第20話「懐かしき思い出・隠された部屋」
「 ……なんで……。なんで昔の私の部屋が、ここにあるの……!?」
目を見開いたリリンは、平均的な表情を崩して驚きの声を上げた。
そしてそれは、目の前に現れたものを的確に表す言葉だった。
偽りの墓の下にあったのは、何の変哲もないただの扉。
それこそ、場違い過ぎて不審感を抱く程だったそれは、幼きリリンの日常に繋がる扉だったのだ。
俺の目に映っているのは、可愛らしい少女の部屋。
机もベッドも本棚も、全てが小さいサイズであり、明らかに子供用。
部屋のアクセントとなっているカーテンや寝具は、明るい色の動物柄だ。
そして、それらにはホコリ一つ付いていない。
まるで、今この瞬間まで使われていたかのような雰囲気のその部屋は、俺達の想像をはるかに超えてしまっている。
「……リリンに聞くのもどうかと思うが、あえて聞くぞ。これはどういう事だと思う?」
「分からない。ただ、この部屋は昔使っていた私の部屋なんだと思う。机も、ベッドも、カーテンも、全部間違いなく私の。これを全部揃えるなんて……ありえない」
リリンの困惑は俺と同じ物のはずだ。
リリンの自宅は燃えて無くなってしまっている。
だからこそ、それと同じものを再現するのは至難の技のはずなのだ。
特に価値が高くない汎用品の家具だとしても、生産が終わっていたりして、入手困難な物だってあるだろうしな。
だが、リリンは恐る恐る机の上に飾ってあった人形を手に取り、「これ、お祭りの時にパパに買って貰った奴だ。もう一回手に入れたくて、ずっと探していたのに……。」と呟きながら、慈しむように人形を撫でている。
その言葉に続くのは、「探したのに見つからなかった」だろうか。
それからリリンは、フラリと部屋の中を見て回っていく。
室内はそんなに広くないが、それでも思い出の品を一つ一つ手にとって確認して行けば、それなりに時間が掛ってしまった。
やがて戻ってきたリリンの瞳は、涙で濡れていた。
無くしたはずの思い出と触れ合い、つい涙がこぼれてしまったんだろう。
なら、この部屋はまぎれも無くリリンの部屋で間違いない。
墓の下に、無くなったはずの部屋があるという異常事態。
……だが、俺が考えている仮説ならば、全てに説明が付いてしまう。
白い敵が部屋を再現できた理由も。
それをしなくてはいけなかった理由も。
これならば辻褄が合ってしまう。
リリンにとって受け入れがたい、その仮説は――
「リリン。ここにあるのは、紛れも無くリリンの部屋なんだよな?」
「そうなのだと思う。でもこれらを集めるのはとても難しい事。今では入手できない物も当時のまま残っているし、ヤジリはかなりの権力を持っているという――」
「……いや、簡単に部屋を再現する方法が一つだけある」
「簡単な方法?」
「なぁ、リリン。自宅が燃えて無くなったという、その事件そのものが嘘だったとしたら、どうなるんだろうな?」
「……え?」
「家から家財道具を全て持ちだした後、空になった家に火を放ったのだとしたら、再現する事は簡単だよなって言ったんだ」
「確かに、それならばここにあるのも納得できる。けど、それをヤジリがするメリットが思い浮かばない」
「なぁ、リリン。これは仮定の一つだし、絶対にそうだと言うものでもないが……」
「なにか思いついたの?教えて、ユニク」
「この部屋をここに残したのは、ダウナフィアさんだと俺は思うんだ」
白い敵はリリンの人生を弄ぶような奴であり、思い出の品を残しておくような優しさがあるとは思えない。
だが、ダウナフィアさんが残したと言うのなら筋が通る。
だけどそれは……ダウナフィアさんは、白い敵と本当の意味での協力者という事になってしまう。
こんな手の込んだ仕込みを、脅迫してきている人物に要求できるはずが無い。
ならば、少なくとも立場は対等以上。
場合によっては、白い敵の上に立っている可能性すらある。
そして、リリンもその事に気が付いたようだ。
「この部屋を残したのは、お母さんとだという事……?でも、それは……」
「あぁ、そうだ。ダウナフィアさんは白い敵と友好的に接している。少なくとも対話ができる関係性なのは間違いない」
「そんな……それはつまり、今までの私の人生は、お母さんが望んだ事だというの……?」
家族を失い、寂しい思いをしながらリリンは生きて来た。
途中でワルトナという親友を得て救われたが、それでも辛い人生だっただろう。
その悲しみは、全て、愛する家族を失ったが為のもの。
それが根底から否定されようとしている。
その恐怖が想像を絶するものだというのは、考えなくても分かる事だ。
リリンは力なくよろめき、その場で座り込みそうになった。
速攻で後ろからリリンを支え、静かにベッドに座らせる。
「そんな、お母さんがこれを望んだの……?それは、私を捨てたと、そういう事……なの?」
「リリン……」
「やだ。……やだやだやだ。せっかく生きているって分かったのに、また会えるって思ったのに、お母さんは私には会いたくないの?私は……い、いらない子なの……?やだよ、やだやだやだ……」
「リリン!」
「!!あ、ごめん、ユニク……」
「少し落ち着け。いいか、ダウナフィアさんが敵だとまだ決まった訳じゃないし、ダウナフィアさんがリリンを捨てるなんてある訳ないだろ」
そうだ、考えろ。俺。
リリンはずっと家族に愛されてきた。
だからこそ、今リリンが流している涙が、こんなにも綺麗なんだろ!
