第3章プロローグ「神の推察」
「あー、惜しい。もうちょっとでドラゴンに勝てたのにねー」
神は白い椅子の上で胡座をかき、前に置いたティーテーブルに体を預けている。
もう此処には大聖母ノウィンの姿は無い。
神は完全にリラックスしている姿勢で、虚空に写し出されている映像を愉快げに眺めているのだ。
「いやー、弱い弱いと思ってたユニクルフィンは、やはり弱かった!黒土竜は言ってしまえば雑魚。これに勝てないと冒険者をやるのは厳しいね。……タヌキはともかく」
独り言を言っている神の表情に恥ずかしさはない。
それは電話でもしているかのような、何処かの誰かに向けた振る舞いだった。
「さて、さっきの話で神たるボクでも興味を引く事がいくつかあったね。それらを振り返っておこう。メモ帳ー、出てこーい」
神は何でも無いように空間からメモ帳を創造し、ティーテーブルの上に広げた。
そのままの流れでペンも創造し、さっき見た映像を書き綴ってゆく。
「まず、ユニクのレベルについてだ。初めての経験として黒土竜5体と戦い、得たレベルが100は少なすぎる。事実、リリンと添い寝したら30も上がっているしね」
「通常、生物のレベルは1から始まる。これはこの世界に誕生したという経験が在るためだ。だから、偽るにしても『0』には出来ないし、無理矢理にやると、生まれたという経験が破壊され存在が消えてしまう」
そう言いながら、神は『謎① ユニクルフィンのレベルがおかしい』とメモ帳に書いて、まるでそこが重要であるかのように丸で囲った。
この世界を作りし神は全知全能であり、その気になれば何でも調べる事が出来る。
高度に発展したインターネット社会の様な物を所持しており、この世界で観測された事象はそこに記録されているからだ。
だが、それはあえてしない。
考える前にクイズの答えを見るなんて、無粋な真似はしたくないからだ。
「さて、次はちょっと後悔があった。幾年月の蛇峰戦役の中でも、あれほどアマタノ焦らせたのは記憶にないね。こんな事になってたのなら当時に見ておけば良かったなー。そしたら戦いの後、切れた尻尾を涙ながらに癒すアマタノをからかいに行けたのに」
ちょっとだけ悪い顔をしながら、神はメモ帳に『失策。次は見逃さない!』と書く。
記録を後から見たとて、当時の雰囲気は味わえないのだ。
「そして、ボクは憤慨したね。あぁもう、最悪だ。マジ、気分が黙示録」
「確かに、僕は絵画にして後世に広めろなんて言ったよ?でも、それは皮肉ってもんだろ?本当にやらなくてもいいじゃないか。あんまりにも気になったから、不安定機構・深淵の原典禁書を取り出して見てみたよ」
「そしたらさ、そこには超絶画力で描かれている、吊るされた神の姿。ぶっちゃけ、全年齢対象ではないね。あーんな所やこーんな所までくっきりさ」
「……後で不安定機構に文句を言おう。マジもんの神託だね。こんな絵が存在する事にも思う所は有るし、そもそも管理の杜撰さが頂けない。あんな少女が簡単に見れてしまうなんて教育に悪いだろ。まったく!」
そう言って、神は『後で神託を書く!』と書いて、二重丸で囲った。
その横にどんな文句を言うかの下書きを書くという念の入れように、当時の七賢人が見たら震えがって飛び上がり、命を掛けて慈悲を乞うだろう。
「んで、ユルドルードだけど、ボクは奴の物語を見ているから、その人となりは知っている。だけど見てたのは奴が結婚するまでの話で、不安定機構から『ユルドルードの物語は終わりです。次の演目にご期待ください』と終了を告げられて以降は見ていない」
「だからその『トライアングル痴部事変』は見ていない。タイトルだけで笑える面白そうな物語なのに見過ごしたんだ」
「……。このやるせない気持ちをどうしてくれようか……。それはさておき、ユルドルードは水面下で何かをしているっぽい?。そしてユルドルードの息子ユニクルフィンか」
これも重要だな。っと神は頷き、『謎② ユルドルードの動向』と書いた。
ユルドルードは発見次第、優先して見るべきだと神は判断したのだ。
「最後は、リリンサの家族についてだ。この話を聞いて神は思ったよ、ここが、転回点なんだと」
「当然、ボクはその光景を見ていないから良く知らない。けれども、納得がいかない。だって、彼女は――」
「おっと、これはいけないね。ここも謎っと」
そして、メモ帳に『謎③ リンサベル家』という文字が書かれた。
出来あがったメモ帳を暫く眺めていた神はその出来栄えに納得し、再び視線を虚空へ向けて映像に意識を向ける。
「これ以上は、物語を見るしかない。ボクは『傍観者』。物語に触れるなんて、まさに、神をも貶す行為。見ているくらいが丁度いいのさ」
何かを言い聞かすように呟いた神は薄く笑うと、ティーカップに紅茶を注ぎ直した。
そして、香り立つカップに唇を付けながら、ニヤリと笑う。
「さぁ、そろそろ物語が動き出すよ。古き主人公ですらただの駒の、世界を導くストーリーがね!」