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第26話「懐かしき思い出・全てを知りし者」

 隠されし存在の露見。

 心のどこかではその存在は、かけがえのない者だったと分かってはいるんだ。

 だが、記憶を失っている俺では、あの子の姿にたどり着けない。


 そして、記憶を失っているのは俺だけでは無かった。

 あらゆる策謀と運命の波に飲み込まれていたリリンの根底にいるのも、恐らく、あの子だ。


 バラバラだと思っていた俺とリリンの運命は、今、あの子の存在により繋がった。

 ならば俺達がするべき事は――あの子の正体に、辿り着く事だ。



「リリンや俺が忘れている、かけがえのない存在……。ここに来て新たな謎が増えたが……」

「ううん。私には絶対の確信がある。この子こそ、全ての始まり。白紙の日記に記されていたこの日、私達の運命は変わってしまったんだと思う」



 リリンが住んでいた 街『セフィロ・トアルテ』に突如現れた、皇種・天命根樹てんめいこんじゅ

 コイツについては、雑談をしている最中に聞いた事がある。


 リリンの住んでいた街の中央に生えていた、樹齢1万年を超えるとされる『生命樹』。

 街のシンボルであると同時に、多くの恵みを街に与えていたこの木は、何の前触れもなく突然変異して皇種化したそうだ。


 瞬く間に空を覆い尽くす程に成長し、やがて空間を突き刺して空に()を張った。

 枝だった部分と根だった部分が反転し、逆さまに生えた邪悪な存在へと変貌したのだ。


 そうなってしまった原因も理由も分からなかったが、この抗えぬ絶望に多くの命が捧げられてしまったという。

 空から打ち出された種子弾丸が、街と人を、大地へと還した。

 家屋が崩れたことで障害物が無くなり出来た『破壊の海原』は、記憶に強く残っているとリリンは語っている。


 そしてリリンは、よく分からない内に街から脱出し、エデュミオに引っ越す事になったという。


 だが、この話には隠された出来事があり、俺も深く関わっているのは確定的だ。

 俺はおぼろげにだが思い出している。


 空から降り注ぐ種子弾丸が起こした、途方もない絶望と後悔を。



「カミナさん。何でもいい、分かる事を全て俺達に教えてくれ」

「そうね。天命根樹が奪った命の数はおおよそ20万人と言われていて、近年最大の人的被害とされているのはご存じかしら?」


「……20万人……だと……」

「皇種という存在はそういうものよ。それに、状況から考える限り20万人という数字は奇跡的ね。少なすぎるという意味で」


「なんだって……?」

「当時のセフィロ・トアルテは世界的に見ても有力な街で、人口は500万人を超えていたわ。つまり人口の4%が亡くなった訳ね」


「4%?」

「これは少ない数字よ。だって、完全な状態の皇種が突然町の中心に出現し、逃げる間もなく襲撃を受けたの。前触れもなく突然ね」


「20万人も命が失われていて、少ないってのか……?」

「皇種という存在は、真正面から戦っても勝ち目は無いわ。私達やリリンのお師匠様がチームを組み、万全の準備をして、ようやく戦いになるレベルよ」


「そんな存在が、いきなり街中にどうして出現したんだ?」

「それは不明よ。明らかなのは、誰かが被害を食い止めようとしていたという事。そしてそれは、英雄ユルドルードや英雄アプリ、そしてあなただったはずなの、ユニクルフィンくん」



 カミナさんは20万人の犠牲者は少ないというが、到底、安堵していい数ではない。

 俺が安堵していいのは、犠牲者が0人だった時だけだ。


 過去の俺は失敗し、犠牲者を出した。

 その事実が重く圧し掛かってくるが、俺は話を聞かなければならない。

 これは、俺が犯した罪なのだから。



「……思い悩む必要はないよ、ユニク」

「……リリン?だけど、俺は」


「確かに、町は壊滅し失われた命はあった、それは事実。だけど……救われた命もそこにはあったよ。少なくとも私は救われて生きている。だから後悔をする必要は無い。私の心の奥からそう思う」



 リリンは俺の頭に手を伸ばし、ゴシゴシと撫でつけた。

 どこか懐かしい感覚。

 昔もこうやって励まされたような、そんな気がする。


 許してはいけない。

 許されてはいけないと、分かってはいるんだ。


 だが、リリンのその暖かい手は、俺の心を解きほぐしてゆく。

 後悔も罪の意識も忘れてはいけない。

 しかし、過去に捕らわれ続けたりもしてはいけない。


 前に向かって歩くしかないんだ。

 ……俺は、英雄見習いだから。



「カミナ、天命根樹が出した被害については分った。考察に戻ろう」

「分かったわ、日記帳を見て貰えるかしら?」


「ん。天命根樹が現れた日から2ぺージ続けて、白紙になってる?」

「そうね。そしてこっちは挿絵すら描かれていない。恐らく、天命根樹の危機から脱し、話題が存在Xだけになったのね」


「なるほど、そうするとどうなる?」

「この存在Xは、天命根樹の攻撃を受けて生死の境を彷徨ったんじゃないかしら?恐らく、助かって欲しいというリリンの祈りが書かれていたんだと思うわ」


「……。祈り……」

「その白紙の3ページの後は普通の日記に戻るの。日付も整合性が取れているわ。天命根樹が襲撃し、一日祈って、次の日に目を覚ました。だから三日分が白紙にされている。そう仮定したわ」



 存在を隠されていたあの子が生きている?