俺はリリンの頬から雫をすくい取り、顔を上に向かせた。
詭弁でも何でもいい。見えてきた真実を繋ぎ合わせて取り繕え。
リリンが流す涙は、感動の涙であるべきなんだからな!
「ダウナフィアさんが白い敵と共謀していたのは恐らく間違いない。だが、それには理由があるはずだ」
「理由があるの?」
「そうだ。ダウナフィアさんがリリンと決別した理由。いや、これは……決別じゃない。一時的な『別離』だ」
「決別じゃなくて、別離……?なにが違うと言うの?」
「これは別離。つまり、再会する事が約束された物語だったんだよ。嘘で塗り固められて、勘違いさせられていただけの偽りの物語だからこそ、リリンは全てを取り戻す事が出来るようになっている。セフィナもダウナフィアさんも、無くした思い出も、全部だ」
「全てが嘘で、全部を取り戻せる……?」
「そうだ。今はまだ、ダウナフィアさんが何を考えて行動したのか、そこまでは分からない。ただ、俺と出会わせる事が目的だったのは間違いない」
「ユニクと出会わせるため、お母さんは私に死んだと嘘をついた……?」
「リリン、この部屋を調べよう。俺と出会う事に秘められた意味があるのなら、何らかの手掛かりがこの部屋にあるはずだ」
「うん、分かった。……お母さんは誰よりも優しくて、私をずっと守っていてくれた。だから、今までの私の人生が無意味だったとは思わない。だからね……《第九守護天使、解除》」
そしてリリンはいきなり立ち上がって、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
触れ合うだけだったそれは、たぶん、1秒にも満ちていない簡素な、キス。
でも、確かな温もりを感じる事が出来た。
「きっと、ユニクに出会う事こそが正しい道。その言葉を信じたい。私は……ユニクの恋人だから!」
「ははっ、それじゃ信頼に応えるべく、一生懸命に部屋を調べるとするか!」
**********
「それにしても、女の子の部屋を探索するなんて、ちょっとドキドキするな!」
「……。すこし変態っぽいと思う」
「うぐっ!」
「タンスは開けないで欲しい。……子供の時のパンツとか見られたくないし……」
沈んだ雰囲気を持ちあげようとして、完全に自爆したんだけど。
確かにリリンの雰囲気は元に戻ったが、平均的なジト目で俺の行動を監視するようになってしまった。
今もチラチラとこっちを見ながら、頬を赤らめて威嚇してきている。
うっかりタンスに近づくと噛みつかれそうだし、本棚でも漁るとしよう。
新たに得た情報は、『ダウナフィアさんは白い敵、または大聖母ノウィンと共謀している』だ。
これは良い事と悪い事が複雑に絡み合うことであり、的確な判断をするのは俺達では難しい。
これもワルトに相談するべき事だと判断し、今は情報の入手に全力を注ぐ事にした。
「リリン、俺は本棚を調べてるから、そっちは任せた」
「分かった。……むぅ。昔の水着が出てきた。ちっちゃい」
リリンの水着だとッ!?
思わずチラ見をしようとしたら、平均的なジト目と目が合ってしまった。
やばい。噛みつかれる前に自分の仕事に集中しないと!
