第32話「歴史に刻みし名 タヌキ帝王・”ソドム” 後編」
レビューを頂いたのが嬉しくて嬉しくて……本日2話目の投稿です。ご注意ください!!
タヌキ帝王ソドムに秘められし過去。
交わされた願い。
圧倒的番外編をどうぞッ!!
世界を統べる中心の都、『魔導枢機霊王国・ソドムゴモラ』
その国王は、年若き16歳の少女、魔導王・ホロボサターリャだ。
魔法を肌で感じる事ができ、大気中から無尽蔵の魔力を引きだす神の因子を持っていただけのホロボサターリャは、世界大戦の決戦兵器とされ、名ばかりの王として祭り上げられた。
神の与えし祝福の機械神・『魔導枢機・エゼキエル』を操縦できる唯一の人間として、その人生を縛られたのだ。
ホロボサターリャは、貧民街で生まれ育った普通の町娘だ。
そんな、小さな羽虫すら殺すのを躊躇する心優しき少女に求められたのは――。蟲とタヌキの殲滅。
それはすなわち……人類を世界大戦の勝利者へ導く事だ。
*****
蟲とタヌキと人が起こした、生存を掛けた世界大戦『蟲骸戦争』。
その事の発端は、蟲の異常大量発生だった。
瞬く間に昆虫生活圏の資源や動植物を喰い散らかした蟲は、タヌキを代表とする野生動物の生活圏と、人類が住まう生活圏を脅かし始めた。
特に昆虫の生活圏に近かった野生動物の生活圏は想像を絶する被害であり、いくつもの皇種が蟲に戦いを挑み敗北。
種が滅ぶという所まで追い詰められてしまっている。
そんな、人類存亡危機を察知した魔導枢機霊王国の賢者たちは、直ぐに神へと進言し、助言を願った。
そして天与されたのが三機の魔導枢機であり、その隊長機であるエゼキエルに搭乗できる人材を求めた賢者は、やがてホロボサターリャに辿り着いたのだ。
隊長機であるエゼキエルは、その攻撃力の高さが故に、膨大なエネルギーを必要とする。
それを動かせる人物を見つける事こそが、神が人類に与えし試練であり、生存を勝ち取るための神託なのだ。
ただの町娘だったホロボサターリャは、エゼキエルを操縦し巨万の害蟲を葬りながら、戦争に身を置く事になった己の運命を恨らんだ。
激動の戦いの中で、親を亡くし、妹を亡くし、友を亡くし、……残ったのは、『魔導王』という空虚な肩書きだけ。
それでも、心の中のどこかに残っている優しさが、見知らぬ他人を救うのだ。
*****
動いているのは人間だけでない。
情報を集め終わったタヌキ帝王達は、森の存亡危機を認識。
このままでは絶滅的な被害となると理解し、的確な防衛手段として、魔法結界がある魔導枢機霊王国を欲し、皇種・那由他に侵略の進言を行った。
那由他は直ぐに許可を出し、タヌキ帝王は同族を守る為に魔導枢機霊王国へ侵攻を開始したのだ。
その第一軍として大隊を率いていたタヌキ帝王こそ、後のクソタヌキたるソドム。
当時はソドムの名前を授かる前であり、過去の名前は名乗っていない。ただのタヌキ帝王だった。
そして、邂逅の刻が訪れた。
そのタヌキ帝王は魔導枢機に対峙しても、普段と態度は変わらない。
いつもの不遜な顔で、くっくっくっと笑っている。
「ほう?お前が神から貰ったっていう魔導枢機だな?カッコイイじゃねえか」
「……。ウマミタヌキ、お前に恨みは無いけど……守らなくちゃ、殺さなくちゃ、無垢な民が死んじゃうんだ。だからッ……!」
「ひとつ勘違いしてるぞ。俺はただのウマミタヌキじゃねぇ……。カツテナイ・タヌキ。負けてやる気はサラサラねぇ!!」
激戦の末――、魔導枢機霊王国はタヌキの手に落ちた。
魔導枢機・エゼキエルを駆る少女とタヌキ帝王は、数日間に及ぶ激しい一騎打ちの末、和解。
しかしそれは、形上で和解という事になっているだけで、事実は違う。
タヌキ帝王はホロボサターリャに勝利しており、人間側の尊厳の為に、事実が歪曲されただけに過ぎないのだ。
だがそんな人間のプライドなど、勝利したタヌキ帝王に取って、全く興味がないどうでも良い事だった。
「とても強いタヌキ、あなたの好きな食べ物って何?」
