
拠点の宿に案内してくれた子――サチナの事だ。
「あのサチナって子は、白銀比の娘だよな?赤子の時以来だが、ギンに似て可愛く育ったもんだ。で、お前はどうしてサチナを見て嬉しそうに笑いやがった?」
「くくく。サチナに秘められたものを見通せぬようじゃ、まだまだじゃの。真理究明の我が力を使いこなせておらん証拠じゃのー」
「手に入れて半日で使いこなすのなんか、天才の俺でも不可能だっつーの。で、教えろよ」
「面白いから全部は言わんが……。千年も経たぬうちに、脅かすはずじゃのー」
「脅かす?何をだ?」
「『無量大数』 『不可思議』 『那由他』 『阿僧祇』 『恒河沙』 『極』 『千載』。神から与えられし七の序列。このいずれかに入る事は間違いあるまい。それにもしかすると……この那由他にも手が届くかもしれんのー」