俺は学習机の横に合った本棚の前に立ち、上から下まで隙間なく視線を巡らせた。
その本棚は三段組の木で出来ている普通の本棚。
高さは俺の腰程度であり、子供の身長でも一番上の段に手がすんなりと届く。
ん?ざっと見た感じ、段ごとにジャンル分けされているっぽいな。
三段目には分厚い辞書の群れ。
二段目には日記帳や小物などが置いてある。
そして、一番上に並んでいるのは文芸書だな。
子供向けの絵本に混じって、ホーライ伝説があるから間違いない。
「へぇー。ホーライ伝説もちゃんとあるんだな。しっかり最終巻まで揃ってるじゃねぇか」
「……え?」
「21巻が最終巻だったんだろ?ほら、ちゃんとあるぞ」
「それはおかしい……だって、ホーライ伝説の21巻はこの前に発売したばかり。昔の私の部屋にあるわけがない」
「確かにそうだが、んーでも、あるんだよなぁって、あれ?」
「どうしたの?ユニク」
確かにリリンの言うとおり、ここが昔の部屋を完全に再現したというのなら、最終巻があるのはおかしい。
だがしっかりと本棚に入ってるし……そう思いながら俺は、ホーライ伝説を手に取って引き出し――。
その本の表紙に挿絵が無い事に気が付いた。
「このホーライ伝説、絵が無いんだよ。ほら、リリンが持ってる奴はおぼろげな水彩画だけど、ちゃんと挿絵が付いてるだろ?」
「確かに……というか、使ってる紙も違うし、タイトルの字も違う。って、これ……?これは……っ!!!」
「どうしたリリン!?」
「こ、これはとても大変な事が起こった。この本、これは……紙に直筆で書かれている!印刷じゃない!!」
「なんだって!?」
「もしかして、この本たちはホーライが直接手に取り書いたもの!?これは、これは凄すぎる……。こんなお宝が私の部屋にあるなんて……!どうしよう!!ユニク、どうしよう!?」
そしてリリンは、いつもの平均的な表情をぶち壊し、飛んだり跳ねたりして喜びを体で表し始めた。
その喜びようは、毛並みを自慢しに来たアホタヌキ以上。
つーか、この部屋にあったのはリリンの思い出だけじゃ無く、本物のお宝が眠っていた……だと……。
リリンが言うには、ホーライ伝説は全世界で読まれている大ベストセラーであり、直筆の原文書ともなれば、その価値は計り知れないものになる……らしい。
具体的に金額で表す事は難しい程であるが、確実に10億エドロを超えてくるというのだ。
同じくホーライのファンであるレジェリクエ大魔王陛下も、原文書に懸賞金を掛けて探し回っているようで、「レジェに出会ったら絶対に見せびらかしたい!」と大変に興奮している。
ちなみに、ニセモノを持って来た人物は10等級奴隷に落された上に、ぐるぐるげっげ―の刑に処されるのだそうだ。
文芸書一冊で処刑か。
レジェリクエ女王陛下、マジ、運命掌握。
容赦も慈悲も無い。
「ん?直筆の本があるって事は、リリンのお父さんがホーライの弟子だって話も確定だよな?」
「……あっ!!」
「というか、直筆の本を持ってホーライ本人がリリンの家に来ていたりしてな」
「えっ!?あ、え、そ、そうなの!?!?」
「直筆って事は一冊しかないって事だろ?それを揃えて渡すって相当信頼されてたって事だし、可能性は高いと思うぞ?」
「な、なんてこと……!私はホーライに出会っている!?」
「え?いや、そこまで言ってな――」
「あぁ!私はなんて大事なことを忘れてしまっているの!?とても悔しいと思う!!」
そう言いながらリリンは俺の隣にやってきて、ホーライ伝説を読み漁り始めた。
どうやらその直筆本は校正作業をする為に渡したらしく、所々に赤筆で訂正や注釈が書きこまれている。
その字を高速で読んでいくリリンの瞳は、実に楽しそうだ。
持っていた物を投げ捨てて、一心不乱に読み漁り始めてしまった。
さてと、リリンは置いといて俺は他に面白い本が無いか調べるとしますか。
そう思ったが、ふとリリンが投げ捨てたものが気になり、視線を向けた。
「スクール水着……だと……」
そこに落ちていたのは、真っ黒い水着。
サイズは随分と小さく見えるが、水着は伸びるって聞くしなんとか着られそうだ。
……。
こんな事を言ったら、海の藻屑にされそうだな。やめておこう。