「美味けりゃ何でもいいが……甘い果実が特に好きだな」
「そう?じゃあこれ食べる?バナナって言うんだけど」
「バナナ?記憶にはあるが、食ったこと無い果実だ。どれどれ……」
「なにそれ?食べたこと無いのに記憶にあるって、すごく変なのー」
「気にすんな。もぐもぐ……。うまっ!?何だこれはッ!?」
戦争に明け暮れ、ほぼ毎日一緒に行動していたタヌキ帝王とホロボサターリャは次第に……互いを認め合ってゆく。
そのタヌキ帝王が人化していたのも助力となり、いつしか恋仲とまで囁かれる関係になった。
やがて戦争は佳境となり、蟲の大量発生を引き起こしたコロニーを掃討する為に、ホロボサターリャは侵攻を仕掛ける。
統率の取れていない蟲の波が引き、偶然、コロニーへの活路が開けたが故の緊急侵攻だ。
……だが。
ホロボサターリャが乗る魔導枢機・エゼキエルは、待ち構えていた蟲の眷皇種『ホウゼンヴン』の針撃に貫かれ、あっけなく――墜ちた。
「おい、しっかりしろ!ホロッ!!ホロッ!!」
「転んじゃったよ、へへ。お腹に穴もあいちゃった……」
「大したことねぇ怪我だ!!そんなもん、直ぐに俺が治してや――」
コクピットをこじ開けたタヌキ帝王が見たのは、広がる血の海と、ホロボサターリャの胴体。……それだけだった。
そこに下半身は無く、見えている上半身の肌が全て青白くなっているホロボサターリャの残骸があるだけ。
タヌキ帝王が持つ真理究明の眼は、一目でホロボサターリャは死んでいるのだと、理解した。
それでも、ホロボサターリャは喋った。
最後の別れを言う為に、自分の魂という魔力を燃やして、動くはずのない血の溜まった喉を震わせたのだ。
「へ、へへ。私って、何の為に戦ったのかな?いつも……疑問に、思ってたんだ」
「お前は幸せになる為に戦ってたんだ、ホロ」
「そっか、じゃ、少しは叶った……かな?あなたと一緒に居るの…ね、凄く楽しくて……幸せだったから……」
「あぁそうだ。だがそれは少しだ。まだ少ししか一緒に過ごしてねえだろ!?少ししか幸せじゃなかったんだろ!?諦めるなッ!!」
「諦めて……ないよ。あなたなら助けてくれるって信じてる。だから絶対に助けて貰うから、約束して……」
「約束……?」
「勝ってきて。蟲に勝ってきてよ。ちょっとだけ休んでいる私の代わりに……このエゼキエルを託すから、国も全部あげるから、みんなを……救って」
ホロボサターリャは硬直し始めている顔で、タヌキ帝王へ頬笑んだ。
それはきっと、最期の笑顔。
もう表情が変わることはないからと、ホロボサターリャは笑顔を選んだのだ。
無理に頭を動かしたからか、虚ろな眼球から涙が溢れて落ちてゆく。
タヌキ帝王は優しく頬に手を当てて、何度もそれを拭きながら、決意を口にした。
「分かった。それに蟲にだけじゃねぇぞ、一億年、勝ち続けてやる。俺は誰にも負けねぇんだ。なにせ……勝利する手段無きタヌキだからな」
「すごいね。そんなキミに、私が最期にあげられる物を――。これも……ずっと思ってたんだ。『あなた』や『キミ』って呼ぶの嫌だなって、す、好きだったから……」
「ホロ……。」
「名前を、あげるよ……『ソドム』。カッコ良くて、可愛い。国から取った安直な名前だけど……導いてくれるあなたにピッタリな、名前――」
「ソドム、か。良い名だ。那由他様に進言して、正式に授与して貰うとしよう。だからな、ホロ……」
「――。」
「ホロ?……おい、ホロ?ホロッ!!」
「――。」
「…………………あぁ、ホロボサターリャ……」
蟲の一撃を受けた瞬間に、ホロボサターリャは命を落としていた。
それでもソドムと言葉を交わせたのは、そうしたいという意思と、それを可能にする神の因子があったからだ。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
血の一滴すらも残さぬようにホロボサターリャを抱きかかえたソドムは、静かに自身の権能を呼び出した。