 カミナさんが立てた仮説は、合っているとも間違っているとも思える不思議なものだった。

 だが、これで俺の中にも仮説が出来あがった。


 それは……。

『あの子とは、白い敵なのではないか?』という仮説だ。



「俺とリリンに深く関わっている存在が生きている。それも、自分の過去をすべて消去し、俺達と決別した上で……か」

「何かあった事は明らか。そして……その存在には心当たりがある」


「あぁ、白い敵――ヤジリさんだ」

「うん。ヤジリは神の闘技場を管理している謎多き存在だと言われている。出生も、出身地も、経歴も、全てが謎なんだってワルトナも言っていた」


「そうなのか……?これは、信憑性が高かくなってきたな」

「もしヤジリがそうなのとしたら、襲撃された時に言っていた『ユニクの事が好き』という言葉の意味も通るし、セフィナが天才であると知っていたのなら、私を騙して手中に収めた理由にも納得がいく。アイツはセフィナを育てて正解だったと言っていた!」



 なるほど。そうだったのか。


 何らかの理由で俺達と決別したヤジリさんは、何かを成す為に英雄見習いとなった。

 当初は自分だけでなんとかしようとしていたが、失敗。

 計画は修正され、今になって俺達を手に入れようとしている。


 こう考えれば、理屈的には全て納得がいく。

 闘技大会に出た俺に対し、凄く馴れ馴れしかったしな。暴言を吐かれたくらいだし。


 ……だが、なんだろう。

 心の中に、妙な違和感がある気がする。


 白い敵は明らかに俺達と敵対している。

 というか、リリンと敵対していると言った方が正しいのか?

 白い敵は俺を欲しているが、リリンは欲していない?


 いや……、リリンを危険な目に遭わせたくないのか?

 だがそれだと、セフィナを連れている理由が分からなくなる。


 どういう事だ……?

 白い敵には、まだ複雑な事情があるということか……?



「白い敵はヤジリで、私達の過去に関係ある!ユニク、凄い事実が出てきてしまった!」

「……ちょっと待ちなさい、リリン。そうと決まった訳じゃないわ」


「えっ。」

「私には、白い敵が存在Xだと思えないのよ。日記帳にはね、続きがあるの」


「まだ何かが隠されている……?」



 俺が疑問を抱いている隙に、早とちりしたリリンが興奮し始め、直ぐにワルトへ連絡を取ろうと携帯電魔を取り出して、カミナさんに止められた。


 カミナさんはそのまま日記帳をぺらぺらとめくり始め、そして露わになったのは……白紙のページだった。

 再び出てきた白紙のページに、リリンの動きが固まる。

 白紙のページが出てきたという事は、存在Xの身に何かが起きたという事だからだ。



「この日から白紙のページが出てくるようになるわ。そしてそれは合計5回出てきた所で、まったく出現しなくなる」

「……本当だ。時々普通の日記に混じって、真っ白くなる……」


「これは医者的な感だけど、存在Xは再び命の危険に晒されたんだと思うわ。再発か新たな病気の発生か」

「再発や発病?怪我だったんじゃないの?」


「怪我で大きく臓器が傷ついた場合、それが多臓器に負荷を与えて別の病気になるという症例があるわ。とにかく、何らかの要因によって再び存在Xは危機に晒された。そして」

「そして……?」


「それを解決する為に、リリンの両親やユニクルフィンくんは、とある存在を頼ったの」



 存在Xが再び危機に晒されて、それをどうにかする為に誰かを頼った?


 こう言っちゃなんだが、俺はともかく親父は世界最強の冒険者であり、並大抵の事なら解決できる。

 それにだ。裏の英雄とされ、不安定機構とも深く関わっていたであろうリリンのお父さんが何もしない訳がない。


 だとすると、親父やアプリコットさんですら手に負えない状態だった?

 武力や魔法を極め尽くしている英雄が二人もいるのにか?


 俺の直感が告げている。

 討伐されたはずの天命根樹が、あの子の命の奥底に根を張っていたのだと。



「言いたい事は分かる。だけど、英雄のお父さんが頼った存在って、そんな人いるの?」

「いるわよ。そして、その存在はここに書かれているわ。このページを見てくれるかしら」


「……?……えっ。」



 カミナさんに促されて見た、リリンの日記。

 そこには、とても子供らしく楽しげな文体で、お出かけの準備をする様子が書かれていた。



 **********



『9月14日



 明日から、みんなでお出かけ!なんとユニクも一緒にいく!!

 みんなで服とか荷物とかを詰め込んでいく。でもバックに入りきらない!


 おやつはとても大事。私のバックにもセフィナのバックにもいっぱい入れたら、ママに怒られた。

 ママだってお酒とか持ってるのに……。しょうがないからユニクのバックに隠した!ユルドおじさんのバックにも!


 みんなでお出かけなんて、とても楽しみ!


 ……でも、はくぎんひさまって、誰なのかな?   』



 *********



「なんで……。なんで、白銀比様が出てくるの……?」

「英雄ユルドルードやアプリコットでは手に負えない何か。それを解決する為に頼ったという事なんでしょうね」


「……え?」

「数千年の時を生きる――。始原の皇種、『極色万変ごくしょくばんぺん白銀比はくぎんひ』様をね」

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