第33話「湯けむり舞う、温泉郷」
「へぇー!ここがリリンの自宅がある場所か」
「そう。この隠された温泉郷こそ、私の自宅『銀鈴の湯』がある、私の村!」
昨日リンサベル家の墓を漁った俺達は、白銀比に遭う為に、リリンの自宅があるに村に来た。
滞在していた街エデュミオから、馬車ドラゴンに乗ること約2時間。
ホロビノが飛んできた空の上から見た景色は、こんな所に人が住んでいるのかと不安になる程に森が生い茂っていた。
キツネの皇種がいるというし、いよいよ危機感が募り始めた頃、見えてきたのはそれなりの広さがある開拓村。
その村こそ、リリンの自宅があるという超有名な温泉郷だ。
町並みが良く見えるようにと、山の上に降りるようにリリンは指示を出し、ホロビノは軽やかに舞い降りた。
着地の振動を一切感じさせないとは、流石は歴史に名だたる馬車ドラゴンだ。
「うおー!すげぇ良い眺めだなー!町並みも綺麗だし、まるで理想郷だぜ!」
「喜んで貰ってなにより。心無き魔人達の統括者のみんなで本気で作った温泉郷。とても自信作!!」
……大魔王さん監修だと。
幻想郷じゃなくて、地獄郷だったか。
だが、実際に見える景色は、まさに理想郷と呼ぶべきものだ。
村の中央に流れる川と、左右に分かれて階段状に連なる家々。
建物全てが新しく、和風でデザインも統一されている為、まるで芸術作品のような印象さえ受けるほど美しい。
見た感じ、出店の旗がいっぱいあるっぽいし、活気もありそうだ。
「村というか、ほぼ町な気もするが……。正直、予想よりもだいぶ上だったぜ。白銀比に会うという目標とは別に、純粋に温泉を楽しめそうだな!」
「去年だけで100万人くらいお客様が、温泉に入りに来たらしい。まだ出来て1年も経ってないのに凄いと思う!」
「100万人の観光客……だと……」
「そしてこの街並みは、全部、私の物!」
そう言ってリリンは平均的なドヤ顔で、胸を頑張って張っている。
……。メナファス、アルカディアさん、カミナさんが連続で来たのがいけないと思う。リリンは悪くない。
ここに来る途中、ホロビノの背中の上でリリンからこの村の説明を受けたが、どうも、随分とややこしい事件が起きた結果、リリンの所有物となっているらしい。
で、事件が解決した後、心無き魔人達の統括者が弄り回し観光地として生まれ変わったこの村は、この大陸でもっとも熱いデートスポットになったとか?
リリンと恋人(保留)となった今、タイミング的にすっごく良い雰囲気のはずなんだが……俺は、空の上で聞いた話を思い出す。
……予習をしておかないと、命の危険がある気がする!
**********
「ユニク、今から行く村は、実は、私の所有している村。つまり、村長は私ということ!」
快適な空の旅を始めて20分が経った頃、緩やかに上昇していたホロビノは水平飛行に切り替わり、安定して飛んでいる。
足の下には見渡す限り一面の雲海。
いつ見ても感動する光景だが、ずっと眺めていたら飽きてくる。
そして、恐らくそれを見計らっていたリリンは、平均的な頬笑みで話題を振ってきたのだ。
「ん?街がリリンのものって、どういうことだよ?」
「順を追って説明したい。まずは……どうしてそうなったか語るべきだと思う」
「そうだな」
「時期は大体2年くらい前、心無き魔人達の統括者全員でフランベルジュ国を手に入れた直後。それぞれ雑務に追われていた時で、やる事のなかった私は不安定機構の任務をして暇潰しをしていた」
「おう、最初っから国が滅んでるぜ!……続けてくれ」
「その時に、二つの村が争っているから止めて欲しいという依頼が来た。報酬も良かったし、いざとなったらランク9の魔法でまとめて吹き飛ばせば仲良くなるかなと思った私は、依頼を受けてこの地に出向いた」
フランベルジュ国を手に入れた直後って、そりゃ、明らかに雑務じゃないな。
普通に国策とか作ってたんだろうなぁ。心無き魔人達の統括者が総出で。
で、食べキャラなリリンがいてもしょうがないので、放って置かれたと。
楽しそうなワルトやカミナさんやメナファスの顔が、まぶたの裏に浮かぶようだぜ!