「俺の中で少し眠ってろ、ホロ……。≪悪喰=イーター≫」
そんな、奇跡の上に成り立った別れは、本当の別れになる、と。
助けるという約束は果たせないのだと、ソドムは分かっていた。
それでもソドムは、ホロボサターリャの遺骸を悪喰=イーターの中へと取り込んで、優しげな顔で語った。
「那由他様なら……那由他様ならどうにかしてくれるはずだ。だからお前はそこで見てろ。――俺が勝つ、その瞬間を」
それは、自分を奮い立たせるための言い訳。
それは、カツテナキ機神の誕生。
それは――。タヌキ帝王・ソドムの始まり。
「行くぞッ!!《エゼキエルッ!!》」
空高く飛んだ機神は、あらゆる蟲を焼き尽くした。
一切の反撃など許しはしない。視界に入り次第、すべての蟲は焼き殺されたからだ。
それから三日後。蟲の大量発生は終息を迎えた。
人類を含む、生きとし生ける命が三分の一の数となってしまったが、それでも生き残る事が出来たのだ。
「……ホロ。」
そんな中、ソドムは失意に暮れている。
こうなる事は分かっていた事だった。
それでも、皇たる那由他から告げられてしまっては、心のどこかにあった希望は潰えてしまうのだ。
「ホロは、生き返れない……のか……」
「死する瞬間に立ち会い、ホロボサターリャの魂を悪喰=イーターに隔離出来たのなら蘇生できたじゃの。じゃが、魂無き肉体だけではどうにもならん」
「俺はホロが死んですぐ悪喰=イーターで隔離した。周囲の空間ごと、魂の欠片を取りこぼさない様に!!」
「そうじゃの。確かに断片は残っておる。人格など微塵もない、魂の塵芥がの」
「ちり、あくた……?」
「本当は分かっておるのじゃの、ソドム。魂とは魔力。ホロボサターリャが自分の魂を消費して別れを告げたのだと、気が付いておるはずじゃの」
「……。」
「儂に出来るのは塵の様な魂をかき集め、この肉体と共に転生させる事だけじゃ。それに、それをしたとしても、ホロボサターリャは人間ではなくなるし、人格も別者となる」
「……。」
「それでもいいのなら、してやるじゃの」
壊れた肉体の再構築など、那由他には簡単にできる事だ。
だが、魂の復元は違う。
「魂を操る事を許されているのは、世界でただの一匹。不可思議竜だけなのじゃ。すまんの」
そう諭されたソドムは、ホロボサターリャの名を呼んで、空を見た。
世界に還ってしまった存在を想い、上辺だけでも約束を果たすべく、那由他に願う。
「那由他様、俺は――」
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「油ばっかり売ってないで、しっかりエゼキエルを直してくれよ、ムー?」
カミナへ楽しげに帝王機の説明をしているムーへ、ソドムは声を掛けた。
振り返った褐色肌の少女の姿に息を飲みそうになるが、顔には出さない。
「任せてよソドムっち!帝王機は僕が作ったんだからね!こんなの簡単だよ!!」
「そうか。流石だな」
時は経ち、魔導枢機霊王国がそう呼ばれなくなった今、タヌキ帝王ソドムの傍らにはタヌキ帝王ムーが居る。
ムーの生い立ちは不明だ。
いつの間にかソドムが連れて歩くようになり、「隠し子だ!」などと、エルドラドやゲヘナにからかわれたという過去がある程度。
しかし、そんなムーの知識は深く、衰退した人類では遠く及ばない。
特に帝王機については知り尽くしており、他の追随を許さないのだ。
「ねぇ、この帝王機、触ってもいいかしら?動かしてもいい?メンテナンスしてもいいかな?」
「いいよいいよ!ソドムっちの帝王機を作るのに協力してくれるのならね!」
「契約成立ね!宜しく願いします、ムー」
「よろしくね、カミナ!」
荘厳不遜な歴史に名高いクソタヌキは、人化したムーの背中、思い出がチラつく後ろ姿を眺めている。
そして、誰にも聞こえない声で、ポツリと呟いた。
「もう一度、俺にエゼキエルを託してくれ。約束を一つも守れなかった不甲斐無い俺には、新しい力が必要だ。なぁ、お前もそう思うだろ?…………ホロ」