「争いの原因は、簡単に言うと水不足だった。左右の村は少なくなった川の水量を巡って争っていて、生きる為にしている争いだった。だから、どちらも引く訳にはいかない」
「川の水が減った?日照りが続いたとかか?」
「そういうのじゃない。村の人が言うには、突然、水量が激減したという。まるで別の川に流れ込んでしまっているかのように」
「だとしたら原因がある訳だろ?争う前にそっちを協力してなんとかするべきだよな?」
「私もそう思った。だから話を聞いてみたけど……」
「何か問題があったのか?」
「村の人も川を辿って水源調査をしたらしい。でも、途中までしか山を登れなかった」
「なんでだ?」
「ランク5を超える様々な生物が、まるで何かを守るかのように行く手を阻んできたから」
「あー、それは一般人には無理だな。ランク5を超えるって、連鎖猪や真頭熊ってことだろ?」
連鎖猪はともかく、真頭熊は非常にヤバい。
なにせアイツは、レベルが9万を超える奴がちらほらいるからな。
普通の一般人なんて、真頭熊と戦ったら1秒で瞬殺される。
今の俺やリリンがクマと戦っても、逆に1秒で瞬殺できそうだが、俺達は大魔王なので度外視だ。
「放って置かれて拗ねていた私は、良いストレス発散だと思って森に入った。で、ちょっと妙な光景を目撃する」
「妙な光景?」
「普通は捕食し合うはずの三頭熊や連鎖猪、聖櫃羊、蛇大将などが共存し、協力して私を追い返そうとして来た」
「それはおかしいよな?三頭熊なんてイノシシ大好物だし」
「そう。しかも、追い返そうとしてくるだけで殺しに掛ってこない。殺意が無い動物を殺すのはどうかと思うし、ストレスが溜まるばかりだった」
「……我慢したんだな。偉いぞ!」
「で、面倒になってきたので、雷人王の掌で焼き払おうかと思ったんだけど」
「ダメだったかッ!?」
「でも、なんとなく胸騒ぎがした私は、それをする前に一応水源を見ておこうと思って強行突破した」
「セーフッ!」
「そして、そこには、様々な生物が守っている木の洞窟があった。そこで……」
「流れが変わったな……?」
「サチナを保護した!」
「どうしてそうなった!?」
いや待ておかしい。流れがイマイチ掴めない!
リリンの話を整理すると、サチナは木の洞の中にいて、様々な野生動物に守られていたって事になる。
……ちょっと野生児ってレベルじゃねぇぞ。完全に森の住人だろ。
そもそも、サチナに関する情報が良く分からない事になっているんだよな。
確かサチナは……『リリンが保護した年下の女の子で、自宅の温泉宿で働きつつ、魔王シリーズを封印している。なお、メナファスが言うには武闘派』とこんな感じだったはずだ。
そこに野生児やら、野生動物を従えてるやらを加えると、さらに訳分からん事になる。
「何でその流れで、サチナ?どういうことか詳しく説明――」
「そして白銀比様にあって、村の争いは解決した!!」
「更にキツネまでッ!?」
「その後、戻ってきたワルトナが、「ほら、村同士で喧嘩してるなら纏めて管理した方が楽だよ」と土地の利権書をくれて」
「片手間で領地拡大ッ!?!?」
「迷惑をかけた罪滅ぼしがしたいと言ったサチナが井戸を掘ろうとして、温泉を掘り当てて」
「健気でかわいいなサチナ!だが、井戸掘りは重労働だぞ、よく掘れたな!?」
「せっかくだし温泉歓楽街にしてホテルを乱立させよう!と言い出したレジェとカミナの悪だくみを、ワルトナとメナファスが全力で軌道修正して」
「レジェリクエ女王の性質上、確実に大人のホテルだろ!!良く止めた、ワルトォ!!」
「結果的に、私の家を建てて領地って事になった!」
「やべぇ、登場人物の個性が強すぎる事しか分からねぇ!!」
**********
と、ここまで話した所でホロビノが下降体制に入り、ここに到着したわけだが……。
うん、思い出しても良く分からねぇ。
素直に話の続きを聞いた方が良さそうだな。
「リリン、結局サチナって何者なんだ?」
「ん、せっかくだし、説明するより会った方がいい。サチナの可愛さにユニクも感動して撫回したくなるはず!」
現状、撫で回したくなる要素が一つもねぇんだけど。
魔王様を封印してるってだけで大魔王クラスな上に武闘派で、井戸を掘ろうとしたら、うっかり温泉を掘り当てるドジっ子だぞ?
撫でようとした瞬間、手首を縊り切られてもおかしくない。
「だけどさ、ここから村って結構離れてるよな?大丈夫なのか?」
「大丈夫。サチナは空間魔法が使えるから、直ぐに来る!」
おーう、それは大丈夫だが、大丈夫じゃねぇな。
武闘派で空間魔法が得意って……完全に冥王竜です。本当にありがとうございました。
「話を聞く限り不安しかねぇが……。リリンとは仲がいいんだよな?」
「もちろんそう。私もだけど、ホロビノもとっても懐いている。二人で一緒に遊んでいる事も多い!」
それダメな奴だろ!?
マジで冥王竜降臨もあり得る気がしてきたぞ!?
「という事で、ここに呼び出すんだけど、折角なので褒めてあげたい。だから一芝居する」
「……芝居をする?」
そう言ってリリンは懐から認識阻害の仮面を取り出して被った。
さらに空間に手を突っ込んで何かを取り出し、自分とホロビノにスプレーしている。
ん?これは……香水か?
いや違うな、たぶん。
香水は、そんなに勢いよく掛けない。
「何をしてるんだリリン?」
「匂いを消している。サチナは鼻が利くから認識阻害の仮面があってもバレる可能性がある」
「……言いたい事は分かるが、何で姿を隠すんだ?」
「温泉に忍び込む不法侵入者を演じて、サチナと戦うため。程良く戦ったら正体を暴露して、しっかり警備をしていて偉いと、いっぱい褒めたい!」
問題が、いっぱいあったんだけど。
まず、不法侵入者が来た場合、サチナが来る事が確定している点。
どうやら、サチナは警備員のようであり、不法侵入者に対処できるらしい。どんだけだよ。
次に、認識阻害の仮面を付けていても、匂いで判別されるという点。
認識阻害の仮面は、ホロビノですら騙せる性能を持つ。
というか、この仮面の正式名称は『無警戒で来る破滅』って言うらしいし、効果は折り紙付きだ。
それなのに匂いでバレるって事は、希望を戴く白天竜よりも察知能力が高い可能性がある。どんだけだよ。
最後に、リリンと程良く戦った後で正体を暴露するという点。
それはつまり、リリンと程良く戦える事を意味する。どんだけだよ。
結論、サチナはヤバい。戦うべからず。
触らぬサチナに祟りなし!
「ちょっと待てリリン、いきなり戦うって脳筋過ぎ――」
「あ。」
まずい事になる前に強行突破をしてでも止めようと、俺はリリンに歩み寄った。
そして、サクッ。っという嫌な感触を踏み、リリンの顔色を窺う。
リリンは平均的な良い笑顔で、「ユニク、それ、防犯装置」と言った。
「やっちまたぁあああああああッッッ!?!?」
シャンシャンシャンシャンシャンシャン!と、森に隠されていた鳴子が一斉に騒ぎ出す。
ちょっと耳を覆いたくなる程の大きな音は、きっと、街にいても聞こえるはずだ。
やべぇ、この状況、完全に不審者です。
リリンは認識阻害の仮面を被っているし、ホロビノは……空気を読んで森に隠れやがったッ!!
あの駄犬め!こんな時だけ察しが良くなってんじゃねえよ!!
「リリン、これは――」
「ん。ここからは名前呼ぶの禁止!……来た」
そして、振り返ったリリンの視線の先に、空間の歪みが出現した。
それは段々と大きくなり、やがて、朱を溢したかのような真っ赤な柱へと変貌してゆく。
出来上がったのは、高さ5mはあろうかという巨大な、鳥居。
古い寺院にあるようなそれには紅白の縄が掛けられ、鈴や装飾が施されている。
あぁ、美しい。
鳥居の奥に見えるのが、真っ黒な魔法空間じゃ無ければ完璧だったのに。ちくしょうめ。
そして、その魔法空間は揺らめき始め、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
「……ここは入口じゃないです。この峠の下に関所があるので、そこから入ってどうぞです」
カラカラと下駄を鳴らしながら現れたその女の子は、赤色の可愛らしい着物を着ている。
歳は恐らく8歳ほどで、予想よりも随分と幼い。
でも、ちょっと鋭い視線を向けて来ているからか、大人びても見える不思議な雰囲気だ。
ぶっちゃけ、可愛い。
リリンと遜色ないくらい、可愛い。
だが、強いてあげるとするならば、ささいな問題が二つほどある。
……その子には、大変に可愛らしい『キツネ耳』と、大変にモフモフな『キツネ尻尾』が生えている。
確実にどう見ても、キツネっ娘です。
……。
…………。
………………なんだってッッッ!?
「おい、どういうことだ、リリドゲフッ!」
「リリドゲフ?なのです?」
「それは関係ない。それに、関所を通るつもりもない」
「ぐぉぉぉ………!」
「……それは、お金を払わないという事なのです?」
「そういうこと」
「はぁはぁ、リふぐぅっ!どぐぅ!」
「……いい度胸してると思うです」
おいリリン!これはヤバいだろ!!洒落になってないッ!!
俺の目の前にいるのは、間違うこと無きキツネっ娘。
……うん、どう考えても、ヤバい気しかしねぇ!!
なんとかして止めぇねぇドゲフッ!
「という事で、温泉郷に行きたいと思う!」
「させないです。この、皇種・白銀比が娘たるサチナを前にして、悪事が働けると思うなです!」
ほらやっぱりぃいいいいいいいいい!?!?
どうしてこうなったぁぁぁぁぁッッッ!?!?
お待たせしました!
いよいよ、湯けむりキツネ編が始まります!
という所で、風邪を引きました。……無念。
こっちは明後日にも次話を更新しますが、リリンサの番外編の方は、明日の更新は短くなるか、できないかもしれません……?
でも治れば戻って来るので、お待ちいただけたら嬉しく思います。
それでは皆様も、風邪に気を付けてお過ごしください~~。




